13話 出逢い強制的
砂アゴを討伐した日から4日。
ケーナはのんびりと過ごしていた。
実のところハンター組合で噂になってしまったので「数日は組合に近付くのはやめよう」と決めたのである。
大半の組合員は「ホントにこんなお嬢ちゃんが砂アゴを殺ったのか? しかも素手で?」と疑問視するくらいだ。
実際のモノを検分した職員や、その運搬に携わった者たちが証言してくれたので、関係者たちには衝撃が走ったようである。
組合の登録者はほぼ銃を持つ者ばかりなので、体術と棍棒で戦うケーナはとても目立つのだ。
エルダードラゴン討伐のことは秘匿できたが、別の意味で有名になってしまい「仲間にならないか?」と勧誘する者まで出る始末。
人の噂も75日という諺がこちらでも通用するかは分からないが、当分働かなくても暮らしていける金はあるので少し間を置くことにした。
「それで買い物か……」
「市場が出てんでしょ? ちょっと確認したいこともあるし」
「構わんがお主、買い物の最中に考え事をすると店主を睨み付けるような状態になるぞ。あらぬ誤解を受けぬよう気を付けよ」
「そんな変な顔はしてないつもりだったけど。じゃあオプスは行かないのね」
「女の買い物など長いだけであろう?」
「うん。アテネスさん来るからだよね」
「……」
げっそりした表情で肩を落とすオプスに、ニヤニヤした笑みを向けるケーナ。
別行動をした際には、必ずその日の出来事を報告し合うことになっている。
以前に誤解でオプスが大量殺戮をしかけたことがあるからだ。報告連絡相談は大事と身に染みた瞬間であった。
ケーナはラグマと砂貝を採りに行って、砂アゴを討伐するに至った一部始終を。
オプスは迷惑集団を壊滅させるにあたって、シュベズやドレクドゥヴァイの手を借りアテネスと出逢ったことまでを説明した。
しかもアテネスは翌日にオプスを探して喫茶マルマールを訪れたのである。
「ついにオプスにも春がっ!?」と身構えたケーナの前でアテネスはオプスに「ハイマーが存命だったころの話」をせがんだ。
自己紹介を済ませたケーナは宿に残ってごろごろし、オプスはアテネスを連れて階下のマルマールで当時の話を裏側まで暴露したのである。
アテネスは仕事――砂漠の研究をしてるとか――があるらしく1時間ほどで帰っていったが、その態度からはまた来る様子がうかがえた。そしてまた昨日も訪れ、話を1時間ほど聞いて帰って行ったのである。
珍しくケーナ以外のことで諦めたため息を吐くオプスに「ご愁傷様」と声を掛け、手を振って部屋を後にする。
マルマールの店舗を突っ切ろうとした時、カウンターの中で抱き合っていた男女を見付けてぎょっとした。
しかしケーナが視線を反らすより先に男性の方と目が合った。
「おや、ケーナさん」
「こんにちはベルナーさん」
頬を染めたミサリが奥へ引っ込む姿を見ながら「お邪魔でしたか?」と聞いてみた。
「すみませんね、宿の通り道で客に見られる可能性もあったのは分かっていたのですよ。久しぶりに会うと、つい……」
後ろ頭をかきながら苦笑いするベルナーに肩をすくめるケーナ。
「お仕事の方は一区切りついたんですね」
「ええ。例の素材もあらかた売り払いの手続きを終えまして。まとまった現金が入ったので全車両のオーバーホールをすると弟が。お陰でしばらくは開店休業状態ですよ」
夫婦水入らずなんて何ヶ月ぶりですかねと、嬉しそうに呟くベルナーに頭を下げて、ケーナは市場へ向かった。
実のところハンター休業だ、と決めた翌日に1度市場へは行ったのだ。
帰って来て気付いたのだが、アイテムボックスに放り込んだ日用品や食べ物の数点が、幾つかの作成スキル欄を使用可能にしていた。おそらくは似たような味か、似たような効能を持つ物であれば合成調理スキルの再現が出来ると確信したのである。
「まずはニンニクみたいな根っこと鳥の心臓かな?」
食用根はすぐに見つけた。
問題は鳥の方であったが、市場の人に聞いてみるとあっさりと見つかった。
ウルーと呼ばれる鳥で、緑色のウズラのような姿をしている。
大きさは最大でも大人の頭くらい。腿とかムネとかのパーツ別ではなく1羽まるまるで売られていたので、とりあえず3羽購入する。
市場関係者だけでなく客も使える青空キッチンがあったので、素早く3羽をバラバラにし、手の中で凍らせてからアイテムボックスへ。
