表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
45/176

42.……色々……考えることが……あって……

「ふーふー」

 ミディリース。

 相変わらずだな。俺が図書館を出た、そのときそのままの姿、席、状態だ。

 息苦しいのか、肩が大きく上下している。仮面を外していないせいだろう。

 俺に顔を見られたのが、そんなに嫌だったのか?


「主が、ミディリースか」

 ウィストベルが近づくと、ミディリースはビクッと肩をふるわせて、顔をそろそろとあげた。

「あう……?」

「ウィストベルじゃ」

「ウィ……?」

 自己紹介?

 なんか、ウィストベルにしては珍しくご機嫌だな……。


「それとも主には、<暁の支配者>と名乗った方が通るかの? <凡俗の司書>殿?」

 ……ん?

 なんか今、とても恥ずかしい呼称が聞こえたような?


「ふげ!?」

 ミディリースが変な声をあげて勢いよく立ち上がる。

「あ……<暁の……支配者>!?」

 ぷるぷると震える指が、ウィストベルに向けられる。


「私に指を向けるな。折るぞ」

 ウィストベルがミディリースの指を握り、ぎゅっと……。

「いだっ! いだだだだ」

 え? 折ったの?

 ねえ、折るぞといいながら、折ったの??


「それより、なんじゃ主のその暑苦しい格好は」

「ひょ? ひや、え? ……え?」

 ウィストベル一人が冷静だが、俺とミディリースは混乱中だ。

 どういうことだ?

 なんでウィストベルはミディリースにこんなに親しげなんだ?

「しかも、なんじゃこの仮面……」

 ウィストベルによって、仮面が外される。


「ひいいい……」

 必死に仮面を取り戻そうと、手をのばすミディリース。が、ウィストベルはその仮面を床に放り投げると、露わになったミディリースの頬をがっしりと両手で挟んだ。

「あああああああ」

 ウィストベルの美貌が間近に迫った状態に、人見知りの激しいミディリースは涙目だ。

「別に隠すほど醜くないではないか」

 うん、隠す意味がわかりませんよね。


「しかし、臭いの……。まさか、風呂に入っておらぬのではないだろうな?」

 風呂? ああ、ずっとそのままだろうから、入ってはないだろうな。

 というか、そんなことよりも。

「あの、そろそろ俺にも説明をしてもらえませんか?」

 置いてけぼり感ハンパない。ちょっと寂しい。


 ウィストベルはミディリースの頬から手を放し、俺を振り返った。

「説明はあとじゃ。このように不潔な者と、大公が同席するわけにはいかぬ。この娘の部屋はどこじゃ?」

「えっと……」

 俺は資料庫を指さす。


「ぎゃ」

 ウィストベルに首根っこをつかまれるミディリース。

「え? ウィストベル?」

「しばらく席を外す。主は休んでおれ」

 え?

 俺の魔力の回復が、先決だったのでは!?

「いやあああああ、ひいいいいいい」

 呆然とする俺の目の前で、涙目のミディリースは資料庫の奥へと引きずられていったのだった。


 そして、一人図書館に取り残される、俺。


 ええっと?

 ……何が起きているのだかちっともわからないので、誰かに説明を要求したいんですけれども!! 


 とりあえず突っ立っているわけにもいかないので、ミディリースが座っていた席に移動して、机の上の情報を整理してみる。

 俺がこの場所にいた時点で、未だ不明だったのは二つの単語だけだ。書き付けを見る限りでは解明されている。

 解明されている……。

 なんだって!?

 解明、されているじゃないか!!

 よし、これで……これで俺の魔力が元に……!!!


 二人の様子はなんだかよくわからないし、休んでいろと言われてもいるんだ。ここで待つ必要はないだろう。

 今すぐやろう、今すぐ!!


 そうして俺は、邪鏡の裏面の文字を解読したミディリースの書き付けを手に、執務室に駆け込んだ。


 邪鏡ボダスを前にレイブレイズを一閃して、魔術による封印と岩を一度に砕く。封印を解くにはこの方法が一番楽だと、最近気がついたのだ。

 マーミルの時と同じように、邪鏡を魔術で空中に固定して自分の姿を映し、それからは翻訳の通り。

 “鏡に対象の存在を映して、術式を足下に展開し”

 よし、足の下に二層五十式の展開。

 “願いを込めて、術式を唱えよ”

 願い? つまり、こうか?

 (俺の魔力が無事戻りますように!)

「サスティアーナ エル エターナ ヴィア ブラディアー レイブ レイディア

 ラサスティアーナ メル ファターナ ディア フルレイン ジイル モレーディア

 サスティアーナ メル レレイウム ファタ ヲクタリーブ

 ネレス レレス ジーク ウォクナ!」


 か ん た ん だ !

 実に簡単だった!

 手鏡よりずっと簡単に、俺の魔力が……。

 魔力が……あれ?


 もど……戻って……ない?

 え?


 もう一度、じっくりと書き付けを見てみる。

 術式に誤りがあったのか?

