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後編

朧月がうっすらと道を照らし、踏みしめた雪に足を取られそうになりながら、小川を渡る橋を歩く。

息をする度に、白いもやが空へ昇る。

片手に持ったコンビニの袋が、歩く度にガサガサと音が鳴った。

アルバイトの帰り道、今日は疲れたな、もうすぐ日付変わって明日も大学かと、ぼうっと考えながら歩いていると、ふと、変な音が聞こえた。


橋の上から聞こえた音の方向を向くと、川に向かってしゃがみ込む人影と、川の上にぼんやりと浮かぶ『何か』。

ここからではハッキリとは見えないが、どうしてだか『何か』の近くで鈍い月光を返す鎌のような物はハッキリと見えた。


「っ!危ない!逃げろっ!!」

咄嗟にそんな言葉が出た。

思わず手に持っていたコンビニの袋を放り投げ、駆け出す。

橋のたもとにある、小川の河川敷へ伸びる階段も駆け降りた。

しかし、辿り着くまでの1~2分の間に振り下ろされる鎌のような物と、川の方に上半身が倒れ込むスーツを着た男性の姿が見えた。


「おっさん!大丈夫か!?」

川に倒れ込んだ男性を濡れるのも構わず助け起こす。

比較的平らな地面に横たえ、心拍と呼吸の確認をし、ポケットから携帯電話を取り出して救急車を呼んだ。

ただちに心肺蘇生法を開始して5分ほど経ったところで、少女の声が聞こえた。


「もう……無駄なのに。」

「人命救助に無駄なんてことはないだろっ!!……っえ…!?」

怒鳴りながら顔を上げると、見知った少女の姿が川の上に浮いていて、驚きのあまり手を停めて見上げていた。

あの日、助けようと手を伸ばし、けれど届かなくて、悲しげな表情のまま微笑んで目の前で空へと消えてしまった同級生の少女の姿が、服装は違うがあの日と同じ姿で目の前にいた。



青年が駆け寄り、救助を始めたところで、少女は蒼白い光を左手に乗せたまま横にした鎌の柄に座り込んだ。

「この光景が見えているかしら?」

左手の光に話かける。

光が答えるように淡く点滅した。

「あなたを助けようとしてる人がいるの。………もう……無駄なのに。」

ふいに、青年が顔を上げた。

こちらを見上げた表情に驚きが広がる。

青年はそのままに、なおも光へと話かける。

「後悔、しているの?……そう。なら次の生では後悔のないようにね。」

蒼白い光がふわりと浮き上がり、少しずつ小さくなりながらゆっくりと昇っていく。

「次もニンゲンになれるとは限らないけれどね。」

少女の小さな呟きと共に、小さくなった光が朧月の放つ月光に溶けるように消えた。


「さて、と。」

光の行く先を見守っていた少女が、青年へと向き直る。

青年が何か言う前に、青年の顔面に淡く白い光を纏った右手の手のひらを突き出した。

段々と青年の瞳の焦点が合わなくなる。

「あなたは『なにも見ていないわ』。河川敷に倒れている人を見つけて助けに来ただけ。いいわね?」

問いかけに青年はぼんやりと首を縦にふって答えた。

救急車の音が近づく。

少女は光を失った右手を青年から離すと、鎌の柄から立ち上がり、マントのフードを被ると上空へと駆けた。



雲と同じくらいの高さから地上を見渡すと、青年が再び心肺蘇生をしている所だった。

そこに救急車が到着する。

その様子を鎌の柄に座りながら見ていた。

「リリー、人間に見られるなんてあんたにしては珍しいんじゃない?」

「ローズ…。」

声の聞こえた方へ振り向くと、箒に腰掛けた三角帽子と赤い爪が印象的な女性がいた。

「昔、私を助けようとしてくれた、ただ1人の人だったの。……大好きだった人。」

もしかしたら、無意識のうちに青年に見えるようにしてしまっていたかもしれない。

そう落ち込みながら語るリリーの頭を、ローズはゆっくり撫でた。

「彼、大学生になってたわ…。人を救おうとする所は変わらない…。」

「そう。」

彼女にも、口には出さないが苦い思い出があるようだった。

「今日の任務は終わったんでしょ?ほら、帰るよ。」

彼女が空に向かって指を踊らせる。

描いた筆跡が金色に輝き、筆跡を中心に扉が現れた。

ローズが扉を開けると、箒に腰掛けたまま入り込む。

続くリリーは一度地上を振り向いた。

「あの時、助けようとしてくれてありがとう。ごめんね。さようなら、大好きだったよ、和泉くん。」

そう呟くと、一粒涙の雫をこぼし、扉をくぐった。

リリーが扉をくぐり抜けると、扉は空気に溶けるようにして消えていった。

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