40話 身バレしました
漁から戻ったケーナがまず聞かされたことは、“都市が襲撃されたこと”と“ファングが牢屋に入れられた”ことだった。
ちなみにケーナたちが参加した漁の釣果はボウズに近いといっておこう。
順風満帆で取り立てて話題にすることもなく、だが地元の漁師に言わせると異常なほど何もない。という結果であった。
「あたしらもちょっとよく判らないんだけどねえ。本人が事情を話すにはアンタたちの同意が必要だって言うんでね。戻って来たところ悪いんだけど、同席しちゃあもらえないかい?」
港で待っていたスバルにそう言われたケーナとオプスは、顔を見合わせた後に「いいですよ」と素直に頷いた。
スバルの先導で向かう先は、ハンター組合が所有するガレージとして使われる倉庫だ。
牢屋なら自警団や行政府の方にもあるのだが、自警団側は自動機械の砲撃を食らって半壊。行政府側は未だに内輪がバタバタしているので、ハンター組合の方で預かりとなったとのこと。
牢屋とは聞いたが実際は拘束している程度で、食事やトイレなどは自由に出来ていると聞く。
道中都市を半分横切ることになったが、戦闘が収束して半日も経っていないので、爪跡が色濃く残っていた。
ある戦車は資材を積んだ荷車を牽引して道を横切って行き。ある騎兵は瓦礫の片付けに東奔西走していた。
「正門を吹っ飛ばされちまったからねえ。あれの修理にどれだけ掛かるか、頭の痛いところだねぇ」
「そんなにいっぱいの自動機械が攻めて来たんですか?」
頭痛をこらえるようなスバルの様子に、さぞかし大攻勢だったのかとケーナは思った。
しかし「いや、扉を吹っ飛ばしたのはケーナちゃんが名付けたあのクッチーさね」と言われ「なんでぇ!?」と素っ頓狂な声を上げてしまう。
クッチーことクリムゾンツチノコはT・Sが作り上げた対自動機械用の生物兵器の筈だ。自動機械と一緒になって人類を襲うなど有り得ないことである。
「まぁ待ちなよ。ちゃんと奴らが来たトコから説明してあげるから」
そうしてスバルから攻防の経緯を聞き、クッチーについての顛末を知る。
聞き終えたケーナの表情はひじょーに渋いものになっていたが、オプスはしたり顔で頷いていた。
「ふむ、なるほど」
「なんのどこが「なるほど」になるのよ」
「リュノフ殿は参加しなくて良かったんじゃろうな、と」
「あ……」
言われて分かる。その程度の被害で済んで良かったというものを。
残して来たリュノフがもし攻防に参加したとしたら、自動機械だけでなく都市や人までもペッシャンコになっていたかもしれないと。今更ながらにホッとする。
「でもそう言えばリュノフ見てないなあ……」
港で迎えてくれなくて変だとは思っていた。
スバルによってファングの行方は判明したが、3人以外の誰にも知覚されないリュノフは「おっかえりなさ〜い!」……。
考えている途中でどこからともなく現れたリュノフに飛び付かれ、ケーナは無言で硬直した。
スバルに頭のイタイ人扱いをされるのを防ぐためだが、それより先に彼女の頭上に穴が開いたのに驚いて声を掛けた。
「スバルさん上っ!!」
「なにってっきゃっっ!?」
「ほう」
ボテッと鈍い音ともに落ちて来た者を見て、リュノフに視線を移す。
リュノフは満面の笑みでもってそれに返した。
「しゅーりぎょーしゃつれてきたの〜」
「リュノフ、あれは連れて来たって言わないから」
「?」
「はぁ……」
分かってなさそうに首を傾げる人魚にため息を吐き、ケーナは落ちて来た者に近付いた。
「T・S、大丈夫?」
「いえ着地が上手くいかなかっただけなんですこんな無様を晒すようなことは二度ともう一度チャンスをっ!!」
「今度はどっから落ちる気よアナタ……」
尻餅をついた状態から主の姿を目にした瞬間しゅばっと立ち上がり、恭しく礼をしながらやり直しをねだるT・Sにケーナは呆れ顔だ。
「うむうむ。いいものを聞かせてもらったのう」
「な、なんだい。今何が落ちてきたんだい……。その不気味な笑みは、およしよっ」
「音に聞こえた無頼のスバル嬢でもあのような可愛らしい悲鳴をあげるのじゃな」
「っ!? い、今すぐ脳内から削除しなっ! しなかったら分かってんだろうねっ!!」
「おや、ここに先程の悲鳴を録音した「うわああああああっ!!?!」……が」
オプスはというと、ニヤニヤと悪い笑みを浮かべつつスバルを弄っている。
真っ赤になって威嚇のために銃を振り回すスバルに、同じく「可愛い」と思ってしまうケーナであった。
「ソレは兎も角私にご用があると伺ったのですが」
ブレザー姿の少女が恭しく頭を下げている時点で、珍妙な集団は衆人環視の目に晒されている。
銃を乱射(威嚇ではないらしい)しながらオプスを脅しているスバルとか。
