恋愛構想曲第二番~夏駆ける、恋の煌めき~
蝉が頻りに泣きわめき
耳がガンガンとする。
暑さで参っているのに、それに加えて
この五月蝿さ(うるささ)。
河村 夏帆はこの春から地元の
自称進学校に通う、高校一年生だ。
陸上部に所属していて、日々練習に明け暮れている。
現在は夏期長期休業に入っていて、多くの部活動が
盛んに活動している。
夏帆は部活のユニホームに着替えて部室を出た。
グラウンドに行くと、もうすでに練習を始めている
生徒が一人いた。同じクラスの男子で
名前は金森涼という。
「あれ、涼くんもうきてるの?早いね~。」
「ん?夏帆りんじゃん!まぁね、家いても暇だしさ。」
二人とも陸上競技の走り幅跳びを専攻している。
夏帆が砂場に目をやると、涼の足跡は
だいぶ遠くについている。
ざっと5メートルは越えているだろう。
「今日も、飛んだね~。」
「ん?そーかぁ?まだまだだねぇー
全然、踏み切りが甘いしさ。」
「夏帆もちょっと、飛んでみる!」
「転けんなよ♪」
「余計なお世話っ!」
出だしは軽く走り、徐々にスピードをあげていく。
そして、踏み切りのところで最高潮に達し、
全てのパワーを放出する。
ザフッン!!!
あ、かなり飛んだかも!
「残念、ファール~。ガッツリ踏み切り線踏んでたぞ。」
「えーーっ。結構飛んだと思ったのにな~。
じゃー次、涼くんも飛んでみてよ。」
「おお!いいぜ、任せろ。」
普段チャラチャラしている、涼もこのときばかりは
真剣な顔つきだ。
夏帆はこの時の涼が一番カッコいいと思っている。
鋭い走り込みと共にダイナミックに
飛び上がる。その体はぐんっ!と前に進む。
ドフッンッ!
「んーまぁまぁかなー。」と涼は不満そう。
「すごーーい!5メートルなんて余裕何だよね?」
「それくらい飛べなきゃな。」
そうこうしているうちに他の部員たちが集まってきた。
部活が終わると何かの習慣のように、
近くのラーメン店に夏帆と涼は二人で足を運ぶ。
別に付き合っているわけではないが、
二人はよく気が合い、お互いに信頼しているので
男女の友情というやつなのだろう。
二人は、店の一番人気の豚骨ラーメンを注文し
お冷やを飲んだ。
「あーーほんと暑いよね~。」
「蝉、五月蝿いしなっ!ちょっとは静かにしてほしいぜ!
俺の安眠妨害だっつーのっ!」
「涼くんは、寝すぎてだから丁度いいよ。」
「バカだなー!寝る子は育つんだぜ?」
そんな話をしていたら、ラーメンが運ばれてきた。
「何、いってんの!?全然育ってないしぃー。
あ、いただきまーす。」
「失礼なやっちゃのぉー。いったまきまぅーす。」
「ちょっと、ちゃんと日本語しゃべってよね。
いったまきまぅーすって何語!?」
「フランス語だろ。」そんなことを言いながら
麺をすする。
「絶対そんなんないから!てか、フランス語何も
知らないでしょ!はい、チャーシューもーらいっと。」
と、涼のチャーシューを1枚盗み食いした。
「あ!おい!バカ!金払えよ!500円!」
「いや!チャーシュー高すぎだって!」
「あ!すいませーーん!替え玉かため1つ~。」
と追加の替え玉を注文した。
「食べるのはやっ!てか、よくそんなに食べるよね。」
「そうか?普通だろーっ!よいしょっと。」
と、運ばれてきた替え玉をスープの中に投入する。
「はぁー、明日国語の補習だぁー。」
「あー俺も明日、数学補習あるぜ?」
「え!?ほんと!?じゃー明日一緒に行こうよ!」
「お!いいぜ!んじゃー学校に11:25に集合な!」
「いやそれ意味ないじゃん!駅に11:00だよ!」
「了解~了解~。遅れんなよ~、遅れたら
1秒につき、アイス一本な。」
「そんな金どこにあるの!?」
それから、20分ほどして、店を出て、
それぞれ家路についた。
「あーーー。暑い、ダルい、疲れた、眠い、寝よう。」
と、夏帆が自分の感情を思い思いにぶちまける。
「お疲れちゃん♪だいぶたまってんなぁー。ふぁーあ。」
と、涼は欠伸をしながら気だるそうに言う。
補習が終わり、教室で一息ついていたところだ。
「国語のせんせーさー。何であんなにダミ声なんだろねー。」
「天性の才能だわ。宿泊研修の時の目覚ましの歌
あれは、ひどかった。ジャ●アン越えてるわ。」
「あっはっはっ!涼くん酷すぎだって!・・・んんっ!?」
夏帆は涼の机からはみ出していた、
プリントに目を見張った。
「あれ、これ、涼くんの通知票・・・。」
と、はみ出したプリントを掴んだ。
「んんん!?あ!おい!バカ!ダメダメ!返せぇ!」
「何でこんなとこに入れてるの?えーと国語が3~。」
「ちょいちょいちょい!読むなっての!」
と、涼が取り返しにかかる。
「やだよー。」
夏帆は、涼をかわして、教室を出た。
そのまま廊下を駆ける。
「待てっての!」
あの後を涼が追う。
「てめぇー、俺に何の恨みがあって・・・。」
お互い陸上部さながらの走りで見事な
鬼ごっこをみせる。
しかし、流石に男子である涼の足は速く、
夏帆との距離は徐々に狭くなる。
「うわっ!はやっ!やばいやばい。」
「さぁ!返して貰おうか!このどら猫っ!」
そして、涼が夏帆に掴みかかろうとした瞬間―
ガツッッ!!
