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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
44/176

41.会議も終わったので、各自、自分のお城に帰りましょう!

「じゃあさっそく、さっきの続きを話し合おうか?」

 会議が終わるなり、目に殺気を込めて立ち上がったのはベイルフォウスだ。

「よかろう。もっと広い場所で、ゆったり落ち着いて話し合おうではないか」

 一方のプートも、その立派な黄金のたてがみが逆立ちそうなほどの覇気をみなぎらせている。

 口では話し合うといいながら、本気で殴り合う気らしい。


 ……よし、帰ろう。すぐ帰ろう。


「おい、ジャーイル!」

 ベイルフォウスが呼びかけてくるが、聞こえなかったふりをしよう。

「ジャーイルって!」

 腕を掴まれたが、気づいていないふり。

「お前、立ち会え」

 聞こえないふり、気づいていないふり……。

「おい」

「いてっ!!」

 蹴られた!

 今日のベイルフォウスは、いやに足癖が悪い。


「無視するなよ」

 そう言うとベイルフォウスは半ギレの表情で、俺の首にがっしりと腕を回してくる。

「断る。話し合いだったら立ち会いなんていらないだろう。どうしても必要なら、他に頼め」

 魔力がいつも通りならともかく、百分の一しかない今のこの状態で、大公同士の争いの場になんかいてみろ、とばっちりが無いわけがない!

 それこそ、自殺行為に等しいではないか。


「これからも親友でいようって言ったの、誰だっけ?」

 俺だけども。ついさっき言ったけども。

「それとこれとは、話が別だ。今日はダメだ。絶対にダメだ。どうしても、はずせない用があるんだ!」

 ふりほどこうとするが、ベイルフォウスの奴、腕に青筋たてて抵抗してくる。

 どうあっても離さない気か、このやろう。


「お前、ウィストベルにこの間のこと、言いつけるぞ」

 ベイルフォウスが声を潜める。

「なんだよ、この間のことって?」

「お前がジブライールに強引に迫っておいて、大事なところを蹴られて死にかけた件に決まってる」

「おまっ……誰がそんな!」

 ふざけるな、ベイルフォウス!

 強引に迫ったってなんだよ!


「俺はただ、介抱しようと……」

「お前がどう思って行動したか、ということじゃない。紛れもなくベッドの上で、お前がジブライールに覆い被さった状態にあったということ。そして、玉を蹴られたという事実だ。それを聞いたウィストベルが、その事実をどう捉えるか……重要なのは、それだけだよ」

 くそ、こいつ……!!


「ベイルフォウス、諦めよ」

 そう言って俺の腕をとり、ベイルフォウスの魔の手から救ってくれたのは、誰あろうウィストベルだった。

「ジャーイルには先約があろう」

 力が今すぐ元に戻るかもしれない、というのは魅力だ。

 だが……だが、しかし!


 ミディリースとの解読作業もあとわずかだし、方法がわかればそれを試すだけでいいのだ。

 会議が無事に終わった以上、今この瞬間にと急ぐ必要はなくなった。

 というか、正直なところ、俺にはウィストベルの話を聞く勇気がもてない。こればっかりは……本能的な恐怖だと、素直に認めよう。


「残念だな! 立ち会いなんて頼まれたら、断るわけにはいかないなー。ベイルフォウスは親友だしなー。という訳で、俺は」

「さっき、断る、と、はっきりそう申していたであろう」

 聞かれてた!

「主は同盟相手である私と、そうでない二人との、どちらをとるのじゃ?」

 口調は優しいが、目が怖い。否は認めないと、その強い瞳が宣言しているようだ。


「……もちろん…………」

「もちろん?」

「ウィストベル、です」

 俺はがっくりとうなだれた。

 女王様は満足げに頷く。

「ちっ……友より女をとるか。お前が軽薄な奴だってのは、よくわかった」

 変な言い方するなよ!

 俺はむしろ、同情して欲しいくらいだ。

 だいたい、軽薄なんてお前に言われたくない!


