30話 旅路時々襲撃
ちょこっと残酷描写有りです。
ケーナはリアデイルから持ち込んだ大量の小麦を夜のうちに食パンへ加工し、朝には調理スキルでトーストにして皆に振る舞う。やはり出所を詮索する者はいたが、「企業秘密です」で煙に巻いておいた。
2日目の午前中に数機の自動機械が襲撃してきたが、これは青猫団が難なく処理して旅路に影響はなかった。
「やばい。このままでは飯炊き女になってしまう」
「もうこの流れで行くとそれそのものじゃろう?」
朝食の余りのパンを調理スキルでサンドイッチに変えて昼食を済ませる。
昼間は移動に費やすので、足を止めて昼食という訳にはいかないからだ。
朝の時点で、青猫団員やアクルワーズ商会の人員から夕飯を催促する視線が飛んできた。ケーナは答えを保留にして出発してしまったので、移動中に回答を迫られているという訳だ。
「人が良いにも程があんだろ……。ああいうのは金銭を要求してもいいと思うぜ」
「キャラバンとする旅じゃと毎度の事じゃったからのう。ただの習慣病と変わらん」
ファングが妥協案を出すが、オプスが言うだけ無駄だと首を振る。
リアデイルでも商隊に散々優遇してた前科があるだけに反論も出来ない。仕方ないのでケーナはファングの案を採用し、即席屋台でも作ろうと準備しだす。
「この中でやるんかいっ!?」
荷台の中でアイテムボックスから角材を取り出したケーナにファングは悲鳴を上げる。
今荷台にはケーナとオプスとファングの3人が寛いでいる。
それで半分くらいのスペースを使っていて、後は荷物に偽装したダンボールが数個くらいだ。残りのスペースで屋台の骨組みを作ろうというのは無茶もいいところだろう。
ちなみに運転はオプスが思考の一部とハンドルを“繋げて”行っているので、今現在彼等のトラックは無人で走行中である。あまり人目を気にしなくていい殿を走っているから出来ることだ。
そうでなくてもオプスはやりそうなので、油断はできない。
やはり狭い荷台では取り回し難いとして角材をしまい込んだケーナは「そう言えば」とファングに問い掛けた。
「あのC型ってやつ、ファングは操縦出来るの?」
「あ……、ああ。出来るぜ、騎兵ならひと通りな」
VRMMOガーランドを騎兵乗りで始めるとこちらと同じ形式で初期選択はF型であったそうだ。
あとは金が貯まり次第F型からE型、D型と乗り換えていけばいい。金銭でその辺り自由になるところは、こちらとは違うところだろう。
「それはいいことを聞いたわ」
その話を聞いたケーナはニンマリと笑みを浮かべながら納得するように頷き、オプスは苦い顔でため息を吐いた。
「なんだ。今の話でなんかあったか?」
「バカ者めが……。ケーナを焚き付けおったな」
「はァ?」
意味が分からないファングに困惑する原因本人が解説を加える。
「つまりー、騎兵を拿捕すればファングも暇にならないってことでしょ」
「拿捕するって、をい。どっからどうやって……」
「うふふふふふ」
ケーナは妙な含み笑いの余韻を残しつつ、幌の端に手を掛け逆上がりの要領で荷台の上に出て行った。数秒の後に幌を軋ませると気配が消える。
「……行っちまったけど?」
何がなんだか分からない顔のファングは口をぽかんと開けたまま、荷台の天井を見上げていた視線をオプスに戻す。オプスは隣が不在になったので、荷台の長椅子にゴロンと横になる。
「あー、もう我は知らん」
「おい……」
ファングからの非難の視線にも目を細めて薄笑いで返す。
「さっきケーナが言ったじゃろう『拿捕する』とな」
「どっからだよ。まさか青猫団からじゃねえよな?」
「運良く近くに砂賊でも近づいとったんじゃろう。いや、この場合相手にとっては運悪くじゃな。あやつは生きた生体レーダーがお供についとるしの」
このタイミングで2人の持つインカムに青猫団から砂賊接近の一報が入り、彼等は顔を見合わせた。
「どーやって騎兵とっ捕まえる気だよ。オプスたちにはそれも苦じゃねえのか?」
「さてな。色々手はあるが、中身を無力化させてしまえば残るは金属の塊じゃろう。あやつは目標を固めると視野狭窄になるところがあるからのう」