 鏡の裏面を見て確認する。

 いや。細かい文様まで、間違いはない。

 唱えた呪文に誤りが?

 いいや、ミディリースの解読してくれた音と、一字一句間違いはない。

 だったら……解読に誤りがある……としか。


 いや、待て。

 俺の願いが弱すぎた? もっと真剣に願わないといけなかったのか?

 それとも“願いを込めて”ってところが人間にとっては暗黙の了解的な、儀式を表す……とか?

 たとえば、空を見上げて爪が食い込む勢いで両手を組みあわせる、とか、額を血がにじむまで大地にこすりつける、とか。

 もしくは、この訳にある……“魔の王”とか“光をあまねく支配する者”とかに祈らなければいけないとか?


 とにかく俺は、手をあげたりさげたり色々しながら、その後幾度となく術式を繰り返し展開し、抑揚を変化させて呪文を唱え続け……。

 気がつけば夜は更け、明けていたのだった。


 ***


 疲労困憊の末、いつの間にか気を失うように眠っていたらしい。

 遠くで聞こえる「ひいいい」という悲鳴のような声……冷たいが、ほどよい弾力が気持ちいいこの抱き心地、それに、唇を覆う柔らかい感触に、喉を潤す甘い液体……。

 え?

 喉を…………なに……?


「痛いのも、愛情がこもっていると思えば、心地良いものじゃの」

 はっ!?


 目をあけると、間近にうっとりとした表情で舌なめずりをする……。

「ウィ……ウィストベル!? え、なんで……うわあ!」

 ええええええ、何してるの俺、何この手、どこ回してるの俺、なに、ウィストベルを全力で抱きしめてるんだ俺!!!!!

「就寝中の行動は、本能に基づいているというぞ?」

「うわ、すみません!!」

 今何してた?

 今、何してた、俺!?

 ウィストベルを抱きしめて…………だ、抱きしめてただけか!?

「今、なにを……」

「再現してやろうか?」

 扇情的な笑みを浮かべるウィストベル。

「いや、いいです!」


 落ち着け、俺。

 まずは手を離すんだ!


 ウィストベルの背に回した腕を離し、次いで体を離す。

 そして、寝台代わりにしていた長椅子から、慌てて立ち上がった瞬間、後頭部に別の衝撃が。

「いだっ!!」

「うお、ごめん!」

 誰かの顎に頭突きを食らわしてしまったようだ。

 誰か……。

「じだ、がんだ」

 顎を押さえながら、涙目になっている小さな女の子。


 珍しいこの花葉色の髪は……もしかして。

「ミディリース?」

「そうじゃ」

 本人でなく、ウィストベルが頷く。

「仮面を外したのか!」

 っていうか、今日は随分まともな格好じゃないか。


 髪はきちんと巻いたツインテールだし、うっすら化粧もしてる?

 服もいつもの地味なワンピースじゃなくて、髪と同色のレースをふんだんに使った華やかなものだ。ちょっと少女趣味な感が強いが。

 まさか、ウィストベルの趣味? いや、普通に考えて、ミディリースの趣味だろうな。彼女の服なんだろうから。


 ちなみにウィストベルも、昨日の服とは違う……けれど、相変わらず露出部の多い、メリハリのある体型がよくわかるドレスを着ている。

 あと、近づくとものすごくいい匂いが……あ、いや。


「くっ……」

 ミディリースは耳まで真っ赤になって顎を押さえながら、俺から目をそらした。

 あれだよな……単に、いつもの人見知りな態度をとっているだけだよな?

 いつも以上の深い意味はないよな?

 間違ってもその……俺と……ウィストベルが……ナニを……目撃……。

 っていうか、むしろ、何してたか聞いていいですか?


「いだだだだ」

 悲鳴があがったと思ったら、ミディリースがウィストベルに頭を掴まれ、俺の方へ無理矢理顔を向けられていた。

「いかにジャーイルが気安いとはいえ、大公じゃ。無礼な態度をとるでない」

「ご、ごめんだしゃい……」

 なんだろう。初めて会ったときからの、ウィストベルのミディリースに対するこの親しげな態度は。

 まるで親戚のお姉さん、とかみたいなんだが?


「あの……二人は知り合いなんですか?」

 ミディリースは六百年間、引きこもっていたわけだから、知り合いだというならそれ以前のことになる。

「会うのは初めてじゃ。が」

 ウィストベルはミディリースの頭から手を離した。

「ここ二百年ばかり、手紙のやりとりをしておる」


 ……え? ああ、じゃあ。

「ミディリースの魔道具に詳しい文通相手って、ウィストベルだったのか!」

「ま……まあ、そのうちの一人、というか……いいますか!」

 じろり、とウィストベルに睨まれて、ミディリースは言い直した。

「もっとも、お互い正体は隠した上での文通じゃがな。本名も、所在も、何も知らぬ状態での」

 所在も? それでどうやって、やりとりしてるんだ?