その銃弾は射線が見えているオプスにのらりくらりとかわされて掠りもしていない。
加えてT・Sはつい先日の断罪事件で顔を隠そうともしていなかったので、行政府前で見た者も多い筈だ。
だがスバルとオプスのやり取りを横目で見て通り過ぎる者はいても、ケーナとT・Sの方に注目する者は居なかった。
実のところT・Sは周囲の人々にも、近くにいるスバルにも知覚されていないのである。リュノフの認識障害がピンポイントで恐るべしだ、
「ああ、うん。都市の門が壊れちゃったんだって。直せる?」
「承りました。資材を手配致します故2〜3日お待ち下さい」
と言って頭を下げた状態のまま、足元から立ち昇る光の粒子と共に姿を消していった。
「あれもまあ誰かに負けず劣らず変な子よね……」
T・Sの消えた場所を見て苦笑してから助走をつけ、スバルをおちょくっているオプスをドロップキックで蹴り飛ばした。
「ほらオプス。遊んでないで行くよ」
吹き飛ばされたオプスが、通りすがりのジープに跳ねられるのを見たスバルの顔色が変わる。
跳ねられた本人は何事も無かったように立ち上がり、砂を払ってケーナに対してくどくど文句を言ってきたが。
「……アンタたちの関係ってどーなってるんだい?」
「え、普通に旅の仲間ですけど」
オプスからの苦情を「はいはい」と聞き流し、不思議そうに首を傾げるケーナの姿になんとも言えない顔になるスバルであった。
スバルに案内された先には大型のプレハブ程度の倉庫。
中身の半分には銃やバイクや木箱などの備品が乱雑に置かれていた。それらを無理やりどかして得たスペースに組立型の簡易事務机と折り畳み椅子が並んでいた。
そのひとつにすっかりやさぐれた感じのファングが座っている。
その他の人員は青猫団副団長のネープトと腕組みをしてふんぞり返っているキングだ。顔見知りで固めたのは話が通りやすいところを見越してか。
「来たか」
「ようやく来ましたか。待っていましたよ」
「すみません。お待たせしてしまったようで。……で、ファングのそれは何?」
多少は砂埃で汚れているファングだが、ケーナが気になったのは頭や服に付着している寒天状の不透明な物質である。特に髪の毛などはそれによって固まっているらしく、上や横に尖った斬新な髪型と化していた。
「……っ」
「え、なに?」
ふてくされたファングの呟きに耳に手を添えて聞き返す。
「ヒュドラに甘噛みされた上に、唾液でベッタベタにされたんだよコンチクショウ!!」
余程悔しかったのか怒鳴り返してきた。
勢い余って投げるところに誤差が生じただけで、この有り様にされれば腹も立つだろう。ヒュドラ側の事情が完全に八つ当たりだっただけなのである。
苦笑するケーナと肩を震わせて笑いを堪えるオプスを見れば、ファングは益々へそを曲げて黙り込む。
「ああ、ごめんなさいってば。機嫌直してよ」
ケーナはファングの肩をポンと叩くと同時に【清浄魔法】を行使した。
瞬時に寒天状の乾いた唾液や服の汚れも浄化されて、まるで風呂上がりのようにさっぱりした状態になる。服も新品とまではいかないまでも、洗濯したてのように砂埃や泥汚れが払拭された。
「「「なっ!!?」」」
この結果に目を丸くしたのはネープトたちである。
肩を叩いただけで人が綺麗になる現象など聞いたこともない。キングが好奇心旺盛に目を輝かせる中、ネープトは額に皺をよせていた。
「いいのか?」
「ま、決めてたから」
ファングが第3者がいるところでの魔法使用に疑問を投げかけると、ケーナはあっけらかんと頷いた。
元々ヒュドラを表に出すに当たって、オプスと話し合って決めてたことである。
さすがに異世界の者だとか、ゲームからのトリップ者だとかはややこしくなるので隠しておくが。ある程度の嘘と真実を織り交ぜて理解を求める予定である。
「初めて会った時から普通じゃないと思っていたんだが、それがアンタたちの秘密か何かかい? おっと、これはネープトの役目だったねえ」
「いえ、構いませんよ」
真っ先にスバルがケーナたちの意図に気付いたようだ。
キングもあの対クッチー戦を見ているので、2人の異常さには気付いていた。弓矢が戦車の砲弾を上回る威力を持つなど普通は考えられないし、個人で騎兵を凌駕するなど有り得ないからだ。
「ハンター個人の素性に言及するのは本来ならルール違反なのですが……。あのような異種トカゲや彼女らと共闘した話などを伺いますと、貴方たちはとても普通とは思えません。差し支えなければ目的などを窺っても?」
一応ネープトも言葉を慎重に選んだつもりだ。
護衛としてケーナたちとも顔見知りであるスバルとキングを揃えたが、不安もある。仮に2人が極悪非道で、内部事情に踏み込まれるのを嫌った場合、容赦なく殲滅されるかもしれないからだ。