涼の足が絡まり、宙に浮く。
「うおおっ!?」
「へっ!?」
夏帆が振り返る。
身構えようとしたが、時すでに遅し。
涼はその勢いで夏帆に倒れ込んだ。
ズッターーン!!
「って!」と涼が小さく叫ぶ。
「あいたたたた・・・。」
夏帆が目を開けると、そこには涼の整った顔がある。
涼と夏帆が抱き合う形になって倒れている。
「あっ!わ、わりぃ!事故った事故った!」
と、涼が慌てて夏帆から離れようとしたときだった。
「このままでいいよ?」
「はい!?」
涼は耳を疑った。驚きで身体が動かない。
そのまま、夏帆を見つめる。
透き通った肌に、大きな目。
愛嬌のある顔だ。
涼は、耳まで熱くなる。身体が火照る。
夏の暑さのせいなんかじゃない。
「夏帆・・・りん?」
「涼くん・・・。」
蝉の鳴き声が遠くで聞こえるようになった。
「ねぇ・・・夏帆たち・・・付き合っちゃおうよ・・・。」
夏帆と涼は今まで男女の友情ということだった。
友達以上恋人未満―
その定義が、今、この瞬間、覆された。一線を越えた。
気づけば、涼は夏帆のことを抱き締めていた。
「これが、俺の答えでいいか?」
もっと、強く抱き締める。
「うん。」
夏の太陽に照らされて、二つの影は揺れていた。
小さな時計台に寄りかかり沈みゆく太陽に目を細める。
「ごめーん!待った?」
「待った。罰ゲームな。」
「ごめんっってば!」
夏帆と涼は、この地方一の長くて且つ、
汚い川に来ていた。
何故そんな所に何か来ているのかというと、
今日はこの河川敷で花火大会が行われるからだ。
「浴衣似合ってんじゃん。」
「え・・・ほんと!?ちょっと頑張っちゃった!
涼くんも似合ってるよ!カッコイイ!!」
「お?そうか?サンキュー!んじゃ、行こっか。」
涼は夏帆の手を取り、河川敷に並ぶ屋台を見て回った。
夏帆は薄い水色をベースに、色とりどりの花が描かれている浴衣で
帯はピンク色だ。
一方、涼の方は、群青色で、横に濃い青のラインが入っている
一般的な浴衣で帯の色は茶。
普段のチャラチャラしている性格からは伺えない
クールな印象を与えている。
二人はその後、綿菓子を購入し、
木製の小さなベンチに腰掛けた。
「何か・・・四月のときには考えられなかったよね。」
と不意に夏帆が漏らす。
「あぁ、ホントだぜ。宿泊研修の時に
食いもん貰いに夏帆んとこのテーブルに座った時には
こんなこと思いもしなかったよな~
でも、こうして、一緒に居られて俺は幸せだぜ?」
いつしか涼は夏帆のことを
夏帆りんから、夏帆になっていた。
夏帆は相も変わらず涼のことは涼くんと呼んでいるが。
「あはっ、何だかくすぐったいことゆうなぁ~。」
と楽しそうに夏帆が言う。
「まっ、人間何が起こるかわかんねーって事だよな~。」
「うん、うん。夏帆もあの時付き合おうって言ってよかった。」
「そう言えば、あんとき、ちゃんと答え言ってなかったな。」
「あ~。何か抱きつかれて、これが答えだ!って感じだったよね。」
涼は何も答えずにじっと、夏帆の目を見つめた。
あの時と同じように。
夏帆も見つめ返す。
周りはお祭り騒ぎのはずなのに周りの声は
不思議と聞こえなかった。
二人は同時に口を動かした。
『大好き』
涼は夏帆の肩を掴み、引き寄せた。
二人の唇が重なる。
その時―
大きな花火が静かに大輪を咲かせた。
夜空に煌く大華が二人を照らす。