20話 同郷
おっさんは素早く残ったケーキを口に押し込み、紅茶を流し込んで飲み込むと再びケーナたちに向き直った。
「なんだお前ら!」
「言い直すんかい!」
「こちらからすれば、貴様に同じことを返したいところなんじゃが……」
ケーナはカウンターの向こうのミサリの困り顔に気が付き、オプスを見上げる。その視線を受けて意図を察したオプスは返事がないのをいいことに、ケーナへ詰め寄ろうとしたおっさんの頭を鷲掴みにした。
「あだだだだっ!?」
「ここで暴れると迷惑じゃ。ちと表へ出よ」
「お前どんな怪力していだでででっ!?」
アイアンクローでおっさんを掴み、外へ連れ出すオプス。
それを見送ったケーナはミサリに「お騒がせしました」と頭を下げた。
「あなたたち知り合いだったの?」
「いえ、初対面だと思います。あの人よく来るんですか?」
「10日に1度来るくらいには、常連さんかな」
「じゃあオプスを諫めておきます」
困った顔で微笑むミサリにもう一度頭を下げ、ケーナはオプスの後を追って外へ出た。
店の外ではおっさんとオプスが距離をとって対峙していた。
おっさんは細身だが、オプスよりは頭ひとつ分背が低い。服装は西部劇のガンマンそのままといったような風体である。
それが牙を剥き出しにした狂犬のような形相で、オプスを睨みつけていた。
「くっそ痛ってえな。オレはただお前たちに聞きたいことがあっだけだ!」
「聞くだけなら言葉を交わせば済むことじゃ。手を出す理由にはならん」
どうやらケーナに掴み掛かろうとしたことでオプスの機嫌は相当悪くなっているらしい。
黒いコート姿から見下すように注がれる赤い瞳。赤と紺が混じり合った夕方の空をバックに悪鬼羅刹が佇むようだ。
「ケッ。リア充だからっていい気になってんじゃーねー!」
会ったばかりでこちらの理由も知らずの負け惜しみはまだいい。
だがケーナは「あちゃー」とおっさんの余計な一言に頭を抱えた。同時に発言内の違和感に首を傾げる。
「誰が 誰の じゃと!」
それを口にするより早く暗黒がオプスを中心に顕現した。
【威圧】
【眼光】
【恐怖】
相手の回避を下げ、相手の行動を遅くし、麻痺効果を与えるスキルが起動した。
種族専用装備の効果も感情とともに発動して、人の輪郭すら見えなくなる闇が周囲を覆う。
「すと―――っぷぅぅっ!!!」
横からケーナが大音声とともに制止代わりの飛び蹴りをオプスに叩き込んだ。
纏った闇ごとくの字に吹き飛び、数メートル転がった挙げ句、海老反り顔面ブレーキで停止する。
スキルの影響下から強制解除されたおっさんが、びっしょりと汗をかいたままガクリと膝を付いた。
「ちょっとウチのオプスを挑発すんの止めてもらえます? あんなんでも怒らせたらこの都市くらい簡単に滅ぼしちゃうんだから!」
おっさんの前に仁王立ちしてそう忠告するが、文句は横から飛んできた。
「滅ぼさんわっ!? むしろお主の我に対しての扱いが雑すぎるわっ!!」
オプスは砂を払いながら猛然と抗議する。
ケーナはそれに対して不思議そうに微笑むだけなので、オプスはどっと疲れたような気分に陥った。
「で、おっさんは私たちに何の用なんですか?」
「おっさんじゃねーよ! まだ25だよっ!」
「ケーナよ。年を追求すると暗黒スパイラルに入るから止めておいた方がよいぞ」
「ウン」
実年齢を正直に告白しようものならBBA扱いされること間違いなしである。
ようやく落ち着いたおっさんは頭をかきつつ、言い難そうに口を開く。
「あーなんだ、その、な?」
「?」
「歯切れが悪いのう。さっさと言ったらどうじゃ」
オプスの催促に今までの剣幕はなんだったのか、と思うくらいに大人しくなるおっさん。
「お前らのステータスを見たらな? あ、別にプライベートを盗み見したい訳じゃねーんだよ。お前ら腕が立ちそうだったから様子見のためにな。そしたら文字化けしてたんでビックリしちまってヘンな態度取っちまった……。すんませんしたぁ!」
呆れるほどの潔さで頭を下げる。
オプスとケーナは顔を見合わせて、違和感の正体を知った。
「ステータスを見るって、鑑定スキル? 原住民で持ってる人いたんだ」
「原住民ってなんだ原住民って! れっきとしたガーランド産だよっ!」
「……は?」
「なんじゃ?」
ケーナは心当たりのある驚きで、オプスはまったく知らない疑問符をそれぞれ口にした。
「ガーランド? 荒野・旅団・兵器VRMMOだよね。ってプレイヤー!?」
「ガーランド知ってんのか!?」
両者とも驚きながら互いを指差す。
ガーランドとは生前の桂菜が手を出すか悩んでいたVRMMOである。
PVに飛行機の落下するシーンがあったために、トラウマからのショック症状を引き起こした。その結果保護者役の従姉妹と叔父から猛反対をくらったゲームである。
