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11話 憂鬱な午後(1

残酷描写適用注意されたし。

オプスさんターンです。

 変わっているようで変わっていない。

 オアシスを一周したオプスが出した結論がそれである。


 街並みは変わっていない。

 解放戦直後は人が住むには適さない廃墟であった。

 それを職人である者とそうでない者が力を合わせて、人が住める環境へと整備したのだ。その完成を待たず、前世のオプスは戦線の怪我が元で亡くなってしまったが。



 オアシスの南側には縦横500メートルもの大きさを誇る倉庫が9つあり、3×3に並んで建てられている。

 これがヤルイン市民を支える食物栽培センターで、遺失技術がたっぷり使われている。


 聞いた限りでしかないが、建物の壁面は全部『呼吸する壁』であるという。

 砂漠の極限環境内でも、植物の生育に必要な成分だけを空気中から抽出するらしい。


 倉庫内は常に生育に適した気温に保たれ、屋根で日光が遮られているにもかかわらず自然な暖かい光が降り注ぐ。

 ここで採れた作物は市場によって各業者に振り分けられ、適正価格の支払いをもって市民の手元に届く仕組みになっている。


 その過程上で商品のちょろまかしや不正な値の吊り上げなどが行われた場合、倉庫の全ての機能は停止するという制裁処置が取られる。

 如何なる監視網によるものか、以前に12棟あった栽培センターが現在9棟しかないのがその証拠だ。


 そのような事態に見舞われた経緯があるために、行政と管理組合と消費者の相互監視が行われている。


「やることなすこと極端過ぎるのじゃな、T・S(テッサ)は」


 建ち並ぶ倉庫を横目に通り過ぎ、当時能面のような表情の少女を思い出しながら愚痴を零す。


 あれはおそらくケーナの従者の中で1番人に関心がないだろう。

 前々世のケーナに必要だろうと思っただけで、人を存続させるために設置したということでは無いはずだ。


 考えごとをしながら歩くオプスの進行方向には、最南端の壁面がある。


 そこには壁の内側に沿って複合住宅――といっても倒壊するのも覚悟で上へ上へとムチャクチャに積み上げられた住居――だったものが広がっていた。


 いまはボロッボロの廃墟と化している。

 一蹴り入れたら連鎖して全部崩れそうだ。


 これは復興する際に関係者が使用していた仮家だったものである。

 復興したあとは一部が取り壊されたものの、大部分が残された。


 もちろん住人が残ったためではあるが、主な理由として“住み慣れた”とか“研究が(はかど)る”とか“お金がない”とか“秘密基地にぴったり”とかである。


 その後はスラム化の一途を辿ったようであるが、オプスには死後のことなので範疇外だ。


「生命反応は多少なりともあるようじゃの」


 オプスがわざわざこんな所まで足を運んだのにも理由がある。

 先程ハンター組合のホワイトボードに貼ってあった捜索依頼の件だ。


 あんなものをこれ見よがしにケーナの前にぶら下げておくと、自分を囮にして解決しようとか言い出すのは明白だからだ。


「とっとと潰してやるとしようぞ」


 後顧の憂いは今のうちに断っておくに限る。

 第三者が見ればゾッとするような笑みを湛えたオプスは、廃墟へと足を踏み入れた。




 【直感】と【生命感知】でもって人の気配を辿っていく途中、微かな物音と不審な会話を拾った。


 「おい、ちゃんとそっち押さえてろ」

 「すまねえな、お嬢ちゃん。恨むんなら無防備な自分を恨むんだな」

 「―――っ! ん―――!?」


 そのまま音の方へ足を向け、隠れることもせずに物陰より姿を現す。


「っ!? なんだお前!」


 そこには白衣を着た赤毛の女性を羽交い締めにしている2人の男性がいた。

 男たちは人相を隠すように目深に帽子を被り、灰色の作業着に身を包んでいる。


 猿ぐつわで女性の口を塞ぎ、手足を頑丈なロープで縛ろうとしていたところだった。


 手前にいた男が銃をぶら下げたホルスターに右手を伸ばした瞬間、音もなく接近したオプスの蹴りが鎖骨諸共右肩を砕く。


「ぐぎゃああああああっ!!?」


 地面に転がった拍子に砕かれた部分を打ち付け、二重の痛みに絶叫が上がる。


「なっ、なにっ!?」


 女性を押さえつけていた男は、一瞬のうちに起きた相棒の惨状に逃げ腰になる。

 かろうじて冷静だった数パーセントの意識で、ナイフを取り出し女性を人質にしようとした。


