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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
魔王大祭編 前編
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69.一旦おうちに帰ろうと思いますがその前に……

 廊下に出て、自分が出てきたばかりの部屋を振り返る。

 一触即発、といった雰囲気だったが、どうせあれだ……俺がいなくなった後は、いつものように二人で趣味にいそしむのだろうから、きっと心配はいらない。


 そのまま自分の城に帰ってもよかったが、念のため本部を覗きに行くことにする。

 だが、今度はずるずると居続けたりはしない。

 そうだとも、ぴしっと言ってやる。


 迷子は迷子保護所に!!


 固い決意を抱いて、俺は<運営委員会本部>に赴いた。


「お帰りなさいませ、大祭主様」

「お帰りなさいませ」

 祭司たちが出迎えてくれる。

 が、なんだろう……俺が出て行った時ほど騒がしくない。

 発言も遠慮がちだ。

 時間も経って、少しは状況も落ち着いたのだろうか?

 いや、むしろこう……部屋の空気がピリピリしている気がする。


「おう、ジャーイル。帰ってきたか」

 耳朶を叩くのは、聞き慣れた声。

 奥の椅子でふんぞり返って出迎えてくれたのは、誰あろうベイルフォウスだった。もちろん、膝の上には美女のおまけ付きだ。


「まさか本当に、ベイルフォウスを引っ張ってこれた奴がいるのか!? 誰だ、表彰してもいいぞ!」

 感動の声を挙げる俺に、困ったような笑みを返してくる祭司たち。

「お前な、副祭主としての義務を果たすべく、自らこうして足を運んできた親友を相手に、その評価はないんじゃないか?」

 なに?

 ベイルフォウスが自分からやってきたって?


「ジャーイル大公閣下」

 ベイルフォウスの膝に横座りしていたプラチナブロンドの美女が、そこからすっと降りて俺の方へ歩み寄ってきた。

「ベイルフォウス閣下は、ジャーイル閣下がお出かけになってすぐに、こちらにおいでになられました。それからは真面目になさっておいでですわ」

 真面目? 美女を膝に乗せてご満悦の奴の、どこが?


 その美女の声はやや低め。

 ベイルフォウスの周りで今まで見たことのない女性だ。もっともまあ、こいつの場合周囲の顔ぶれが全く一緒だったことなんて、ほとんどないが。

 だが、なんていうんだろう……。

 あまりベイルフォウスの近くでみないタイプ、といえばいいだろうか。


 確かに美人だしスタイルも抜群にいい。けれど淫靡なところが一つもない、というか……。その態度はどこか毅然として、媚びとは無縁という感じだ。

 歩き方からして姿勢正しく歩みはまっすぐで、堂に入っている。


「君は?」

 俺が尋ねると、その女性は優雅に笑った。

「侯爵の地位を拝しております、リリアニースタと申します。リリーと呼んでいただいても結構ですが」

 いや、呼ばないけど。

 しかし、侯爵か。確かに、その地位に過不足ない魔力の保持者のようだ。貫禄があるのは、そのせいか?

 それにどういう訳か……どこかで見かけたことがあるような気がする。気のせいだろうか。


「それではわたくしは失礼いたします。ベイルフォウス閣下、お約束を忘れないでくださいね」

「いいのか? ジャーイルを待ってたんだろ?」

「ご尊顔を拝したかっただけですから」

 そういって彼女が優美に歩み去るのを、俺は黙って見送った。


「おい、見惚れてるんじゃねえよ」

 いつの間にやら隣に来ていた親友に、肩を小突かれる。

「別に、見惚れてない」

「……ああいう感じがタイプか?」

「は? いや、だから違うって」


 確かに気にはなるが、それはタイプ云々の話ではない。

 俺の好みは、どちらかというとこう……可愛らしい、守ってあげたくなるような感じで。

「嘘吐け。ガン見してたくせに」

「それは……」


 確かに失礼なほどじっと見てしまった。だがそれは別の理由からだ。

「彼女とは初対面だと思うんだが……なんだろう、どこかで会ったような気がする、というか……」

「……お前、それ完全に口説く時の常套句だからな」

「だから、そんなんじゃないって。だいたい、本人に言ってないだろ」

 俺はため息をつきながら、頭をかいた。


「それにしても、ずいぶん静かだな。特に問題もなかったか?」

「問題? あるわけがない。最初からこんなんだ」

「へえ……」

 俺は黙って動き回る祭司たちを見回した。

 その瞬間、ぴくりと何人かが肩を震わせる。

 おい、まさか……。

 ベイルフォウスだからって、俺の時より遠慮してるわけじゃないよな?

 ないよな? な?


