《真実と現実》
足の鎖を切ろうして何故か女神が倒れた。
リュリカが声もなくその場に倒れ伏せた。数瞬の静寂の後に慌てて俺たちが助け起こそうとした時だ、大広間の扉が大きな音を立てて開かれた。
『リュリカ様――――――――!!』
大広間の広さに響き渡る怒号に誰もが首をすくめ体を硬直させた。開けられた大扉にはなんとか留めようとしたのか潰れた仲間がいた。
そして優に50人はいるだろう神官と巫女たちが駆け寄ってくる様は異様だ、紫の髪色がこんなにも多種多様な色合いを持っているのだなぁと現実逃避をしたぐらいに。
紫の集団に詰め寄られれば多分感謝の言葉でも掛けられるのだろうと身構えようとしたらまさかの一番先頭にいた人間に襟首を掴まれた。
『リュリカ様になんてことをしてくれたんだ!!』
後に続く人は俺らを女神から遠ざけさせて彼女を取り囲みあまつさえ守ろうとその身を盾にした。
(おい、違うだろう) とその場の人間がそう口に出さず彼らを眺めていた。
そして俺たちは全ての真実を聞かされた。
――――・・・
真実は、小説より奇だ。
何万人いや国中の人間の命運をかけたこの革命がたった一人の少女の手によって起こされたなんて誰が信じる?
彼女が言っていた事が全て真実であり俺たちを導いていたというならやはり彼女はリュリカ神なのだろう。
そしてこれまでの非礼の数々を思い出し革命軍は青ざめる。俺も、ラピスも・・・・。
あれから数日が過ぎ、彼女の言った通り王族は捕え幽閉中。
国の体制を整えるために動き出しだのは彼女が手配したという先代王の重臣と彼らの子息だった。
ガリオス国は現国王『ゼオス・ガリオス』が統治する以前31年前は今よりも豊かで暮らしやすい国だったのだがこのゼオスが他国に戦争を仕掛ける度に国は疲弊し今の状況に陥っていた。
そして最も問題だったのは、彼は14歳で王位を継いだ事だった。
彼の母親はその美しさで商家の出ながら側室に選ばれた、とてもチートな存在でありふれた感性の持ち主であった。
はっきりと言えば息子のゼオスはそんな彼女の言いなりに政治を行い、富を求めて無意味な戦火を広げ続けてきたのだ、不幸な事に前王妃が亡くなってもその欲求は彼にしっかりと受け継がれていた。
彼を咎めた前王の重臣は国境近くの領地にそれぞれ追いやられていた。それでも彼らは前王への恩義を返すためにゼオスに忠義を尽くしていたのだ。
そんな彼らを説得し、立ち上がらせたのがまた女神なのだとそう重臣たちに言われてしまえばもう信じるほかなかった。
そして
俺は、神殿に向かったが皇子に会うことは出来なかった。
ただ全45枚に亘る手紙が俺やその他の騎士に残されて居たりした。
内容は、リュリカ神に助けられた事と看病を受けた巫女に恋をして、彼女から聞いた国の現状とリュリカ神の考えを知り感銘を受けたとの事だった。
まぁ、これだけならいいが、まさか愛の逃避行ならぬ『愛のガリオス全土行脚』の旅に出るって・・・・。
駆け落ちならまだ連れ戻せそうだが、まさかの行脚。
そして手紙の最後には『わが忠実で賢明な騎士よ、これからは全力でリュリカの神に仕えよ。』と締めくくられていた。
無知であった己を責める文面が長くつづられた後に巫女との馴れ初めまでしっかり書かれていた所があの方らしい、というか45枚の手紙の半分がのろけだ。
偽造ではないとわかるぐらいにあの方らしい文章だ。
「どうすればいいんだ・・・」
神官たちは、俺たち革命軍をリュリカ神を害したと逆賊扱いだがまだあの少女に俺は危害を加えてはいなかったのは事実だ。
