39話 攻撃は爆発だ!
砂漠と都市を隔てる壁に向かいながらファングはインカムを付けた。
インカムはハンター組合で幾らか依頼を受けて、ある一定以上の実力があると判明された者に配られるものである。ケーナたちは商人組合の方にばかり自動機械を材料として卸しているので、この範疇には入っていない。
街に対して自動機械が攻め込んできた場合、たいていは籠城戦になる。
壁の数か所に埋め込まれた機銃での掃討や、壁の上は幅を取ってあるので騎兵を置くことも可能だ。壁の内側には騎兵や戦車のための昇降用エレベーターが設置してあるのが普通である。
都市毎に定められた周波数へと合わせれば、戦況と各部署への戦闘指示がインカムから流れ出す。
混乱を避けるためにリーダーとしてハンターや傭兵を取りまとめるのは引退した老兵だったり、都市を訪れていた傭兵団の頭だったりだ。
今回は後者で、指揮をとっているのは青猫団の副長ネープトらしい。
『こちら西側! 自動機械を3機撃破したが火力が足りん! 応援求む!』
『少なくとも都市にまだ騎兵乗りが5人居るはずだ! とっとと働かせろ!』
『こちら中央! 門前の戦車の弾薬がそろそろヤベエ! クレーンで順次引っ張り上げてくれ!!』
『もうちょいでスコールが来るぞ! 視界を確保しとけ!』
『自動機械の戦線後方にデカい奴を視認! 形式不明!』
「デカもんだぁ?」
移動の途中、建物の影で騎兵に乗り移ることも考えたファングだが、レストアした機体にはライフルしか武装がないと思い出す。
仕方なく怒号飛び交う門前に到着すると、ネープトを探し出し指示を仰いだ。
「ファングだ。騎兵がポンコツなんで射撃手として出る。何処へ行けばいい?」
「ファング!? ケーナちゃんたちはどうしたんだい?」
ネープトの隣で青猫団の部下たちから回ってきた情報を取りまとめていたスバルがビックリしていたので「漁に行ったぜ」と伝える。
「またタイミングの悪い時に……。あんたの真っ白いのはどうしたんだい?」
「運の悪いことに修理中で手元にないな」
運無しダブルパンチに顔をしかめたスバルは、すぐに気持ちを切り替えてインカムを怒鳴りつけた。
『8番と10番出しな! 嬢ちゃんたちは居ないんだとよ!』
『なんでえ嬢ちゃんの雄姿は拝めねえのかよ。分かったぜ!』
壁の内側のエレベーターに、ガリガリと大型の戦車が乗り上げる。
ケーナたちであれば見覚えのあるその戦車を操る者の名はキングと言う。
ファングはその上昇を眺める暇もなく、ネープトより「外に出ている戦車の撤退をサポートしてくれ」と言われ、梯子をムカデのような挙動で駆け上がった。ついそれを見てしまった者が「何だアイツ気持ち悪ィ」と呟くくらいである。
壁の上は先程上がってきた大型戦車がギリギリバランスを保てる8メートル程度の幅しかない。
射撃の反動を、前進するかしないかで消すには熟練の技がいるだろう。
「イヤッフー!!」とテンション上がりまくりなキング戦車の砲撃は、何時落ちてしまわないかと見ている方が心臓爆発モノの妙技である。
ファングが上がってきた外壁上には膝立ちの騎兵が2機。手持ちのライフルを下に向けているも撃つまではしてないようだ。
下を覗き込めば1両の戦車が右に左にと砲撃を避けつつ、近付いてくる自動機械へ牽制射撃をしていた。
騎兵の片方が行うハンドサインを見てファングは状況を理解する。自動機械が接近し過ぎて門が開けられず、クレーンで戦車を引き上げていたところで最後の一両が間に合わなかったらしい。
自動機械の群れ本隊は壁より100メートル以上離れた所に陣を張っているようだ。そこからナナフシと呼ばれる長い砲身に脚がついているだけの中型機が、6機ほどの数で散発的に砲撃を繰り返している。
外壁に取り付けられている銃座や、壁上で反撃をしていた騎兵に被害が出ているようだ。
何発かは壁を越えて都市内へ飛び込み、壁際の幾つかの建物で火の手が上がっている。不幸中の幸いとしては市民の有志や騎兵を持たないハンターらによって消し止められ、大規模な火災にまで至ってないところだろう。
群れから先行した小型機が接近し、戦車に取り付こうとしていた。