「誰かがもめたとか……」

「治安維持部隊がなんとかするだろ」

「あちこちで酒池肉林……」

「平常運転だ」

「迷子とか……」

「は? 迷子の話なんか、こんなところまで持ってくる奴がいるか」


 なるほど、そうか。

「なにひきつってるんだよ」

「配下に甘すぎる、と言われた言葉をかみしめてる」

「今更か?」


 う る さ い。


「まあそんなわけで、俺としては珍しくお前の代わりを果たしてやっていたわけだが、特に何もすることがなくてな……退屈していたところだ」

「それで美女を膝の上にのせてたって訳か」

「それくらい役得だろう。だいたい、あれは俺が連れてきたわけじゃない。ここに来たときにはとっくにいたんだ。もっとも、中に入れたのは俺だが。門前払いを食らっていたからな」

 そういや、さっきも俺を待っていたとか言っていたな。


「俺に何の用だったんだ?」

「さあな。それは次の機会に本人から直接、聞くんだな」

 そんな機会はもう二度とないかもしれないのに?

 いや、俺に用があるというなら、また向こうから近づいてくるだろう。

 その用件が爵位の挑戦でないことを祈ろう。美人を痛めつけるのも殺すのも、俺の趣味じゃない。


「さて、それじゃあそろそろ俺は一度自分の領地へ帰るか。ジャーイル、お前は?」

「俺も自分の城へ帰るよ。とりあえず、俺がいないといけないほどの大事件は起こらないだろうし、領地の様子も気になる」

「そうか、なら一緒にでるか」

「ああ、いや……」


 俺の領地は東南東。

 新魔王城の建築現場は、ここからやや西北西。方向的にはベイルフォウスの領地へ近づくことになる。つまり真逆だ。

 ベイルフォウスに新魔王城のことがばれてはいけない以上、一緒に出るとなるといったん自分の方へ向かって、時間がたってからまた逆方向へ転換せねばならない。

 それはさすがに面倒だしな……。


「やっぱり少し、様子をみてからいくことにするよ」

「兄貴への報告は終わったんだろ? なんの様子をみるんだよ」

「なんのって……まあ、ここで問題がないか少し様子をみていたり、城内を見回ったり」

「城内を見回るんなら、俺も一緒に行くが?」

 えー。

 なんで今日に限って、そんな付き合いのいいこというの?

 ベイルフォウスめ!


「いや……」

 言葉通り城内を見回るわけにはいかない。

 自分の領地に帰るといって出てきたのに、万が一途中でウィストベルに見つかってしまったらと考えると……。

 まあ、しばらく大丈夫だとは思うけど、それでも気をつけるにこしたことはないからな。


「やっぱりそうだな……今日はやめておくか。あちこち回って疲れたし、それにマーミルの様子も気がかりだしな」

「マーミルの? どういうことだ」

「いや……大したことじゃないんだが、側仕えの侍女がパレードに参加するってんで、このところあまり機嫌がよくなくてな……」

「侍女? アレスディアか?」

 ……なぜ妹の侍女まで知っている、ベイルフォウス。


「なんだよ、その顔」

「まさかお前……アレスディアにまで手を出してるんじゃないだろうな」

「は?」

「妹の侍女の名まで知っているなんて……」

「いや……いつもマーミルと一緒にいるんだから、そりゃあ知ってるだろう。まあもっとも、俺は種族に拘わらず、女なら一目で覚えて死ぬまで忘れないが」

 そりゃあそうか。ベイルフォウスだもんな。


「しかし、そうか……それならマーミルはさぞかし寂しい想いをしていることだろう」

「まあな」

 俺の同意なぞ聞かぬ風に、ベイルフォウスは頷く。

「よし、なら俺がマーミルのご機嫌伺いにいってやろう」

 は?

「え、今から?」

「いや。今日は野暮用で帰らないといけなくてな。さすがに明日だな」

「明日?」

 いやいや。

 明日は俺、新魔王城の現場に……。


「別にジャーイル、お前がいる必要はないぞ」

「そうはいかないだろう」

「なんでだよ」

「なんでって……」


 今はアレスディアも双子も、妹の側にはいないのだ。

 それにアレスディアが選んだ侍女にもまだ会っていない。

 さすがにベイルフォウスが子供に手を出すとは思っていないが、その侍女にはどうかわからないじゃないか!

 いや、別に侍女とベイルフォウスがどうこうなろうが、それはいいんだ。大人同士なんだから。

 ただ、マーミルの前でどうこうされては困る。

 ベイルフォウスが妹の侍女にまで興味を示していたと知った以上、まずは代理の侍女の人となりを確かめないと……。


「まあ好きにすればいい。とにかく、明日はお前の城に行くから」

「……わかった。マーミルにもそう伝えておく」

 そうして俺とベイルフォウスはそれぞれの領地へと、ひとまず帰ることにしたのだった。


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