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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 中編
97/176

91.正直僕は、会議よりあちこち案内して回りたいです

 南の正面から見て向かって右側、東にあたる丘陵には土台を岩肌に見えるよう造形して土や草で装飾し、木を植えてある。

 同じ調子でゆるやかな階段が続く南と違って、切り立った崖や小さな池があり小川も流れている、というように、東側はかなり起伏のある地形に設計してあった。

 規則的な印象をもたない程度には植木も間隔をばらけさせてあり、一見したところでは年月を経た自然豊かな丘の斜面のように見えるだろう。


 この東には、竜の離着陸地点と竜舎としての役目が与えられている。

 いざその斜面の空地に降りてみると、上空からは木の陰に隠れて見えなかった洞穴の入り口がいくつも目に入る。その内部は広く、壁や地面は野生の竜の巣穴に似せて、苔とツタで装飾されていた。

 もっとも極めて自然を模したとはいっても、上質な藁を積み上げてならされた寝床は、清潔さを第一に数日おきに取り替えられる。糞尿は取り払われ、竜自身も鱗を磨き、歯を磨き、腹を磨かれる。

 つまり竜の世話をする竜番は、当然のように置かれるわけだ。ただ檻も柵もつくっていないというだけで、竜たちが管理・飼育されることに変わりはない。


 そんな竜穴が地上から頂上付近までのあちこちに存在している。

 今はまだ、竜も竜番もどの穴にもいないが、そのうち魔王城で飼育される竜穴と来客用の竜穴には外から見てわかるよう、区別が付けられることだろう。

 場所の高低に身分の上下を紐付けることは考えていなかったが、おそらくさっきの大公たちの反応を見るに、<大階段>をあがってくる上位者はほとんどいないのだろう。竜穴の上部は彼らの竜で埋まるのかもしれない。

 まあそこら辺は、実際の管理担当者が運営を決めればいい話だ。


「しかし、なんというか……無駄に凝ったな」

 身も蓋も無いことを言うのはベイルフォウスだ。

「む……無駄とはなんだ、無駄とは! 言っておくが、お前の兄上がいくつかある案の中から、この形式を選ばれたんだぞ!」

「全体図のことを言ってるんじゃねえよ。竜舎を東に作る事に対して許可を与えたにしても、巣穴みたいに、だなんて兄貴が要望する訳がない。ここら辺はむしろお前の趣味が反映されてるんだろうと俺は睨んでるんだが」

 なぜバレた。

 いいじゃないか、最終的には魔王様だって賛成してくれたんだから。


「だいたい、何でお前がこの仕事を任されたんだ。しかも、他には内緒にして……ウィストベルのことといい、なんで俺にまで……」

 ブラコンにとっては、やはりその点がひっかかるらしい。

「大祭主がたまたま俺だったからだろ。お前がそうだったら、お前に任せたはずだ」

「……そうかな」

「そうに決まってる。疑うなら、魔王様に直接聞け。どのみち俺では答えられん」

「……そうだな……」


 おい、ちょっと待て。落ち込んでるんじゃないよな?

 お兄さまにちょっと内緒にされたからって、落ち込んでるんじゃないよな?

 お前はそんな繊細じゃないよな、ベイルフォウス。


「それで、ここからはどうやっていくんだ?」

 今、俺たちがいるのは竜穴のさらに奥を穿った通路の中だ。

 さすがに竜は通れないが、それでも平均サイズの魔族であれば、窮屈さを感じない程度の広さには造ってある。

「本当はせっかくだからここからでも外の斜面をあがるか、階段まで出たかったんだが」

 せっかく<大階段>にも色々用意したのだから、見てもらいたいという欲求はある。途中の施設とか、噴水とか、花壇とか……。

 もっともここからではほとんど階下に見下ろすだけになるし、どうせまた反対にあうだろう。それに、こちらはこちらで披露したいものもある。

「この廊下に階段があるから、通常はそこを使うんだが、今回は……ああ、ちょっと待て。みんな出て来たようだ」


 通路に魔王様と他の大公が姿を見せる。

 この最上部につながる竜穴に竜を降ろしたのは、魔王様と七大大公だけだった。

 他の者は遠慮したらしく、それ以下の階層にそれぞれ降りたようだ。

 ちなみに、俺たちは一人一頭で竜を駆ってきたが、使用人たちの中には自分では竜に乗れない者も多いから、十人ずつくらいまとまって一頭に乗ってきている。

 ジブライールには指示を出したから、彼らのところには適当に人員を配してくれているだろう。

 やはりこういう時に信頼できる部下がいるというのは心強い。


 俺は魔王様と七大大公を通路の中央に案内した。

 各階の左右行き止まりには、上下階に移動するための階段や坂を造ってある。中央も同様なのだが、そこにだけは更にもう一つの機能を用意してあった。

 つまり更に奥に五m四方、高さ三mの空間を穿ち、その床には仕掛けを施してあるのだ。


「なにこの平面的な術式」

 そう、術式だ!

 床にはめいっぱいに術式を描いてある。まるで教本のように!

「ふっふっふ。よくぞ聞いてくれた、サーリスヴォルフ! これは」

「ジャーイル。説明は手短に、かつ簡潔にな」

 ……ひどい、魔王様。俺の力作なのに!

