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10話 砂貝の捕り方

 声の聞こえて来た方向を見れば、相変わらずサイズの合ってないツナギ姿のラグマが手を振りながら走ってきた。


「よーっす! ねーちゃん」

「こんにちは、ラグマ君」

「にーちゃんもよーっす」

「ラグマではないか。どうしたんじゃ?」


 ケーナの後を追ってハンター組合から出て来たオプスがラグマに気付き、その肩をぽんぽんと叩く。


「にーちゃんたちは何してたんだよ?」

「ハンターの登録よ。ほら」


 アイテムボックスから手の中にハンター証を出現させると、ラグマの目が輝いた。


「うわ何今のそれ、手品みてえ!」

「手品だからね」


 手で握り潰すようにしてハンター証を消し、逆の手から取り出すと「すげーすげー!」とラグマが飛び跳ねて喜ぶ。

 一通り披露し終わるとラグマはハンター組合の中へ駆け込んで行き、すぐに飛び出してきた。


「なんじゃ、何か受けたのか?」

「ああ! オヤジがさー『自身の食い扶持は自分で稼げ』って言ってさー。小遣いくれないんだぜ。昨日も普段なら『子供は早く寝ろ』とか言うのに、夜中まで整備に付き合わされたんだからな。その分自由時間ゲット出来たからいーんだけどさ」


 「偉いねー」とケーナが頭を撫でて(ねぎら)えば「ばっ!? 俺はもう小さなガキじゃねえんだからなっ!」と跳ね除けられた。ケーナはそれを気にした様子もなく、のほほんとしたものだ。


