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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 中編
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87.まさかこんな日がくるなんて

 その日の魔王城は、魔王様とウィストベルに関する噂話でもちきりだった。

 というのも、昨日俺の竜を駆って魔王城に乗り付けたウィストベルは、たまたま中庭にいた魔王様――俺が思うに、絶対ウィストベルを迎えるために出ていたと思うのだが――を見つけるや駆け寄って、“夢見るような瞳”で魔王様の手を取ると、その甲に口づけたというのだ。

 あの、魔王様とウィストベルが公衆の面前で、だぞ?


 そりゃあ俺は二人がそういう関係だと知っている。見ちゃったからね!

 大公になった初日に目撃しちゃったからね!

 だがそのことを知っているのは俺だけ。弟のベイルフォウスでさえ、二人の関係については知らないはずだ。

 魔王城の、特に近衛あたりはさすがに察しているかもしれないが、それでも魔王様が自ら明かしたこともないと思う。あの二人が密会しているときは、一応、人払いされているからな。

 それもこれも、ウィストベルの意志が反映されてのことであるはず。

 だというのに、手の甲にちゅーですよ!

 ……いいや、噂話を聞くところによると、それどころじゃない。その後衆目の見守るなか、二人は魔王様の居住棟に消えていったというのだ!

 そうしてそれ以後、二人の姿を見た者はないという。

 つまりこれは、誰が聞いても魔王様がウィストベルを私室に通したということを意味するに他ならず……。


 そう、たぶん側近を除いて今日、魔王様に会うのは俺が初めてなのではないだろうか。


「よくやった。ジャーイル」


 かつてこんな上機嫌な魔王様を見たことがあるか?

 いや、ない。


「この功績に免じて、これまでの失態は帳消しにしてやろう」


 かつてこんなに浮かれていた魔王様を見たことがあるか?

 いいや、なーーーーい!


 だいたい、俺の失態ってなに?

 何もした覚えがないんですけど?

 別に何もやらかしてないのに、何を許されたんだかよくわからない!


「もちろん、お前が昨日、ウィストベルをずっと抱き上げて過ごしたことや、手を握り、太股や首筋を撫で回したこと、つまり公然の場所で密着して鼻の下を伸ばしていたことも不問にしてやる」


 ちょ……おい、誰だよ!

 俺はどこも撫で回したりしてないし、鼻の下を伸ばしたりなんてしていない!

 犯人はウィストベルだな……昨日の今日で魔王様にこんな内容を伝えられる者なんて、他にいるはずがないではないか。説明するのはいいが、せめて誤解されないように伝えて欲しかった!!


「なぜだか聞きたいか?」


 いや、もう結構です。

 だって今まさに、魔王様の鼻の下が伸びきっているからです!

 俺はごめんだぞ。絶対に二人がいちゃいちゃした話なんて聞かないからな!!


「なぜなら、ウィストベルがようやく我が想いを公表してもよいと、つまり二人の関係を公にしてもよいと、そう告げてくれたからだ」


 あーあーあーーーーー!!


 聞こえなーーーーい!!


 俺の耳には何も聞こえないぞー!


 何が悲しくて朝っぱらから魔王様の惚気話を聞かなきゃいけないんだ。


「つまり、ウィストベルは」

「魔王様!!」

 こうなったら、死んでもこの話の続きは阻止してやる!


「なんだ、改まって」

 いつもは穏和な俺の、せっぱ詰まった顔をみたからだろう。

 魔王様は弛緩した表情を、やっと、ほんとにやっと、ほんの少し引き締めてくれたのだ。


「俺は、魔王様とウィストベルの関係がこれまで以上に強い絆で結ばれつつあることに、臣下の一人として祝意を表させていただきます!」

「うむ……そうか」

「ですが、であればこそ、その助けとなった者たち……つまりは、新魔王城の築城に関わった者たちの、その功績をいち早く公表いただき、彼らを一日も早くその不自由な環境から解放してやって欲しいのです」

「ああ、そうだな……」

「彼らがこれほど必死になったのも、元はといえば魔王様がウィストベルに完全に秘密にするために、作業員を一人として外に出さないとお決めになったからで」

「……確かに」

「けれど彼らとしては、美男美女コンテストには絶対に参加したいという熱い思いがあって、これほど迅速に作業を遂行しつつあるのです! そのコンテストの投票箱も、彫刻の仕上がりはまだですが、投票開始日まではあとわずかとなりました」

「……そうだな」

「もうウィストベルにもバラしてしまったんですし、完工も間近。いいえ、今こうしている間にも最後の仕上げにかかっているかもしれません!」

「……ああ」

「ぜひ、彼らの忠誠に報いるためにも、一刻もお早い公表と解放を、お約束いただけませんか!?」


 公表するなら私的な恋人関係の方はどうでもいいから、公的な事業の方をお願いします!!


 俺のその気持ちが通じたのか。

 魔王様はいつものきりりとした表情を浮かべ、重々しく頷いた。


「わかった。確かにそなたの申すその通りだ。ウィストベルの不調が回復したのも、予に対する態度が軟化したのもすべて、築城のために尽力してくれた者たちの存在があってのこと。自分の幸せに浮かれるばかりでその功績を見逃しては、物の価値のわからぬ男になるところであった」

 あ、いや……そこまで真剣に応えてくれなくてもいいんだけど……。

「よかろう、では明日、新しい魔王城をみなに公表する」

「え!? 明日、ですか!?」

 そんないきなり!?


「発表の前に隠蔽魔術を解き、結界だけの状態にしておけ。その後、まずは七大大公そろっての内覧会を行い、正式に転居を開始することとする」

「え? あの……」

 ちょっと急すぎて、ついていけないんだけど。

 内覧会ってなに?