 誰がどうやって、手紙を届けてるんだ?

 まさか、鳩? 文書鳩とか言わないよな!?


「文章のくどさから受ける印象と、実際の人物像とはえらく違ったがの」

 ええ、そうでしょうね!

 あの長文だらだらの文章を読んで、こんな口べたで人見知りな小さな女の子をなんて、誰も想像しませんよね!

「ウィストベル大公は手紙でも尊大……あ゛ーーーー」


 っていうか、二人とも……さっきの呼称……<暁の支配者>と<凡俗の司書>……だっけ?

 あの恥ずかしい名前でやりとりしてるのか?

 もうちょっと……匿名でやる必要があったにせよ、せめてもうちょっと普通な感じの呼び名にすればよかったのに。


「ジャーイルからの手紙は届かなかったが、ミディリースからの手紙は届いたのじゃ。魔道具に関しての、知識の有無を問い合わせる手紙がな。それほど急ぎとも思わなんだから、返事を書いたのが三日前での」

 ああ、文通相手に問い合わせたって言ってたもんな。それがウィストベルだったとは。

「昨日届いた。さんざん待ったあげくに、“詳しいが、何か?”みたいなそっけない感じで、ちっとも役にい゛ーーーーーー!! ご、ごめ、ごめんなさい!!」

 貴重な喋るミディリースだが、話している最中にウィストベルの指導が入るので、語尾が必ずといっていいほど悲鳴に変わっている。

「主の質問が具体的でないのが悪い。私とて、ジャーイルがこんな目にあっていると知っていれば、何をおいてもすぐに飛んできてやったものを……」

 女王様の必殺技、流し目だ。今日はなんだか頬も唇も血色がよく、色気がいつにも増してハンパない。

 ……さっき、目が覚める前のこととか……は、つきつめなくてもいいかな。


「まあ、そこら辺は俺が秘匿だと念を押したせいなので、ミディリースを責めないであげてください。素性がわからないまま、事情を明かすわけにもいかなかったんですよ。っていうか! そうだ、ミディリース!!」

 思い出した!!

 のんびりしている場合ではない!


「魔力が戻らないんだけど!!!」


 悲鳴のような叫びが執務室にとどろいたのだった。


 ――俺の。


「そんなバカな」

「ミディリースの解いてくれた、この紙の通り……えっと……」

 書き付けを探す。

 あ。寝て下敷きにしていたみたいだ。長椅子の上に、くしゃくしゃになった紙があった。

「何度もやってみたんだけど、ぜんぜんダメで……」

 皺を丁寧にのばし、二人でのぞき込む。


「で、この鏡がそれか?」

 声のした方に視線を向けると、ウィストベルが机の上に裏向けて置いた邪鏡を、持ち上げているではないか!

「ダメです、ウィストベル! それは姿を映しただけで魔力が……!」

 一歩、遅かった。

 ウィストベルが鏡面を、自身に向けたのだ。

 今度は自分のことじゃないから、はっきり見えた。

 ウィストベルと、一緒に映ったミディリース。その二人から魔力が引きはがされるように剥離し、鏡に吸い込まれるところが。

 当然、二人の魔力量は百分の一になっている。

「ウィストベル!! 貴女ともあろうものが、なんて軽率な!」


 しかし、慌てているのは俺一人のようだ。

 当の本人は、どこか余裕の笑みを浮かべている。

 まあ、そりゃあ……ウィストベルの場合、百分の一と言っても……。

「なるほどのぅ。これは不安にもなるな」

 ……わざとですか?

 もしかして、わざとですか!?


「しかし、ちょうどいいとは思わぬか? 大公位争奪戦とやら……この魔力量であらば、ちょうど今の地位を無理なく維持できよう」

 今の地位って……大公四位の?

「そのためにはもちろん、主にもきちんと、実力通りの力を出してもらわねばならぬがな」

 えー。

 俺に地位をあがれっていうのか。

 ウィストベル、本気で言ってるのか?

 ……本気なんだろうな。

 それに確かに……百分の一でも、四位なら維持できますよね。全員が一切手加減せず、実力を出し切って本気でぶつかり合うならば。

 だが、わかっているのだろうか……ウィストベルは。

 そうなると少なくとも三人からは、本気で負ける悔しさを味わわされることになるというのに。


「この鏡、主の魔力が無事戻った暁には、私がもらい受けよう。きっちり管理して、決して表には出ないようにすると誓う。どうじゃ?」

「できればこんな物騒なもの……粉々に砕いて、塵も残らないよう消滅させたいと思っていたんですが」

 正直、見るのもイヤだ。今すぐ粉々にしたい。この世から抹消してしまいたい!

「そうじゃの。それは大公位争奪戦の後に、考慮しよう」

「そこまで言われては」

 そうでなくとも、俺に拒否できる訳がないですよね。


「よかろう。それで決まりじゃな。では一つ、解読を試みてみるかの?」

 力強い言葉と共に、女王様は嫣然と微笑んだのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