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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭前夜祭編
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57.リスくんがあんまり熱意をもって訴えるので

 今日、執務室へとやってきて切々と訴えかけてきているのは、ウォクナンだ。


「もちろん、アレスディア殿がマーミル姫の大切な侍女どのであることは承知しています! が、考えてもみてください、閣下。あの方がパレードに参加できないなどということになれば、どれほどの領民が絶望することか!」

 アレスディアは無爵だし、ただの侍女なのだが、ウォクナンの彼女に対する態度は熱心な崇拝者のそれである。


 最初は、ウォクナンもパレードに美男美女をそろえられるとあって――特に、デヴィル族の女性の選定にひとかたならぬ意欲をみせていたようだ。

 だがそのうち、選んだ顔ぶれに物足りなさを感じたらしい。

 よくよく考えてみれば、それは大公アリネーゼに比肩するとも思える美女を、構成員に加えられないというその理不尽が原因に違いない。そう判明してしまっては、とても今の構成員に納得などできたものではない。考えるうち我慢ができなくなって、ついに俺の所へ直談判にやってきてしまった、というのだ。


「気持ちはわかるがな……」

 アレスディアが絶世の美女だというのは、理解できなくとも知ってはいる。

 パレードには美男美女を百人と言われているのだから、そりゃあ彼女を入れることは、誰でも思いつくだろう。

 だが、忘れてはいけない。

 パレードは百日間もあるのだ!

 彼女がそれに参加してしまったら、その間、うちの妹の世話は誰がするというんだ?


「子供は親なんていなくても育つものです!!」

 うーん。まあ、なぁ……。


 結局、俺はウォクナンに押しまけて、本人の意思を確認することにした。


「ぜひ、参加させていただきとうございます」


 晴れ晴れとした表情で立つアレスディア。

 その左右を挟んだ者たちの表情は、対照的だ。

 右に立つマーミルが驚きのあまり目を見開き、口をぽかんと開くといった感じなのに対し、ウォクナンは歓喜のあまり今にも泣き出しそうな、複雑な笑みを浮かべている。


「アレスディア、パレードなんかに参加したら、みんなにいっぱい見られて恥ずかしいし、それに……それに……」

 マーミルはくいくいと、侍女の腕を引っ張っている。

「あら、お嬢様。私ほどの美女であれば、見られることには慣れておりますよ。それどころか、今の状況では賞賛の眼差しが足りないと感じるほどですわ」

「…………」

 妹はしゅんとなって、侍女から手を離した。


「そうでしょうとも、そうでしょうとも」

 逆に勢いづいたのはウォクナンだ。

 リスはごついその両手でアレスディアの小さな手をそっと包み込む。そう、まるで繊細な宝物にでもふれるように。

 なでる手つきがなんかイヤラシく見える。


「貴女ほどの美女が、一大公城の、それも大公の妹姫の侍女として城の奥でくすぶっていらっしゃるなど、言ってみれば世界の損害でしかありません! その美しさ、その気高さ、その愛らしさ……私などは、ご尊顔を拝するだけでも脳髄までとろけそうになっております」

 悪かったな、一大公の妹の侍女で!

 本当に脳がとろけてるんじゃないのか。

 その口から流れ出ているのは、脳そのものなんじゃないのか?


 それにしても、よくもまあべらべらと、誉め言葉が出てくるものだ。

 言われているアレスディアはまんざらでもないどころか、当然という顔つきだが、それに比例して我が妹の眉根がよっていくのがおもしろい。


「もしも当代の魔王陛下がデヴィル族であったなら、貴女はその寵姫と望まれて当然のお方……ぜひともその美貌を下々の者にも顕現なさって、当然あるべき賞賛をお受けいただきくが大道と、こう私は思うのです」

 当代の魔王陛下がデヴィル族であったなら、か。

 ウォクナンからすれば悪気なく言ったんだろうから、いちいちつっこみもしないが。


「マーミルも、いいな?」

「……」

 妹は、ぷっくりと口先をとがらせたまま、かすかに頷いた。


「では、私はその間のことを、旦那様とお話しせねばなりません」

 アレスディアはそう言って、リスの手をそっと放した。

「お嬢様も副司令官閣下も、とっとと出て行ってくださいまし」


「私、も?」

 マーミルが不満顔で侍女を見上げる。

「もちろんですよ、お嬢様。お子ちゃまが参加していいお話ではありませんからね」

「私に関係あることなのに……」

 妹はそうぶつぶつ言いながらも、執務室から出て行った。


「僕、も?」

 おい。気持ち悪いから妹の真似をするな、このぶりっこリスめ!