黒い笑みを浮かべるオプスにファングはブルリと体を震わせた。
「すげえ嫌な予感がするんだが……」
「えげつない方向にの」
小さく鼻を鳴らしたオプスはどうでもいいというように目を閉じた。
◇
ケーナはトラックの幌の上に出ると、装備を完全武装に変えた。
実は朝から会話の合間や作業の合間に例の俯瞰視覚をちょこちょこ発動させていたので周囲の把握はバッチリである。
しばらく前からキャラバンから離れた場所を併走する戦車や、騎兵を格納できるコンテナを2台連結した装甲車を確認していた。それが徐々に距離を詰めて来ていたので、話に聞く砂賊かと思っていたのだ。
跳躍スキルを使いキャラバン所有のコンテナへ飛び移りながら、事前準備を行う。
「【噛み砕く獣魔:LV3】」
遠距離戦闘用の闇属性魔法を起動させると、空中から滑り落ちるように全長2メートルもの体躯を持つ獣がケーナの左右に現れる。鋳造された銅像のような印象の2匹は黄金色に輝いていて、右側に狼が、左側には虎である。
2匹共細いチェーン付きの首輪があり、チェーンの先はケーナの背後で虚空に消えていた。その2匹をお供に、並んで移動しているコンテナからコンテナへ飛び移っている最中にインカムに通信が飛び込んで来る。
『右側よりお客さんのご来訪だ! 右列の奴らは戦闘準備ィー!! 他の奴は陽動もあるかもしれんからま〜だ動くなよー』
その通信直後に右側を固めている青猫団所属の車両3台の騎兵格納コンテナが次々にハッチを開いていく。真ん中から割れて左右に開いたり、天井部分だけ蓋のように開いて騎兵が立ち上がったりとコンテナによって違う。
ケーナはそのどちらでもない、汎用キャリーに仰向けで固定されていて防塵カバーを剥がしている最中の車両へ着地した。
「うおっとぉっ!! ケーナちゃんじゃないか、どこから降ってきたんだい?」
驚きながらも自分の騎兵の起動準備をこなしつつ、苦笑したシグが問い掛ける。
「ケーナ!? あんたも参加すんのかいあれに?」
オペラグラスで砂賊の動向を警戒していたスバルが、乗っていた装甲車の上からこちらに走り寄ってきた。途中ケーナの連れている虎狼に目を丸くするが、足を止めずに背中を叩いて苦い表情になる。
「あんたが出るような相手なのかい?」
「いえ。ちょっと騎兵とっ捕まえようかと思いまして。ひとり騎兵乗りがウチに余ってましてね」
「あー。ファングの野郎のためかい。分かった。うちの奴等には一応言っとくけど、銃弾には気をつけるんだよ」
「はい」
尚キャラバンはこのまま速度を維持して進み続ける予定だ。
騎兵を降ろした青猫団所属車両は残り、戦闘が終わったあとに予め決めてある合流予定地点へ向かう。
ケーナの【遠視】スキルには砂賊のコンテナ車両から5機の騎兵が下ろされ、3両の戦車と共に此方へ向かってくるのが見えた。ただし明確に向かう先はややズレた後方で、先を急ぐキャラバン群らしい。
『オラァ! アンタたちィ、抜かれるんじゃないわよォッ!!』
『『『『オオオッ!!』』』』
スバルの怒声がノイズ混じりで響きまくり、息の揃った気合いの野太い返事がそれに続く。
『あと嬢ちゃんも出るから弾を当てんじゃないよっ!』
『ハァ!?』
『おいおい生身で騎兵をどーしよーってんだ?』
『あのおっかねえ兄さんの仲間だろあの嬢ちゃん。大丈夫じゃねえの』
此方側の騎兵はシグのF型と3機のC型だ。
F型は下半身がキャタピラなので格闘戦には向かない。シグ機は瑠弾を的確に相手の進行方向に打ち込み、妨害に徹する。
砂賊騎兵らの先回りをした残りの青猫団騎兵たちは銃弾で牽制しつつ、1機がトゲ付きシールドでぶん殴るという豪快さを見せた。
「はぁーい。後ろががら空きぃ」
ケーナは砂賊騎兵らの斜め後ろに砂丘を滑るように回り込み、右側の狼へゴーサインを出した。
主人の指示に従い空中を高速で駆けた金狼はとっさに銃を向けた騎兵に怯む事もなく、人の頭を丸呑み出来そうな顎を開いて騎兵の胸部目掛けて飛びかかった。
騎兵が反射的に撃った銃弾は金狼の体をすり抜けたという事実を、敵も味方も目撃して動きを止める。
