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1話 転移

 非常灯が点滅する薄暗い空間があった。

 小学校の教室くらいのドーム状だろうか。接合部のラインが目立つ金属の床や壁に覆われている。


 不意にその中央の空間が揺らぎ、紙を裏から破くような亀裂が走った。ドーム部屋全体がきしみを上げ、床や壁から悲鳴のような金属音が響く。


 このまま捨て置けば部屋ごと崩壊するだろうと思われる負荷が掛かったところで、亀裂が2人の人影を吐き出した。

 たちまち亀裂は消失し、唸りを上げていた金属音は鳴りを潜めるが、部屋の中のひび割れはそのままであった。


「ふーん。ここが別の世界?」


 吐き出された人影の片方。小さい方が部屋を見渡した感想を述べる。


「ここの見てくれだけで判断されるものではないぞ」

「分かってるわよぅ。空気が違うなーって思ったんだもん」

「いい加減『もん』とか使う歳じゃなかろうに……」

「永遠の十代よっ!(キリッ」


 大きい人影がやれやれと肩をすくめ、小さい方が頬を膨らませて反論する。コントのような流れに発展したところで、大きい方が呆れて沈黙した。


 小さい方が手の中の物に灯火の魔法を掛けたことで部屋の中が露わになる。


 大きい人影はくるぶしから口元まで覆う、襟を立たせたジャケットコートに身を包み。左肩から半身を蒼いマントを掛け、褐色肌に魔人族特有の側頭部から伸びる捻れた角。

 オペケッテン・シュルトハイマー・クロステットボンバー、通称オプスである。


 小さい人影のほうはハイエルフのケーナ。

くすんだ金髪は首元で切り揃えられ、上半身にはドラゴンの意匠の付いた革鎧。オプスと同じように背には蒼いマント。肩の留め部には水竜のヘッドパーツ。淡い緑のズボンに膝下まであるロングブーツ。全体的に対地用の竜装備と呼ばれるものでまとめてある。


「急に砂漠へ行くから支度しろ、だなんて言うから何処へ行くのかと思ったわよ」

「間違ったことは言ってないじゃろう」


「ここが室内なのはまだいいとするけど、本当に外は砂漠なんでしょーね?」

「百聞は一見にしかず、と言うじゃろう。見て判断するがよいぞ」


 言うだけ言ってオプスはケーナの傍を離れて、ドーム部屋の出入り口へ移動する。横開き用の取っ手に手を掛け、たところで停止した。


「?」


 疑問に思ったケーナがクエスチョンマークを頭上に浮かべた途端、手元に細剣を出現させたオプスが【剣技スキル:微塵】でもって扉をバラバラに切り裂いた。


「ふんっ!」

「ああ、開かなかったのね……」


 残骸を蹴り飛ばして室外へ進むオプスの後ろ姿に、呆れ顔で汗を垂らしたケーナは呟く。

 憤慨した足音をどすどすと響かせてオプスは行ってしまい、ケーナはその後に続く。


 ドーム部屋を出ると、人1人がなんとか通れるという廊下が右へ伸びていて、その突き当たりまでは5メートルもない。

 正面にも扉があったようだが、ここと同じ道を辿ったらしくすでに残骸の山だ。


 両方とも非常灯すら切れているようなので、ケーナは手の中の灯火の魔法を掛けた小石をそれぞれへ2個ずつ放り込む。


 正面の部屋は小さく、すぐそこにオプスの背中が見えていた。

 ひょいと覗き込むと、6畳程の室内に本が詰め込まれた棚が壁を埋め尽くしていた。どうやら書斎だったようだ。


 オプスは部屋の中にあったデスクの上、埃の山から1枚の紙をつまみ上げる。1度見るだけで納得したのか、ケーナに紙を渡すと廊下へ出てしまった。突き当たりにあった扉を確認しにいったらしい。


「ん~、何々?」


 紙というか、手触りはセロファンのような物体に眉をひそめる。次いで書かれた文字に目をやって首を捻った。


「……何語?」


 書いてある文字自体はアルファベットなのだが、並びが全然別物のようだ。ケーナも英会話を熟知してるとは言い難いが、それでもこの並びは知っているものでもない。


「んー。スキルで判るかなー?」


 あるだけで普段は全く使用しないスキルを脳内に羅列させ、【言語理解】と【暗号解読】をアクティブ化する。そうして短文では分かり難いと思い、棚から適当に本を一冊抜き出した。

