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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 中編
98/176

92.紙で確認することの、何が楽しいというのでしょう

 入ってすぐの広いホールで待機してくれていたのは、本棟の建築士ニールセンと現場主任のオリンズフォルトだ。

 二人に侍従たちの案内をまかせ、魔王様と俺たち大公は三階の会議室へ向かう。そうして場内を見て回る代わりに円卓の上に広げられたのは、大きな見取り図一枚。

 ちなみに席次は慣例通り。魔王様を起点に上位から左右に分かれたいつもの順番だ。

 これも大公位争奪戦が開催されて、どう変わるのか……そもそも、この面子のまま大祭の終了を迎えられるのだろうか。


「つまり、この魔王城は大きくは5つの区域に分割されるわけですね。頂上の平地に四つの城を配置した<王区>、そこへ至るまでの南正面に<大階段>、東には今我々が利用した<竜舎>、西に役所や公文書館などの公的機関と中位以下の住居が集まった<官僚区>」

 そんなあっさり……確かに簡単に言うとそういうことだが、もっと詳細な説明をさせて欲しい。


 たとえば、<官僚区>を例にとって言うと、<西の宮>の下に造られているが、だからといって地下に穴を掘ったような窮屈で暗い造りにはなっていない。

 地上からこの頂上まではどこも大きく三層に別れており、最下層は確かに土台の役目もあるから、四方全てが横穴によってつながってはいる。だが天井は高くとってあるし、密室よりは出入りの激しい役所を多く造ってあるから一室の面積は広く、それほど窮屈な思いはしないはずだ。階層は平均して十二階。竜舎同様、あちこちに転移術式が置かれてあるが、そのほとんどは内部を移動する目的のものだ。

 二層からは一層の土台と三層との境目の間、つまり東西約四km、南北約五km、高さ五十mにくり抜いた広大な空間が穿たれてある。

 千に及ぶ作業員たちの宿場や食堂といった建物がつくられたのが、実はここだ。彼らが退去した後も、まるで人間の町のように造られた建物は、そのまま利用されることになっている。

 他にも平屋から最高十二階建ての塔が緑豊かな大地に似せた平地に整然と並んでおり、植物を植え水場を配したその風景は、一見地上となんら変わりない。

 三層も二層と同様の様式を持たせてあるが、こちらは魔王城に常時勤める者たちの住居や倉庫などが中心となっていた。


 そうしてその二層三層の広大な空間に光を届けるため、採用されたのが西一面を飾る<大瀑布>と光を通す壁面だ。

 外からは轟音をもって流れる滝と魔術によって視界を遮られ、中の様子は見えないが、中からは外を遮るものなどないかのように、西以外の三方の風景と空が透けて見えるのだ。とはいっても、二層から三層の建物が遮蔽物として見えることはないし、三層の地面を見つめたからといって、二層の建物群が見えることはない。

 特殊な魔術で構築したこの魔王城の土台は、その用途用途によって見た目を変化させる。

 もちろんこの土台を築いたのは俺の魔術ではなく、それこそ作業に当たった者たちが各自の持ち場に全力を尽くした結果だ。


「北はなにかしら? 縦横に通路と穴ばかり……まるで蟻の巣ね」

 アリネーゼの感想は尤もだ。他は魔王城として必要な機能に重点を置いたが、北だけは半分は新しい試みのためで、半分は遊びとしての一面をもたせてある。

「<修練所>だ」

「修練所?」

 俺はちらりと魔王様を見た。説明させてもらえるのかどうか、測るためだ。

「簡単にな」

 簡単って……難しいな。


「この修練所は地上から<王区>のある頂上付近まで、三つの入り口で上部も縦に完全に別れており、それぞれ五十層を数える。主な目的は二つ。一つは魔族としての能力の維持、強化するための訓練をここで行うこと。もう一つは、爵位の判定を容易にすることだ。」

「維持と強化?」

「つまり、十ごとにそれまでの階を統括する者を置き、挑戦者はその統括者の張り巡らせた罠や配下たちの挑戦を受けて自己を鍛錬し、あるいは統括者に挑戦して爵位を得るのが目的だ。階をあがるごと、また左のダンジョンに行くごとに難易度があがる仕様にする。一番右の塔は、子供からでも遊びながら挑戦し、自己の鍛錬ができるようにする予定で、成人時に最上階にいる統括者を倒せば、男爵位を与えられるようにと考えている」

