16話 フィールドワークと予兆
「何故か毎晩の夕食をまとめて作ることになった件について……」
「砂漠の移動で温かいものを食べるなんぞ稀じゃしのう。キングの奴めが言ったような固形食が一般的だの」
基本的に水が貴重だからなのだ。
ケーナたちの場合、魔法で幾らでも水の調達が出来る力業である。
お陰で味をしめたスバルやキングのみならず、アテネスら研究員にも「今晩も頼む」と懇願された次第。
「大皿料理は幾らかあったはずよの」
「米がないんだよねー」
「おおう……」
市場で米らしきものは見かけたが、購入しなかったことに迂闊だったとうなだれる。
◇
さて鍋争奪戦が2晩続くという奇妙なフィールドワークも3日目である。
決して鍋がメインではない。断じて。
護衛とは言え、基本対象は移動しない。ので、やることは少ないかなと欠伸をしていたが、実はそうでもなかった。
まず小物の毒虫の排除がある。
見つけ次第に潰すかと思いきや、砂漠で生まれ砂漠で育った面々だけに対処は心得ていた。
基本的に“手は出さない”と“近付けさせない”のを前提に、排除の方向で行動する。
例えばサソリ型は、ゴツいブーツの爪先を近付けるだけで威嚇のポーズをとる。
毒針のある尾を振り上げた瞬間にそれを摘み、遠くにぶん投げるだけだ。潰してまわると毒の体液が周囲に飛び散り、地質調査をしようにも触れなくなってしまうのだそうな。
周囲の警戒は騎兵や戦車のレーダーに頼る。ただしそんなに広範囲でもないので、最終的には視認するしかないそうだ。
オプスは魔法&スキル使用で同じようなことが出来るが、「何故?」と疑問を持たれたら「勘」と答えるしかない。ケーナはキーに頼っている部分もあるので、尚更説明が面倒になる。
物理的な壁としてはケーナよりオプスの方に軍配が挙がるため、単独行動を取る研究員は彼に任せることにした。
ケーナはというと、視認性を名目にした高台からの監視を請け負う。
先日の上下移動を単独で行える優位性を買われてのことであり、何かに襲われても単騎で対応が可能と(主に二つ名が)判断された結果でもあった。
「おー、絶景かな絶景かな。砂しか見えないけど」
他の者の登り降りが出来るように縄梯子をかけてあるが、現在ケーナが陣取って居る場所は高さ15メートルはある崖の上だ。6階程度の建物に相当する
岩場が露出している場所はこの辺りにしかなく、古い地図を紐解くと2〜300年前までは丘陵地帯だったらしい。たったそれだけで緑が失われ、砂漠が広がるほどの急速な崩壊があったとか。アテネスたちにも詳細は分からないとのこと。
「双眼鏡は入り用ですか?」
「裸眼でじゅーぶん見渡せます!」
声を掛けてきたのはキングの部下の片割れのフォルである。
さすがに1人で全周囲警戒は無理があるというので、キングが派遣してくれた。
彼等は元々ハンターだったという。
砂漠のど真ん中で自動機械の襲撃に遭い、水も食料も無くしてしまった後、極限状態まで追い込まれたため、つい通りすがりのキャラバンを襲ってしまったらしい。
それをキングが掃討し、自分の保護下に入れたとか。
以上、聞いてもいないのにこの場に上がってきてから、とつとつと語ってくれたフォル兄弟の身の上話である。ケーナも会話が無さ過ぎて、何話せばいいか悩んでいたのがマズかったらしい。
「やー、私にその話されても困るんですが……。どうしろっていうんですか?」
「いえ、今までこの話をした人たちは『贖罪をすればいい』としか言ってくれなくて……」
フォルはケーナに背中を向け、逆側を監視しながら淡々と返す。
「贖罪の仕方も分からないとか、言いませんよね?」
「お恥ずかしながら、その通りなんです。ある方はその人たちの分まで生きればいいと言われましたが、我々に出来るのはハンターのような明日をも知れぬ職業のみ。それこそ何時死んでもおかしくはありません」
この世界のハンターの生存率などケーナは聞いたことはないが、それくらいのアドバイスならば言える。とはいってもそれは地球式な例になってしまうが。
「そうですね。お墓を作って花を手向けて「安らかにお眠り下さい」ってお参りするくらいでしょうか」
「お墓……」
納得したように何度も頷いてる様子から、何か思っていたことが形になったのだろう。フォルはケーナに振り向くと晴れ晴れとした表情で頭を下げてきた。
「ありがとうございます! 刑期が終わったら早速実行してみようと思います!」
「え、ええ。頑張って」
「はいっ!」
にこやかーなフォルといつまでも向かい合ってる訳にもいかないので、双眼鏡を指差して自分たちの役割を思い出させたところで脳裏にキーの警告音が鳴り響いた。