 数分すればなんとか読み書きできるレベルまで行けるようになった。多少の頭痛と引き換えにではあるが。


「詰め込み過ぎより、頭の出来っていう弊害よねえ……」


 愚痴を小声で呟きつつ改めて紙面に目を通す。

 それは短い手紙のようである。


『シュルツへ。25年待ったが、俺ももう歳だ。ここは残して行くが何かあったらヤルインまで来い。あとの事は息子たちに頼んでおく』


「シュルツという人に宛てた手紙みたいだけど、これがこっちのオプスのことなのかな?」


 かなり端折った説明でいうのならば、ここは2つほど前にケーナとオプスが通った世界らしい。今回、探すモノがあって訪れたらしいのだが。その探すものは『物』なのか『者』なのかは話してくれないので不明である。


「とりあえずこっちの世界に慣れてからって話でー。覚悟しておけと言ってたけど、そんなに過酷なところなのかしらねー?」


 最後の「ねー」はさっきから沈黙のままであるもう1人の仲間に向けてだ。


『砂漠トモンスタート機械ガココノ敵デスネ』


 胸の内からキーの返答に首を傾げるケーナ。


「なんかそんな感じのMMO、地球で見たなあ。何だっけ……?」


 そこへオプスが顔を出し、ケーナの様子を見て眉をひそめた。


「おいケーナ。何時まで待たせ……、何をしとるんじゃ?」

「砂漠とモンスターと機械っていうから、そんなMMOあったなあと思い出してた」

「思い出よりこの先のことを考えんかい」

「はいはい」


 廊下の突き当たりにある扉はさすがに壊されてはいなかった。

 扉は観音開きの先にシャッターがあり、錆だらけのそれを2人掛かりで強引に押し上げ、外へと足を進める。

  

 まず感じたのはじゅわっと溶けそうな熱気と刺すような日差しだ。直ぐに水竜のマントの効果で熱気と日差しが和らぐ。

 それでも体感的には30度近くはあるだろうか。


「うわ暑っ!?」

「装備の効果で30%程度は遮断しているはずじゃが、装備無しでも過ごせるくらいにはなっていたほうがよいぞ」


 あまりの日差しに後退したケーナにオプスが淡々と忠告する。


「まあ確かに。寝るときとか(くつろ)ぐ時とかあるもんね」


 再度意を決して日差しの中へ身を晒し、周囲を見渡すケーナ。


 2人の居る所は砂漠から突き出た岩山のような場所にあたり、周辺は一面黄土色の砂丘しか広がっていない。

 動くものなど微風に舞う砂しかなく、かすかに聞こえる風の音以外は静かなものだ。


「とりあえずどーすればいいのかな?」

「一応街と街を繋ぐ街道がどこかを通っているはずなのだが……」

「砂しかないよ」


 砂地から2~3メートルの高さにある所とはいえ、【遠目】スキルを使用しても道らしい道は確認出来ない。

 にべもなく断言したケーナにため息で返したオプスは「話は最後まで聞け」と続ける。


「……通っているはずなのだが。キャラバンなどの移動集団がそれらの道に精通しておる」

「つまり、それが通るまで待つ?」


 訝しげにオプスの顔を(うかが)えば、無言の首肯が返ってくる。


「まー、一応保存食は10日分くらいは持ってきたけど。こんなところで何して待てと……」


 言ってから気付く阿吽の呼吸。何時まで待つの、だとかのやり取りをしない行動を振り返り、笑みを浮かべるケーナ。


「毒されてきたわー」


「ん……。何ぞ言ったか?」

「何でもなーい」


 ケーナはあっけらかんと言い残すと外へ身を踊らせた。


「よっと」


 危なげなく着地すると、その場で足踏みやジャンプを繰り返して足元の具合を確認する。


「ふむふむ。地竜のブーツの効果はこっちでも問題なく作用してるようね」


 リアデイルのゲーム時代では砂浜か岩山程度でしか出番のなかった効果を確認し終わる。

 次にイヤリングにマウントされた楊枝のような棒を外し、「伸びよ」のキーワードで背丈と同じぐらいまでの『棍』へと変える。


「うん、如意棒も問題なく使えるようね」


 振り回して使い勝手に満足するケーナ。


 本来世界を越えて別の世界のアイテムを使うことは有り得ないことである。ましてや今回こちらの世界にはリアデイル側のような魔法技術はない(オプス談)。


 それを可能にするのは、常人とは比べ物にならない高位クラスの魂源である。これによりケーナたちはたとえ元の人だった時の世界に帰還したとしても、高威力の魔法を無尽蔵にバンバンぶっ放し、世界を滅ぼすほどの召喚獣を使役したり出来るのだ。やれと言われてもケーナはやらないと思うが。……オプスは分からない。


 そのオプスは、下で元気なケーナの様子にため息を吐き。機械に気を付けることと、離れ過ぎると砂嵐が起きたときに迷うことを告げ、岩山の中へ引っ込んだ。


「キー、マーカーよろしく」

『畏マリマシタ』


 まるっきり丸投げである。それについて愚痴を零すものはこの会話が聞こえない所にいる。

 それさえもおそらく予想していて何も言わないのだとケーナは確信していた。


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