「ほう……また、変わったことを考えたな」


 真っ先に感心したような声をあげたのはプートだった。

「つまり今までは爵位を持っている相手から奪うか、上位者から実力を認められて授爵されるかしかなかったところを、この修練所でその爵位を持つ統括者に勝てば、その実力があると認められ、自動的に城と爵位を与えられるわけか」

「そうだ。もちろん、空きが無いときは無理だが」

「挑戦者にとっては簡単でいいわね」

「しかし、そうなると与えられる爵位は魔王領だけということになるのか? それとも挑戦者がいちいち、どこの領地を得たいと希望を伝えるのか」

 また面倒くさいとかいう顔をされるかと思ったのに、意外にも今度はみんな興味津々だ。やはりあれか……「強くなる」という言葉に直結する話に限って、魔族は好印象を持つのかもしれない。

 なんといったって、脳筋だからな!


「その仕組みに関連して、運営についての提案があるんですが」

 いけるかもしれない。みんなが興味津々の今ならば。

「なんだ。申してみよ」

「陛下と七大大公で、その役を持ち回りにしてはどうかと思うんです。そうすれば挑戦者は望む領主の番に挑戦をすればいいし、領地の管理面でも簡単です。それに挑戦者も運営側も、定期的に内容を変えた方が単調さを感じずにすむと思いますし、また運営側の鍛錬にも役立つと考えます」

 などといってはみたものの、その実、領地による地位の不公平さをなくすため、というのが一番の目的だったりする。


 今はとにかく持っている者から奪うのが主流だ。だがたとえば以前の俺のように男爵位にあっても実力もその通りとは限らないこともあるわけで、現状はその相手の実力によって難易度が違いすぎる。それを能力の強弱を段階的に明らかにさせることで、公平さを期すのが目的の一つだ。そうすることで、各領地ごとの爵位の実力も視覚化され、均衡をとりやすいのではないか、という目論見もある。

 そうなれば、無駄な牽制と争いも減るのではないだろうか。


 ちなみに、今初めてする提案のように装っているが、魔王様とはとっくに協議済みだ。俺の考えを伝えると、魔王様も賛成してくださった。

 あとは他の大公たちがどんな反応を示すかだが。


「楽しそうではないか。私はジャーイルの案に賛成だ」

「私もです。他の領地からの挑戦者を受けやすくなりますからね」

 なんだろう。今日はいやにプートとデイセントローズからの後押しを感じる。

 デイセントローズはともかくとして、以前のプートからの賛同なら純粋に喜べたかもしれないが、今はついつい邪念の存在を疑ってしまうのが辛い。

 さすがに二人で何か企んでいるとは思わないが。


「……まあ、やってみてもいいが」

 逆にベイルフォウスは手放しに賛成、とは言い難いようだ。

「面倒じゃの……」

 不満の声を上げたのはウィストベルだ。だが大丈夫。ウィストベルには「面倒なことは配下にまかせればいいんですよ」と言えば、たぶん強固に反対はしない。


「そうだね。他の大公たちの勢力を知る機会をもてるという意味でも、いいかもしれないね」

 抜け目のない意見を出したのは、サーリスヴォルフだ。

 もっとも、口に出すか出さないかだけの違いで、おそらく他の大公たちも近い考えはもっていることだろう。

「他に反対がないのであれば、私もわざわざ否定はしませんわ。どなたかと違って」

 ウィストベルに対して挑戦的な視線を送るアリネーゼの同意も得て、修練所の運営についてはそのように決定した。


 その議題を最後に、会議は一度中断された。

 魔王様は南正面のほぼ一面に造った幅広い露台、今後は高覧台と呼ばれることになるその場所に立って前庭を見下ろし、俺たち七大大公はいつもの通りその少し後方で控える。

 集まっているのは作業員およそ千人と、今回魔王城より引き連れてきた一部の者たちだ。どの顔も、生き生きと輝いている。

 作業員たちは久しぶりに自分たち以外の者たちと会えた上に、自分の作業場所を案内できて承認欲求が満たされたのだろうし、魔王城の人員たちは今後自分たちが住み、働くことになる新しい城を好意的に捉えてくれているようだ。


