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41話 幕間4

 時間軸としては35話直後になります。

 テッサ女史ヘイト稼ぎ回。


 そこは巨大な。見たことも聞いたこともない巨大な空間であった。


 強いて言うのならばオリンピックの室内競技場だが、大きさが通常の4倍以上ある。

 天井は大きく開いていて、雲ひとつない青空には太陽が昇っていた。砂漠のように容赦なく照りつけるものとは違い、柔らかな陽差しが降り注いでいる。


 気温は20℃程度に保たれていて、少し動けば汗ばむくらいだろう。

 競技場であればトラックが引かれていたりする所は一面の草原であった。一部には樹木が茂っていて赤い実やら青い実がたわわに実っている。


 観客席の場所だった所には段々畑が作られていて、多種多様な野菜類が瑞々しい葉を大きく広げていた。


「…………」


 そんな自然溢れる中にポツンと異物が紛れ込んでいた。

 草原で所在なげに佇む6人の少年少女たちである。


 彼等はバナハースの孤児院よりさらわれて来た子供たちだ。

 施設で労働力としてこき使われている最中にいきなり眠気に襲われて、気が付いてみれば見たこともない場所に寝かされていた。自分たちを取り巻く状況の劇的な変化に、何が何だか解らず混乱している。


「何なんだよ、ここは……」


 子供たちのリーダー格であるイングという名の少年は茫然と呟いた。

 あの面倒くさがり屋の豚シスター共が少年たちを手放すとは考えづらい。引っ越しをするとは思えないし、何より狭い地域しか知らない彼等でも、バナハースにこんな場所は無いと断言できる。


