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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
43/176

40.穏やかな大公会議が始まりました!

 会議室についたのは、俺とベイルフォウスが最後だった。

 城主のプートを除いて、の話だが。


 他の大公に挨拶をして、何食わぬ顔で自分の席に座り、こっそりウィストベルの様子を観察してみる。どうやら心配したほどご立腹ではないようだ。

 退屈そうな様子で肘掛けにもたれ掛かって座り、出された飲み物で喉を潤している。


「ジャーイル」

 げ。見てるのがバレたか!

「はい」

「話の続きはまた後での」

 そうだよね。さすがに何もなかったことにはならないよね。

「……はい」


 それからすぐに城の主人がやってきて、昼餐会を兼ねた会議がゆったりと始まった。 


 ***


 正直、息苦しかった。

 食べながら積極的に話をしていたのは、サーリスヴォルフとデイセントローズの二人のみ。

 ウィストベルとベイルフォウスは不機嫌だし、プートはもともと饒舌なほうじゃない。アリネーゼも相づちは打っているが、自分から話すという風でもない。

 そして俺は、自分の魔力の状態がみんなにバレるのではないかと、心配で心配で、料理の味すらわからないありさまだ。


「さて、ではそろそろ議題に入りたいと思うのだが」

 全員の真っ黒な陶器のデザートプレートに、これまた見事に真っ黒なチーズケーキが配り終えられたところで、プートがそう提案する。

 それにすぐさま応じたのは、ベイルフォウスだ。もちろん、舌打ちで。

 ちらり、とプートがこちらを一瞥してきた。

 いや、今日の俺にはあんまり期待しないでもらいたいんだけど……。


「召集状に書いたとおりだ。議題は“魔王ルデルフォウス陛下の在位三百年を祝う大祭について”。皆で意見を出し合っていきたいと思うのだが」

「なんで」

 ベイルフォウスが乱暴な手つきでケーキフォークをチーズケーキに突き刺し、陶器音を響かせる。


「兄貴……陛下の在位を祝う祭りを、貴君がしきる理由を聞いてもいいか、プート」

 ベイルフォウスとプートの間に緊張が走る。

 今のはえっと……一応単なる質問とみなされて、喧嘩を売ったことにはならない、のか?

 声は低かったし、どう聞いても声音は不機嫌さで一色だが、一応ベイルフォウスなりに押さえてはいる……のか。


「理由の第一としては、私が大公の第一位にあって、一応は諸公を総轄する立場にあるからであろうな」

 対するプートの冷静さは完璧だ。相変わらずしゃべり方は鼻にかかって高慢に響くが、まあ地なのだろうし。

「一位だからといって別に、総轄の任まで負ってはいないと思うが?」

 うん、まあ今の表現は俺も気になった。総轄される覚えはないな、確かに。


「第二に」

 どうやらプートは、ベイルフォウスの意見に答えを返すつもりはないようだ。

「むしろこちらの方が理由としては大きいのだが、私の他に陛下の在位年数を正確に覚えているものがいないから、ということが挙げられるであろう。実際、そうでなくば、そのものが会の開催を言い出していたであろうゆえ」

 さすがにベイルフォウスも、この意見には反論できないのだろう。

 再度舌打ちをしただけで、黙りこくった。

 なんだよ、プート。俺の手助けなんて必要ないじゃないか。

 ……よかった。


「では改めて、まずは大祭の行事について、諸公らの意見をいただきたいのだが」

「それって、大祭の間に何をするかってことだよね?」

「そうだ」

 サーリスヴォルフも在位祭の運営など経験がないのだろう。疑問が俺と同じレベルだ。


「そもそも、どのくらいの期間、開催されるものなのでしょうか? なにせ私は、魔王様の即位のおりには未だ生まれていなかったほどの若輩者ですので、何から何まで予想がたたず」

 今度の質問者はデイセントローズだ。

 今日は隣に座っていても、会議だからか個人的に話しかけられることがない。

 ちなみに、魔力の減っている俺と違い、こいつは……。


 うん。やっぱり、わずかだが増えている。以前に比べればほんの少しなので、よく見ないと分からない程度だが、それでも増えているには違いない。

 死んで甦ったか?

「そうだな……たいてい、大祭と名の付く祝祭の期間は、百日ほどと決まっておる」

 長いな。百日もかよ。

 何するんだよ、そんなに!


「パレードは必要でしょうね。やはり、見目の麗しい者を選んで……そうね、裸で行進、というのはいかがかしら? ふふ」

 ふふ、じゃないから、アリネーゼ!!

「見目のよいものじゃと? つまり魔族一の美女であられる主も、全裸で参加なさるのじゃな? これは見物じゃ。露出狂の気をお持ちのことはもちろん存じておるが、そこまでとはの」

「あら、私が参加すると言うことはウィストベル。貴女も出場なさるという事ね。それなら、よろしくてよ?」


 あの……ねえ、あの……喧嘩はダメじゃなかったんですか?