「……転移術式だ。新しい魔王城は上下に広いから、移動に不便かと思ってあちこちに用意した。以上だ」

 どうだ、簡潔に言ったもんね!


「転移術式? なんだ、それ」

 食いついてきたのは我が友、ベイルフォウスくんだ。

 そうだよな、やっぱり聞きたいよな、その話!

 だって今までにはなかった魔術だもん! 俺が考えたんだもん!

 ……正直にいうと、文様を考えるのに多少ミディリースに手伝ってはもらったが。


「俺はこれを、<転移陣>と名付けた。どういうものかというと」

「ジャーイルが創作した新式魔術だ。この術式は床に定着してあり、何度使用しても消えない、というわけだ。効果は別の場所への転移。ここからは魔王城正面の庭の、決まった地点へ移動する。詳細を聞きたいのであれば、後で個別に尋ねるか、公文書館に追加される資料を待て」

 ……魔王様……。


 魔王様に促されて俺たちは転移術式に足を踏み入れ、発動に伴って発光するはずの光の色を判別する間もなく、魔王城の前庭へと瞬時に移動した。

 移動先は<大階段>から<御殿>までまっすぐ延びた広い道を、わずかに東へ移動した庭園の中に設けた四阿の内。


「なるほど。対になっている術式に、一瞬にして跳ぶという訳か。便利だな。しかも、全く違和感も不愉快さもない」

「確かにそうだね……にしても、不思議な経験だね。一瞬にして、別の光景が目の前に広がっているだなんて」

 ベイルフォウスとサーリスヴォルフが、珍しく感心したように頷いている。

 二人は言葉どおり違和感を感じていないようだが、白状するとこの転移術式は発動のために、その使用者の魔力を少し奪っているのだ。マーミルだったとしても支障が出ないほどの、ほんのわずかな量ではあるのだが。


「それにしてもなんとも複雑な文様ですな。私も是非後ほどジャーイル大公のご教示賜りたいものです」

 複雑なのは当然だ。

 床に描いているために一層に見えるかもしれないが、実はこの術式は四層四枚八十五式一陣、つまり百式に近い術式なのだから!

 問われるなら事細かに教えてやりたいが、相手がデイセントローズとなると抵抗感でいっぱいになるのはなぜだろう。


 それはともかくとして、今言ったように四阿の床いっぱいには竜穴と同様に術式が描いてある。今日はたまたま人数が少なかったので術式の上に移動したが、もっと人数が多い場合には四阿の周辺にも転移されるようになっている。なにせ、竜舎の全ての階に同じような転移陣が用意してあるのだから。

 つまり、移動するには術式の上に乗らなければいけないが、移動先は術式の付近も含まれるわけだ。もっとも一度乗ってしまうと、二十秒ほどで強制的に転移されるので、この四阿はその目的のためだけにしか利用できない。ここら辺は改良の余地があると自分でも思っている。


「閣下」

 外で待ち構えてくれていたのはジブライールだ。

「各階に人員を配し、随行員たちも同様にこちらに案内しております」

 その言葉通り、今も前庭には続々と別の階に竜を停めた随員たちがわずかな光と共に姿を現していた。

「悪かったな。急な変更で」

「いえ、ある程度は予想して、あらかじめ配備も決めておりましたので」


 なんということでしょう!

 ジブライールは<大階段>をあがるという計画が覆されると思っていたようだ!

 俺がみんなに計画を語った時には誰も何も言ってくれなかったけど、裏でこっそりフォローするつもりで話し合ってくれていたのか……。

 そうか……そうなのか。そんな簡単に予想できるほど、非常識な計画だったのか……。たかが階段を登るだけのことが……。

 まあいい。落ち込むのは後だ。今はむしろジブライール以下、配下の有能さを喜ぼうではないか。

 俺は一同を振り返った。


「では<御殿>に入る前に、まずは残りの西面と北面の機能と役割について案内と説明を」

「ジャーイル。日が暮れる」

 ……さっきから、魔王様が冷たい。

「今日のところは会議も控えている。故に我らは<御殿>に入城し、我が家臣のみ案内させるがよかろう」

 まあ魔王城の一部の家臣を連れてきたのは、自身たちの職場を実地確認させるためなのだから仕方ない。


「……では、そのように」

 俺ががっくりきていると、ベイルフォウスが慰めるように肩を叩いてきた。

「後で俺が付き合ってやるよ。飽きるまでだけどな」

 どうせすぐに飽きるだろ!!


「すまないがジブライール。魔王様と大公は会議のため、<御殿>に入城する。後を頼む」

「かしこまりました」

 本当は俺もそっちに行きたい。そっちに参加したくてたまらない。

 せっかく……せっかくやっと色々説明できるのを愉しみにしていたのに。


「……ところで、ミディリースは?」

 こっそりとジブライールに尋ねる。

 忘れてならないのは引きこもり司書だ。<大階段>には彼女の姿だけはなかったのだから。

「どうしても人前に出たくない、と申しましたので、部屋に閉じこ…………控えさせてございます」

「そうか。苦労かけるな」

 まあ大勢といるよりは一人で閉じこもっているほうがミディリースも気が楽だろう。


 そうして俺たちは近くで見るといっそう荘厳な美しさを放つ<魔王御殿>に、少数の侍従を引き連れて入城したのだった。


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