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42話 やきもきの因果関係

「怒られちゃった……」

「そりゃそーだろうよ」


 ケーナが水売り屋になって数日後。100人弱に売ってから、噂を聞いた商人ギルドに呼び出された。

 なんでも偶にオアシスを見つける者も水売りをしているので、ギルドで各都市ごとの適性価格を設定しているらしい。


 売ってしまったものはしょうがないが、今後は適性価格にしてくれと釘を差されてしまった。

 あと商人ギルドにも登録して税金を払わされた。

 税は14%だというので、1人分につき140ギル(銅14枚)。総合計14000ギル(銀140枚)程である。


 ちなみにバナハースの適性価格は10リットルで2100なんだそうな。あまりの差額に以前買った人々が暴動を起こしそうだ。


 基本的に都市内に供給されている水(テスタメント機関により海水から抽出)は無料だが、不純物の混じった生ヌルい代物である。美味いか不味いかでいうと不味い分類だ。


 そのため飲食店などでは、独自の再濾過(ろか)をかけてから利用する所がほとんどである。

 それに比べれば濾過もせず、甘露(かんろ)のごとく美味い水が手に入るとあれば、ケーナの販売水は適性価格でも買うとの声が多い。


 あまりにも多くの人々が殺到して街もろくに歩けないため、ブチ切れたオプスが威圧全開で怒鳴りつけたのがつい昨日のこと。今後は場所と時間を設定し、量を限定して売ることにした。

 同業者からの苦情があったという理由もある。


「砂漠で売ったら商人ギルドも文句は言わないって言うし。流しの砂漠水売りに徹しようかな」

「砂賊やならず者が優先的に襲いに来るような気がするが……。返り討ちにされるのは確定だし、正にアリジゴクそのものだな」


 鼻歌を歌いながら上機嫌で歩くケーナに目をやったファング。砂賊の末路が容易に想像できることに憐れみを感じざるをえない。


 ケーナたちはまとまった金銭が手に入ったので長期移動のための食料を買い出しにきたのである。

 ファングは荷物持ちという名目で着いて来た。

 しかし2人共インベントリやらアイテムボックスやらを所持しているので、本来ならば人手を必要としない。だが大量に買い込んで手ぶらなのも怪しまれるため、中身を抜いた空の木箱などをファングが運んでいた。


