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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大祭前夜祭編
56/176

51.誤解とか早とちりは阻止したいですね!

「あの、閣下……私にお話とは……」

 ジブライールは、どこか……困惑気味だ。

 そう、困惑気味に見える。間違っても、迷惑そうではない、と思いたい。


「話というのは他でもない、先日の件で……」

「先日?」

 イースのやつ、預けた鞄をどこに置いてくれてるんだろう。

 少なくとも目に付くところにはない。

 俺は執務室の引き出しや、部屋に備え付けられた戸棚を開いてみる。


「何かお探しですか?」

「ああ、うん……鞄をちょっと、な……」

 だが、ない。

 なぜ?

 確かにイースに手鏡の入った鞄を預けて、後で届けてくれと……はっ!


 あれか。もしかして、セルクが帰ってから、と言ったのが不味かったのか?

 試用期間を今日からにしたせいで、結局まだいるからな、セルク。

 それで届けに来ないんだろうか?

 ……そうかもしれない。


 俺はエンディオンを呼び、イースを探して届け物をしてくれるようにと伝言を頼んだ。

 実行委員会が始まるまでに、間に合えばいいんだが。


「悪い、手違いがあった。とりあえず、座って待とうか」

 手鏡が届くまで黙って突っ立っているのもなんだし、ジブライールには他に話したいこともある。

 それで執務机ではなく、その前の応接セット……この間、不覚にも俺が眠り込んでしまった長椅子に深く腰掛け、ジブライールにその正面をすすめた。


 よし、もう大丈夫。

 二人きりで近くにいても、内股になったりしてないぞ、俺!


 だが、彼女は椅子に腰掛けようとはせず、俺に向かって深々と腰を折る。

「まずは、魔王陛下の新居城の築城現場監督……そのような大役をこの私にお与えいただきましたこと、心の底より感謝申し上げます」

 相変わらず真面目で堅いな。

「いや、正直、一番面倒な仕事を割り当ててしまったかなと思ったりもするんだ。礼なんてされると、かえってこちらが恐縮してしまう。だから、顔をあげてくれ、ジブライール」

「面倒だなどと、とんでもございません!」

 ジブライールは勢いよく頭を上げた。その両手はぐっと胸の前で握りしめられ、葵色の瞳は明るく輝いている。


「他の大公閣下を差し置いて、魔王城の築城を一任されるなど、いかに閣下が魔王陛下の寵を得ておいでか、下々にもわかろうというものです」

 うん、まあ、確かに俺、魔王様の寵臣だけどね!

「その大事なお仕事の、現場監督を私におまかせいただける。これほどの栄誉はありません。なぜなら、それは閣下の……わ、私に対する……ち、ちょ……………………信頼の証、ではないかと……う、自惚れ……でしょうか」

