33話 人魚の網にかかる
行政府が関連する施設が立ち並ぶエリアに足を踏み入れたケーナは、ハンターらしき者を警戒しつつ適当に歩き回る。
昼を過ぎた今は人通りは皆無であった。
偶に先を急ぐ市民に遭遇しても、ケーナのことなど意に介さず足早に去っていく。
「あれ、これ?」
行政府に近い路地をジグザグに進んでいると、青い屋根と白い壁と尖塔を持つ建物を発見した。
教会と思われたが、この世界での宗教の有無をオプスに聞いてなかったことに気が付く。
教会に近寄ってみたケーナはそのあまりのみすぼらしさに眉をひそめた。
壁はしっくいのようだが、内側の木材が見えてしまっている。木材壁にはムラが有りまくりで、とりあえずペンキを塗りたくって体裁を保っているようだ。
そこかしこに補修跡があり、隙間から室内を窺うことも出来るくらいだ。
こんな砂漠だらけで木材はどうやって確保しているのかというと、テスタメント機関が受注生産していると聞く。
尖塔を見上げてみれば鐘もなく、錆びた機構が見えるだけである。
室内には数人の気配があったので、様子見に覗いてみた。
錆びて嫌な音を出す蝶番でかろうじて支えられていた入り口の扉を開けると、12の瞳がケーナに集中する。上は12〜3歳から下は7〜8歳と思われる少年少女6人がホウキやチリトリを持って掃除をしていた。
中でも12歳前後の少年1人がさっと他の子供たちを庇うように前へ出て、警戒を露わにする。
「なんだアンタ? 見ての通りこのぼろっちい教会じゃあミサなんかやってないぜ」
見知らぬ人を見れば誰もがそんな対応なのかなと思ったケーナは、少年の間合いギリギリ外側になるように室内へ足を踏み入れた。
中も外と同じくみすぼらしい。
本来なら室内を埋め尽くすはずの長椅子は最前列の左右に1列ずつしかない。ステンドガラスが嵌っていた窓は大きく割られていて、ブルーシート代わりだろうか防塵マントかなにかが釘で打ち付けられている。ピアノなどの備品もなく、殺風景な屋根のある部屋というだけだ。
ケーナからすれば子供に警戒心をもたれると、それだけで気が滅入る。
ホウキを武器のように構えた少年少女たちは、全員がこちらを睨み付けている。その表情には陰りがあり、ほぼ感情の見えない暗い雰囲気を漂わせていた。
(王都の子供たちにもこんなに警戒されたことはないなあ……)
『大人ニ良イ印象ガ無イノデハ』
(それって虐待とかされてるってことなのかな?)
脳内会話をしていても、ケーナに向けられる訝しげな視線が強くなるだけだ。だからと言ってどうやって話し掛けたものかと考えていると、子供たちのリーダー格の少年が困惑した表情で話し掛けて来た。
「おいアンタ……。そこで考え込まれるとオレたちも困るんだけど」
「あー、ごめんねー。あなたたちみたいな警戒心の強い子たちに会うのは……、何回かあるけど。毎回どうやって話し掛けたら角が立たないとか、悩むのよねえ」
こんな返答が来るとは思わなかったようで、リーダーの少年ががっくりと肩を落とす。
ケーナは気落ちした少年の隙をついて間合いの内側にするりと入り込む。目を合わせるようにしゃがみ込み「食べる?」と干し芋を差し出してみた。
リーダー格の少年は「……っ」と言葉に詰まっていたが、背後に庇われていた少年少女の興味は引けたようだ。物欲しそうな10対の視線が干し芋に集中し、幾つかの腹の虫が鳴り響く。
「……貰えるモンは貰っておく」
「ふふふ。はい、どうぞ」
年少の子たちの様子に観念したのか、リーダー格の少年は渋々とケーナの施しを受け取った。しかしながら一心不乱に干し芋を食べる子供たちの様子にはケーナも不信感を覚える。
「この都市って食料が不足でもしているの?」
T・Sが言っていた事情を鑑みるに、絶対的に人口が少ない人間側からみれば子供を飢えさせるような真似はしないはずだ。
但し、補給に限りある都市に籠もっている以上、食料の行き渡る限界というのは有るだろう。その辺りケーナが頼めばT・Sがちょいちょいと生産施設を作ってくれそうではある。これは良い案かもしれないから、今度相談してみようとケーナは思った、が……。
「俺たちは孤児なんだ」
少年の不意の告白がとても悔しそうで、「う、うん」としか返せなかったケーナは内心頭を抱えた。
(「う、うん」じゃないよ私の馬鹿ーっ!! もっとマシな対応ってものがあるでしょおっ!!)