『自動機械デス!』
「えっ!?」
もちろんケーナにしか聞こえていないので、フォルは彼女の驚きように首を傾げる。
「どうしましたケーナさん?」
「あ、ええと、あの、あああれあれっ! あれ何だと思う?」
失言だったことに気が付き、慌ててキーの示した方向を指差して、フォルにも確認してもらう。
フォルは双眼鏡を覗き、手早く調節してケーナの言わんとするものを見つけた。
「この距離でよく見えますね、あんなモノ……」
数百メートル先に砂煙を上げるモノを確認して呆れたように呟いた。
カード状の通信機を取り出してキングへ一報を入れる。
「キングさん、何か近付いて来ます! 11時の方向およそ800!!」
『とっくに捕捉しとるわ! フォルは一旦戻ってこい。お嬢ちゃんはスマンが他にも来ないか警戒を頼む』
「了解しました」
「は〜い」
見ると戦車と騎兵はすでに野営地から抜け出して、移動し始めているところだった。滑るように縄梯子を降りたフォルは、トレーラーより前に出て遮蔽物となっているスバルたちの装甲車へと走る。
オプスからは「手出し無用」とのメールが来たが、左腕のアーマーに格納されているロングボウを開いておく。
「まあ一応保険ってことで」
下から飛んできた訝しげな視線に言い訳をするように呟いておけば、メールを返さずとも意図は伝わるはずだ。
まあそれも杞憂だったようで、2台が向かった先では10分と経たずに戦闘は終了した。
持ち場をフォル兄弟に代わって貰い、降りてきたケーナが見たのは砲塔のあった部分を大幅に欠損させた戦車である。
「戦車の自動機械だったんですか?」
「いや違うね。砲塔の無い戦車に寄生した自動機械だったようだね」
難しい顔をしたスバルに同調するキング。動かなくなった戦車をここまで引っ張ってきたのは、アテネスたちが調べるためでもある。
2人の研究員が嬉々として戦車内に潜り込み、使えそうなパーツを選別していく。あくまでパーツを欲しているのはキングたちであり、研究員たちはこうなった経緯を調べるためだそうな。
「「はあっ?」」
程なくして彼等からもたらされた憶測込みの考察に、スバルとキングは素っ頓狂な声を上げた。
戦車の後ろに不自然な削り跡が残っていたり、車体全体に高熱の炎であぶったような痕跡があったりするとの見解である。
「自動機械が何かに追われてたっていうのかい? 信じられないねえ」
「おそらくは。我々の居る場所まで真っ直ぐ分かりやすい砂煙まで立てて来ていたなど、自動機械にはありえませんから」
普段自動機械の行動は暗殺者のように忍び寄り人を狩る。
それを大幅に逸脱する行動を取らなければいけない何かが、後を追ってきている可能性があるということだ。
「場合によっては退避しなければならんか……」
「まだ3日も経ってないというのに……。部下たちには反対されそうね」
その言葉を肯定するように、アテネスの後ろからはひしひしと恨みの視線が飛んでくる。
「さっきからそっちの2人は黙ってるけどどうした?」
キングは一言も発しないで周囲をキョロキョロ見渡しているケーナとオプスへ問い掛ける。2人は一瞬視線を見合わせた後、オプスが頷いて前へ出た。
「我としてはとっとと荷物をまとめてこの場からの退去を提案しようぞ。根拠は説明出来ぬが、今までの経験から来る上での進言じゃ」
「「「「「えええっ!?」」」」」
自信たっぷりに言い放った発言に、集まった人たちよりどよめきが広がる。
その過半数からは「何言ってんだこいつ」という猜疑的な冷たい視線が向けられていた。
「ニイサンはともかく、お嬢ちゃんの意見もか?」
「うん」
キングにキッパリと返すケーナ。実のところ2人の脳裏には危険感知では最上級の警鐘が鳴り響いていた。これは2人に近い危険を知らせているのではなく、2人の置かれた状況に対して迫る危険性を知らせているのだ。
これがリアデイルの地であれば良かったが、こちらの世界で彼女らが取れる手段は物理攻撃のみ。護ることに関してはその実力を半分も発揮できていない。
といっても対象が自動機械も裸足で逃げ出すような『何か』。今この瞬間も確実に後を追ってきているとなれば、移動した先のヤルインまで襲われかねない。
撤退するという意見にはキングたちも賛同したが、ケーナたちが至った結論に彼らも同感である。
「だったらここで迎え撃つしかない……か?」
「マジかいっ!?」
残りの全員(2人を除く)の驚きを代弁したスバルの悲鳴じみた叫びが渓谷に響き渡った。