その心配は取り越し苦労だったが。
「我等は魔法圏の者じゃ」
ネープトたちには緊張の一瞬。
オプスは素直に返答したが、それは彼等にとってまったく予想外の回答だった。
「ま、ほう……。?」
「まほうと言うのはあの魔法ですか? お伽話や童話やらの?」
「そうじゃ」
「そんなバカな……」
ネープトたちはもう少し別の、例えばテスタメント機関の秘密工作員的なものだとか思っていたので、完全に意表を突かれていた。
「我らは我らの目的に沿って行動しておるが、そこに人類と敵対する意思はない。お主等が我らに脅威を抱くのは仕方ないが、目的の邪魔さえしなければ友好的に事が運べるじゃろうよ」
オプスは淡々と詳細な目的をぼかしながら話しつつ、無造作に振った手に人の頭大の炎を出現させた。目を見張ったネープトはオプスの許可を得て手を近付けて、かなりの熱量を発しているのを確認する。
続いてケーナが取り出した扇子の先より、公園の噴水のような量の水を放水し始めたのを見て、キングたち諸共絶句する。
震える手で水を掬い口に含むと、今まで味わったことのない清涼感溢れる澄んだ味に言葉をなくすスバルたち。
「け、ケーナちゃんってば今までこ……、こんな水を飲んでいたのかいっ!?」
劇画調の驚愕した表情で固まるスバルに「ええ、まあ。大量に作り出せますし」と返す。気が付くとキングとネープトが見たことのない真剣な顔で詰め寄って来ていた。
「「ケーナくん!」」
「ひぃっ!?」
「「売ってくれ!!」」
「は、はい?」
「その水を売ってくれ! 垂れ流すには惜しい。1リットル1500ギルでどうだ?」
「ぶっ!?」
キングが銀15の値を付けたことに吹き出すケーナ。
街中で買い食いなどをして1日の食費が銀10(1000ギル)も使えば豪華とされるので、節約すれば2日分の食料が賄える金額である。
「甘いなキング殿。これ程の水、2000ギルの値を付けて妥当でしょう。どうですかケーナくん?」
「高っ!?」
マルマールの宿に1泊出来る額をネープトから提示され、ケーナはうろたえる。
ケーナたちにとって、水は自力でいくらでも補給が可能な物だ。生命線となっているこちらの世界とでは価値観が大きく異なっている。
その辺は判らなくもないが、そこまで高値を付けなくても……。と言うのがケーナの正直な気持ちである。
「じゃ、じゃあ間をとって……」
男2人がゴクリと唾を飲み込み、裁定を待つ。
その緊迫感に一歩後ずさったケーナはおずおずと切り出した。
「1000で、どう「「買ったーっ!!!!」」でしょぅ……」
ネープトとキングがガッツポーズをしているのをジト目で見るオプスとスバル。
スバルが大袈裟に「はあ〜あ」とため息を吐けば、男2人はビクンと硬直した後におそるおそる振り返った。
呆れ顔で腕組みしたオプスが「これ以上我らが釈明することはあるかの?」と問う。
「あ、ああ。すまない。横道にそれたね」
ネープトはぎこちない笑顔で、キングは気まずい顔で目を逸らした。
水の売買で魔法を納得してくれたというところに釈然としない感が満載である。
「次に……」とネープトが切り出してきたのはヒュドラのことだった。
「召喚魔法で呼び出した魔獣種のモンスターじゃな」
「彼が襲われていたようですが、危険はないのですか?」
「あ奴の騎兵が使えないと言うので貸し出しておる状態じゃな。人は襲わないようにと厳命してあるので、街の者に危険はなかろう」
召喚時の条件付けにより、防御が数%上昇する付加が施されている。ヒュドラの行動制限には敵対されない限り人を襲わないとなっているが、使役者は別である。まだそれとして認められていないためにファングの受難は続くだろう。
見てて楽しいのでその辺オプスは教えてやらないつもりである。信頼は楽して得られぬのだ。
ネープトにはヒュドラが問題を起こした場合の責任担当を決めさせられた。
これはオプスが2つ返事で引き受ける。ただし、バナハース内だけで他の都市はまた別ということらしい。
もしもの時は行政府と掛け合ってくれる等や、魔法についての周知を引き受けてくれた。
まずは青猫団員内で広めてみると。その為に水を求めて団員が殺到するだろうという、有り難く無い断りまで入れられてしまった。
話が終わったところで「では水を!」と切り出されて呆れるケーナたちであった。
後日、団員たちのみならず酒場にいて話を聞きつけたハンターたちにより、1日で金85も稼ぐことになったのは全くの余談である。
☆【水生成】
実は魔法ではなくスキルである。
MP1を使い10リットルが生成される。
オフライン時のチュートリアル中に習得できるが、クエストの一部と料理スキル以外にはまったく使用されないスキルのひとつである。