『落チツキマショウケーナ様。マダ話ハ続イテイルヨウデス』
キーに諭され、少年の話しやすいように膝を落として視線を合わせる。
孤児であれば行政府直下の孤児院があるはずだ。ヤルインでも見掛けたので、バナハースも同じようなものだろうと思っていた。
口ごもっていた少年はケーナの柔らかな瞳を見て、意を決したように話し始める。
「院長の奴らが金をピンハネしてるんだ。俺たちは朝晩に固いパンと豆スープくらいしか貰えない。こんなの食べたのスゴい久し振りなんだ。……だから、ありがとう」
「なっ……」
年少の子供たちからも「ありがとう」と口々にお礼を言われ、「どう致しまして。もっと食べる?」と返す。笑顔で子供たちに追加の干し芋を渡すケーナの内心はマグマのような怒りが煮えたぎっていた。
ストッパーであるオプスが居ない今なら、その院長らに会えば一瞬で死体が出来上がるくらいには。
子供たちの前で殺意を垂れ流す訳にもいかないのでグッと堪える。
そんな彼女の背後で扉が開く音がして、室内にキンキンした声が飛び込んできた。
「ホラ、あなたたち! 掃除は終わったザマスか?」
子供たちが慌てて食いかけの干し芋を服の下に隠す。
ケーナが振り向いた先には達磨のような人物がいた。
「うん? 何ザマスかあなたは?」
それは一見するとシスター服に身を包んでいたが、とても一般的なシスターとはかけ離れていた。
洋画でたまに見るようなシスターでもあそこまでは膨らんではいまい。はっきり言ってふくよかを通り越し、横と奥行きに肥大化した力士のようであった。同じように膨らんだ顔は例えるならハゼを正面から見たような感じだ。左右にカールした短髪とかは胸ビレにしか見えない。
その背後にはシスターハゼより劣るが、ふくよかなカッパ頭の髪の薄い神父が太鼓持ちのように付き従っている。
「あまり見掛けたことのない顔ザマスね。余所者ならばウチの子たちへのちょっかいは止めて欲しいザマス。ホラ、ここの掃除が終わったら孤児院へ帰って片付けをするザマスよ」
子供たちへ向けて横柄に命令するシスターハゼの姿は、ケーナの堪忍袋の緒を切るのに充分な材料であった。
「ウチの子? どの面下げてウチの子ですって!」
「ひいっっ!? な、何ザマスかアナタはっ!!」
向き直ったケーナの剣幕に畏れを感じたシスターハゼとカッパ神父が後ずさる。
威圧スキルなどは発動させてはいないが、怒りが一回転して突き抜けたケーナは、いつもなら無意識に放ってオプスを吹き飛ばす能力をいくらか制御下に置いていた。
今ならこの2人を肉片ひとつ残らせることなく消し飛ばすことが可能だと。
ケーナの狂気を含んだ視線を向けられた2人は、蛇に睨まれたカエルのように硬直してだらだらと冷や汗を垂れ流す。
「わっ、私たちをどどどどーするつもりザマスかっ!? こここっ、これれも行政府かららっ、孤児、院ンンをまま任されって、ててている身みっですざザマまスよよよっ! わ、私たちに手をだ出せぇば行政府から罰せられるザマスよォー!」
「黙れ。虎の意を借る豚どもめ!」
必ず殺すと語る瞳に射抜かれた2人の似非聖職者は扉から外へ転げ落ちる。
「「ひっ、ひいいいぃぃィィ――!?」」
子供を道具のように扱っただけでケーナには断罪確定である。
もはや頭に血が登りまくった彼女に対象の言葉は届かない。
『チョッ、ケーナ様落チツイテ落チツイテッ! 今ソレヲ解キ放ッタラ後ロノ子供タチドコロカコノ周辺モ一緒ニ消シ飛バシテシマイマスカラッ! カッ烏ゥー、ケーナ様ヲ止メテクレー! ナゼコンナトキニオ傍ニオランノダアレハアアアアァッ!!!?』
キーはケーナを護ることに特化した僕なので、彼女の命令が無い限りその力を他に使う事ができない。恥も外聞もなく喚き散らすという珍しいキーの言葉をBGMに、一歩踏み出そうとしたケーナは後ろから後頭部をスパーンと叩かれて我に返る。