 口元にあてたごつい指をへし折るぞ!

「もちろんです、副司令官閣下。ご家族以外が参加していいお話ではありませんからね」

「はあーい」

 リスは気持ち悪い声を出しながら、執務室から上機嫌で出て行った。


「折り入ってお願いがございます、旦那様」

「なんだ?」

 アレスディアはいつになく真剣だ。

「私がパレードに参加している間のことですが、お嬢様にはぜひ、デーモン族の侍女をおつけいただきたいのです」

 アレスディアまでデヴィルやらデーモンやら、言い出すとは。


「お嬢様はこのところ、デヴィル族に不満をお持ちのようでして……ああ、もちろん、生まれた時から一緒である私をのぞいて、ですが」

「不満? どういうことだ?」

 侍女はデヴィル族だし、親友たちだって、デヴィル族ではないか。

「簡単なことですわ。お嬢様の周りにいるデヴィル族は、美形が多いのです。この絶世の美女たる私は当然として、あの双子姫もけっこう人目を引くのです。感覚的には理解できなくとも、絶世の美男子と言われたお父さまに似ているという事実で、納得はしていただけるでしょうか?」

「そうなのだろうな、とは思っていた。だが、アレスディアやネネネセ、その姉妹が美人ぞろいだからといって、それがマーミルの不満にどうつながるっていうんだ?」

「このお城に勤めている者は、ただでさえ前大公の影響でデヴィル族が大部分を占めるのですよ? そう言ってもおわかりになりませんか?」

 いや……まったく……。

 俺が顔を左右に振ると、アレスディアは大きなため息をついた。


「お嬢様は思春期なのです。旦那様。大人なら気にしない些細なことも、気になるお年頃なのです」

 何を言いたいのか、全くわからない。

「……はっきり言ってくれ」

 またため息をつかれた。

 なんだよ。俺が悪いのか?


「つまり、周囲に数多いる男性たちの賞賛が、お嬢様だけをすり抜けて、その近辺に注がれている、ということです。おわかりですか、旦那様。『マーミル姫さまの御親友のお嬢様がたは、どなたも目を見張るほど美しい方々ばかりですね』と、自分を無視して浴びせられる賛辞……それを聞き続けるむなしさに」

 いや……全く理解できない。

 自分の身に置き換えても、さっぱりわからない。

 俺はべつに、ベイルフォウスが隣にいても全く気にならないんだが。


「まあ、考え方はわかった……それで最近、デーモン族の家臣が増えればいいのに、という考えになっているんだな。そうなったところで、自分が賞賛されるとは限らないのにな」

「……」

 なぜだか沈黙で返されてしまった。

 というか、この目は……まさか、呆れているのか、俺に?


「旦那様に女性の影がない理由が、わかったような気がします」

 なっ……!

 失礼な!!

 これでもいろいろ、噂はされてるんだぞ!!

 どれも実のない噂ばかりだがな……。


「とにかく、今、お嬢様はデヴィル族に対して非常に危うげな価値観を抱きつつあります。私のことは、それこそ生まれたときからのつき合いですので、変わらず慕ってくださってますが……。けれども、私はこれをいい機会だと考えております。ですから結果はどうあれ、マーミル姫のお世話にデーモン族の方を、と、申し上げました」

「なるほど、わかった」

 正直、理解できない。でもまあ、わかったと言っておこう。

 なにせマーミルの側にずっといるアレスディアがそう言うのだから、それでいいのだろう。


「だが、俺は侍女のことはよく知らない。その代役はアレスディア。君が選んでくれるか?」

「願ってもございません」

 妹のことになると、ほんとに頼りになるな。アレスディアは。

「ありがとう。いつも感謝している」

「あら。とんでもない。私も常日頃から、旦那様には感謝いたしておりますわ。ただ、今回のことでは一つだけ、心配事があるにはあるのですが」

 何だろう。妹のことだろうか。


「私のこの美しさが、世の男性に知れ渡り……美男美女コンテストでアリネーゼ閣下を上回ってしまうのではと考えると、申し訳ないやら恐ろしいやらで。それに一位になったら、どなたかのお家に宿泊しなければならないのでしょう? この清らかな身が心配ですわ」

 ……さすがだ、アレスディア。

 俺は苦笑いで応じるしかなかった。


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