「いや、自惚れではないけど……」

 確かに信頼はしている。誰とは言わないが、まあ小動物二匹より、その性格に対しては。

 が、割り当てた役割の重要度については、どれも同じだと思うんだが。

 まあ、せっかく喜んでくれているんだから、水を差すのはやめておくか。


「それより、ジブライール。最近、何か変わったことはないか?」

「変わったこと……ですか?」

 あ。失敗した。変な聞き方をしてしまった。

 さっきまでちょっと嬉しそうだったジブライールの表情が、また怪訝さでいっぱいになっているではないか。

「たとえばその……変な噂話を聞いた、とか……」

「…………」

 なんだろう。沈黙が怖い。

 あと、目が据わってきている気がする……。

 その状態で見下ろされているのは、あまり好ましくない。


「とりあえず、座ってくれないかな? 立っていられると、どうも落ち着かないというか……」

「も……申し訳ありません! 閣下を上から見下ろす、など……」

 ジブライールは、ようやく俺の正面に腰を降ろしてくれた。


「それで、あの……」

「閣下に関する噂話であれば、耳にしました」

 ジブライールの声はいつにも増して固い。

「俺に関する……」

「はい」

 短い肯定は、深いため息と共に吐き出された。

「近頃、ジャーイル閣下が特定の女性と公私にわたって親しくしている……という噂話でございます」


 やっぱり、か。それで怒っているわけだ、ジブライールは。

 ここはさっさと謝ってしまうべきか。


「正直に申しますと……そのお話を聞いた時は、ショックでした」

 膝の上で固く握られた手が、ぶるぶると震えている。

 そこからは、怒りしか感じない。

 そりゃあジブライールにとっては、迷惑千万な話、だもんね……。

「まさか、ジャーイル閣下がベイルフォウス閣下と同じせい…………ご趣味をお持ちだなんて……」

 ……ん?

 なぜ目をそらす、ジブライール。しかもなんか、気まずそうに……。

 それにベイルフォウスと同じって、どういう意味だ?


「はっきり言ってくれ。ベイルフォウスと同じという、意味がわからないんだが」

 ジブライールはやや逡巡を見せた後、意を決したように、俺を見つめてきた。

「ジャーイル閣下が……花葉色の髪をした幼い少女のもとを、頻繁に訪れているばかりか…………」


 え?

 花葉色?

 え?

 それってミディリース?

 それでベイルフォウスと一緒ってことは、まさか。


「先日などは……ウィ……ウィストベル大公と、三人で……一晩をあかされ、朝食をご一緒なされた……と……」


 なに、ちょっと待って。頭がついていかない。

 なぜかジブライールは涙目だ。

 だがそんな噂が本当に流れているのなら、俺のほうこそ泣きたいくらいなんだが!


「確かにウィストベルは一泊したが、彼女はその花葉色の髪の女性と一晩中、二人きりだったはずだ。俺はその間、執務室にこもっていただけで、もちろん彼女たちとは一緒じゃなかった。翌日の朝食を客人……それも、同盟者であるウィストベルととるのは当然だろう。それに、ミディリースは幼い少女じゃない。ただ背が低くて、童顔なだけだ。あと、別に通ってない。会ったのもまだ三度ほどだし、顔を見たのなんて、この間が初めてと言っていい。朝食に同席したのも、ウィストベルと彼女が知り合いだったからだし、他意はない」

 一気にまくしたてた。


「では、そのような事実はなかったと……」

「当然だ! あるわけがない!」

 思わず肘掛けを叩いてしまう。

 この長椅子の上でのできごとが頭をよぎったが、瞬時に忘れることにした。


「今の噂、誰から聞いた? 誰がそんなことを言っていた? そんな風に、はっきり言っている奴がいたのか? この城の中で? ジブライールはそのでたらめを、信じたのか?」

 俺の詰問口調に、ジブライールはとまどいを見せている。


 だがこれは看過できない問題だ。

 なぜって、俺がちょっと女性と部屋で二人きりでいるだけで、妙な噂がたつというのでは困るからだ。

 まして、ベイルフォウスと同じ趣味とされては……好みの女性と知り合う機会が、よけい遠のいてしまうじゃないか!


「でたらめ……」

「当然だ。はっきり言うが、俺はこの城に移って以降、そういう風に女性と親しくしたことは一度もない」


 一度もない。

 一度もない……。

 一度もない…………!


 あれ?