「これ他の人から見たら、アニメで良くある女性の買い物に付き合わされる女たらしの主人公じゃね?」

「カモフラージュだからってそんなに積み上げる必要はないでしょう」


 積み上がった箱山を呆れて見上げるケーナ。「いや、段々と面白くなってきてな〜」と苦笑するファングの手には、2階の屋根まで届こうかという9個の箱が積み上げてある。

 上の方がふらついていて非常に危なっかしい。


「誰かに当たって崩れたら恥かくだけだから減らしたら?」

「……ソウサセテモライマス」




 適当な建物の影でファングが箱を2つに減らし、宿泊している宿に近付いた時だった。

 1階の酒場。昼間は開けっ放しになっている扉から男がひとり飛び出てきた。3メートルほど地面と水平に飛んだ男は着地と同時にゴロゴロと転がっていく。

 その進行方向に歩いていた人々は慌てて避けていた。


「なんだぁ、揉め事かあ?」


 訝しげに入り口から中を覗こうとしたファングの鼻先を掠めて、男がもうひとり吹っ飛んでいく。こちらは「ひげえぇぇぇぇ〜」という情けない悲鳴を上げて。

 「あっぶねっ」と頭を引っ込めたファングの脇をスルリと抜けて、ケーナは酒場の中へ侵入する。


 そこにはテーブルや椅子を巻き込みながら倒れている5〜6人の男たちと、ガッツポーズをしながら雄叫びをあげている青猫団のメンバーがいた。


 壁際で呆れた様子で団員たちを見ているスバルにケーナが声を掛けようとした時だ。横から伸びてきた誰かの腕がケーナの首元を抱え込み、頬にナイフが突き付けられた。


「よ、よおーしお前ら大人しくしろっ!! この嬢ちゃんの顔に傷がつくぜえ!」


 ケーナの頭上で聞き覚えの無い焦ったようなダミ声がする。

 酒場の中にいた誰もが動きを止め、青猫メンバーが一斉に「「「「「「あ」」」」」」と声を上げた。


「クヒヒヒッ! このオレに楯突いたことを後悔させてやるぜ青猫のぉ! 部下から手を放してそこに並びなあっ!」


 どうやら喧嘩相手のボスがケーナを人質にしているらしい。

 なんとなく確執が深いような雰囲気もある。などとケーナが考えていると、人質を捕られて不利になっている筈の青猫団メンバーの顔色が徐々に青くなっていた。


「ちょっ、ちょっとバル太。やめときなよ。その子は冗談じゃすまないよ!?」

「うるせえっ! オレはバルダーだ!」


 親切にも忠告しようと声を掛けたスバルに怒鳴り返す背後の男。

 おっかなびっくり青猫団メンバーがケーナより距離を取り始める中、呆れた顔のオプスが奥より姿を見せた。


「なに捕まっとるんじゃお主は……」


 「あははー」と苦笑するケーナに、背後の男はその呑気な人質にあっさり逆上した。


「ばっ馬鹿にしてんのかてべへえっ!?」


 怒鳴ろうとした途中で男は崩れ落ちる。

 背後からファングが木箱で殴打したからである。バラバラに砕けた木箱の様子から、ファングの加減無さが窺えよう。

 三白眼の背の高い男は、ケーナが倒れきる前に足を払ったことで背中を戸口の段差に打ち付けて更にくぐもった悲鳴を漏らす。「ふふん」と得意気な顔のファングは、笑顔で危機一髪だったことを告げたケーナの一言で引きつった。


「もうちょっと遅かったら、背後に向けた衝撃波を一緒に食らってたかもね」

「あっぶねええええっ!!」


 その場を飛び退くファングに酒場の中より乾いた笑いがポツポツと届いた。



 酒場の修繕費という迷惑料を倒れた男たちの懐より支払う。

 気が付いた者たちが頭目を担いで「おぼえてろー」と捨てゼリフを置いて去っていった。


「何処の何様だかわからないのに覚えられないわ……」

「何だったんだありゃ?」


 全員で倒れたテーブルや椅子を起こし、割れた瓶やグラスを掃除する。

 ファングがスバルに相手の素性を訪ねた。


「アイツ等はダマスカスって言う傭兵団さ」

「ダマスカスぅ? ずいぶん脆いウーツ鋼(ダマスカス)もあったものよねぇ」


 ボソッと呟いたケーナにファングとオプスは同感だと頷いた。


「アイツ等とは別の護衛仕事で一緒になってねえ。砂賊と通じてた奴がいたんで、クライアントが旅路途中で解雇しちまったのさ。それ以来突っかかってくるようになってねえ。ホントに迷惑な奴らだよまったく……」

「行く先々でケンカふっかけてくるからね……。ケーナちゃんにも迷惑をかけたね」


 うんざりした表情のスバルに申し訳なさそうなシグが続く。

 ケーナは気にしてないということと「次は私が追い払いますから!」と意気込みをみせた。

 ケーナの所行に慣れてない者からすると、「アイツ等どうなっちゃうの!?」とそこはかとない不安に駆られる面々であった。


「そういえば最近ガーディさん見ませんね?」

「あー、ああ。アイツは今のところ野暮用でね。ちょっと離れて……、いや離れてはいないんだけど、ちょっとな」

「ガーディさんは懇意にしてる孤児ふがもごぐぐ「馬っ鹿ウチらの事情にこの子らを巻き込むんじゃないよっ!」」


 何かを言おうとしたシグが団員たちに押さえつけられ、猿ぐつわをされて袋に押し込まれ運ばれて行った。あまりにも迅速な息のあった行動にケーナたちは呆気にとられるばかりである。


「はぁ……。まったく口が軽いのにも困ったもんだよ」


 見えない汗を拭う動作でスバルが溜め息を吐く。

 口を開こうとしたケーナはオプスに口を塞がれた。


「もが?」

「ハンターのプライベートを詮索するのは御法度じゃぞ」

「はふひほふほ」

「前に言ったはずじゃろう。その辺の常識(ローカルルール)は何処でも変わらんと」


 うむうむとしたり顔で頷いたオプスは、口を塞がれたケーナの眉がひそめられたことに気付かなかった。結果、腹パンというレベルじゃ済まない衝撃波を喰らって青白い顔でうずくまることとなる。