しかし更なる驚愕な状況を目にすることになり、現実を疑った。
金狼は胸部の装甲を難なくすり抜けて、操縦席で凍り付いたパイロットの胸に鼻先を埋める形でその内部に噛み付いたのだ。
『グギャアアアアアアアアッッ!!!!』
人よりも獣に近いような絶叫が上がる。
騎兵の胸から金狼の腹と後ろ脚が突き出ている不可思議な光景と、砂賊内の通信網へ耳をつんざく絶叫がプラスされた。
【噛み砕く獣魔】とは対象の魂に直接のダメージを与える魔法である。
ゲームの時には精神力の低い数値を持つ動物系モンスターを一撃で行動不能(気絶状態)にする程度でしかなかった。しかしリアルで行使するそれは、対生物であるならばほぼ必殺と言っても過言ではないデンジャラスな効果を及ぼす。
具体的に言うと行使された者は魂を傷つけられるので人格障害か記憶喪失、最悪の場合には廃人か。
魔法となるが行使する為の媒体を魔力で形成して、それを対象にぶつける必要がある。媒体には物理攻撃は無効だし、壁があってもすり抜ける。防ぐ手段はケーナのステータスを凌ぐほどの魔法防御力か、儀式魔法で形成された結界のみだ。
威力も兼ね備えた媒体は上に行くほど凶悪になる。LV2だと猫型、LV4だと竜型という風に。
対人だったらこれくらいかと思ってLV3の虎狼を選択したケーナだったが、そこは魔法攻撃力に特化した種族のハイエルフ。威力が凶悪過ぎて結果は悲惨のひとことだ。
加えてこちら側の人間の魔法抵抗力がお粗末だっただけのこと。犠牲者は一撃で白目を剥き、涙と鼻水とよだれを垂らし、下半身から汚物を漏らして『えへ……えへへへへへ』と薄ら笑いを浮かべるだけの廃人と化した。
しかし外から見ているケーナにはその様子は分からない。
通信の繋がる砂賊たちにその恐ろしさが伝わるだけだ。おかげで金虎を向けられた砂賊の騎兵は武装を放り出して逃げ出したほどである。
もちろんあっさり追いつかれた上に背中側を透過して噛み付かれ、1人目と同じ末路を辿った。再び絶叫が砂賊の通信を震わせ、彼等の心身も震え上がらせた。
いくら無法者といえども賊などをやっている以上、不意の死は選べないのは理解している。
キャラバンを襲って護衛に倒されたり、自動機械に殺されたり、砂漠のモンスターにやられたりと街中に住めない者たちには辛い環境である。
だから相手が前述の3つや病気なら仕方がない。
だが銃の通用しないけったいな獣に襲われ、絶叫を挙げた末に生きてるのか死んでるのか分からない末路だけはごめんだ。
2機目の騎兵が砂漠に倒れた姿を目の当たりにした砂賊たちは、青猫団へ切羽詰まった声で投降を申し出た。騎兵から降ろされ一塊にされた後、獣魔に襲われた者が操縦席から引きずり出された姿を見た者は悲鳴を上げる。
「「「「ひいっ!?」」」」
「「「「なんっっ!?」」」」
敵も味方も犠牲者の惨状に青い顔をして絶句した。
「あちゃー。まあこんなものなのかなあ、こっちでは」
というケーナの発言に敵味方関係なく抱き合って恐怖に怖れおののいた。さすがに1度の行動を共にしたスバルたちも表情を引きつらせていたくらいである。
この辺り住む場所の価値観の違いが表れていた。
リアデイルでは盗賊などは百害あって一利無し。ゲームがそのままに見つけたら殺すのが当たり前。捕らえたら強制鉱山労働送りか死罪になる。
対してこちら側はなるべく捕まえて行政奴隷に望ましいというくらいだ。純粋に人間が足りない世界であり、労働者はいくらいても足りないという考えである。
そんなこんなで、夕食の件で間が縮まりつつあった青猫団員たちとケーナたちの溝は再び開いてしまった。
「……何が悪かったんだろう?」
「お前はもうちょっとこっちの常識を学んだ方がいいんじゃね?」
本隊と合流した野営地点で噂が飛び交い、遠巻きにヒソヒソ声で話し合われるという状況にホロリと涙するケーナであった。
ちなみにケーナの蹂躙した騎兵の1台は無事にファングへと譲渡された。
残りの騎兵や戦車は青猫団で接収され、アクルワーズ商会が車両と捕虜を買い取ったのである。




