27話 コミュニケーションは難題
「T・Sに会ったじゃと……?」
「うん。背丈これくらいの女の子で髪が長くてー」
唖然とする珍しいオプスを見てちょっと優越感を感じつつ、ケーナは出会ったT・Sの容姿をあーだこーだと説明する。キーの証言もあり、本人で間違いはないそうだ。
「あ奴め、前と全く成長しとらんではないか……」
どうやらヤルイン奪還作戦があった30年前より姿形に変化はないらしい。
「で、これ貰ったんだけれど」
首に掛けれる程長いチェーンに繋がれた金色のスペースシャトル、の形をした笛を見せられてオプスは渋い顔になる。
「あ奴の作ったものは何であるか想像がつかんのう……。お主に危険がないことだけは確かじゃが」
「T・Sって何なの? ちょっと話した感じだと独特な子だとは思ったけど」
「あ奴は異種じゃな。我と蛇はお主に作られたのじゃが……」
「オプスとキーって私が作ったのっ!?!?」
何気ない会話で突然に飛び出したとんでもない真実に、ケーナは頭の中が真っ白になってしまう。「このねじ曲がった性格の元凶は私!?」というのがエコーで脳内をぐるぐると占め、暗黒の底なし沼に落ちていくイメージである。
「いや“始まりの”お主じゃからな! 今生や前生などではないからの! だいたい我らとて最初からこのような性格だった訳ではないからの。それこそ命令にただ従うだけのハイハイマシーンだったのじゃからな!」
『烏ヨ』
「なんじゃ蛇よ。ホレ、貴様からも何とか言って……」
『ケーナ様ハスデニ気絶シテイテ聞コエテオランゾ』
「そんなにショックじゃったのかっ!!!?」
ケーナが一晩ほど寝込み、この時の質問の答えがうやむやになっていたのに彼女が気付くのは、ずっと後になってからのことだった。
◇
ケーナがぱちりと目を覚ますと室内は相当に明るかった。
天窓から差し込む強烈な日差しは部屋の真ん中に陣取っている。
枕元には小さな蝶々の風精霊がおり、ケーナへゆっくりとそよ風を送っていた。
どうやらオプスが召喚し「ケーナが起きるまで」という命令があったらしく、彼女が身支度を整える間に消えていた。
ケーナは小さなあくびをひとつして部屋を見回すも、悪友兼守護者兼保護者の姿は見当たらない。
「うん? なんか忘れているような……。キー?」
『ハイ』
一番近くにいる者が大抵を記録しているので、分からないことがあればそちらに聞く。
「昨日何かあった?」
『……イエ、何モ。何時モ通リオプスニ突ッ込ミヲ入レ就寝シタクライデ、変ワッタコトハアリマセンデシタヨ』
やや躊躇するような間はあったが、特に変動があったわけではないらしい。それなのに何か違和感を感じるのはなんだろうか。
「うーん。何か忘れているような……。そのオプスはどうしたの?」
『ファング様ヲ誘ッテ飲ミニ行クト、出掛ケマシタ』
「こんな真っ昼間からぁ〜?」
別にオプスの行動を縛るつもりはないが、それでも昼間から飲酒はどうなのかと呆れぎみである。
ケーナは部屋に鍵を掛け、ミサリに挨拶をし、朝食兼昼食を取りに市場の中に点在する屋台を巡ることにした。
「う〜、このソースちょっと辛かったかも……」
屋台の中で美味しそうな匂いをさせていたトカゲ肉(砂アゴらしい)のフライと野菜のサンドイッチを買い込んだ。歩きながら食べていたのだが、かかっていたソースが後からくる辛さだったためケーナは飲み物を探して右往左往していた。
と、そこへ声が掛けられる。
「おやケーナちゃん。こんな所で出会うとは、なかなかどうしてアタシも運がいいねえ」
「……スバルさん?」
以前に護衛依頼を一緒した、青猫のバンダナを足首に巻いた女傑が微笑んでいた。
「今ヒマかい? 出来れば何も依頼など受けていないのが望ましいんだけどねえ」
「また護衛ですか?」
「そうさねえ。今回はちと大掛かりでねえ。人数が必要なのさね」
ケーナの中で“お姉様と呼びたいランキング1位”のスバルに頼まれれば返事は決まったようなものである。
「ヒマしてましたし、構いませんよ。ちょっと飲み物を探してて、……」
待って下さいと続けようとしたケーナは有無を言わせぬままスバルに腕をがっちり組まれ、引きずられていく。
「なんだい飲み物くらいアタシが奢ってやるよ。丁度酒場に人を待たせていてねえ」
「え? え? あの、スバルさん?」
「いーからいーから」
引きずられながら語られた依頼内容は、キャラバンの護衛だそうだ。
護衛対象のアクルワーズという名のキャラバンは現世界最大規模を誇る大商会らしい。
スバルたちの本隊である青猫団は、毎回アクルワーズの護衛を務めてきたが、今回団員がバラけすぎてカバー出来る人数に達してないそうだ。
そこで急遽別に雇い入れることになり、人選を任されたスバルはケーナたちを探していたという訳である。
