25話 水泥棒探偵団(1
衝撃の告白をしてきたT・Sのことはさて置いて、水泥棒のことである。
彼女の語ったことがオアシスの真実ならば、水泥棒が1人や2人いたところで水の供給に何ら問題はない。しかし現状その真実はケーナの心の内にのみに留まるのみである。被害に遭っている行政側や市民の心配はいかほどのものか。
念のためハンター組合にまで足を伸ばしてみれば、水泥棒に対してはオアシス警備程度の依頼しか出されていなかった。
「これ、捕まえる必要はないのかな?」
「いや、そりゃ水泥棒は毎度の如くある話だからな。警備してりゃあ誰も手を出さねぇさ」
「被害1回につき、警備程度で再犯は防げるということなのじゃろうな。昔も似たような例は少なくなかったことではあるのう」
呟きに答えたのが唐突な言葉のファンファーレでなくて、ケーナはホッとした気分であった。ファングとオプスを見て胸をなで下ろすケーナに2人は揃って首をかしげる。
「なんじゃ? 我らになんかあったのかの」
「ううん。2人であって良かったってだけ」
何でもないと首を振って、2人の疑問を誤魔化す。
ファングには関係ないことなので、宿に戻った時にでもオプスに言おうと心の中にメモしておく。
聞いてみるとヤルインにおいて水泥棒というのは珍しくなく、忘れた頃に起きる風物詩のひとつらしい。
すべては起こってから判明するので、ほぼ後対応になってしまうのだとか。
それを聞いて腑に落ちない表情のケーナに、オプスは苦笑した。
「気になるなら調べてみればよかろう」
「えっ!? いいの!」
「いいも何も、我らには行動決定権はないといつも言っておるじゃろう。オヌシ次第じゃと」
ケーナの難しい顔が一瞬にして笑顔になり、音符を飛ばしながら「さーてどっから捜査をやろうかっなー」と楽しそうだ。
逆に苦虫を噛み潰したような表情になったファングが、面倒臭そうな視線をオプスへ向ける。
「なあ、これ俺も付き合わんとダメか?」
「その辺りは貴様の好きにすればよいじゃろう。だが事件が解決に至った時に報酬が出た場合は、貴様の分け前は無いと思え」
「…………」
痛いところを突くオプスに、ファングの表情がますます渋くなる。
無言で異を唱えぬファングは了承したものとして、オプスはケーナの浮かれ具合をどう収めようかと思った。
理由としては無意識のスキル使用によってハンター組合の室内を飛んでいる音符のせいでもある。ケーナは気が付いていないが不思議現象により、職員の目は点になっていた。
◇
まずは情報をと、事件の発端となる目撃者にもう一度その時の状況を聞いてみた。
「え、何? 水泥棒を調べる? 蹴り姫ちゃんは妙なことに首を突っ込むんだねえ」
答えてくれたのはハンター組合の職員で、ラヤマという名の50代の男性だった。
「蹴り姫ってなんだ?」
「貴様は黙っとれ」
外野のたわいない会話はさて置き、男性職員は苦笑しながらも5日前の事を語ってくれた。
「あれはねえ……。まだ空が白み始めた早朝だったかな。なんか早く目が覚めてしまってねえ。しょうがないから早く出勤して細かい仕事でもやって事務室で居眠りでもしようと思ったんだ。ははっ、ハンターの君たちにこんなことを言うと呆れられちゃうかな?」
「いや、年をとると朝が早くなる気持ちは分かり過ぎるほどに分かるぞ。時間の潰し方に困るのよなあ」
「シンパシー感じちゃってるぞおい。オプスって幾つなんだよ……」
「黙って聞きなさいよ」
ラヤマの肩を叩いて同意するオプスに、ファングがなんとも言えない顔になる。
ケーナは病院生活が長かったせいで、年配者が日々の話相手だった経緯から、会話を無理やり断ち切らずにじっと聞いていた。
「まあ、職場に行く途中でオアシスの方から慌てて走って行く人影が見えたんだ。僕に気付くと転がるように行ってしまったよ」
前にも似たような場面に遭遇したことがあるので、ラヤマには直ぐにそれが水泥棒だと分かったそうだ。
後は行政に連絡を取って今に至る。
「経緯はこんなものかな。調べるのは君たちの勝手だけど、依頼のない行動は自己責任になるから他方面に迷惑を掛けないように気をつけてね」
「はい。お話して頂いてありがとうございます」
人影が逃げて行ったのは北西方面ということなので、ハンター組合の壁に貼ってあるヤルイン市内地図をファングは凝視する。
「北西って言っても住宅街しかねえんだが……」
市内は中央にオアシス。
東側は野外市場も含めた商店街。ハンター組合もここに含まれる。
南東側には生命線の生産施設。
南側の壁に沿って旧市街(複合建築のボロ屋。解体予定)が広がる。