 なんだろう。

 ものすごく……ものすごく、グサリときたぞ。

 自分で言った事ながら、ダメージがハンパないぞ。 

 ちょっと泣きたくなってきたぞ。


「誰かがそう断言しているのを聞いたわけではないのです。閣下がそれほど強く否定なさるのですから、私はそれを信じます」

 ……とても複雑な心境だが、まあ、信じてもらえたことに関しては喜ぶべきかな。

「今回は、私が断片的な噂話を勝手につなぎ合わせて、早とちりをしてしまったまでのこと……。申し訳ございません」

 気のせいだろうか。謝っているはずのジブライールは、なぜか嬉しそうに見える。

 彼女があくまで早とちりだと主張するのなら、それでもいいが。


「ついでにいっそ、もう一つ言っておく。この間から俺が気にしている噂ってのは、俺とジブライールに関するものなんだ」

 やっぱりきちんと話しておかないからダメなんだ。噂話だけが耳に入っても、また誤解するだけだろうから。

「私と、閣下……ですか?」

 俺との間に噂がたっているだなんて、想像したこともないのだろう。ジブライールはキョトンとしている。


「前にも言ったが、発端は俺の不注意からだ。それに関しては、本当に申し訳なかったと思っている」

「そんな、閣下……」

「その噂って言うのは、俺が……その、君を……」

「閣下が……私を?」

「……なにを聞いても、驚かないでほしいんだけど」

 俺が言いよどんだ瞬間、ジブライールは長い息を吐いた。


「はい、お約束いたします」

 そう言って両手をしっかりと膝の上で握りしめる。

 ジブライールが緊張しているのがわかって、俺も余計に気が張ってしまう。


「俺が君を……ジブライールを、寵姫に選んだのだ、と」


 沈黙が返ってくる。

 そうだろうとも。そんな話、現実味がなさすぎて、理解するのも難しいだろう。


「……もう一度、おっしゃっていただいて、よろしいですか?」

 いや、理解以前の問題らしい。

 聞き取りやすいように、ゆっくり言ってみよう。


「俺が、ジブライールを、寵姫として、迎えることに、決め」

「本当ですか!?」

 本当ですか?

 噂が広まってることが本当かって?


「うん、本当らしい」

 俺がうなずくと、ジブライールは見る間に顔を赤くさせた。

 さっきまではほんのり頬が色づいていただけなのに、今は首もとから額の生え際まで、全部朱く染まっている。

 それだけじゃない。葵色の瞳は今にも大粒の涙がこぼれそうなほど、潤んでいる。


「あ、あの……私……」

 しかも、恥ずかしそうにもじもじと指を合わせてたりする。

 何この反応。予想外なんだけど。

 と、いうか……あれ?

 ちょっと待てよ。これはまさか……。


「ふ……ふつつかものですが」

 困惑する俺の前で、ジブライールはおもむろに長椅子を立つと、床に両膝をついた。


「ひたむきに、閣下におつかえさせていただきたいと……」

 は!?

「ちょっと待った、ジブライール! 違う、そうじゃない!」

 俺は床に指までつきかけたジブライールに慌てて駆け寄り、その手を取る。


「落ち着け、ジブライール。いくらなんでも、そんなわけないだろう?」

「え?」

 今の流れで、なんで誤解した?

 早とちりといったって、ほどがあるだろう!

「俺がそう決めたとは言っていない。そういう噂が、一部で流れている、という話なだけで……」

「え……」


 葵色の瞳が、大きく見開かれる。

「うわ……さ……」

「うん、噂だ。事実じゃない」

 葵色の瞳が急にあちこちに動きだした。視点が定まらない。

 必死に考えを整理しているのだろう。


「ジブライール。俺が、あんなことぐらいで」

 蹴られたこと、だ。

「責任をとってもらおうなんて、考えるわけがないだろう」

 いや、なんか……我ながら、変な表現だと思うけれども。

 責任をとってもらうって……乙女か! 俺は乙女なのか!


「だいたい俺がそのつもりだとしても、ジブライールはちゃんと断っていいんだ。責任を感じて、言いなりになる必要はない。俺がそれを強制をするような男に見えるなら、話は別だが」

 無茶な言い分だとはわかってるんだ。

 大公が望めば、公爵といえど簡単にその誘いを断る事はできないだろう。それこそ、拒絶には命を懸ける覚悟が必要だ。

 だからこそ、ジブライールも無理を受け入れる方向で結論づけたんだろうし。


「ち、ちが……わた、し……私、は……責任とか……そんな……」

 普段が冷静だから、しどろもどろなジブライールはとても珍しい。

 ……とか、言ってる間に、待て。

 頼む、涙目になるのはやめてくれないだろうか。

「……っ……」

「ちょ、ちょっと待った、ジブライール」

 泣かれるのはやばい。子供ならまだしも、成人女性に泣かれるのはやばい。

 というか、俺が泣かせたことになるよな、これ。


「……馬鹿……」

 ああ、ごめん。俺は本当に馬鹿です。

「私の……馬鹿!!」

 頭を机に向かって振り下ろしたので、つっぷして泣き出すのかと思ったら違った。

 なにを思ったか、ジブライールは頭を机に激しく打ち付けだしたのだ。


「ちょ、待て!」

 頭がっ!