 ちょっと語尾丁寧にしてるだけですよね、皆。

 口げんかはぎりぎり許されるってことなんですか?


「そうだな。パレードは大公を除く、見目麗しい者を各領民より百名ほど選出し……着飾らせて行うこととしてはどうか」

 よかった。プートはマトモだ!

 だよね、だよね。当然全裸行進なんてなしだよね。

「行進地は大公城を順に巡り、最後に魔王城へ到達するということでよかろう。反対がなければ、これで決定としたいがいかがか?」

 え?

 そんなに長い距離歩くの?

 全領地って、それはつまり世界中に等しいよね?

 もしかして、百日間かけて各地を回るの?

 参加者は大変だな。


「特に異論はないね」

 サーリスヴォルフが答えただけで、後はだんまりだ。

 まあ、俺も含めてそれが肯定の意味なんだろうけど。


「ちょっと待て。話を進める前に」

 ベイルフォウスが軽く手をあげる。

「今回の会議の主催者がプートなのは納得した。だが、大祭主までそうと決まった訳ではなかろう」

 おとなしく黙っていると思ったら、そんなこと考えてたのか、ベイルフォウス。


 大祭主とは、祭りを執り行う中心人物のことだ。俺はもっと小さな祭りの祭主さえ、やったことがない。だが、大演習でも面倒なんだから、百日も及ぶ大祭の運営なんて、絶対に面倒くさいに決まっている。

 なのにそれをやりたいのか、ベイルフォウス。

 ……まあ、みんなどうせ、細かいことは配下にまかせて、手を抜くんだろうけどな……適度に。


「ベイルフォウスが大祭主を望んでいるようだが、他はどうか? 他薦でもよいが?」

「そうねぇ。私は辞退いたしますわ」

 アリネーゼはやる気なし。

「大祭主など、誰がやろうとかまわぬ。面倒な話は当人同士、後で決着をつけてもらえぬか?」

 ウィストベルは不機嫌だ。しかしせっかくだから、その案にはのろう。

「俺もウィストベルに賛成だ。内容を決めてから祭主を決定するのでもいいんじゃないかと思うが」

 痔にはなりたくないし、何より一刻も早く、自分の城に帰りたいもんね!

 内容だけさくっと決めてしまいたいよね!


「いいぜ。会議の後でも」

「私もかまわぬ。むしろ、願ったりだ」

 会議終わったら殴り合いが始まるんですね!

 俺が帰った後にしてね。お願いだから。


「では議題を続けましょう。次の提案としては、いい機会だから美男美女を決め直したいわね。前回からまだ千年たってはいないけど、顔ぶれも随分変わったことだし」

 アリネーゼが大公の顔を見渡した。その視線はウィストベルの上で止まる。

「まあ、デーモン族がデヴィル族を上回ることはないと思うけど」

 ウィストベルをあおるのやめてください! ただでさえ、女王様は不機嫌だというのに!!

「ふん。数で勝っているだけのことを鼻にかけねばならぬとは、よほど他に自信のないもののすることであろうな」

 アリネーゼのこめかみがぴくりと動く。


 ねえ、結局いつもの会議とどこが違うんですか!?


 そんなこんなで、俺一人がハラハラ見守る中で、大祭の行事は次々と決定していった。


 まずはパレード。これは初日にプートの<竜の生まれし窖城>から始まって大公城を序列順に巡り、最後に魔王城で終わる。参加者は魔王領を含めた各領地より、見目のいい者を百人ずつ選出する。期間は百日。

 同じく、ほぼ常時開催されるのが、各大公城を開放しての舞踏会だ。場は提供するから、勝手に騒げというわけだ。終わった後の始末が大変だろうな……。

 それからあちこちで開かれるのは、大音楽会。とはいえ、音楽をやりたいものが、勝手に騒ぎ立ててもよいというだけのことだ。たぶん途中で殴り合いとか別の戦いが始まると思う。

 もう一つ、ほぼ全日程を通して開催されるのは、竜の飛ぶ速さを競う競竜だ。各大公領で予選が行われ、後半に魔王城での決勝がある。

 最初の十日間に魔王領で開催されるのが、爵位争奪戦。魔王城の前地に簡易の客席が設置され、公爵以下による爵位の挑戦が行われる。たぶん、混戦になって訳のわからないことになる。そして、十日で終わるはずがない。

 そして、中日に行われるのはアリネーゼから提案のあった、美男美女コンテストだ。成人している全魔族が対象だが、特に何をするというわけでもなく、投票だけが数日にわたって行われるということだ。一応、最終日近くに五十位までの結果発表があり、上位十名にはそれなりの報奨がでるらしい。ついでに、一位になると、もっとなんやかんや色々あるらしい。まあ、俺にはあんまり関係ない。

 終盤に予定されたのは、恩賞会。この大祭の総轄というか……まあ、大祭に関係ない件も含めて、功績が表彰され、褒美が与えられる。

 そんなものか。


 ついでにボツになった案もちらっと挙げておくと、まず、人間の大虐殺。前魔王は喜んだらしいので、祭りの際にはよく行われたそうだ。ルデルフォウス陛下は好まれないだろうということで、却下となった。