 混乱の極みにある少年少女たちは少し落ち着いてから辺りを見回す余裕が出来て初めて、自分の身に起きた異常を知った。

 弟たちが顔を見合わせた時に、額に文字が書かれていることに気が付いたのだ。

 それぞれの額に2文字ずつ。共通するのは「γ」で、後は年長順に「1、2、3、4、5、6」だ。学のない彼等でも数字は解る。しかし「γ(ガンマ)」までは解らない。


 下の子たちは気味悪がり必死に額を(こす)るが、皮膚が赤くなるだけで消えはしない。


「何だよこれっ!」

「識別番号ですね」


 弟たちの不安も自分が何も出来ない不安も纏めて叫んだところに答えが返ってきた。

 慌てて振り向くと彼等のすぐ傍に自分たちより少し年上らしい少女が立っていた。

 行政府の職員たちが着るスーツのような衣服を身に纏った娘がいつの間にかそこに佇んでいた。


「さすが姫様の魔法。目覚めるタイミングもバッチリですね」


 ただその顔には表情が無かった。

 喜怒哀楽が声からも窺い知れない。彼等に向く視線には、無機物を見るような冷たさが宿っていた。


「何だよ、その……し、しきべつばんごうって?」

「あなた方の呼び名ですよ。あなたがγ1(ガンマワン)。そちらがγ2(ガンマツー)そっちが……」


 淡々とひとりずつ指差しながら数えていく。

 まるで置いてある銅像か何かのように。


「お、俺はイングだ! ガン、なんとかなんかじゃねえっ!」


 周囲の暖かさも目の前の少女、T・S(テッサ)によって体の芯から凍えていくような錯覚を感じる。年少たちが見ている前で無様を晒さないよう、心を奮い立たせて抗議する。


「アナタ方の名前呼びは考慮するに値しませんね」


 T・S(テッサ)はイングの主張をばっさり切り捨てて、右手を一振りする。

 彼女の足元から草原を割って、ホワイトボードがせり上がってきた。


「さて耳の穴かっぽじってよく聞きなさい。これが今日からアナタたちの生活となります」


 そこにはかなりざっくばらんな箇条書きで時間割りが記してあった。


 6:00  起床

 6:30  運動

 7:00  朝食&休憩

 8:00〜 座学

 12:00〜 昼食&休憩

 13:00〜 座学

 15:00 運動

 15:30〜 奉仕作業

 18:00〜夕食&休憩

 19:00〜 風呂

 20:00〜 座学

 21:00 就寝


 当然ながら子供たちはほとんど読めないので、T・S(テッサ)が読み上げた。


「ちょっ、ちょっと待ってくれよっ! なんで俺たちがこんなところにいるのかがわからねえよ!? あんたは誰で、教会とかシスターはどうしたんだよ!」


 ますます困惑して声を荒げるイングにT・S(テッサ)は舌打ちをした。


「まったく環境が激変しているのだから即理解して欲しいものですね。これだから知能の低い幼生体は……」


 意味は判らないがそこはかとなく馬鹿にされているのは理解したらしい。子供たちの表情がふくれっ面になる。


「まず此処はバナハースではありません。アナタたちはその境遇を哀れだと感じた姫様に感謝しなければいけませんよ。その恩恵を受けてこの(わたくし)が運営するテスタメント機関へ身柄預かりとなったのですから。あと教会に巣くっていたゴミ共は街の者によって都市を追放になりました。姫様に無礼を働いた大罪もありましたので追撃を出しましたしもう何処かでばったりと出くわす心配もありません」


 淡々と本を読むように恐ろしいことを織り交ぜて語るT・S(テッサ)に、子供たちの顔色は段々と青くなっていった。イングの後ろに隠れて半泣きになっている子もいる。


 そんな人の感性に構わずT・S(テッサ)の説明は続く。

 彼女が指を鳴らすと草原の一部がスライドして、3枚の扉が現れた。それぞれには分かり易く絵が描いてある。

 T・S(テッサ)がベッドの描いてある扉を指差すと、扉は自動的に開く。

 その場には扉1枚しかないのに、開いた先にはだだっ広い空間が広がっていた。一見しただけでは判別出来ない数のベッドが並び、天井も床も壁も白い。清潔感はあるが、白さ故の圧迫感も感じる異様な部屋だった。


「あれがアナタ方がこれから寝泊まりする部屋です。ベッドはどれを使っても構いません」


 返事はない。どの子もポカーンと口を開けているだけだ。

 続いてT・S(テッサ)が指差したのは開いた本の絵がある扉である。これも自動的に開き、中に見えるのは一般的な学校の教室だ。


「あれは学習室。読み書き計算などの勉強をするところです」


 我に返ったイングが畏れの混じった視線で「あんたが、教えて、くれんのか?」と聞けば、T・S(テッサ)は首を横に振る。


「アナタ方の教師は此方です」


 と視線を向けた先に空気中からにじみ出るように黒いマネキンが出現した。

 紺のジャケットを羽織り、紺の野球帽を被った黒いマネキンの口元には白髪のチョビヒゲがある。黒マネキンはT・S(テッサ)に向けて敬うように頭を下げた。


『マスターヨ。今度ハコノγ(ガンマ)タチデアルナ。何時モノヨウニ鍛エレバヨイノデアルナ?』

「任せるわ」

『了解シタノデアルナ。デハ子供タチヨ心構エガ決マリ次第席ニ着クノデアルナ』


 言うだけ言って返答を待たずに教室の中へ入って行き、教卓の所に立つ。

 子供たちは顔を見合わせ、T・S(テッサ)と教室の中と残った扉で視線をさ迷わせる。そして最後の扉がゆっくり開くと、辺りに食欲をそそるいい匂いが立ち込めた。

 釣られるように腹の音が鳴り響き、子供たちの視線は扉の中へ釘付けだ。


「そこは娯楽室です。幾らでも食べれるしこの世の果ての遊びが満載しています。言い忘れていましたがアナタ方にこちらから強要することは定期テストの実施くらいです。勉強をすることも娯楽室で食っちゃ寝をして過ごすこともアナタ方の自由ですね」


 この時だけはT・S(テッサ)の表情には黒い笑みが浮かんでいたが、匂いに釣られた子供たちは誰1人としてそれを見ていなかった。


「おいシェル! ガーナ! こんな旨い話なんかあるもんか。近付くな!」


 年少の子がふらふらと匂いを辿って扉に近付いていくのに気付いたイングが叫ぶ。


「うふふあはは」


 三日月のような笑みを浮かべたT・S(テッサ)を睨み付けて、イングが2人を止めようとした時だ。


 ――ガアァァンッ!!