「さて、話はついたのかな?」

 プートが席についたまま、低い声でベイルフォウスを促す。

 そこへ、デイセントローズがやってきた。

「では、若輩ながらこのわたくし……デイセントローズがジャーイル大公に替わり、判定役を務めさせていただきとうございます」

「それが必要だというなら、私に異存はないが」

 プートは頷いたが、ベイルフォウスは眉を寄せている。

 立ち会いを言い出したのは自分だから、簡単には断れないのだろう。


「では、我らはゆくか、ジャーイル。主の城へ」

 ウィストベルはもはや、二人のことなど知らぬ顔だ。

「俺の城? ウィストベルのじゃなく?」

「我が城に向かってどうする。先ほどの……今すぐ魔力を取り戻せる、という話であれば、拒まれた上に無理強いをしてまで聞かせようとは思わぬ。主が望まぬうちは……」

 やはり、結界はわざとゆるめておいてくれたのかもしれない。

 彼女にしても、あまり喜ばしい話題ではなかったということなのだろうか。


「なら、なぜ俺の城に?」

 ウィストベルは声を潜めてこう言った。

「我が同盟者が帰宅時に、万が一のことがあってはなるまい? その状態で、よくぞここまで一人でやってきたものじゃ。公爵にでも襲われたら、なんとした? 護衛も連れずにまあ、主の度胸には感心する」

 つまり帰りはウィストベルが自ら護衛をしてくれるってことか。

 魔力がはっきりと見える彼女からすれば、今の俺の状況は信じられないほど頼りないものに見えるのだろう。

 まあ確かに、俺だってレイブレイズがなければ、<大公会議>に一人ではやってこられなかっただろうな。


「主を失うつもりは、私にはさらさらない。それに……」

 ウィストベルは肉感的な唇の端をつり上げた。

「今の主は、保護欲をそそる」

 きゃあああああ。


「気になることもあるしな。確かめずにはおられまい」

 気になること?

 なんだろう。やはり、魔鏡のことか?


 しかし、考えてみればウィストベルが俺の城にやってくるのは、お披露目の舞踏会以来じゃないか?

 あれを公的な行事と数えると、私的な理由の訪問は初めてと言っていい。

「プート」

 俺はこの城の主に声をかけた。

「伝令をお借りできないだろうか? 城に帰宅の連絡をいれておきたいんだが」

 呼びもしないのに勝手にやってくるベイルフォウスとは違う。同盟者であるウィストベルの来訪だ。

 ここはやはり、しっかりお出迎えせねば!

 エンディオンにさえ知らせておけば、ぬかりなく手配してくれるだろう。


「よかろう。好きにつかうがよい」

 プートは快く頷いてくれた。

「では、我はこれで失礼する。ベイルフォウスとの話し合いがあるのでな」

 そう言って、彼は重々しい動作で席を立つ。


「この件は忘れないぞ、ジャーイル」

 憎まれ口のベイルフォウスに続いて、デイセントローズがプートの後を追う。

 だが城の主は扉のところでふと立ち止まり、俺たちにたくましい胸を向けた。

 その背にぶつかりかけたベイルフォウスが、目元をひきつらせている。


「そうじゃ。諸公に尋ねたいことがある。我が配下が先日より六人ほど不明になっておるが、もしや知る者はおらぬか? 六人はいずれも公爵……それが一時より不明とあらば、大公位へ挑戦でもしたのかと思うたのだが」


 ……えっ。

 えっ?

 六人……行方不明……?

 こう……公爵……?


 どこかで聞いた話……だが。

 いや、気のせいかな。気のせいだな!!

 はっきりそうと決まった訳じゃないのに、決めつけてはいけないな!

 きっと偶然だ。ただ人数が同じだというだけで、似たような話は日常茶飯事のはず!

 だって、今の俺に公爵だなんて、一人でも勝てるかどうか怪しい。

 たとえばジブライールと本気でやったら……負ける。

 なのに、六人も一度に相手して、勝てるはずがないではないか。いかにレイブレイズがあったにしても。


「心当たりはないけれど、紋章をもらえれば、何かあった際に連絡はできるだろうね」

 サーリスヴォルフ、いいタイミングでいい提案をしてくれるじゃないか。

 まるで俺のためにしてくれたような提案だ!


「うむ」

 彼の提案にプートは頷き、そうして我々に六枚の紋章が配られた。

 まあ、ないだろうが……ないとは思うが、俺に下った六魔族の紋章と照合はしてみよう。一致しないとは思うがな!!