「馬鹿力で押さえつけられる身にもなってよ。顎が外れるかと思ったわ!」

「相変わらずオプスには容赦ねえのなお前……」


 いとも容易く行われたえげつない行為にファングも腰が引けている。

 危うくソレの余波を食らう寸前だったのだから無理もない。


「これ以上の詮索はしませんけど。私でスバルさんたちの役にたてるようでしたら、いつでも言って下さいね?」

「ああ。その時次第だけど、手が足りなかったらお願いするよ」


 それ以上踏み込まれたらどうしようと思っていたスバルは、ケーナの引き際に安堵した。

 この辺り彼女の交友関係を知っていればまた違う対応もあっただろう。



 酒場の片付けが終わり、団員たちが今度は夕方からの酒盛りを開始する頃になって、ケーナたちのパッシブスキルが危険信号を発した。


「なんか来るな〜」


 ファングも何かを察したらしく、ハンドガンを抜いて外を警戒する。

 それを皮切りに青猫の団員たちも何人か武装を手に取った。


 しばしの間を置いて、酒場前の道路に戦車1両とジープ3台を引き連れた騎兵ががっしゃんがっしゃんと走り込んで来た。頭頂部に鳥の羽根飾りのような装飾をつけた茶色と黄土色で塗り分けられた騎兵である。


「なんじゃあのインディアンは……」

「ぶはっ」


 唖然としながら呟いたオプスの一言にファングが噴き出した。

 ケーナたち以外の者はインディアンが何か分からないらしく反応はない。「あれはバル太の……」とスバルの呟きから察するにさっきのダマスカスとやらの一団らしい。


『てめーら! オトシマエをつけてやるぅぜぇ!!』


 右腕を肩の高さで構えて左腕を突き出す歌舞伎のようなスタイルをとるインディアン騎兵。外部スピーカーでがなり立てるバルダーを合図にして、戦車の砲身やジープの乗員の構える銃が酒場の入り口へ向けられた。


「ブチ切れたみたいだけど?」

「ファングの一撃が原因じゃろう。おそらくは」

「俺のせいかよっ!?」


 青猫団の方は緊迫感に包まれているというのに、入り口にいる3人に緊張感は欠如していた。視線だけで「誰が()る?」と会話し、ファングがハンドガンの安全装置を外そうとしたのを押し留めて、オプスが一歩前に進み出た。

 虚空から取り出したハルバードを一振りしたが、別の異音に行動を阻害されたのである。


 ガギボギゴリゴギと一斉に数ヶ所から響き渡った音の発生源を確認した一同(ケーナとオプスを除いて)は、敵も味方もあんぐりと口を開いて硬直した。


 音の発生源は手下共が構えた銃と戦車の砲身と突き出された騎兵の左腕である。

 紙で紙縒(こより)でも作るように元の形も分からぬほど捻れてしまっている。続いてゴガン! と直上から巨大なハンマーか何かを振り下ろしたように、騎兵の頭と戦車の砲塔が押し潰された。


 更に続いてボギボギと股関節と膝間接と足首の関節が埋没し、背丈が通常の半分になる騎兵。残った右腕も肩に同化するように縮まり、短くなった脚部が腰の後ろ側へと折り畳まれた。


 そうして長方形の胴体のみとなったところで、ギシギシと軋み音をあげながらゆっくりとコクピット部分が潰されていく。


「止めなさいリュノフ!」

「はぁーい」


 まだ中に居る乗員が無事なうちにケーナがこれを成したであろうリュノフに命じて、ようやく騎兵圧壊は停止した。

 リュノフはふわりと空中から現れて、ケーナの右腕にしがみつく。その顔は何の悪びれもない無邪気な笑顔である。


 ダマスカスの手下共の恐怖に震える視線と、こちら側の青猫団の怯えた視線はオプスに向いている。オプスが前に出たところで起きた現象なのだから当然だろう。ケーナが叫んだ前後のところはファング以外に知覚されていないのだし。


「いや、おい? 我がやったんじゃないのだぞ。我は何もしとらんのだからな?」


 オプスが誤解を解こうと一歩踏み出すと、手下共はジープも武器も戦車もスクラップとなった頭目の乗る騎兵すらも置いて、諸手を上げて逃げて行った。


「あー……」


 灰色になって立ち尽くすオプスは放って、スバルが「じゃあ何の仕業なんだい?」とケーナに聞く。


「ん〜……。ポルターガイストでしょうかねえ」


 答えたはいいがポルターガイストさえもこの世界には無く、説明に(きゅう)したケーナであった。



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