 が、その動作すら遅すぎた。

 横から迫ってきた蹴りに二の腕と左肩と肋骨を砕かれ、その場から数メートルも転がっていく。


「ぎゃあああああっ!!?」


 オプスからしてみれば、前に足を出して、横に振り回しただけである。

 これでもまだ手加減は入れてある方だ。


 目の前の惨状に青い顔で固まっている女性を無視し、黒コートのポケットに手を突っ込んだまま、呻き声をあげて転がる誘拐犯もどきへ近寄った。


「のう、お主ら。少々聞きたいことがあるんじゃが」

「たったす……たすけっ」

「う……ごほっ、あ、あ……」


 片方は尻餅を付いたまま後ろへ後ずさりし、片方は横になった虚ろな瞳で血の混じった咳を吐き出す。


「ここ最近の女性誘拐犯じゃろお主ら。アジトはどこにある?」


 返答を待たず、瀕死になっている方の左膝を無造作に踏み砕いた。


「いぎぎゃあああああっ!!?!」


 再び絶叫が響く。


「ふ、ふた、2つ先のっ、か、家屋に、地下しっ……地下室がああるっ! 仲間っが、あとろ6人と、いけに、生け贄がっ! オレは、はな話したっ! 助けてくれっ!!」


 未だ意識がある肩を砕かれた方の男は、自分を見下ろすオプスの瞳になんの感情も込められて無いと分かり、助かりたい一心で仲間を売った。


「そうか。良かったのう」


 オプスは顔面蒼白になっていた女性を助け起こすと、もう興味がないとばかりにその場をあとにする。

 もちろん助けを呼んでやったりはしない。

 追い討ちを掛けるだけだ。



 ◇


 悪鬼のごとく男たちを蹂躙していった者が立ち去った後。

 肩を砕かれた男は、まだなんとか生きている左半身を破壊された仲間を置いて、ふらつきながら立ち上がろうとしていた。


「に、逃げ……な、ければ……」


 またあの男が戻って来る前に、売った仲間が逆恨みをしてくる前に、ここから逃げなければ今度こそ殺される。


 体を揺らすだけで砕けた骨が神経を傷付け、大声で喚き散らしたい気分になる。

 しかし、そんなことに体力を使うくらいなら早々にこの場を離れ、安全な所で治療を施したい。


 さっさとこの街より離れるんだ。


 そう心から願った男に神さまは微笑まなかった。



 「オナカ、ヘッタ!」


 鳥の羽音とカタコトの言葉が頭上から聞こえてきた。

 それが酷く冷たい、残酷な運命を予知している気がして、思考も体も硬直したように固まる。


「な……なん、だ?」


 建物の影になっている薄暗い路地に、上から極彩色の何かがバサバサバサーッと降ってきた。


 大きさにして1メートル弱。

 トサカから尾羽まで虹色のグラデーション。

 半円形に丸い(くちばし)に赤い瞳。

 広げた翼はゆうに3メートルにも及ぶ。


「メイレイ、ショブン!」


 カタコトの言葉を放つそれは巨大なオウムの姿をしていた。


「な、なんで……こんな所にこんな、ものが……」


 翼を広げ、踊るように体を左右に揺らす巨大なオウム。

 喜んでいるようにも見えるが、問題は先ほどからの不穏な言動である。


「エサ、クウ!」


 『お腹減った』『命令処分』『餌喰う』


 それの意味するところを理解した男の表情は絶望に歪んだ。


「お、オレじゃないオレじゃないオレじゃないオレじゃない俺じゃないおれじゃないおれじゃないオレじゃない俺じゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃないおれじゃ……っ!!」


 オレは命令されただけだ。

 俺は直接何かした訳じゃない。

 おれは何もしていない。


 声を大にして罪を懺悔したかったが、口から垂れ流されるのはただの言い訳。

 いや、言い訳にもならない言葉の羅列。


 オウムの胴体に横向きに亀裂が入る。

 誰かが背後から殺ってくれたのかと淡い希望も抱いた男に、生臭い息が吹き付けられる。


 亀裂から上下に別れたオウムの腹に、咥内(こうない)までびっしりと並ぶ鋭い牙を備えた大きな口が出現した。

 オウムの皮を被っていたサメのような、なにか分からないものがそこにいた。


「イタダ、キマス!」


 声はそこから出ていた。

 オウムでもなんでもない、ただの化け物だった。


「い……や、―――」


 最後の悲鳴は言い終えることは出来なかった。


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