「怒られちゃった。反抗期の子って可愛いよね」

「ルカもあんな時期があったじゃろう。少しは懲りよ」


 ジト目のオプスに注意され頷くケーナ。あくまで一応の対応である。


「それでハンター組合か?」

「まーねー。デカい獲物は狩れないけど、砂貝くらいなら1人でもなんとかなるもんだぜ」

「へー砂貝。……後学のために見学してもいい?」

「いいけどさ。ねーちゃんホント何処の出身なんだよ? 今時の子供で砂貝の捕り方を知らないヤツなんていねーぜ」


 もっともな突っ込みではある。この世界の者ではないのだから知らないのも無理はない。

 その辺りラグマは気にした様子もなかった。よっぽどの箱入りだったんだなー、と思ったくらいである。


「オプスは?」

「我はもう少し市内を見て回ろうと思う。そちらは子連れじゃ、気をつけよ」

「分かってまーす。あとこれお願い」


 持っていた宿屋の鍵をオプスに渡す。

 (アイテムボックス)には入るのだが、他の鍵とひとまとめになってしまうため、面倒臭くなって腰に下げていたものだ。


「じゃ行こう、ラグマ君」

「しゃーねーな。いっちょオレが砂貝の捕り方を教えてやるぜ」

「うん。ご教授お願いします」


「……ふむ」


 和気あいあいと出掛けて行く2人を見送り、ちょっとした予感を感じたオプスはハンター組合の中へ戻る。


「一応コレでも受けておくか」


 白い方のホワイトボードから引き剥がしたのは、ある討伐依頼だった。




 一方、ヤルインから出たケーナとラグマは、壁沿いに200メートル程南下したところで、あるものを捜索していた。


「何を探せばいいのかな?」

「砂に小さく凹んだすり鉢状の穴さ。幾つかかたまってるんだ」

「いくつか、ねえ?」


 日影と日向の境目辺りに多く見られるというので、こっそり【生命感知】を使用し周辺マップを開く。

 さほど離れていない所で5つほどの光点を見つけたのでラグマを誘導する。


「あれかなあ?」

「あれってどこだよ? あっ! あれだよあれ!」


 静かにのジェスチャーをしてから、低い姿勢になったラグマはゆっくりと進む。ケーナが念の為【忍び足】を使えば、さくさくという足音は1人分だけしか聞こえない。


「ほら、これだよ」

「ほほう。こういうのかあ」


 直径にして4センチくらいだろうか、小さなすり鉢状の穴が円を描くように5つ開いていた。


「どうやるのかな?」

「まあ見てなって」


 舌なめずりをしたラグマはグリップの付いた器具を取り出す。

 形としては銃のリボルバーから弾倉と銃口を取り除き、グリップとトリガーと撃鉄だけになった物体だ。


 ラグマは撃鉄部分を5つの穴が並んでいる中心へ近付けて、トリガーを引いた。

 ガチンという音は、静かな砂丘にやけに大きく響いた。


 穴の方からは尖った貝の先端部分らしきものがぴょこんと覗いていた。器具を腰に戻したラグマが大急ぎでそのひとつを掴む。


「ほらねーちゃんも早く引っこ抜いて!」


 ラグマは大根かさつまいも掘りのように、足を踏ん張り背筋と腕力でもって力任せにそれを引っこ抜いた。

 ケーナの場合は摘めば簡単に抜けたので、拍子抜けだ。


 引き抜かれたのは白地にオレンジ縞の殻を持つ、長さ30センチもある細い円錐形の貝だ。その下からはレンズのような魚眼と5本足の軟体類が顔を覗かせている。


 オプスの話によると、煮て良し焼いて良しと幅広い料理に使われる一般的な食材だそうな。

 5つのうち3つを捕ったラグマはビニール袋に包んでから、背負っていたリュックにしまう。


「ん、残すのね」

「なんかオヤジが言ってたんだけどよ。ころ煮がどうとかこうとかで、減らすと増えるんだってさ」

「ころ煮? コロニーのことかな?」


 要領を得ない答えに渋い顔になるケーナ。

 しかしゲームだった頃、2人の先生役からのネット塾の成果により、閃くものがあった。

 その先生役の片方とはオプスなのだが、もう片方はエベローペ(歩くインモラル)である。


「ええと……。数匹でコロニーを形成してるから、ある一定数まで減ると生存本能を刺激されて生殖行為を行って増える。ということなのかな?」

「そうそう。たしかベル叔父さんがそんなん言ってたぜ!」


 手を叩いて同意するラグマ。

 なんとなく脳裏に下着姿のサブリーダーが浮かび上がり、肩を落とすケーナ。寂しさより、なんかずいぶん遠いところに来ちゃったなあ、という心境が強い。


「これで終わりなのかな」

「んーと、砂貝(こいつ)1匹銀3なんだ。出来ればもうちょっと見付けたいなぁ」

「じゃあ、もう少し歩いてみようか?」


 ケーナにとって周辺の生物分布図は手に取るように分かる。

 適当な雰囲気を(よそお)いながら、ヤルインより離れずに砂貝らしき光点へ誘導するのは容易いことであった。


「お、またあったぜ! ねーちゃんといるとなんか見つけるのはえーな」

「いやいや、これはラグマ君の運でしょう運」



 西の空に太陽が傾く頃まで続けられた砂貝捕りの成果は、総数15匹となった。


「すげー。こんなにさくさく捕れるなんて、今までになかったぜ。見ろよねーちゃん、この……」


 ラグマのはしゃいだ声が尻すぼみになっていく。

 対面にいたケーナがラグマを見るその瞳はひどく真剣で冷たい。その表情には険しいものがあった。


 よくよく見れば、その視線はラグマを通り越して背後にあるものに(そそ)がれている。

 慌てて振り返ろうとしたラグマの肩をケーナが強く掴んだことで、少年の動きは凍りついたように停止する。


「いい、ラグマ君?」

「お、おう……」


 予想外に冷たい声になってしまったことに内心舌打ちするケーナ。

 ラグマを怖がらせる気はなかったのだが、敵性存在を見つけるのが遅すぎたのは彼女の落ち度である。


 どうやら砂の深い所に潜っていたらしく、【生命感知】に反応するのが遅れたのだ。キーが警報を出したのに気付いたケーナが、彼の背後の砂に潜む半円形の黒銅色なビー玉に似た目を発見するのが同じタイミングであった。


