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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭前夜祭編
60/176

55.僕にとってはそれはもう衝撃的事実だったのです

 幾度もの運営会議と実行委員会を繰り返し、大祭の準備は着々と進んでいった。

 多少の問題はあったが――ベイルフォウスが最初の約束を破って会議に顔をださなかったり、ベイルフォウスがあらかじめ告げておいたにもかかわらず、大事な議決をすっぽかしたり――、大きな問題はおきなかった。


 他の大公それぞれに任せた主行事の計画も、とっくに詳細な報告があげられている。

 内容に不審な点も、不備も見あたらない。

 少なくとも、書類上は。

 もっとも、書類通りにうまく運営されるはずがないのは、あるていど想定済みだ。

 なんといったって、俺たち魔族は脳筋なのだから。


 自領での催しの準備も、同様に順調だ。


「と、まあこんな風な配置にしようと思っているんですが」

 今は執務室でヤティーンの報告を受けている。

「随分、警備拠点がすくないな。これで大丈夫か?」

「大公城は大人しい催しが多いですし、常にはフェオレスが目を光らせてるんで、それほど警備が必要とも思えません」


 フェオレスが実行委員長と発表した時には不満そうだったのに、いざとなるとこの信頼に満ちた言葉。これだからヤティーンは憎めないんだよな。

「他の場所でも、要注意なところはもともと上位の魔族をおいてますし、それにあんまり締め付けが多くてもね。せっかくのお祭りなんですから、楽しくやりたいじゃないですか」

 楽しくやりたい、か。まあそれもそうだな。

 俺はヤティーンに頷いてみせた。


「言い分はもっともだ。では、許可する」

 計画を正式に認めたという証に、報告書の最後に紋章を焼き付けた。

「ありがとうございます」

 ヤティーンは書類を受け取ると、くるりと踵を返す。

 が、途中で何か思い出したのだろう。百八十度回って止まらずに、さらに百八十度回転して俺の方に向き直ってきた。


「ところで、閣下。お聞きしたいことがあるんですけど」

「なに?」

「ぶっちゃけ閣下って、ジブライールのこと、どう思ってるんですか?」

「ジブライール?」

「そう、ジブライールです」

 どうって言われても……。


「優秀な副司令官……あと、残念美人?」

 俺は正直に答えた。

 だが、ヤティーンは腑に落ちないといった表情を目に浮かべている。


「俺はジブライールとは幼なじみってやつでして」

「知ってる」

「仲がいいとかではなくて、まあ喧嘩友達みたいなもんなんですけど」

 それも知ってる。

「ぶっちゃけ、種族も違うし……あいつのこと、女だと思ったことないんですよね。だって、気は強いし力も強いし、魔力も強いし。結果、どこもかしこも強いですからね」

 ……まあ、公爵になってるくらいだしな。


「性格は真面目すぎて堅苦しいけど、割と単純だしやっぱり脳筋だし。成人するまでには、とっくに女に興味津々だった俺と違って、あいつ、割ともてるらしいのに、デーモン族の男の誘いにも見向きもしないようすだったんですよね。むしろ、色恋沙汰より俺と喧嘩する時のほうが生き生きしてる感じで。だから、ほんとに女だと思ったことないんですよね」

 二度も言うなんて、大切なことだったんだな。


「……なんで、俺にそんな話を……」

「この間のジブライールの怪我」

 右肩をえぐって骨を砕いたっていう、あれか。

「あのときも、ジブライールはおかしかった。いつものような瞬時の反応がなくて、まともに俺の魔術が直撃して……結局あんなことに。あれだって、閣下のせいだと思うんです」

「えっ」


 いや、確かに俺のせいといえばせいだな。

 なにせ、あの時点で魔力を返すことができてなかったんだから。

 そのせいで反応が遅れたのだろうし。

 だが、ヤティーンは手鏡のことは知らない。

 ということは、別の意味で俺のせいだと言っている?


「その根拠は?」

「だってこの間、閣下ってばジブライールを抱き寄せて押し倒してたじゃないですか?」

 !!

「ち、ちが…………押し倒してなんて……あれは、事故で……」

 あれ以降、別にジブライールとの噂が前より広まった様子はなかった。

 てっきりヤティーンもウォクナンも、事故だとわかって口をつぐんでくれているのだと思っていたのに!

 なに盛大に誤解してくれてるんだ!


「頭ではわかってるんですよ。ジブライールも女なんだって」

「ヤティーン、あれは本当に事故なんだからな! 抱き寄せたのはまあ否定しないが、でも」

「まあ前からジブライールが閣下の前でしおらしい感じなのは気づいてて、ちょっと気持ち悪かったんですけど」

「あの時はああでもしないと、ジブライールを止められなかったからで」

「んでもって、閣下がものすごい男前だってのは、雰囲気でわかるんですよ。そんな閣下に押し倒されたりしたら、そりゃあ女だったら誰でも動揺するとは思うんです」

「断じて押し倒したりなんて、してないからな! あれは事故だ」

「でもなんだろう、わかってもらえます? ジブライールにはそうであって欲しくなかった! いつまでも、変わらないで欲しかったんです!!」

「わかって欲しいのはこっちなんだけど! 俺の話聞いてる?」

「わかってますよ。俺だって、自分がわがままいってるってのは! でも、幼なじみが急にいなくなったみたいで寂しいんですよ! 閣下だってわかってくださいよ!!」

 いや……わかってないのはお前だろ!!


