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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭前夜祭編
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58.魔王城を新築するにあたって必要な人員

 新魔王城の建設場所も魔王様自身の英断で決定し、現地で作業に従事する者たちの顔合わせもすんだ。

 それどころか、もうすでにジブライールの監督のもと、基礎工事が始まっている。


 当然、そんなわけだから、ジブライールとも何度も顔をあわせている。もっとも、二人きりで会っているわけではなし、特になんの問題もない。

 ちょっと視線をそらされることが多くなっただけだ。

 そう、時々何かに耐えているように、ぷいっと余所を向かれることが多くなっただけのこと……。

 別に、気にしてなど……いない。


 そんなことより、新魔王城建設だ。


 他の大公には詳細を内密にせよ、という魔王様の指示があるために、かなりの広範囲に及んで結界を張る必要があった。

 しかも、たとえウィストベルでも容易には破れないだろうというほどの結界だ。

 なにせ、百式五陣を何度も何度も展開させて、念入りに作ったものなのだから。

 それだけのものを展開させるとなると、さすがに疲れた。

 その日は一日、城に帰るなり寝込んでしまったくらいだ。


 ちなみに、作業に関わっている者の体には、一時的な魔術印を施してある。結界の術式と、その魔術印が干渉しあって、ようやく結界内への扉が開かれるのだ。

 だから、魔術印を施していない者が、作業員と一緒に入ろうとしても、結界がその者だけはじくようになっている。

 我ながら、よくできた術式だ。


 だが、それでも不安なので、ミディリースを動員することにした。

 彼女の特殊魔術である、隠蔽魔術を期待してのことだ。

 なにせ、結界があることは外からみれば一目瞭然なわけだ。いや、一目瞭然というのはちょっと違うかな。

 だが俺のように魔力が目に見えなくとも、そばによればそこに魔力による障害がある、ということには誰であろうがわかるはず。それをわからなくするのが、隠蔽魔術だ。

 魔王様は場所まで内緒にしろ、とは言われなかったが、念には念を入れるに越したことはない。


 とはいえ、当然あの引きこもりが簡単に自室から出てきてくれるわけがない。俺は手紙に依頼を書いて送ったが、それに対する返事は「否」だった。

 曰く、自分のささやかな魔術でそんな大それたことができるはずはない。だから遠慮したい、というのだ。

 当然、俺の意志も否だ。


 そう、今回ばかりはミディリースに奉仕を強制するつもりでいる。なんといっても、ことは魔王城の新築。本来ならば、全魔族の力を結集して取りかからねばならないほどの大事業だ!

 それを、他の大公の力を借りられないのなら、せめて自領にある力はすべて費やしてでも成し遂げる、という気概がなくてどうする!


 と、言うわけで、俺は今ジブライールと図書館にきている。

 ちなみに、結界内の出入りは自由ではない。

 完全に閉じてしまってもよかったが、さすがに大祭をこもって全く経験できないというのではかわいそうなので、届け出をすれば出入りできるようにした。


 なぜジブライールを同伴したか、というと、同じ女性が監督官ということで少しでも安心してもらいたい、というのが一つ。そしてもう一つは、誰も見ていないにしても、さすがに男の俺が自室に押し入る訳にはいかないからだ。

 今日は出てこなければ、そこまでするつもりなのだから!


「ミディリース。聞こえてるよな? こちらはジブライール。俺の副司令官だ」

「“俺の”……」

 無表情で呟くジブライール。

 しまった、発言には気をつけないとな!

「あ、ごめん。訂正する。我が軍の、副司令官!」

「…………」

「ミディリース。今日俺たちがきたのは、例の件で話し合いたいからだ。手紙に書いた“新魔王城建設現場への協力要請”について、だ」

「手紙……」

 隣でジブライールが呟いているが、もう反応は気にせずいこう。

 どのみち無表情だから、どういう意味なのか測れない。

 じっくり観察すればわかるだろうが、今はそんな時間もない。


「とにかく、一度出てきてくれないかな?」

 俺の呼びかけもむなしく、反応はない。

 予想範囲内だ。


「ウィストベルに何か言われたか? 格好のことなら、気にしなくてもいい。この間の、黒づくめに仮面でもいいから」

 だが、やはりどこにも人影はない。

 聞いてはいると思うんだが、出てくる気にはならないようだ。


「ミディリース。今回ばかりは俺も簡単に引く気はないんだ。なんといったって、新魔王城だぞ? それに関わることができるなんて、光栄なことだと思わないか? とりあえず、出てきて話だけでも聞いてみてくれないかな」