さらに好機ととったのか3機が追加で近付いてきている。ぐずぐずしている暇はないと騎兵たちが真下の1機を排除する方向で動く。
ファングは接近中の方を牽制してくれという指示がきた。『1、2の3』のタイミングでそれぞれが発砲する。戦車へちょっかいを掛けていた方は、上からの射撃に装甲を凹ませて動きが鈍くなる。
ファングはマシンガンをフルオートでぶっ放すついでに【徹甲】スキルまで使う。これはフルオートの場合に限り、最初の2秒間だけどんな弾種でも徹甲弾の効果を与えるものだ。
その結果、3機の自動機械はこれでもかというくらいに穴だらけにされて完全に機能を停止した。これには撃った方も唖然としてしまう。
「え、……え?」
『『…………っ!?』』
戦車の救助を行った2機の騎兵もあまりの光景に絶句していた。
しかし、戦車から早く引き上げてくれコールに慌てて動き出す。クレーンにワイヤーを引っ掛けて下降させ、それを戦車の乗組員がハードポイントに繋いで引き上げるまでの間、狙いはまだ動いていた壁際の自動機械に合わせたままだ。
マシンガンの銃口を半信半疑で眺めていたファングは、その自動機械を狙ってスキル無しで撃ってみた。
騎兵の射撃で装甲を凹ませるくらいが関の山だったのに、ファングの射撃はあっさりトドメを刺し、自動機械は火花を散らしながら停止する。再び壁の上に訪れる沈黙。
『い……、いやアンタすげーよ』
『何か特殊な製法の銃なんだろ、それ。奴らを止めるくらいだしな』
「や、いや。ひと山幾らのありふれた廉価品なんだが」
『『…………』』
実のところファングの攻撃力というのは低くない。
それどころか現地人に比べると遥かに高い水準である。彼が自分のことで強者だと自覚出来ていないのは、ゲーム内で彼が平均的なプレイヤーだったからだ。
彼の乗機であるAランク騎兵はレア品だが、ゲーム内では誰もが取得出来るありふれた騎兵だった。
Aランク騎兵を得ることは、初心者を卒業して中級者に足を踏み入れることだ。そこから頭角を現してトッププレイヤーや廃人に躍り出るか、伸び悩んで停滞するかに別れる段階である。
ファングは後者であったために浮き沈みを繰り返し、なんとか戦艦を手に入れるまでは行ったが、そこで止まってしまった。
こちらの世界には騎兵がCランクまでしか無かったので、多少の優越感には浸っていた。
だがそれも騎兵があればこそだと思っていたので、生身の戦闘は一般人程度だと思い込んでいたのである。
「自分すげー」と自覚し、さてじゃあ次。と行きたいところだったが、彼の生身での活躍はそこまでだった。
ポツポツと水滴を感じたと思ったら、瞬く間にバケツをひっくり返したような豪雨に見舞われたのである。ファングは慌てて装備欄から防水コートを選択し、脳内スイッチひとつで瞬時に羽織る。
僅か数メートル離れた騎兵でさえも、縦線で描かれた版画のようにしか見えないので、ファングの早着替えは見咎められることはなかった。
「これで少しは時間が稼げればいいんだが……」
自分を中心とした範囲型動体レーダーを作動させてみれば、小さい反応は都市から離れていっているようだ。今まで耳にした噂話では、スコールの最中に自動機械たちが攻め立てて来たことは無いらしい。
『ヒュー、スコールに救われたな』
『ぐずぐずすんな! 被害を調べろ!』
『正門4番と7番の銃座が沈黙してたぞ。担当者の生死は不明!』
『ええいっ、雨で何にも見えん!』
『壁上の騎兵も何機か落とされたぞ!』
『こちら街中。負傷者はいるが死亡者はいない』
それを見越してか、インカムから流れてくるのは撤収に掛かっている声も多い。
それでも何か例外がある場合に備え、ファングはスキルの範囲内を隈無く調べていた。
「っ!? なんだこりゃっ!」
知覚範囲のギリギリにあった大型の何かが、急速に近付いてくるのに気が付いた。直線上にあるのは未だ堅く閉じられた正門である。ファングは慌ててインカムに怒鳴り、注意を促す。
「正門側! デカいのが来るぞ気を付けろ!」
『なんだってぇっ!? この雨ん中どうやっ……』
――ガゴオオオォォォッッ!!