 それからヤティーンは、俺の言葉には一つも耳を貸さずに、最後に「閣下のムッツリー」という捨て台詞を残して出て行った。


 全くもって、納得しかねる。

 そもそも意味が分からない。

 いったいヤティーンは、なにが気にくわなかったって言うんだ?

 俺がジブライールを好きだと思ったってことか?

 それとも、両思いだと思われたのか?

 あるいは、俺が一方的に襲ったと見えてその理不尽さに怒りを覚えているのか?

 だいたい、なんだムッツリって!!

 俺のどこがムッツリだというんだ!


「旦那様、よろしいでしょうか」

 一人、悶々としていると、ノックがあってセルクが入ってくる。

 セルクは十日間、みっちり試用させてもらったが、特に問題はなかった。そのまま正式に、筆頭侍従としてついてもらっている。


 ワイプキーの時もそうだったし、家令であるエンディオンもそうなのだが、基本的に城勤めの家臣には、城内に住居や部屋を用意してある。

 が、セルクは子爵になりたてということもあり、エミリーとも大事な時期だろうしと思って、暫くは通いでの勤務を許可している。

 ……のだが、責任感からだろう。結局、セルクは城の部屋で寝泊まりしているようだ。


「……お加減でもお悪いのですか?」

「いや、特には……なんで?」

「眉間に皺がよってらっしゃるのが珍しいので……」

「ああ、これは……不当な評価に悶々としてたからだな」

 俺は人差し指で眉間の間をこすった。


「で、それは?」

 セルクは両手で盆を持っている。

 その上には、白い封筒が見えた。

 また手紙か。嫌な予感しかしない。

「ルデルフォウス陛下からでございます」

「魔王様か!」

 なら、嫌なことなんてあるわけがないな。


 新魔王城の候補地を四つに絞って、決定権をゆだねていたのだが、たぶんその返事だろうか。

 俺は手紙をひったくるように受け取り、封を開ける。

 中から用紙を取りだし開いてみると、予想した通り魔王城の決定通知だった。

 それはいいのだが……。

「たった一行って。ほんとに魔王様は愛想ないんだから」

 やれやれだ。


 ミディリースと文通をしていると、だんだんあの長文に慣れてしまって、素っ気ない文章に物足りなさを感じてしまう。

 と、いうことはまさか、俺の書く文章も長々なっているのだろうか?

 今度自分の手紙を見直してみよう。


「候補地の決定通知だ。間違いない」

 俺はセルクに手紙を見せた。

「では、ジブライール公爵をお呼びいたしましょうか?」

 ジブライール。

 その名前を聞いて、思わず眉がぴくりと反応してしまう。


「ああ……いや、どうだろう……」

「どう、とは……? ジブライール公爵が、魔王城の築城を担当なさるのでは……」

「そうなんだけど、もうこんな時間だしな」

「まだお昼を少し、すぎたところですが」

「いや。できれば関係者全員、一度に現地で顔合わせしたい。そうだな、魔王領の設計士や職人にも声をかけることになるから、明日の方がいいだろう。時間の無駄を省きたいから、現地集合ということで」

「かしこまりました。では、そのように手配いたします」


 セルクは軽く頭を下げると、執務室から立ち去った。

 今から召集のための手紙を書記係に書かせるのだろう。

 その後で俺が内容を確認して紋章を焼き付け、該当者に届けられることになる。

 さて、では俺はセルクが帰ってくるまでに、ヒンダリスに関する新しい報告書について、検討することにするか。

 医療班からの解剖結果をあわせて、資料を机の上に並べる。


 だが、読み進めても特に目新しい情報はない。

 以前からわかっていた家族の元へ、証言を取りにいったようだが、それで新事実がわかったということもないようだ。

 曰く、ヒンダリスは家族への情が薄く、成人するや実家に寄りつきもせず、兄弟と親愛を交わすこともなかった。特にヴォーグリム大公へ仕えてから、それはよりいっそう顕著で、我々家族は彼が何の役柄についていたのか、察することはできても知らせてもらったことすら一度もない。故に、情の深い我々に彼の存在は耐えられず、最初からいなかったものとして扱うことにした、と。


 つまり、ヒンダリスは血のつながった家族からは、縁を切られていたということだ。

 ちなみに両親はプートの領内で住んでおり、その他の独立した兄弟も、ほとんどがその近辺にいるらしい。


 プート、といえば、この間の六公爵も、結局プートの配下だったわけだが。

 その、六公爵不明の件については、俺が挑戦を受けて倒してしまった者と紋章が一致した、という手紙を送った後に、「そうか、了承した。知らせに感謝する」という返事をもらっている。