 唐突に銃声が響き渡り、子供たちがビクッと身を(すく)ませる。

 瞬時につまらなそうな顔になったT・S(テッサ)は侵入者の方に向き直った。


「おいっ! ガキ共、その扉から離れろ!」


 ハンドガンを構えながら近付いてくるのは青い猫がプリントされたバンダナを頭に巻いた男性だ。

 防弾ジャケットを腰に巻き、薄汚れたタンクトップから伸びた日焼けした腕はよく鍛え上げられている。

 ハンドガンを横に振って子供たちを扉から遠ざけると、T・S(テッサ)に銃を向けたまま、距離をとって足を止める。

 銃を向けられたT・S(テッサ)は呆れたように肩をすくめた。


「なんだΘ12(シータトゥエルヴ)じゃないですか。何しに来たんです?」

「ガーディだ! 記号で呼ぶんじゃねえ!」


 青猫団のガーディは油断無く銃を構えたまま怒鳴り返す。


「ガキ共が誘拐組織にさらわれたなんて話が飛び交ってりゃあ、俺らからすればただの笑い話だ。たかが行政のスキャンダルにテメエが出張ってくる必要なんかねえ! だからピンと来たぜ。これはテメエが人員を確保するためのブラフだってなあ!」

「やれやれ。都市内に卒業生がいると面倒ですね。そんな理由で1度しか使えないチケットを使って此処に来たのですか。勿体無い」


 心底残念だと言うようにT・S(テッサ)が肩を竦めると、ガーディの額に青筋が浮かぶ。

 怒りに任せてハンドガンのトリガーに指を置くが、自制をかけるように深呼吸をした後に銃を下ろした。


「しばらくテメエが妙な企みをしねえように、ここに居させてもらうぜ。構わねえな?」

「はいはい。好きにしたらいいわ。子供だけなら誘導が簡単だったというのに。残念ね」


 再びビキリと額に青筋を浮かべたガーディが固く握った拳を震わせる。しばらく何かと葛藤していたが、拳を開くとイングの頭をひっぱたいた。


「いてぇっ!? なにすんだよオッサン!」

「うるせえっ! テメエも兄貴分ならちゃんと下の(しつけ)もしっかりしとけ! いいな、あの扉には絶対に近づくんじゃねえぞ! アリ地獄に自分から突っ込むなんて冗談じゃねえ!」


 子供たちを教室へ押し込んだガーディは、真面目な表情で振り返った。


「なあ……。教育を受けさせてくれたのは感謝してるぜ。でもよ、あの日ここに来た16人の内5人は最後には居なかった。アイツ等はどうなったんだ?」


 たっぷり数分の間を置いたT・S(テッサ)は、ニヤリと口元を歪める。


「学がないと苦労するものよ。現世でも。天国でもね」

「ああそうかよっ! やっぱ聞くんじゃなかったぜ!」


 結局青筋を浮かべたガーディは、壊すような勢いで教室の扉を閉めた。

 T・S(テッサ)は不思議そうに首を傾げて呟いた。


「自分から結果が分かった答えだというのに何を怒ることがあるのかしらあれがベニー坊が言っていた漢の子の日とかいうやつなのね滑稽だわあははうふふ」


 T・S(テッサ)は感情の伴わない笑い声を残し、娯楽室を閉じて地面へ沈める。

 そして足元から昇った光に溶けるようにその場から姿を消した。


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