 竜の対戦なんて意見もでた。俺は真っ先に反対した。数十頭を抱える上位の者にはなんでもない話かもしれないが、下位にとって竜は簡単に飼えるものではない。貴重な存在だ。その絶対数を減らすような、バカなことはできない。

 大酒のみ大会。そんな大会をしても、酒に強い魔族が多いので意味がないと誰も賛成しなかった。そうでなくとも、消費量がハンパないだろうし。

 芝居。音楽会で芝居も兼ねたようなものも上映されるだろうし、そもそも脳筋が長い間じっと座っていられるわけがない、ということで流れた。

 そして、俺の提案した武具の品評会。何が楽しいのか全くわからない上意味もない、という全員一致の意見で、歯牙にもかけられなかった……。泣きたくなった。


 とまあ、全体的にはこんな感じだ。あとは細々した催しなんかが、各自や各領地で行われるだろう。

 なにせ百日だ。百日にも及ぶ大祭だ。

 なんかもう、考えるだけで疲れる。


 いや、魔王様の在位を祝う気持ちは強いよ!!

 それはもちろん、盛大に祝いたいよ!!

 少人数で内々にならね!

 でも考えてもみて欲しい。

 魔族全体の大祭だ。

 つまり、脳筋が百日間、大騒ぎするんだぞ!

 一緒にバカ騒ぎできたら楽しいんだろうが……。

 今の俺には、どっと疲れる未来しか予測できない。


「あらかた提案も出尽くしたように思うが、いかがか?」

 議長であるプートが、会議の終了をにおわせる。

「考えていたんだが」

 そこへ、いやに挑戦的な目つきで皆を見回したのは、ベイルフォウスだ。

「爵位争奪戦とは別の戦いを、もう一つ提案したい。下位の者ばかり頑張らせては、不公平だからな」

 嫌な予感しかしない。なにを提案するつもりだ、なにを。

「と、いうと?」

 サーリスヴォルフが促すと、ベイルフォウスは嗜虐的な笑みを浮かべた。


「つまり、大公位争奪戦だ」

 は?

「下位からの挑戦を受ける、ということね」

 アリネーゼが冷静に応じる。

「いいや、それだけじゃない。せっかくの大祭だ。俺たちも戦って、この機会に全員の順位をはっきりさせようじゃないか」

 はあ?

 なに言ってんの、なに言ってんの、こいつ!


「ジャーイルとデイセントローズも、後から入ったというだけで、下位の序列に置かれているのは不満だろう? 正当な評価を得たいよな?」

「俺は別に、今のままで全く、一つも、不満はないが!」

 むしろ、このままそっとしておいて欲しいんですけど!?

「ジャーイル大公は謙虚な性格でいらっしゃる。私などは今の話を聞いて、もうすでに心が浮き立っておりますが」

 デイセントローズ……!

「まあ……悪い提案ではないの」

 ウィストベルまで! しかもなに、こっちを意味ありげに見てくるの、やめてくれませんか?


「俺の意見に、反対なら挙手を」

 ちょ……俺以外、誰も手をあげないとか、どういうことなの!?

 ニヤニヤ笑いで見てくるの、やめてくれませんかね、ベイルフォウス君!!

「愉しみですな」

「愉しみね」

「愉しみだねぇ」

 自分の地位が上がると信じて疑わないのか?

 下がるとは考えないから、こうして賛成するのか?

 そうなんだろうな。

 くそ、この脳筋どもめ!!


「全員の地位をはっきりさせたいというのだから……全員が、全員と戦うことでよいか?」

「いいだろう」

 ちょ……は?

 全員と?

 当然、ウィストベルとも、ってことだよな?


「ちょっと待て。もちろん、命をとるところまではいかないよな!?」

 大事なことだ。確認しておかないと!

 だって、ウィストベルの本気なんて、それこそみんな瞬殺されるよ?

 まあ女王様が本気を出すことなんて――ないだろうが。


「瀕死の重傷までいった段階で、他の大公が止めにはいることにしよう」

 物騒ですね!

 相変わらず、物騒ですね!

 くそ、この脳筋ども!!


「では、賛成多数により、ベイルフォウスより意見のあった《大公位争奪戦》を決定行事に加える」

 なんだってこんな事に!

「この結果を陛下に奏上し、裁可をいただくこととする。期間は特に問題なき場合は、今より五十日の後。それまでに大祭運営委員会を設立し、詳細を決定する。委員会には各領より委員を五名選出して役目にあたらせること。初回と、委員より要望のあった場合は、必ず大祭主も参加すること。異論・異議、提案がなければ、これで閉会としたいが」

「異議なし」

 サーリスヴォルフの返答を受け、プートが頷く。

「他に異もないようだ。では、これにて<大公会議>を閉会する」


 プートの宣言で、<大公会議>は平穏無事に――俺の心中を除き――終了したのだった。


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