何度も釈明の場をと神官たちに再三にわたり申請しているが毎回門前払い。
こっちはこれからどうしようと悩みに悩み抜いて、彼女に仕えるとそう決めたのに、何も出来ないなんて騎士の名折れだ。
「くそ・・・」
「シオン落ち着けよ。」
横でもう一度手紙を読んでいたラピスが俺を注意する。
「落ち着けるかっ!主に捨てられて新たな主を持つ騎士の苦悩がお前にわかるか?」
「俺も王子の騎士だよ、まぁ、お前みたいに専任ではなかったけどな。この『騎士よ』って俺も入っていると思うか?」
「当たり前だ」
「やっぱり」
お互い騎士だが専任であるのは、俺の誇りだった。急に違う主に仕えるなんて出来ないししたくない。
たとえそれが皇子の命でも。
「リュリカはまだ眠ったままなんだろう?」
「ああ、巫女の一人が言っていたが、どうもリュリカは魔法が掛からない体質らしい、鎖に掛けた魔法が間接的に作用したと怒られた」
「お前は彼女の体質を知らなかったんだから仕方ないだろう、それにお前は、あれが本物の女神って思うのか?」
「・・・・女神と皇子はお認めになった、俺に疑う余地はないよ。神官から渡された計画書読んだか?あんな考え方普通の人間は、しないさ」
神官から手渡され分厚い本の題名は『ガリオス国革命後変革計画書』と書かれていた。新たな部署の組織設立と編成、医療や教育についてまで様々な提案が事細かに書かれていたそれを神官は禁書として大事に神殿の祭壇に奉っていたというのだ。
何もかもが画期的すぎる企画書は今俺の部屋にある。
「読んださ」
「せめて本人に合わせていただかないと・・・どんな人間かって聞いて返ってくる説明が『リュリカ神です』って・・・もうどうしたらいいかわからん」
「確かにこれからの事について話し合う必要はあるな」
「なぁ、あの神官たちが俺たちを許して彼女に面会させてくれると思うか?」
「いや」
「だよな」
「だが会わなきゃ話にならん。彼女が目覚めれば様々なことが変わるのは目に見えてるし、楽しそうだ」
「おい・・・」
ただでさえ神官達に敵視されているのにここで何かちょっかいをかけるのは正直やめてほしい。
「しょうがない、俺のとっておきを使うか・・・・」
「とっておき?」
「そう、とっておきだ。」
そう言ってバチンという音がしそうなほど勢いよくウインクされても気持ち悪いだけだった。
革命ってこんなに大変な事だったんだなぁ・・、実際にやって見てわかる政治の面倒さについ現実逃避したくて仕方がない。
俺は英雄だけど王様になりたいわけじゃなかったのに・・・。何気なく今政治の全権は俺にあったりする。
「これ以上敵を作りたくない」
「お前、相手は女性だ、敵対するなんてアホな事考えるなよ。しかも女神だぞ?見た目は俺好みにしっかりと・・グギャ!!」
下卑た笑みを浮かべるラピスに机に置いてあった分厚い報告書を思いっきり投げつけてやる。
「口に出すな!」
思い出してしまった柔らかな感触と華奢な足は、足枷が痛々しい傷をつくっていた。
彼女には思いっきり泣かれた、ものすごく睨まれたり真剣に問い詰められたり・・・今思うとあの紫紺の瞳には自分は随分情けない姿ばかり映してしまったように思う。
計画書の中にはわからない単語と読んでも意味のわからない知識が膨大に書かれている。
これだけを見れば誰もが彼女を神と崇めるだろう。
でも俺は見てしまったのだ・・・・・暗闇に月明かりだけが照らしていた、ただ子供の様に声を上げてなく一人の少女を。
「もう泣いてないよな・・・・」
会いたい、なぜかそう思ってしまうのはあの涙のせいだ。