南西方面には工業地域。ほとんどは騎兵や車両の製造&整備&修理工場の集合体だ。
西側には各キャラバンが所有する倉庫と、行政の管理する倉庫が入り混じる流通の要。
北側はほぼ住宅街で占められている。マルマールなどの宿屋を経営する所もこちら側に集中していた。
北側中央には行政庁舎や病院などの医療機関。研究棟などの専門施設が固まっている。商人組合もこちら側だ。
盗人の目撃場所とオアシス岸の盗難現場を直線で結び、伸ばしていっても住宅街を斜めに横断するくらいである。
「騎兵があるくらいだし、科学捜査班とかがあるんじゃねえの?」
「あったとして所属は何処で何の権限でもって動くのじゃろうな」
「デスヨネー」
ファングの思い付きをオプスがすぐさま否定する。
市の運営に関わる組織が一般人の要請で動くとは思わなかったからだ。オプスたちはここの永住市民という訳でもない。
存在するとしたら所属はもちろん行政機関にあるだろう。
ハンター組合から警備の仕事が出されている以上、そこまで本腰を入れて掛かるとは思われない。
「……まてよ?」
否定はしたが、オプスはあるひとつの心当たりに閃いた。
「伝手に頼るというならば、研究施設でなくとも研究者から働き掛けて貰うことは出来るのではないじゃろうか?」
「ああ、アテネスさんだねー」
砂漠の研究をしているという知人の名前が挙がる。
「お主が飯を作る。と言えば真っ先に飛び付いて来そうなものじゃな」
既に護衛任務数日間だけでアテネスのみならず、その同僚の胃袋まで掴みまくっている。ケーナがその手腕(スキルな訳だが)を振るえば、全員が快く頷いてくれそうだ。
「もはや科学捜査どこ行ったレベルの話になってきてねえか?」
蚊帳の外だったファングが「じゃあこれとあれと。あ、砂貝も入れてみよう」と、食材を厳選しだしたケーナに突っ込む。
「じゃが一応それらしいこともしてみるとするか……」
そう呟いたオプスは、2人を促して一旦ハンター組合を出た。
そして1人で人目に付きにくい物陰に姿を消し、リードに繋がれた小型犬を引き連れて戻って来た。
「わぁ、かわ……、いいような、違うような?」
条件反射で近寄ったケーナは、間近で見た犬の姿に困惑した。
背丈は人の膝より下の小型犬ではあるが、スピッツのような白地に黒ブチはまだいい。
目はまん丸く見開かれたイラストのよう。口は開きっぱなしだわ、舌は出しっぱなしだわで身じろぎひとつしない。はっきり言って異質極まりないナニカだ。
「何だよこれ。気持ち悪っ」
「仕方なかろう。外見が著しく違うモノに幻影を無理やり被せておるのじゃから」
遠巻きにして見るファングにオプスが愚痴る。
「何喚んで来たのよ?」
「ミラージュパープルじゃな」
「……ああ、そんなのもいたわね」
オプスの答えにケーナは今気付いたというように手を打ち合わせる。
ミラージュパープルとは精霊種に分類される召喚獣だ。
見た目は直径30センチ程度の紫色の煙の塊で、ガラス玉のような目が10数個付いている。戦闘には全く役に立たず、代わりに人の痕跡を辿ることに特化している。
ゲーム時代もクエストで数回使われた後は忘れ去られるという不遇の召喚獣であった。
「たしかに紫色の煙を従えているのもオカシイから、犬の幻影を纏わせるっつーのは分かるが……。逆にキモいぞ」
「気にするでない」
平然とそれが当たり前のように振る舞うオプスがソレを引き連れて歩き出し、怪訝な顔を見合わせたケーナとファングが後に続く。
痕跡を辿ることにしてオアシスまで行けば、警備についていたハンターたちにギョッとされるわ。道行く人で目ざとい人に二度見をされて、距離を置かれるわ。挙げ句の果てには「薄気味悪い」とひそひそ声がきっちり聞こえる始末だ。
そんなことなどお構いなしにズンズンと住宅街の中を曲がりくねって進む小型犬を連れるオプス。その後ろに着いていくファングとケーナは、周囲から向けられる奇異の視線によってすっかり憔悴していた。
「なんつーか、1番の問題はだな……」
「うん」
「足を動かさずに進んでいるアレのせいだな」
「……そーね」
幽霊か浮遊するぬいぐるみか、地面を滑るように進むソレにも問題がありまくりだ。
そうして住宅街の中をむちゃくちゃに逃げ回ったとしか思えない道順を経て、彼等が辿り着いた先には行政府の裏側にある白い建物であった。
「ほう?」
ミラージュパープルを送還したオプスの口元が面白そうなものを見つけたと語るように歪む。
「なんだここ?」
「研究者が勤める建物じゃな」
「え、犯人この中なの!?」
思いもよらぬ場所に辿り着き、ケーナは唖然としていた。