振り向けばリーダー格の少年がホウキを振り抜いていた。子供たちのために断罪しようとしたら、その子供に止められたことで目を丸くして唖然とするケーナ。
その眼前にホウキがずびしぃっと突きつけられた。
「おいコラ! 誰が余所者のアンタに罪までひっ被って助けてくれなんて頼んだよ!」
「ええ〜〜」
その剣幕に押されて、ゲージが振り切っていた怒りとか勢いとかが急速に萎んでいく。
ケーナから驚異を感じなくなったのを好機ととったのか、あたふたとシスターハゼらが戸口まで戻ってくる。
「よくやったザマスよアナタたち! さ、そんな野蛮な女から離れてこっちへ来るザマス」
再びケーナがギロリと睨みを効かせれば、怯えて戸口の外へ身を隠す。
そんな態度を取るケーナの横を子供が並んで抜けて行った。皆が口々に小さな声で「アリガトウ」と呟きながら。
通り過ぎながら表情が死んだモノのようになっていくのがケーナの心を震わせていた。
「ああアナタのことは行政府に報告しておくザマス!」
「ああ、そう」
シスターハゼらに連れられて去って行く子供たち見送るしかない中、ケーナの苛立ちは衝撃波となって教会の壁にヒビをいれた。
「権力を笠にきるなんて……」
奥歯を噛み締めて遣り場の無い怒りに震えるケーナの眼前で、唐突に光が弾けた。
「えっ、なんでっ!?」
そこに現れたのはアイテムボックスに入っているはずの人魚の駒であった。
驚きに固まるケーナを余所に人魚の駒は輪郭を光のラインに変え、空中で解ける。
新たに描かれて中空から染み出すように現れたのは生身の体を持つ人魚だった。
身長はケーナの半分以下の60センチメートルくらい。
重力に逆らって空中をたゆたう金の髪は身長より長い1メートルもある。
胸部にはタートルネックの青い水着を着け、体の半分以上を占める下半身はエメラルドブルーの鱗に覆われていて、腰部の左右には長いヒレが付いている。
透けるような白い肌とは対照的に、頭頂部には血のような赤い一本角が生えていた。紫色のぱっちりとした瞳のある顔は楽しそうな表情を浮かべ、体をくるくると回しながらケーナの周囲を一回転。
にぱーっと無邪気な笑顔でケーナの目の前で口を開いた。
「じゃじゃーん! はーいさーんじょー!」
「…………えーと……」
ノーリアクションのケーナを気にする風でもなく「あはは、うふふ」と彼女の周りを踊るように泳ぐ人魚の少女。
「……誰?」
「リュノフはリュノフなの――!」
聞いてみればあっさり答えが返って来て拍子抜けだ。
何が楽しいのかケーナの前で自己主張をすると空中をぴょんぴょん跳ねまくる。ハイテンション過ぎて逆にケーナの方が疲れてくる始末。
そんなケーナの顔を覗き込んだリュノフは「あー!」と何か楽しい事を見つけたように目を輝かせる。
「だれかがひめさまなかした――! いーけないんだーいけないんだー! ■ーカ■にいってやろー! そしたらこんなほしなんてぷちよぷちー! あははは――!!」
無邪気な顔して言ってることは危険極まりない。
ケーナは慌ててリュノフをひっ捕まえると視線を合わせて「泣いてない。泣いてないから、ぷちするのは駄目。OK?」と諭す。
T・Sの時のように一部の名称に当たる単語は聞き取れなかったが、キョトンとしていたリュノフは笑い顔のまま「はあーい」と返したので一安心だ。
あと今の会話には何処か既視感がありまくりだった。とても懐かしい感じがする。
リュノフという人魚の少女がなんなのか、よりは今目の前に居るのが心にすとんと安心感をもたらす。
「うーんと、じゃあねぇー。えらいひとにはえらいひとをぶつけるんだよぉー」
「……は?」
この一言がバナハースという都市に要らぬ混乱を巻き起こすきっかけとなろうとは、彼女は思いもよらなかった。




