《神の日常》
さて昔話はここまでにしよう。
「疲れた・・・・」
そう嘆く声が響く。小さな窓から差し込む光がやっと朝を知らせる。着替える服は、まるで古代ギリシャ神話のような服。下着のような画期的なものなどないためサラシを撒いて代用する。そうしなければ見えてしまいそうなのだ。
「リュリカ・・・・様」
小さな少女が話しかけてきたのは初めてだった・・・私付きになった少女が私を怖がる事は知っていたが話かけてくる子がいるとは思わなかった。
「なあに?」
出来るだけ優しげに返してみると何故か顔を赤らめられた。
昔の自分の容姿なら無理だったろうが今の自分の容姿はそれなりに人受けすることは神殿で知った。
現代(?) と今は言って置こう、元の世界とは違い鏡がかなり不鮮明である事を知ったのもまた神殿だがそれよりも、映った自分と20年あまり見てきた自分の容姿があまりにも変わっていた事には、ものすごく驚いた。
それでもこれを利用する事にももう慣れが出て来ていた。
「あの・・・・」
「うん?」
「お胸が痛いのですか?お薬いりますか?」
そう聞いてくる子供は愛らしい上目使いで私を気遣う。この世界の女性は胸などのガードにまったくと言っていいほど無頓着だ。
「大丈夫よ、それより今日は神官長様から何か聞いてない?」
「いえ・・・ただ最近送った鳩が庭先に殺されていました。」
もう気づかれたかと内心驚きながらそれでもそれは表に出さずに微笑む。
「そう、可哀相な事をしてしまったわね・・・あなたも危ないかもしれない、今日中に城を出て神殿に向かいなさい」
「でも!!」
「いいのよ、短い間だったけどありがとう。あなたの摘んできてくれるお花とてもきれいで嬉しかった」
「・・・はい」
そう言って彼女が部屋を出る、遠ざかる足音にどうか彼女が無事にこの城を出られるように祈った。
だが私の祈りは届くことは無かった。数日後私は王の召還を受けた――・・・。
「呼び出して申し訳ない、リュリカの神よ、だが少し報告させていただこうと思ってな、」
「?」
遠い玉座に悠々と座る男は、跪く私を見つめて笑った。
「我が臣下より・・・あなたが謀反を起こそうとしているという情報を得ましてね、」
強張る体を叱咤しながら平然と笑う。
「あら、それはまた面白い」
「ええ、何かの間違いだとよく調べてみた結果、これらは全て神官長の謀だということがわかりました。」
この2年間の努力が全て水の泡に帰す・・・それが手に取るようにわかった。
「神官?」
「はい、おや、あなたは知らなかったのですか、」
「ええ・・・・まさか、あの方にそのような力はないでしょう?」
救えるなら救いたい、この命に代えても―。
「いやはや、私もそう思っていましたが、なかなかに策士でしたよ。あなたを利用し民の心を惑わし革命を呼びかけたらしいのです」
脳内で思考が駆け巡るがあまりいいものは浮かばない、この状況を予想していなかった訳でもないのだ。
用意していた全ての策はこの男に届く刃には程遠い、それでも何が何でもと食いつく隙を探す。
「それは、酔狂ですね、でその愚か者は?」
「まぁ、生かしておくこともないと思い先ほど殺しました。」
「は?」
目の前が一瞬だが白くなったように思えた、必死に感情を殺そうと絨毯を掴む。
「何を驚きなさる?」
「べ、弁明の機会・・・・を与えないのですか?」
「あなた様を汚すような男にそのような慈悲など勿体ない。その慈悲をどうか我々にお与えください」
誰でもいい、目の前のこの男を殺してくれ!!
内心を隠す為に握りしめた手からポタリと濡れた感触がした、多分爪で傷つけてしまったのだろう。
「ほ・・・他のものは?」
「神殿に遣える全ての人間は現在幽閉しておりますが近日中に全ての人間を殺しましょう。よろしいですかな?」
この問いかけは、罠だと解る。殺されてしまった神官長を思えばここで私は笑いながら言わなければならない。
『もちろん、いいわ』と。
「・・・・」
「どうかなさいましたか?」
無言の私を責めるように男は急かす、私の言葉をー。
だが遣られっ放しは性じゃない私は、意地でもこの男に一矢報いる必要があった。
だからなんとしてでも出し抜いてやろうと告げてやる。
「あら、私は信仰者を失うわね」
「いえ!!そのような事はありませんよ、新たに神官長を据えますゆえ問題はありません。」
「そう、なら一つ願いがあります。」
「なんだろうか?」
私がこの容姿だけで神の化身と呼ばれていたわけではないのだ、かつて学んだ様々な知識を利用することを私はこの世界で多く行っていた。
「私をその者達の処刑に立ち会わせてください、その後新たにあなたに予言を授けましょう。」
「予言?」
「はい、ですがその予言を手に入れるのにいくつかの準備が必要です。その為に60日いただきます、それだけ重要で大切な儀式であり、万全な用意がこの予言のカギをにぎる。」
「60日?」
「はい、そして予言を授けるその日に彼らを殺します。私は厄災の女神、生贄をもらうのは当たり前でしょう。」
そう言って置きながら手が振るえた。
もしこれでもダメだとしたら、神殿に遣える300人以上の人々が殺されてしまう。
「おお、やっとですか?」
「はい、私が神殿に伝えた秘術の全てをあなたにも授けましょう。」
「本当ですかな?」
王は嬉しそうに笑いながら私を見つめた、だがその瞳に疑念が渦巻いているのも見えていた。
「疑うのですか?」
「ですが流石にあれだけの人数を殺さずにこのまま城の牢屋に居させるのは・・・それに斬首は手間がかかります。」
「・・・・」
そう笑って言ったのは今までずっと黙ったままだった宰相だった。
「フィリップが言うのも最もだ。」
「生贄は首を落とす。当たり前の事でしょう、私の予言が欲しくはないのですか?」
「いえ、ですが」
「なら牢屋に入れなければいいのです、神殿の周囲に兵でもおいて見張らせなさいな」
そう言うと私は立ち上がった。帯に隠していたものを手に持つ、これはこの男に私の価値を示すもの。
「せっかく持ってきた新たな力もいらないなら捨てましょう。」
現代の知識がこの世界では最早『諸刃の剣』であることは自覚している。だが300人の命を私は見捨てられないのだ。
「おぉ!!左大臣早くお受け取りしそれらの説明を受けよ。」
「はっ!!」
左大臣と呼ばれたこの男はとても不満げに私を見つめたがそれでもと近付き私から紙片を受け取る。
「これは?」
「・・・・私の生贄はどうなりますの?」
「っつ!!確かにそうしましょう。」
「生贄がやせ細りみすぼらしいのはごめんよ」
「陛下?」
左大臣からの確認に王は笑いながら頷き告げる。
「すべてはリュリカ神の仰せのままに」
そう王が言ってやっと開いた手のひらが血だらけである事に気づいた人間はいない、味方はいない。