 そうして<大公会議>は、昼餐を含めて五時間ほどで、無事解散となったのだった。


 ***


 デイセントローズを迎えた時でも、家臣の約半数の人員を費やしたんだ。

 同盟者であるウィストベルが、初めて私的に俺の城を訪ねるというのに、エンディオンにぬかりのあるはずがない。当然、下働きも裏方も、普段俺とすら接しない全家臣総動員でお出迎えを……。

 とは、ならなかった。


 プートの家臣を借りて、先触れを出そうと思ったのだが、ウィストベルに止められた。

 というのも、俺の城は言わずもがな、デヴィル族が圧倒的に多いのだ。そんな家臣団のずらりと並んだ姿を、彼女は見たくないというのである。


 そういえば、ウィストベルは極度のデヴィル嫌いだった。

 それで結局、城には報せを出さないことにした。

 俺たちは<暁に血塗られた地獄城>にも寄らず、ウィストベルの領地を通過し、<断末魔轟き怨嗟満つる城>へと向かった。なぜかというと、ウィストベルの城に寄るとなると、一時間以上はよけいにかかることになるからだ。


 強者には逆らわず夜間も飛行する、というだけのことで、竜が自発的に夜の空を飛ぶことはない。夜目がきかないのだから。

 そんな訳で、できる限り早く帰るにこしたことはない。

 なにせ、プートの城から俺の城までは、どう急いでも日の暮れる前にはつけないのは明らか。それだけ、距離があるのだ。

 だから当然…………あれ?

 日の暮れる前にはつけない?


 ちょっと待って!


「ウィストベル!」

「なんじゃ?」

「やっぱり明日にしませんか? 俺はこのまま帰りますから、ウィストベルもやはりご自分の城に戻られて、明日、ご来訪いただいた方が」

 だって、このまま俺の城にくると言うことは……どう考えても、一泊するってことになるもんね!

 いや、別に問題ないけど……問題ないとは思うけど!

「主は……私が付き添っている理由を忘れているのではないのか?」


 ……あ。

 俺の護衛だった。

「すみません……」

「そこまでこだわると、逆に誘っておるとしか思えぬぞ?」

「いや、すみません! ほんと、すみません!」

 もう余計なことは言うな、俺!


 そうして俺とウィストベルはなんやかんや言いながら、闇の中にぼうっと浮かび上がる白亜の我が城、<断末魔轟き怨嗟満つる城>にたどり着いたのだった。


 ***


「お帰りなさいませ、旦那様。ようこそおいでくださいました、ウィストベル大公閣下」

 竜から降りたところで、エンディオンが出迎えてくれた。


 さすがにわざわざ伝えておかなくても、俺がウィストベルをつれて帰ることは把握済みのようだ。俺の耳にはいちいち入ってこないだけで、領地の境界や城の近辺はある程度監視されている。そして城に近づく者がいれば、家令や筆頭侍従に連絡が入るようになっている。

 だからこそ、ベイルフォウスの突然の訪問にも、いつもエンディオンは驚かず慌てない。


「迎賓館のご用意ができておりますが、すぐにお休みになられますか?」

 さすがエンディオン! 迎賓館って確か、俺の居住棟からは結構離れてたよな! できた家令だ。

 彼の後ろに立っている数人の女性は、ウィストベルの侍女役をつとめるのだろう。ちゃんとデーモン族を選んでいるあたり、気が利いている。


「歓待に感謝する」

 おお。ウィストベルがデヴィル族に優しい。俺に気をつかってくれてるのか?

「が、まだ休むつもりはない。ジャーイルをしばらく借りる。侍女はいらぬゆえ、さがらせよ」

 え。休まないの?

 俺のことを無事護衛してくれたんだから、もう休んでくれればいいと思うんだけど。

 まさか……。

「なんじゃ?」

「いえ」

 余計なことはいうな、余計なことはいうな、俺。


「すまないな、エンディオン」

「いいえ」

 エンディオンは頭を下げ、侍女を連れてひきさがった。


「では早速、図書館に参ろうか」

 え?

 俺はもちろんそのつもりだったけど、ウィストベルも?

「とにかく主の魔力を戻すが先決であろう。他のことは後じゃ」

 どうやら俺の魔力の回復に、力を貸してくれるつもりのようだ。


 そうして俺たちは、そろって図書館に足を向けたのだった。


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