【HPポーションⅡ】が作成可能になっていたので、小さくガッツポーズをとった。
「よし。あとはキチンと効果でるかだけどどうしようかなあ」
作るにしてもエフェクトが目立つので、宿でやりたいところだ。
アテネスが居そうなので人の目がなさそうなところを探してあちこち歩き回る。
で、その途中で物影を探しつつ、細い路地でうずくまる人を見付けてしまった。
薄汚れたツナギ姿に頬も痩けて無精ひげも目立つ男性が、足を抱えて座り込んでいる。
「あの~?」
「ヒイィッ!?」
声を掛けた途端にもの凄いビビられ、転がるように逃げ出して行った。
さすがに2つ名も知られてない世界であの反応はちょっと傷付くものがある。
「にしても、街中であんなに怖がることってあるものなのかなあ?」
犯罪者は問答無用で射殺されるかどうかは知らないが、確認くらいはとっておくかと考えたケーナは逃げた男の後を追った。
「もしも~……」
「うわあああああっ!!」
「ちょっ……」
「ヒイィィィッ!!」
「まてやこら!」
「ギャアアアアアア!?」
逃げ出されること4度目。
業を煮やしたケーナは、一目散に走り出そうとした男の頭上を飛び越えて、前に回り込む。
男は頭を抱え込んでウサギのように丸まり、震えながら「助けてくれ死にたくない」と呟くばかり。
「こりゃよほど怖い目に遭ったみたいね」
恐慌状態過ぎて話にならないので【精神治療】を使用したところで、男はようやく顔を上げた。
「……あ……」
「もしも~し大丈夫ですかお兄さん。何かあったんですか?」
「た、たた助けてくれっ!」
あんまり効果も続かなかったようで。顔をくしゃくしゃにして涙を流しながらケーナの足元へすがりついた。
「ええー……」
「おおオレを無事にハンター組合まで連れて行ってくれっ! 頼む頼むっ、オレはあんな……あんなイモムシになって死にたくねえっ!?」
「……って、いもむし?」
どこかで聞いたフレーズに首を傾げ、思い当たったことに頷いた。
(ああ、昨日のオプスの言ってた誘拐事件の犯人のひとりなのね。オプスが理由もなしに逃がすとは思えないし。他に協力者がいたら、それも潰そうとしたのかな。私が接触しちゃったからこっちの好きにしていーんでしょうね、たぶん)
注意深く周囲を見渡してみるが、特に視線を感じることはない。だったら好きにしてもいいかと決めた。
最初はなだめすかして連れて行くつもりだった。
しかし時間が経つにつれ支離滅裂な言動が目立ち、恐慌状態に戻ってしまったのだ。やむを得ずスキル【魅魔の視線】でもって軽い催眠状態にしてからハンター組合へ連れて行った。
組合では奇っ怪な現場の唯一の証言者として歓迎されたので、快く引き渡した。
彼からも『バケモノがやった』との証言しか得られなく、関係者一同は大いに困惑する羽目になったという。
「まあ、迷宮入りなのかね」
1人呟き、宿へ帰ろうと踵を返した時だった。
「もし、そこの方?」
背後から聞こえれば自分が呼ばれたのだろうと、振り向いてしまうケーナ。
「……ええと、どなたでしょうか?」
それが頭からボロ布を被った得体の知れない者であれば、ちょっと引いてしまうだけの常識は彼女にもあった。
ついでに最大限に警戒をすべく、如意棒をマウントしてある耳のアクセサリーにも手が伸びる。
「ケーナ様にこれを渡すように、と言付かって参りました」
差し出された、とは手を使ってではなく。
ボロ布者と向かい合うケーナの目前の空間にふよふよと浮かぶようにして、忽然と出現した。
「チェスの、駒?」
キングやクイーン等ではなく、緻密に彫られた人魚の像の駒であった。
おそるおそる差し出されたケーナの掌へ降りると、浮遊力を失ったのかコテンと倒れる。
「これをどうしろ……って居ないっ!?」
ほんの少しだけ駒に目を向けた瞬間にボロ布の人は消えていた。
「ええええ~……。キー!」
『消エマシタ。捉エラレマセン』
「マジか……。何者よあれ」
今更ながらに気付いたのは、あのボロ布がいた時間だけ周囲の喧騒が消えていたことだろう。
音も暑さも乾いた空気の匂いも感じられることに、心ならずもホッとした。
渡された人魚の駒をつまみ上げ眉をしかめる。
「うわー、なんか爆弾貰っちゃったよ。鬼と出るか蛇と出るか」
捨てるのも恐ろしいが持ってるのも恐ろしい。相手からの敬意は感じられたので、オプスに相談しようと思った。