「まずはこの城の築城に従事した者共に、感謝を。また、この日をもって、そなたたちには自由を確約しよう。無理を強いたが、それに応えてよくぞこれだけの城を築いてくれた。そなたたちの尽力なくしては、史上もっとも美しく、雄大なこの城は、こうも早く完成の日の目を迎えなかったであろう」

 ねぎらいの気持ちを伝える声音は、いつもの数割増しで優しく響く。

 幾人かがその言葉を受けて、胸を張ったようにも見えた。

「この偉業は城が世に存在する限り、魔族の記憶から褪せることはないであろう。恩賞会では言葉だけではなく、相応の褒賞をもってそなたたちに報いるつもりだ。楽しみにしておるがよい」

 言葉にならない期待感で、聴衆が色めきだつ。


「そうして我に頭を垂れるすべての者ども。聞くがよい。予はここに宣言する」

 魔王様はこの場にいる者だけにではなく、全魔族に対するかのように、浪々と語る。

「<魔王ルデルフォウス大祝祭>のちょうど五十日目。その日をもって以後、我が生涯の終えるその日まで、我はこの栄えある城を我が居城とし、ここより全ての魔族を慈しみ続けるであろう。これをもって、<遷城の儀>を開始する」


 作業員たちはこれまでの苦労が報われたような笑顔を見せて飛び、踊り、歓声をあげ、魔王城の使用人たちはこれからの生活に期待するかのような希望に満ちた表情で城を見上げ、そうしてその熱気を全土に広げていったのだった。


 ***


 この宣言を期に、魔王様は会議を外された。

 自ら配下を指揮して、引っ越し作業にあたるそうだ。

 いつも通りの冷静で理知的な雰囲気を醸し出してはいたが、内心気分はウキウキなのだろう、きっと。


 だが、俺たち七大大公はそうはいかない。まだ今後の主行事の変更事項について、話し合っていないからだ。それでもせっかくなので、休憩を挟むことになった。

 なにせウィストベルを除けば、新魔王城への遷城を知ったのはたった今だ。それぞれに自領へ第一報と指示を出す必要がある。

 その後の話し合いは長引きそうだと思ったので、俺もミディリースの様子を見るために席を立った。

 そうして彼女の閉じこもっているという部屋を尋ねたのだが。


「や……です」

 予想通りの答えが返ってきた。

 会議が終わりそうにもないので、作業員たちと一緒に帰ってはどうか、と提案してみたのだが。

 ちなみに、今日を境に自由の身になる作業員たちの帰宅手順は、すでに昨日のうちに簡単に打ち合わせ済みだ。

 いきなり全員が移動するわけにはいかないから、魔王様の引っ越し作業と反比例するように、人員を退かせていくことになっている。

 すでに移動は始まっているようで、二層はいつもより雑然としている。

 この中を帰るのは、人見知りの激しいミディリースなら嫌がるかもしれないと、思っていた。


「ああ、やっぱりか。なら、俺の会議が終わるまで、時間はかかると思うが待って」

「いや、です……」

 ミディリースは眉をひそめながら、ぶるんぶるんと顔を左右に振った。

「帰る……り、ます……今、すぐ」

 ん?

 嫌って俺を待つのが嫌ってことなのか?

「え、なら作業員たちと一緒に……」

「や」

 ……では、どうしろと。


「ここ……嫌……今すぐ、帰りたい、です」

「隠蔽魔術の解除の時に、何かあったのか?」

「……あ……あうう……」

 ミディリースは目を何度も瞬かせると、困惑した表情で首を傾げた。

「ない……かった、です……けど……でも、あの……」


 特別何もなかったらしい。だからだろう。うまく自分の気持ちを言葉で説明できないらしく、あうあう言っている。

 不思議だ。手紙はあんなにくどいのに、なぜ喋るとなるとカタコトになるんだろう。かといって、あの手紙もそれほど時間をかけて書いているとも思えないんだけどな。

 仕方ない。


「けどすぐ帰りたいと言ったって、俺も待てない、というのなら、ジブライールに任せることになるが、それでいいな?」

 ミディリースは俺を見上げてきた。

 最近は、ようやく慣れたようでちゃんと視線をあわせてくれる。

「いい、です」

「そうか、わかった。なら、ジブライールに頼んでやる」

 俺がミディリースの頭をぽんぽんと叩いてやると、ようやく彼女はホッとしたように目尻を緩ませた。

 そうして俺は、ミディリースの護送をジブライールに頼んでから、再び会議の場に戻ったのだった。


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