「私が合図したら全力でこっちへ飛んでね」

「う、うん」


 敵性存在がまばたきをした瞬間に合図を出す。


「飛べっ!」

「っ!?」


 一拍遅れて飛び上がったラグマを引っ張るのと、砂地に隠れていたソレが飛び掛かって来るのがほぼ同時。

 ケーナはラグマの盾にと場所を入れ替わるついでに、襲撃者へ回し蹴りを叩き込む。


蹄撃の牡鹿(エルグバスター)


 予想外の軽い手応えはあったが、くの字に折れ曲がった襲撃者は地面と平行に5メートル以上も吹き飛び、盛大な砂煙を立てて転がって行った。


「大丈夫ラグマ君? ごめんなさい、私が周囲の警戒を怠ったばかりに……」


 茫然とするラグマに頭を下げて謝罪するケーナだったが、途中で目を輝かせた少年に手をがっしりと掴まれた。


「へっ?」

「す……」

「す?」

「す、すげえっ。すげーっ、すげーよねーちゃん! さすがエルダードラゴンを仕留めただけはあるぜ! 何今の!? 水平に飛んでったじゃん超すげー!」


 ひたすら「すげー」を連発して興奮するラグマに「怪我は無いようね」と安堵する。


 襲撃者は転がったままピクリとも動かないので近寄ってひっくり返す。


「なにこれ?」

「うわっ、砂アゴじゃん。オレ超危なかったんだな。こえー」


 見た目は幅3メートル、長さ4メートルもある黄土色の平べったい生物。チョウチンの無いアンコウと言えば分かりやすいだろう。違うのは腹側についたトカゲのような四肢くらいである。


 砂に潜み、近付いた生物へ手当たり次第に噛み付く習性があり、貪欲に獲物を喰らう。人でも腕やら足やらを喰い千切られたという報告が相次ぐ、砂漠の危険生物のひとつらしい。


 顔の左半分が内側へ陥没していたので、ケーナの蹴りスキルが致命傷となったと思われる。


 死体を見聞してる最中に、近くの壁の監視塔から安否を気遣う声が飛んできたので、大きく両手を振って無事をアピールする。

 さらにそこから連絡が行ったのか、キャタピラ付きのトラックが運搬役にと回されて来た。


「おう、ねーちゃん。それ組合まで運んでやんよ。乗んな」

「すみません。お世話になります」


 同乗してた男たちがなんとか荷台に砂アゴを積み込み、ケーナたちをハンター組合まで送ってくれた。


「ねーちゃんがすげーんだぜ。こうくるくるって回って砂アゴがドカーンって吹っ飛んでったんだぜ!」

「おおー、ねーちゃん。見掛けによらずつえーんだな」

「あ、あははは……。いぇ、その、まあ……」


 運ばれてる最中にラグマがケーナの所業を余すところなく彼らに語る。


(ぎゃあラグマく~ん!?)


 ケーナは頭を抱えたい一心でいっぱいであった。せっかくオプスがエルダードラゴンの件を穏便に済ませてくれたのに、こう目撃者が多いと水の泡である。


 素直にオプスに頭を下げるしかないと思っていたケーナであった。

 そのオプスはというと彼女たちを待つようにハンター組合の前に居たのだが……。


「どうしたのオプス。なんかさっき別れた時より薄汚れてない?」

「まあ、ちょっとあってな……。そっちは何を仕留めてきおったのかの?」

「砂アゴだぜ、砂アゴ! にーちゃん見ろよこれ!」


 ぺしぺしとその巨体を叩いて凄さをアピールする。

 検分に出て来た職員もそのデカさとケーナを見比べて首を傾げるばかりだ。なにぶんラグマ含めて目撃者がいるので、あっさりと札6の報酬が支払われた。


「あれっ、依頼なんか受けたっけ?」

「我が受けておいた。半分賭だったのじゃが。正解だったようじゃの」


 名を売ってしまったことには追求なしだったので、疑問が残るばかりである。


 ラグマは無事銀45を手に入れて、大喜びで帰って行った。

 後日、顛末を聞いたトカレがたんこぶをこさえたラグマを連れて頭を下げに来るのだった。


※エベローペはリアデイル番外編の4話参照。

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