 まあ、簒奪は魔族の習いだから、大公の返事としてはこんなもんだろうが、こう重なると何らかの意図を感じずにはいられない。


 そんなことを考えながら、医療班からの報告書にも目を通していると……。


“以上の事実とリーヴの申告により、彼の特殊魔術は『呪詛を受けて肉体は腐肉と化すが、間もなく完全に再生する』ものであり、本人にとって激しい苦痛を伴うものの、その後は以前以上の能力を得るものである。特に体内に呪詛を得た後は、再生後にその魔力の増幅を認めた。”


 待て。

 呪詛を受けて肉体が腐り、前より高い能力を持って再生する、だと?

 しかも、魔力の増幅。これは……。


 俺はその資料を手に、医療棟へ向かった。


 ***


「つまりお前の能力は、他の呪詛を受けてただれ腐り、悪臭をまき散らしながら溶解し、そののち激痛を伴ってゆっくり再生する。そして、そうなった後は、例えば手に外部から呪詛を受けて腐り、再生すれば手先が器用になっているし、それが足なら走るのが早く、上腕なら力持ちに、という感じなんだな?」

「はい。そうです」


 俺は今、医療棟の応接室にいた。

 目の前にいるのは、当然リーヴだ。

 本来はそもそもが報告書から発覚した件なのだし、サンドリミンにも医療棟の責任者として同席してもらうべきなのだろうが、今回は外してもらっている。


「そして、体内に呪詛を取り入れると、全身が爛れて溶け……魔力が増える?」

「はい……」

 リーヴは小声でそう言って、身体を震わせた。

 そうして俯きながら、小さく頷く。

「実際にそれをやってみたのはたったの二度なんですが……」

 なるほど。確かによく見れば、リーヴの魔力は微増している。

 もともとが大した量でもないので、うっかりすると見逃しそうだが、間違いない。


「もしかして、他にも能力があるんじゃないか?」

「他……ですか?」

「他の者に触れるだけで、その触れたところから相手に呪詛を移すことができる、とか」

「呪詛を……移す?」

 リーヴはキョトンとしている。


「すみません、そちらはわかりません」

「そうか」

 どうやら、そちらの能力については把握していないのか、そもそもそんな能力ではないのか……。

 だとすると、デイセントローズとは別の能力か?


「それにしても、珍しい能力だな。特殊魔術辞典でも読んだことがない。よほど数が少なくて、今まで確認されていないか、君のみの能力か」

 ちなみに、俺の赤金の瞳も載っていない。

 こんな能力が載っていたら大変だ。

 ……いや、逆に公になっていたほうが、安全だったりするかもしれないか?


「ええ……でもあの……」

 リーヴはいつにもまして、オドオドと口ごもらせている。

「でも……なに?」

「あの、できれば内緒にしていただきたいんですが。その……こんな能力がバレたらと思うと……僕、恐ろしくて……」

 そりゃあ確実に、しかも簡単に強くなる方法を特殊魔術として持っているとしれば、たいていの者は相手を脅威に思うだろう。もっとも、本人たちにとってその方法は、簡単どころか苦痛以外のなにものでもないのだろうが。


「それに、こんなことを閣下に話したなんて、もし母に知れたら……」

 リーヴは随分、母親のことを恐れているようだ。

 まあ、実力もないのを自覚しているのに、俺を殺せと言われて逆らえない時点でお察しだが。

「大丈夫。ここでのことは、話すつもりはないよ。サンドリミンさえ同席していないことで、信頼してもらえないか?」

 まあ、そうはいっても、医療班はとっくにリーヴの能力を把握しているんですけどね。


「この能力を持っているのは、僕、だけじゃ……ない、んです」

 思い切ったように、そう語り出すリーヴ。

 ああ、そうだろうな。もしこれが俺の思っているのと同じ能力なら、少なくとも現在、二人がそれを保持していることになる。


「母も……そうでしたし……」

 ……え?

「母の双子の姉も……」

 ……ちょっと、待て。


「まさか、血統隠術だっていうのか?」

 俺の質問に、リーヴはためらいながらも頷いた。

 血統隠術だって?

 だが、そうとすれば特殊魔術辞典に載っていないのも頷ける。

 血統隠術は、特定の血族で脈々と受け継がれている特殊魔術だ。

 しかも魔力を強くするための特殊魔術なら、秘されて当然、むしろ公にするようなことは極力避けるだろう。


 しかし、だとすればデイセントローズのあれは……。


「お、怒らないで聞いてくださいますか?」

「ああ、約束する」

「実は、母と叔母以外にももう一人、少なくとも僕と同じ……体質の者が、いて……」

 まさか、リーヴ……!


「お前、まさか……デイセントローズとは……」

「い……従兄弟、なんです……」


 な ん だ と !?


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