蚊帳の外で首を振ったオプスは指差していた両者の腕を掴む。
「外で話すようなことでもなかろう。部屋の中で詳しい話をするがよい」
おっさんをケーナたちの部屋へ通し、椅子を勧める。
「へえ、ケーキ屋の上って宿屋になってたのか。オレも泊めて貰いてえな」
「ベルナーさんに名刺貰わないとダメじゃないかな」
「ベルナーってえと、ベルナーキャラバンのあの人か。今度聞いてみるとするか」
子供のようなワクワクした感じに笑うおっさんに妙な行き違いを感じるケーナ。
ベッドに座る彼女の肩を叩いて首を振ったオプスは「可哀想にのう」と呟いた。
「お主、ミサリに懸想しとるようじゃが……。知っておるのか?」
「けっけけ懸想だなんてあ、あるわきゃねーだろっ!? オレは、ただ純粋に、裏道で、1人店をやってる彼女を心配してだなあ。べ、別にやましい気持ちなんてこれっぽっちもねーよ!」
ニヤリと笑うオプスに問い掛けられ、あからさまに動揺するおっさん。その態度を見て、ケーナにもようやくなんなのかが分かった。
「オプス。言うの?」
「無論。ベルナーはミサリの夫じゃと言っておかねばな。間違いがあってはならぬじゃろう」
「なん……、だと……」
楽しそうなオプスとは裏腹に、おっさんは真っ白になって固まっていた。
◇
「では改めて。私はケーナ。こっちはオペケッテン・シュルトハイマー・クロステットボンバー」
「だからこっちではオプスだけにすると言っておるじゃろ」
気を取り直して向き合う3人。ずいぶんと遅すぎる自己紹介な気がしないでもないが。
「オレはファング。ここだと騎兵名の白い牙で通ってるぜ。よろしくな!」
先日通りで見た白い貴婦人のような騎兵は彼のだったらしい。ガーランドからのトリップであるならば、異様に感じたのも頷ける。
「ここに来た経緯を3行で述べよ」
「さ、3行!?」
「ちょっとオプス……」
「あー、ええとな。
ログアウト出来なくなった。
外部からのハッキングで砂上戦艦から強制排出。
砂漠をさまよっていたらキャラバンに拾ってもらい今に至る。ってとこだろうな」
「軽っ、めっちゃ軽っ」
「砂上戦艦というのも一緒にこちらへ持ってきおったのか」
オプスの無茶振りにあっさり経緯を白状するファング。
砂上戦艦というのはゲーム上での移動個人拠点兼ハンガーとなっている。
管理はAIが行い、修理はミニロボや個人所有のアンドロイドが担当する。
リアデイルでのMPが続く限り幾らでも連続使用が可能の召喚獣(倒されるとデメリットが発生するが)と違い、ガーランド産の武器や騎兵は消耗品である。動かせば磨耗し、撃ち続ければ弾切れをおこす。定期的に整備・交換・補給を行う必要がある。
そのため、専用のハンガーを離れた白い牙は稼働に限界がきているそうだ。
「今のこの世界の技術じゃあ白い牙を動かすパーツがねえんだ。お陰でしばらくは生身で金を稼がにゃあならん」
「え、でも昨日動かしてたよね?」
先日見掛けたのを聞いてみると、市外の警備のためだったようだ。戦闘行動以外であればまだ問題ないそうだ。それでも戦闘の出来ない騎兵なぞ、宝の持ち腐れである。
ついでに言うならば騎兵を降りたファング自身も、生身の戦闘能力はそんなに高くないという。
「オレの戦闘スキルも騎兵中心に傾いてるからなあ。銃が少々と格闘と探索、あとは日常生活的なものはほとんどない」
余談だがリアデイルと違い、ガーランドのステータス構成はスキルのレベルが中心となっている。
基本の能力値、筋力や器用さや知力などはキャラクター作成時より成長しない。プレイヤーはスキルを取得しながら、それを成長させるシステムになっていた。
レベルアップとともに能力値が増えるリアデイルプレイヤーからすれば、身体能力の差は歴然だ。
近代兵器を使えるメリットはあるが、補給のようなデメリットもあることから、比べるには50歩100歩というところだろう。
ケーナたちはまた別な意味でチート性能なので、それには当てはまらないが。
「会ったばかりでこんなこと頼むのもずうずうしいだろうけどよ。同郷のよしみで、砂上戦艦探すの手伝ってくれ。この通り!」
土下座するような勢いで頭を下げるファングに顔を見合わせるケーナとオプス。しょうがなぁといった表情のケーナを見れば、答えは決まったようなものだ。
「別にいいけど」
「ほんとかっ!?」
「でも、私たちも人を探してるんで、それと並行してになるけどいいよね?」
「それで構わねえ。同じガーランド出身の仲間がいれば心強いぜ。ありがとな!」
すっかリ誤解してるようなのでそこだけは訂正しておくことにする。
「我らの出身はリアデイルじゃからな」
「そうそう。私はハイエルフ。オプスは魔人族ね」
「…………はあっ!?」
なんか会話だらけになってしまいました。