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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭前夜祭編
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56.従兄弟といっても、会ったこともないみたいです

「ちょっと待て。なんだって? 今、なんて言った!?」

 自分の耳が信じられなかった。

 確かに今の話の流れだと、そういう事実が判明してもおかしくはない。

 というか、そうであるとしか思えない。

 だが、実際に無爵で気弱なこのネズミ顔のリーヴと、若いながらも一気に大公にまで登り詰めた慇懃無礼なあのデイセントローズの血がつながっているとは、どうしても信じられなかったのだ。


「本当に、お前とデイセントローズは従兄弟なのか? 正真正銘、血のつながった?」

「ご、ごめんなさい!!」

 俺が怒っていると思ったのだろう。

 リーヴはさめざめと泣き出してしまった。

「ああ、もう! 俺は別にお前に怒っているんじゃない! だから泣くな!!」

「は、はい!」

 ぐすぐす言いながらも、リーヴは一生懸命泣きやもうと服の裾で涙を拭いている。


 とにかく、リーヴが落ち着くのを待つしかないと判断した俺は、暖かい飲み物を持ってきてくれるよう医療員に頼むことにした。

 さすがというべきだろう。その医療員は、鎮静効果のあるという茶を持ってきてくれた。

 俺とリーヴは黙って茶を飲む。

 リーヴだけじゃなく、自分自身も飲んだのは、逸る気持ちを落ち着けたいと思ったからだ。……が。

 なんだこれ。

 さっぱりして、飲みやすい。

 味もほどよい甘さがあって、おいしい……。


 気がつけば、俺は三杯目を飲み干していた。

 そして、気分は……。

 うん、まったりだ。

 まったぁりぃ……。


 やばい。眠くなってきた。

 だめだ、ちゃんとリーヴの話を……。って!!

 リーヴの奴、寝てるではないか!!!


 俺は椅子から立ち上がると、自分の頬を思いっきりひっぱたいた。

 痛い。だが、完全に目は覚めない。

 もう一度、医療員に飲み物を頼む。

 今度は、目の覚める飲み物を。

 そうして届けられた、吐きそうになるほど苦くてまずい茶を飲んで、ようやく覚醒する。

 リーヴにも無理矢理飲ませて……。


「ごほっ! ごほげぼっっ!!」

 うわっ!

「ああっ!! すみません!!」

 せっかく一旦気分は落ちついたはずなのに、今度は俺に向かって嘔吐したという理由で涙目になっている。

「大丈夫だ。たいしてかかってない」

 ちょっと太股が冷たいだけだ。

 ちょっと……な。


 それにしても、魔族に効く毒なんかもほとんどないってのに、鎮静剤ってのはすごいものだな。

 まれに効く薬ってのは、逆に効果が強いのかもしれない。


「それより、さっきの続きだ。君がデイセントローズの従兄弟だというのは事実か? 初耳だが」

「は……恥ずかしくて……デイセントローズは僕より年下で……なのに、もう大公で……対する僕は爵位すら得られず、大公閣下を卑怯にも暗殺しようとして、失敗して……それで、お情けまでいただいて……」

「別に、お情けで助けたわけじゃない」

 ……まあ、そんな感情が全くなかったとは言わないが。


「つまり、そのさっき言っていた君の母上の双子の姉、というのが、デイセントローズの母親なわけだな?」

「はい。母と伯母は、仲が悪くて……ほとんど付き合いもなくて。従兄弟がいるのは知っていたんですが、一度も会ったこともなくて……」

「ちなみに、母上の外見は……」

「顔は……ラマです。あと、身体は」

「いや、顔だけでいい」

 それ以外聞いても混乱するだけだ。


「まさかとは思うが、父親が一緒ってことはないんだろうな?」

「いいえ。違います。叔母は……この領地にはやって来たこともないはずです。それに……それだと従兄弟じゃなくて、兄弟になってしまいます……」

「そうだな」


 兄弟だろうが、俺は驚かないが。

 リーヴが父親似、デイセントローズが母親似、ということもあるだろう。

 それに、もしもデイセントローズがヴォーグリムの息子なのだとしたら、あいつの俺に対する態度も少しは理解できようというものだ。

 丁寧なのは表面だけ。その実、常にこちらの様子を虎視眈々とうかがっているような、あの油断ならない態度。


「じゃあ、あいつの父親は誰だ?」

 案外、本人に聞いてみればすんなり話すのかもしれない。あいにくと今までは興味がなかったので、あいつの両親のことは何も知らない。

 紋章録はさすがに自領の領民ではない、どころか同位の大公なので、魔王様が閲覧を許してくれたとしても、本人の許可がなくば見ることはできないだろうし。常時は。


「知りません……でも、本当にヴォーグリム大公じゃないのは確かです。母はヴォーグリム大公に捨てられた後も、ずっとその寵姫のことはチェックしていましたし、それに伯母から子供ができたと、領外から張り合うような手紙が届いたって……随分腹をたてていたようですから」

「張り合うような手紙?」

「僕……その手紙を……あの……見せてもらったわけじゃなくて……だから、内容については……あんまり……」

「知っていることだけでいい」

 リーヴは罪悪感に満ちた表情を浮かべながらも、ぽつぽつと話してくれた。


 手紙が届いたのはリーヴが今のマーミルほどの年の頃だったそうだ。

 伯母はその中で、デイセントローズという大変晴れがましい子供を得たこと、それからその子が自分たちの血統隠術を受け継いで、それを活用することを恐れず、リーヴよりまだ年若であるのにもう爵位をえられるほど強くなっていること、末は大公につけるつもりであって、その後ろ盾も得ていることを列記し、自分の妹の息子――つまり、リーヴの実力はどれほどのものか、と尋ねてきたそうだ。