 新しい魔王城の隅々まで、俺が案内したりする会だったりするの!?


「そうだな……荷物を移動させるのには、十日もあれば十分か。よかろう、キリのよいところで五十日目を正式に我が遷移の日と定めよう」

 は・いーーーー!?


「あの、もうまもなく美男美女コンテストがこの前地で始まりますが……」

 コンテストの実施場所が魔王城の前地というのは、伝統に則っているとかなんとか……。

 投票箱も造っちゃったしね!

「問題ない。コンテストはここで執り行い、最終発表のみ新しい魔王城で行えばよい」

「じゃあ、恩賞会は……」

「もちろん、新しい魔王城で授与する」

「大公位争奪戦は……」

「ふむ……どうせならいっそのこと、この魔王城を会場にして、破壊の限りを尽くしてはどうだ?」


 まおうさまーーーー!

 誰かーーーー!

 魔王様がご乱心だーーーー!!


 顔だけだ! 冷静になってるのは、表情だけだ!

 冷静になってる振りだ!

 絶対内心はしゃいじゃってるよ、魔王様!


 いや、別にいいんだよ。そりゃあ、もう使わない予定の城なんて、壊してしまってもいいとは思うんだよ。

 でもなんだろうね……出て行ったすぐ後に壊さなくても……とか思ってしまうのは、俺が城を造るという作業がどれだけ大変なことか、ということを知ってしまったからだろうか。


「そういえば一日目はそなたとウィストベルからだったな。ウィストベルは喜んでそうするだろう」

 ええ、そうでしょうとも。あれだけ魔王城に因縁がありそうなウィストベルのことだ。それはもう、嬉々として壊すんでしょうよ!

 一日目の一試合目に、この城は全壊するんでしょうよ!


「まあ、そこら辺は……最終的には、争奪戦の担当者であるベイルフォウスの判断も必要になってくるとは思いますが」

 とはいえ、あのブラコンが兄の提案を却下するわけがない。

 魔王城崩壊予定、と。


「そうだな。他にも競竜やパレードのゴール地点の件もある。それぞれの担当者と話し合って、いいように決めるがいい。その決定に、予は口をださん」

 いやもう、どうでもいいんですよね?

 そんな細かいこと、どうでもいいと思ってるんですよね?


 仕方ない。とりあえず、七大大公を召集して会議をひらくか。

 日時は……うん、七大大公揃っての内覧会を明日開くとか言ってるし、その後でいいだろう。ウィストベルももうこの魔王城にくるのに抵抗もなさそうだし……。


 っていうか、たぶんね、あれだよね……ウィストベル、今も魔王様の部屋にいるよね?

 お泊まりしてるよね!

 だって帰った様子がないもんね!!!

 俺の竜もまだ魔王城の竜舎にいたもんね!!!!!


「ああ、そうだ。ウィストベルはお前の竜を借りたそうだが」

 魔王様、俺の心の中よみましたか?

「乗って帰ってよいぞ」

「あ、はい……」

「それから、ジャーイル」

 魔王様は急に顔の前で手をがっしりと組み、低い声で俺の名を呼んだ。

「なんでしょう……」

「これはそなたへの特別の配慮だ」

 なんだろう。急にテンション下がってるんだけど。

 嫌な予感しかしない。


「美男美女コンテスト、だが……ウィストベルに投票するのに、そなたの名を書くことを許可する」

 ……は?

「……えっと……」

 なに言い出すんだ、魔王様は。

「世界一美しいのはウィストベルだ。そうだな?」

「……はい……」

 確かに、それには同意する。

「となれば、意中の相手がいないそなたの投票する相手はウィストベルであろう」

 え……魔王様と恋バナとかしたことないんだけど、なんで勝手に好きな相手がいないことになってるの?

 ……いや、いないけどさ……。


「これまでは、万が一そなたが自分の名を書いてウィストベルに投票し、万が一その奉仕を受ける幸運を得た場合には、その日を迎えるまでに必ずそなたの息の根を止めてみせると誓っていた」

 やばい。俺、殺されるところだった!

 いや、というかそもそも、ウィストベルに投票……は、まあ、したかもしれない。したかもしれないけど、名前を書こうとか考えてもみなかったんですけど!


「だが、今回に限っては許してやる。例え奉仕される相手としてそなたの名が読み上げられることがあっても、一度だけは不問にしてやる」

「いや、あの、魔王様?」

「だが一度だけだ。見逃すのは、この一度だけだぞ」


 ……。

 駄目だこりゃ。

 今はきっと何をいっても聞く耳もたないに違いない。

 まあ魔王様にすればウィストベルとの関係を公言にする、ということは三百年の悲願であったのだろうし、浮かれるのも無理はない。そう生暖かい気持ちで受け止めるようにしよう。

 大人だな、俺!!


「……その件はともかく」

 俺は心底からわき上がってくる失望感が声にあふれ出るのを、この時ばかりは止められなかった。

「明日のお披露目となれば、七大大公にも連絡をださなければなりませんし、現地での用意もあります。急ぎその手配にかかるため、今日のところはこれで失礼いたします」

「……まあ、やむを得んな。ウィストベルがかの城を見てどう反応したという報告は、今後の愉しみにおいておこう」


 いや、もういいじゃん!

 俺の報告なんて、もういいじゃん!

 本人からどう思ったかを長々聞けば、それでいいじゃん!


「では、失礼いたします……」

 俺は魔王様の執務室からとっとと退出し、廊下で深いため息をついたのだった。

 ああ、魔王様を相手にこんなに肩を落とす日がくるだなんて……。

 俺は悲しいですよ、魔王様!

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