その瞬間雨音に負けず劣らずの轟音と共に壁が横揺れに襲われた。
上にいたファングは反射的に身を投げ出し、床に伏せて落下を防ぐ。騎兵の片方は壁の縁にしがみつき難を逃れたが、もう片方は不意を突かれたようで『うわわああああがっ』と絶叫を上げて落ちた。
間髪いれずに壁の内側でドガシャアという落下音が響く。
『おいっ! なんか落ちたぞ!』
『生きてんのか!? おいっ』
『な……なん、とか』
『ふぃ〜、ヒヤヒヤさせん……』
――ゴオオオォォォン!!
騎手の無事に安心する暇もなく、再び大質量がぶつかる轟音と揺れがバナハースの正門を襲う。
壁上に陣取る戦車や騎兵から正門前へ散発的に射撃を行っているが、バランスを保つ方が重要で視界が悪いために効果のほどは不明である。
ファングは匍匐前進で梯子まで移動し、振動で振り落とされぬよう間隔を見計らって素早く降りていった。
ドカーンズドーンと外から正門をこじ開けようとするモノの姿を視認出来ないため、ハンターたちは正門より離れた場所に陣を張り迎え撃つ気のようだ。
『ちっくしょう! 何が来てやがるんだよ!』
『ここを突破されたら最後だ。扉を抜かれた瞬間に全員で撃ちまくれ!』
騎兵や戦車や装甲車が隙間無く並んで銃口や砲塔が門に向く。
ファングには構造体の耐久度なども確認出来るが、正門のそれは既に2割を切っていた。
いよいよはこれの出番かと腹を括り、ファングは懐から取り出したヒュドラコインを握り締めた。
そして、唐突に降り始めた豪雨は唐突に終わりを告げる。
黒雲が急ぎ足で頭上を通り過ぎ、強すぎる陽光が降り注いで周囲の水分を蒸し暑い湿気へと変えていく。
スコールの通り過ぎた後に発生する一瞬の霧を吹き飛ばすように正門が破られた。
甲高い金属音と共に4つに割れた扉が都市内へ放り込まれ、もうもうと立ち昇る砂埃の中から巨体が姿を現した。
『な、なんっ……だ、あれ……』
誰かが震えながら発した呟きが、それを視認した皆の心の内を代弁していた。内6人はつい最近に見たことがあったので、別の意味で驚愕していたのだが。
それは濃緑色の鱗を持つ全長20メートル以上のツチノコであった。
かつてケーナが略してクッチー(クリムゾンツチノコ)と名付けた特徴的な、赤い炎のようなタテガミはボロボロな黒いアホ毛のように縮れていた。
それどころか瞳は濁って生気がなく、体を強固に覆う鱗はあちこち剥がれ落ちて悪臭を放つどす黒い肉がゾンビのように滴り落ちている。
頭部の左半分はごっそり抉れて、頭骨さえも半分は消失していた。
その欠けた頭部の肉に2機の自動機械が埋没していた。
首の辺りから背骨にかけては、節の付いた管の金属が背びれのように波うって埋め込まれている。半開きになった口からは長い舌が重量に従うまま垂れていた。
半サイボーグゾンビと化した巨体を引きつった顔で眺めていたハンターの面々は、正門からズリズリと進行を開始したクッチーを見て我に返った。
『う、撃てえええっ!!!!!』
戦車の砲塔と機銃が
騎兵のマシンガンやミサイルランチャーが
装甲車のミニバルカンが
歩兵のライフルやマシンガンや携行式ランチャーが
ただの騒音としか思えないつんざく爆音と共に吐き出され、爆煙を撒き散らしながら一点集中に炸裂した。
『止めろ止めろ! 撃ち方止めえええぇぇっ!!!!』
撃ちまくって辺りにバラ撒かれた薬莢がカラカラと虚しい音を響かせる中、立ち込める粉塵煙の向こうに動く影があった。