「その手紙が届いてからなんです。母が、僕にあの粉薬を飲むように言ってきたのは……」

 このままでは双子の姉に合わせる顔がない。だから自分の息子も大公になれるほど強くして、甥――デイセントローズに張り合わせようとしたわけか。


「でも、僕……痛いのほんとに嫌いで……それで、薬は飲まなくて……」

 両膝に置いた手が、ぷるぷると震えている。

 当時の苦痛を思い出して恐怖心までぶり返したのか、それとも従兄弟に対する劣等感にさいなまれてのことか。

 ……まあ、前者だろうな。


「デイセントローズのことで、他に何か知っていることはあるか?」

「……閣下は……あの、デイセントローズのことを……」

 さすがに従兄弟同士ともなれば、会ったことはなくとも気にかかるのかもしれない。

「……マーミルが発熱した一件を知っているか?」

 あのとき、まだリーヴは医療棟では働いていなかったが、資料を整理している関係上、全く知らないではないだろう。


「あの……はい、少し、は……呪詛を受けて、発熱なさったとか……」

「そうだ。結局、サンドリミンたち医療班の尽力あって、妹の体調は元に戻った訳だが、実は妹に呪詛をかけたのが」

「デ……デイセントローズ、なのです……か?」

 さっき俺が問いかけた、呪詛を他の者に移す……云々の話でピンときたのだろう。

 俺が頷くと、ただでさえ灰色の顔が余計どす黒く曇ったようにみえた。


「……それで、旦那様はデイセントローズを警戒なさって……」

「まあ、な」

 閣下呼びと旦那様呼びにする時の差がわからない。

 いや、そんなことはどうでもいいんだけど。


「でも、もしもまた、そんなことがあったら……今度はお前がなんとかしてくれるんだろ?」

「も、もちろん……です。やってみたことがないので、できるかどうかはわかりませんが……僕にできることは、なんでも……!」

 デイセントローズと従兄弟と聞いて、一瞬はその思想を疑ったが、やはりリーヴはリーヴ。

 どう見ても、やっぱりこいつは心底気弱で小心者、でも裏のない正直者、臣下として信頼に値する者のようだ。


「よく正直に言ってくれたな。おかげで現状把握が一歩も二歩も、進みそうだ」

「いえ、そんな……」

 黙っていたことで罪悪感を感じていたのかも知れない。

 ねぎらう言葉に、ようやくリーヴはホッとしたような微笑を浮かべた。


「ああ、それから念のため聞くが……ヒンダリス、という名に聞き覚えはあるか?」

 もしかすると、俺が考えるよりリーヴはいろいろなことを知っているのかもしれない。本人が、その情報を重要だと自覚しているかどうかは別として。


「ヒンダリス……さん? 宝物庫に勤めてる人、ですよね?」

「そうだ。知っているのか?」

 問題は、いつ知り合ったか、だが。

「ええ、母が大公城で侍女をしていたときからのお知り合いだそうで……城を出た後も、おつきあいがあったみたいです。そういえば……あの、粉薬……あれを持ってきたのも、もしかすると……」

 と、いうことは、ヒンダリスの言っていた“ご家族”とは、やはリーヴとリーヴの母のことだろうな。


「今でもお勤めですか? ご挨拶に行った方がいいかな……」

 また、リーヴの表情が曇る。

 どうやら息子の方は、本当に付き合いがないようだ。しかも、苦手なのだろう。

 だが、母の方は?


「いや、もうヒンダリスはこの城にはいない」

「そうですか」

 リーヴはホッと胸をなで下ろした。

 まあ真実を告げる必要はないだろう。今はまだ。

「ところでリーヴ。お前の母上だが……本当に、居場所のあてはないのか? 例えばその、双子の姉のところに身を寄せているだろう、とか……」

 デイセントローズなら、事情を知っても匿いそうだからな。

「いいえ。それはないと思います。もしそんな可能性があるんなら、僕だってもっと早くに言ってました。母と伯母は、本当に仲が悪いようでしたから……すみません」

 暗殺を教唆した罪では罰しないと言ってあるし、リーヴも俺のその言葉には信頼を置いているだろう。

 だから本当に、母の居場所に心当たりがないのだろうとは思うのだが。


「長々と邪魔をして悪かったな」

 俺は席をたった。

 今はこれ以上、聞くべき事はないと判断してのことだ。

 ああ、だがそうだ。


「君の苦痛は承知の上で、頼みがある。できれば一度、俺の目の前で呪詛を受けてみてくれ」

 一回の甦りで、どれほどの魔力が増えるのか……見てみたい。

 一度といったが、本当なら数度でも。

 俺の要望に、リーヴは小刻みに耳を動かした。


「が……頑張ります」

「ああ。急がないから、決意ができたらぜひ頼む」

 俺はリーヴの肩を軽く叩き、その応接室を後にした。


 リーヴの母親のことは、今までと違って自領にいないからと放置しておくわけにもいかなくなったようだ。

 こうなると面倒だと思っていたが、大祭主の任についたのは不幸中の幸いだったな。

 その立場上、他の大公のところへ顔を出す機会も多いから、それとなく探ってみよう。


 なんにせよ、リーヴには今まで以上に注意を払う必要がありそうだ。

 俺は道々その対策を考えながら、執務室へと戻っていった。


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