「おーいアンタたちーっ! 力強い援軍を連れてきてやったよ!」
連れ込まれた先はメンデルスという名の酒場だった。
20人弱の男女がひとつのテーブルを中心に円を描くように固まっている。
ついでに端の席にはオプスとファングの姿も見え、スバルに連れ込まれたケーナに目を丸くしていた。
きょとんとしたケーナはギヌロと40以上の目玉に睨まれても動じる様子はない。
リアデイルでそれなりに名が売れていたせいで荒くれ男共の視線には慣れっこだ。
試されていたらしく、その集団は一度視線を外したあと、にこやかに接して来た。一部舌打ちした者もいたが、それは無視だ。
「これはこれは。君が噂の姫君か。僕は青猫団副団長のネープト。今回はよろしくお願いするよ」
そう言って握手を求めて来たのは、30代くらいの糸目の青年であった。
珍しくYシャツに身を包み、柔和な笑みとほっそりした体躯はとてもハンターとは思えない。
「どもっ、ケーナって言います! 今回はよろしくお願いします!」
元気よく挨拶をすれば笑顔を返してくれる者や拍手で迎えてくれる者など、概ね好意的のようだ。一部は心配そうな視線を向けてくる者もいる。容姿から舐められることは慣例行事なので、本人は毛ほども気にしていない。
「蹴り姫じゃねえか……」「なんだそりゃ?」「バッカおめえ知らねえのか。あれが砂アゴをひと蹴りで仕留めたという嬢ちゃんだ」「……マジか」という会話が交わされていたり。
他には「飯の女神来た! これで勝てる!」「おお、味気ない旅の飯に希望がっ!」万歳しながら涙を流す2人とか。
近寄って来たオプスとファングを「こっちがうちの仲間です」と紹介する。
オプスからは水の入った杯を渡され、これ幸いとばかりに辛さで麻痺した舌をなだめる。
鋭い眼光に恐れをなしたのか、オプスには様子を窺う視線がちらほらと。
それとは逆にファングには敵意ある視線が集中したことで彼の頬が引きつった。
「これはこれはホワイトファングさんじゃあないですか。しばらく見掛けないと思ったら、こんなお嬢ちゃんの手下に成り下がっていたとは……」
立ち上がってズカズカと近寄ってきた数人の若い衆にファングが取り囲まれる。
今にも噛み付きそうな野良犬のようだとケーナは思った。
「おいおいどーしたんだホワイトファングさんよォ。相棒の騎兵はパンクかぁ?」
「お前さんあれだけ狩り場荒らしといて詫びのひとつもねえってかァ?」
「あの時は先に断りを入れた筈だ。俺の護衛していた車両を通して貰うと。先に撃ったのはそっちだろう」
ケーナや青猫団の面々が目を丸くするなか、言い争いは次第にヒートアップしていく。放っとけば今にも誰かが懐の物を抜きそうだ。青猫団の者たちも諫めようとはせず、ただ静観しているだけである。
「いい加減にしときなよアンタたち?」
冷ややかな声でその場を一時止めたのはケーナの隣で青筋をたてていたスバルだった。
「でもよぅ姐さん」
「お黙り。いつまでも過ぎたことをグチグチと。そんなもんは砂とともに吹き飛ばしておしまい! それでこの話はお終いだ。それともアタシの人選に文句があるってえのかい?」
細身の副団長がウンウンと頷く中、若者たちは親の敵のようにファングを睨み付ける。
許せないがスバルに頭が上がらないのか、ああも言われては引き下がるしかないということなのか。
「まあ待て」
今まで事態を知らんぷりして眺めていたオプスがその輪に割り込んだ。
「なんだテメェは。関係ねえ奴、……は、す、すすすっ」
オプスの視線とかち合った1人がガタガタ震えながら尻すぼみになる。
「貴様等はファングに辛酸を呑まされた落とし前をつけたい。と言うのだろう?」
「そ、そそそ、そうだ」
フッ、とか笑ったオプスを見てケーナは内心驚いていた。
どうやらこの短時間で一緒に飲んでいたファングのことを存外気に入ったらしい。数日前はイライラしていたというのに、珍しいこともあったものだと感心する。
そしてオプスが若者たちを睥睨しながら「護衛の最中にずっといがみ合っていたところで気分の良いものではないじゃろう。こやつも騎兵は修理に出しとることではあるし。その喧嘩、我が買った」と言うのも予想通りだった。
他の者たちが盛大に驚く中、すすすっと隣にやってきたスバルがケーナへ小声で問う。
「アイツら騎兵乗りなんだけど大丈夫なのかい?」
オプスがクッチーをハルバードの一撃で粉砕していた光景を見たからこその言葉である。対騎兵の模擬戦になるだろうが、そこは心配するところではない。
「ええっと、まあ、たぶん。死にはしないと思いますが……」
自尊心だか自信だかプライドだかは打ち砕かれるかもしれないが、ケンカくらいでオプスも相手を殺すようなことはしないはずである。
一抹の不安は残るが……。