 もっとも、俺も正直、ちょっと面倒くさいと思っている。


 さらに言葉を重ねようと口を開きかけたとき、隣でジブライールが足をダンッと踏みならした。

 ビクッとする俺。

 だが大丈夫。隣だから、見られていないはずだ。

「閣下がここまで優しく語らいかけていらっしゃるというのに、まだ姿を見せないとは何事か!」


 当然、ジブライールの叱咤にも応じる姿はない。

 というか、そんな風に脅したら、よけいに引きこもってしまうのではなかろうか。


「この期に及んで、まだ無言を貫くというなら、よかろう。この隅々を焼き尽くして、灰の中からその骸を見つけだしてやることにしよう」

「ちょ……ジブライール!!」

 俺もやった手だが、大きな違いが一つある。

 それは、俺は脅しだけだったが、ジブライールなら本気でやりかねない、ということだ。

 冷静なように見えるが、ジブライールは無表情なだけで、存外短気なのだから。


 青ざめてジブライールの腕を取る俺。

「落ち着こう。そこまでしなくていい」

「ですが、閣下。これは立派な反逆罪です! 閣下のお言葉を、無視するなど、許してはおけません」

 ほら、本気だった!


「いや、許してあげよう? ちょっとミディリースは引っ込み思案なんだ。ちょっと気が弱いんだよ。許してあげよう?」

 と、いうか、本を許してあげて欲しい。

「閣下!」

「はい」

「腕を、離してください」

「あ、ごめん」

「いいえ……」

 俺はジブライールの腕から手を離した。

 ちょ……そんな、さすらなくても……俺、そんなに強く握った?


「とにかく、ミディリース。本を焼くというのは冗談でも」

 ガタッという音が背後から聞こえる。

 さっきの脅しで、我慢できなくなったらしい。さすがに図書館内には出てきたようだ。だが、それには気づいていないふりをしよう。


「五秒以内に出てきてくれなければ、ジブライールに自室まで突入してもらうから、そのつもりで。いーち、にー」

「ああああああ」

 低い、くぐもった声が近づいてくる。

 俺とジブライールは、後ろを振り返った。


「うわっ」

 花葉色の髪を振り乱し、一心不乱に近づいてくる小さな固まり。

 軽く引くほど不気味だ。


 だがそう思ったのは俺だけのようだ。

 ジブライールはその固まりに近づいていくと、がっしりと両肩を鷲掴みにした。

「あなたが噂のミディリースか。是非一度、会ってみたかった」

 ミディリースの足がとまったとみるや、せっかく顔を覆わせていた髪をばっさりと後ろへ振り分け、彼女の顔を白日の下にさらす。

 ウィストベルといい、ジブライールといい……容赦がなくて怖い。


「なんでも、閣下と文を交わす仲だとか。ぜひ、私ともそれほど仲良くなっていただきたいものだ」

 あれ? さっきの怒った感じは、演技だったのか?

 ずいぶんと、友好的な申し出じゃないか。

 だが、どうしたことか、笑いかけられているはずのミディリースは、目を見開きながらガタガタ震えている。

 相変わらずの人見知りの激しさだ。


 まあとにかく、ミディリースは出てきてくれた。良しとしよう。


 さて、ここからは話し合い、などと悠長なことは言っていられない。

 詳しい説明は手紙でしてあるから、不明な点はないはずだ。


 ジブライールがミディリースの気を引いてくれているのをこれ幸いと、俺は司書の後ろに回り込んで、彼女を抱き上げた。

 いわゆるお姫様だっこ、ではなく、マーミルを抱き上げる時のように太股に手を回してそのまま持ち上げる方法だ。


「ひい!」

 叫びをあげ、俺の肩にしがみつくミディリース。

「強引で悪いが、ミディリース。このまま現地に連れて行く」

「はああああ!?」

 ん?