『うっそ……』
誰も彼もが目を見開いて絶句する。
はっきり言って今消費した弾薬だけでもバナハースの半分を焦土にして余りある威力があった。それをほぼ一点集中に受けて動くモノなど彼等の常識にはない。
とは言え煙が収まり、現れたクッチーも更に酷い姿になっていた。
顔半分に埋まる自動機械を庇ったらしく、右半分の鱗の大半が剥げて肉が露出している。それどころか抉られた隙間から内臓がこぼれ落ちている部分もある。唯一残っていた瞳は眼窩ごと消失し、口の先端部分はごっそり無くなっていた。
満身創痍のようだが、動くのには支障はないらしい。
鎌首を持ち上げ、眼下に並ぶ一団を押し潰そうと迫るクッチーに、恐慌状態のハンターたちは震えるだけだ。
弾薬の当ても無く、目の前の敵を倒す手段はもう手元に無い。
あと取れる手段は住民の避難が完了するまで、ここで的となって足止めするくらいだろうか。
誰もが一斉に突っ込むかと考えていたところでファングがヒュドラコインを投擲した。
制御云々は横に置くとして、まずは圧倒的破壊力でクッチーを排除するのが先だと思ったからである。心が折れかけているハンターたちをこれ以上苦行に追い込まないために。
しかし「頼む!」と思いを込めたまではいいが、勢いまで込めてしまったファングの投球は放物線を描き、クッチーの目前に落ちるどころか鼻先が無くなって半開きになった口内へ吸い込まれていった。
「……あ」と失敗を悟ったが時既に遅し。
顎肉の隙間や口から光が迸った瞬間、内部に顕現したヒドラの質量に耐えられるはずもなくクッチーは爆裂四散した。
どしゃドチャッと、肉片が降り注ぐ正門前には、首の先端から尾の先までクッチーに匹敵する大きさのヒュドラが立ちすくしていた。その身には腐った肉や血がこびりつき、悪臭を放つ酷い有様である。
『なんなんだよこんどはっっ!?』
ガシャガシャガシャっと騎兵等が弾のない銃を向け、新たに現れた怪物に対して臨戦態勢をとる。油断なく相手の出方を窺う糸の張り詰めた緊迫感の中、ファングだけは顔を青ざめさせていた。
ヒュドラは魂の奥底でファングと繋がっているが、その条件付けは従僕である。
それ故に気に入らないからと言って反撃しても、契約条件下位がために致命傷を与えることは出来ない。それでもファングから流れて来た感情によって、ここでこの場面での活躍に役立てることを高揚感と共に心待ちにしていた。
ところが蓋を開けてみればどうだ。
敵の体内に放り込まれるわ、これっぽっちも活躍しないまま事が終わってしまうわで、やるせない気持ちでいっぱいである。必然的に怒りの鉾先はコインを投げたファングへ向かう。
40近い怒りの視線にギロリと睨まれ、そろりそろりと逃げ出そうとしていたファングはピキリと凍り付いた。
ずらりと並んだ騎兵や戦車の前で向かい合う1体と1人。
事態が把握出来ず、警戒したまま推移を見守るハンターたちに背を向けたファングは、開け放たれている正門から砂漠の方へと遁走を計った。
『ジャアアアアッ!!!!』と全首が吠え、後を追うヒュドラ。
追走劇が砂丘の影に見えなくなり、「ぎゃああああっ!!」という悲鳴が微かに聞こえたところでハンターたちは警戒を解いた。
「なんだったんだありゃあ……」
とりあえず命があることを喜ぶべきか?
首の多いトカゲは警戒する対象なのか?
色々と困惑するハンターたちであった。