 額が大変だ!!

 一度目で赤く腫れ、二度目で傷が生じる。

 三度目が当たる前に俺は彼女の両肩をつかんで、なんとか額が机に激突するのを押し止めた。

 たぶん、そのままいってたら、ジブライールの額も机も逝ってた。

 机は別にいいんだが。


 それにしても、抵抗する力がすごい。こんな華奢だというのに、さすがは公爵。

「誤解することくらい、誰にだってある! 早とちりとか、俺なんてしょっちゅうだ! だから、そんな気にすることはない」

 俺の言葉にも、ジブライールは力を緩めようとはしない。それどころか。

「手を離してください! 私なんか……私なんか、もう……!!」

 やむを得ん。


「ちょっと落ち着け、ジブライール!」

 俺は彼女を前から抱きすくめた。

 こうするより他に、彼女の勢いを止める方法が思いつかなかったのだ。


「大丈夫、わかってる、迷惑な噂話だってのは、よくわかってるから。だからちょっと誤解したくらいで、そんな風に自分を痛めつけるのはやめてくれ。当然、ジブライールが望むなら、公式に否定する声明を出してもいい。なんなら、今後一切、その話題を口にするのは禁止にして、破った者は俺が直々に手を下してもいい。俺がいいたかったのはそれだけで、誰も無理強いなんて……」

 もう俺も焦りすぎて、自分がなにをいっているのかよくわからない。

 とにかく、抱きしめる腕に力を込める。

 その瞬間、ジブライールはビクッと体を震わせたかと思うと、いっさいの抵抗をやめた。

 その結果、俺の力が余り。


「うお」

 俺たちはそろって床に倒れてしまった。

 俺がジブライールに覆い被さって、押し倒したような感じだ。

「悪い」

 慌てて両手を床につき、上半身を持ち上げる。


 そこで……。

 脂汗がどっと吹き出した。


 だって……ほら、この状況。

 思い出さない?

 思い出さない?


 下をみれば涙目の上目遣いで見上げてくる、ジブライール。

 そこへのしかかる、俺。

 次にやってくるのは、下半身への衝撃……。


「うわああああああ」

 俺は恐怖を感じて飛び退いた。

 叫び声からして情けなかったのは、自覚してる。


 だけど、だけど、わかるはずだ!

 男にならわかってもらえるはずだ!

 あの恐怖の再来を、恐れる俺の気持ちが!!!


「か……閣下……」

 呼びかけられてビクッとしてしまったことについては、我ながら反省すべきだとは思う。

 すでにもう十分、醜態をさらしているとしても。


 俺はおそるおそる、侮蔑の色を浮かべているであろうジブライールを振り返った。

 が、どうしたことか、身体を起こした彼女は、俺の醜態になぞ気づいた風もない。

 それどころか、なんというか……。

 押し倒したせいで……いや違う、そうじゃない。

 うっかり倒れたせいで、いつもはきっちりまとまった銀色の髪が、乱れて華奢な肩や背中にかかっている。その様が、妙に婀娜っぽい。


「あの……閣下、わ、私……私は……」

 そのまま潤んだ目で四つん這いになって、近づいてこられてみろ!

 勘違いしても仕方ないよな?

 これは、勘違いしても仕方ないよな!?


 だが。

「あーおほん」

 可愛い咳払いが、俺たちの耳に届く。


 執務室の入り口を見上げると、そこには可愛い二匹の小動物がいた。

 リスと、雀だ。


「失礼いたします、閣下。そろそろ、大祭実行委員会の時間かなぁ~なんて、思ったものですから……」

 リスがニヤつきながら、そう言った。


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