 野太い怒声に重なって、悲鳴が聞こえたような……気のせいか。

 ミディリースは俺の肩に手をおいて、必死に逃れようとがんばっている。


「暴れると、ここからさらにお姫様だっこに移行するぞ。それでもいいのか?」

 そう言うと、ミディリースは体を硬直させ、静かになったのだった。


 ***


「閣下……最低……最低……」

 現状、竜の上だ。

 いつもは座って乗るのだが、今日はミディリースを抱き上げている都合上、立ったまま騎乗している。


「耳元でささやかないでくれ。こそばゆい」

「さ……最低!!」

「ミディリースはさっきから最低、しか言わないな」

「ううう……だって……恥ずかしい……怖い、し……」

 高いところが怖いのか?

「しっかり持ってるから、落としたりはしないぞ」

「やだ……降ろして……ほし、です……」

「逃げないか?」

「逃げない……怖い……」


 まあ、デヴィル族みたいに背に翼も生えていないんだ。さすがに高速で飛ぶ竜から、降下したりはしないか。

 俺なら翼の有無など関係なく飛び降りるが、なにせ相手は無爵のミディリースだ。

 飛び降りたらふつうに死ぬかもしれない。


 俺は彼女を竜の背に降ろした。

 だが、ストンと降ろしてしまうと、小ささがより際だつ。妹より少し高い程度じゃないか?

 しかもうつむいてるから、立って見下ろした状態だと、頭頂部しか見えないんだけども。


「閣下……強引すぎる……あの、副……司令官も、怖い……」

 そう言って、ミディリースは進行方向に背を向ける形で、竜の背に座った。

 俺も彼女に向かい合うようにあぐらをかく。

 これで顔を見て会話ができるというものだ。

「なんだ。ウィストベルより怖いと思ってそうだな」

 俺の言葉に、ミディリースは頷いた。


 ちなみに、当のジブライールは、俺に追従する形で後ろを飛んでいる。

 並べばいいのに、うちの真面目で謙虚な副司令官は決して併走しようとしない。


「暁の……ウィストベル大公は、強引だけど、そんな怖くなかった」

 いやいや。ウィストベル以上に怖い人なんて、いませんから。

 自分だって、ガタガタ震えていたくせに。

 魔力が見えないと、こんなものなのか?

 それともやはり、長年の文通で少しは気心が知れていると感じるからなのだろうか。


「用事終わったら……すぐ、帰って、いい……です?」

 そういって、上目遣いでこちらを見上げてくる。

「隠蔽魔術の継続は、離れていても可能なのか?」

「もちろん……!」

「なら、かまわないが……」

「あ、あと、一つ!」

 ミディリースが座ったまま、何度かぴょんぴょんと弾けるように腰を浮かせる。


「隠蔽魔術の定着に、現地で三日ほど必要……閣下、その間一緒にいてほしい! ……です」

「三日、か」

 人見知りの激しいミディリースのことだ。ついていてはやりたいが……。

「他の用事もあるからなぁ。毎日、顔を出すようにはするから、あとはジブライールに……」

「いや……怖い……」

 ミディリースはぶるんぶるんと顔をふる。


 何がそんなに怖いっていうんだ。

 ……ああ、そうか。俺がウィストベルを怖いと感じるように、あんまりにも魔力に差がありすぎると、やはり本能的な恐怖が……あれ?

 待て。それだとなんで俺は怖くないのか、という疑問が生じる。

 そういえば、さっきからずいぶん饒舌じゃないか?

 つまりこれは……俺とも文通するうち、慣れてきた、ということなのだろうか?

 今の申し出は、俺なら側にいても怖くない、ってことだもんな。

 俺はついに、六百年の引きこもり娘の信頼を勝ち得た、ってことか?


「よし、じゃあこうしよう。三日間、現地でミディリースの側にいる。代わりにミディリースは、帰ったら俺の仕事を手伝ってくれ。もちろん、無茶なことは頼まない。これでどうだ?」

 一瞬ためらったあと、ミディリースはこくりと頷いた。

 よし、やっぱり俺は一定の信頼を得られているようだ!

 ……今回でそれが水の泡にならなければいいが。


 とにかく俺たちは、なんとか作業員たちの待つ新魔王城の建設現場へと、たどり着いたのだった。


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