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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
37/176

34.僕だって、あんまり高圧的なのはどうかと思うんです

「うぎゃあああああ! ひいいいいいいいい! しぬううううううう!!!」


 う る さ い。


 オジサンが、ものすごくうるさい。


 ここは竜の背の上、つまり、彼らの町へ向かう空の途中だ。

 俺と家僕のイースに分かれて、四人の人間たちを半分ずつ竜に乗せて運んでいる。

 こちらに同乗しているのはガストンとマリーナ、イースの方にイーディスとミナだ。

 が、イーディスとガストンは逆にするべきだった、と、後悔している。あまりのオジサンのうるささに。


「ひいいいいいいいいああああああああああ」

 竜の背は広い。本当なら、四人一度に乗っても支障ないほどだし、風は俺がすべて遮断しているから、飛ばされて落ちる心配なぞもない。

 飛行だって、氷の上を滑るように丁寧だ。


 なのに、このオジサンは竜が両翼を羽ばたかせたその瞬間から、竜の背に敷いた絨毯にしがみつき、こうして耳をつんざく悲鳴を張り上げているのだ。

 同じく同乗しているマリーナの方も、顔はやや青ざめているが、口はきりりと結ばれていて、視線はまっすぐ前を向いている。彼女の方が、よほど肝が据わっていると言わざるを得ない。


 付け加えると、寒い訳でもないと思う。

 行きが着の身着のままだったために、上空の寒さは堪えたらしい。また竜に乗るのなら、上着を貸してほしいと頼まれたために、四人には厚手のコートを与えてあるからだ。

 ちなみに魔族は寒さなど感じない。もっとも、外出着の上に羽織っているマントは、やや厚めではあるが。


「おい、ガストン。二つから選べ。今すぐ口を閉じるか、吊されるかだ」

「はっ」

 ベイルフォウスによって竜の腹にくくられ、運ばれるという経験をしたガストンは、そのときの恐怖を思い出したのだろう。それきり口をつぐんだ。

 ようやく静寂が訪れる。


 俺は少し遅れて続く、イースを振り返った。

 どうやらあちらでは、意外にもイースと二人の娘が和気藹々と、会話を楽しんでいるようだ。

 会話の内容までは聞こえてこないが、それでも三人がひっきりなしに口を開いているのが見える。

 イースを供に選んだのは、万が一俺が何をしているのかを知っても、反逆はしないだろうと思ったからだ。まあそれより何より、タイミングよく前を通りがかった、というのが一番の原因だが。


 それにしても、イースを間近で見たときの四人の人間たちの反応は、とても興味深いものだった。彼らは全員、恐怖の色濃い悲鳴をあげたのだ。

 聞けば、四人は俺の城でデヴィル族を見るたびに、怯えだしたのだという。

 容姿に共通点の多いデーモン族より、魔力を持たず感じられもしない人間たちには、デヴィル族の方が恐ろしく映るのだろうか。イースなんか、威圧感もないし、雰囲気なんてどこかほんわかしてさえいるというのに。

 なによりイースは猿面だ。人間たちは野生の猿のことを可愛いともてはやす、と聞いていたのだが。

 それともあれか? 首に生えたエリマキトカゲのエリが威嚇的に見えて怖いのか?

 ズボンの裾から見える足は、小さな爪がちょこんと見えて、可愛いんだけどなぁ。


 それはともかくとして、俺は少し皺のよった四枚のノートを取り出す。

 元の術式を理解さえできれば、それに対応する術を考え出すのはそう難しいことではない。

 町につくまでには、なんとか考えもまとまるだろう。このオジサンが、以後もこうして大人しくしていれば、な。

 ただ、術式の図式を考え出せたところで、実は問題がある。

 何かといえば、今の俺にその術式が展開できるのか、ということだ。なにせ百式……それも、こんな複雑で町を覆うほど巨大な術を展開するには、膨大な魔力が必要となってくる。今の俺に、そんな魔力は……。


 せめて、ジブライールに残ってもらっておくんだったか。ジブライールほどの公爵なら、百式ぐらい……うん、この規模は無理かな。

 もし可能なら、小規模な術式で一部ずつ解いてみるのもありかな。

 いや、待てよ。


「おい、ガストン」

「は、はひ!」

 ガストンは、俺の言葉に反射的に返事をして、それからばっと口を押さえる。

「確か宝具屋だと言っていたな?」

 オジサンは手で口を塞いだまま、ぶんぶんと首を縦に振った。

 いや、俺が話しかけたんだから、別に返事したって怒らないよ。

「例えば、の、話だが……魔力を増幅するような道具を扱っていたりしないか?」

 人間の道具に頼るのは癪だが、何度も足を運ぶ面倒を思うと、な。


 ガストンは少し考えるように視線を巡らせ――こいつ、また性懲りもなく、いらん画策をしたりはしないだろうな――頷いた。

「手を離せ。しゃべっていいぞ」

 許可すると、口を覆っていたごつい手を離し、ほうっと息をつく。


「で、あるんだな?」

「ございます。何点か、ございますが……」

 よし。人間の造ったものといって、侮れないのは鏡を見ても明白だ。百式が展開できるほどに、魔力の底上げが見込める宝具だって、あるかもしれない。

「ガストン」

「は、はい」

「なんだっけ? 俺に全財産を差し出す覚悟、と言っていたよな?」

「は、はい。それはもう……!」

 俺はガストンに慈悲深い笑みを向け――。

「ひい」

 ……とにかく、満足げに頷いてみせたのだった。


 ***


「さて、ではその魔力増幅に役立つという、宝具を出してもらおうか」

「は、はい、すぐさま!」

 鋭い返事を残し、オジサンは店の奥に消えた。


 ここはガストンの店だ。

 五メートル四方の店内には、様々な宝具が種類別に整然と並べられてある。

 ただ……うん。すべて氷漬けだけども。

「さ……さむ……」

 マリーナの表情は、引き続き真っ青だ。

 吐く息も白く、手はかじかんで頭のてっぺんから足のつま先まで、ガタガタと震えている。


「人間というのは……ほんとに寒さに弱いんだな」

 厚手のコートごときでは、自然には永久に溶けないだろうと思われる氷の上にあっては、防寒の意味をなさないらしい。

 俺は自分のマントをぬぐと、マリーナの肩にかけてやった。


「イーディスたちのところに行くといい。ここよりはずいぶんましだろ」

 イースには氷結を免れたという、女たちの残っているだろう建物に向かわせた。

 マリーナはたまたまこちらに乗っていたから連れてきただけだ。ここに留まっている必要は、全くない。

「あ、ありがとう……ございます……」

 マントのせいで少しは暖かく感じるのか、頬に血色が戻っている。

 そうして彼女は、氷の床に時々足を取られそうになりながらも、ガストンの店を出ていった。


 それにしてもガストンの奴、遅いな。

 少し様子を見にいってみるか。

 俺は客ではないんだ。何もこんな店先で、ずっと待っていなければいけないということはないだろう。


 オジサンの姿を求めて奥へ続く扉をくぐると、左右にまっすぐな長い廊下が伸びていた。

 通路の両側にはいくつかの扉が並んでおり、右廊下の突き当たりに、太った影が見える。

「ガストン?」

 影は一番奥の扉に手をかけたまま、膝から崩れ落ちて動かない。


「おい、どうした?」

 その肩に触れてみると、冷たかった。かつ、皮膚は青紫だ。

 どうやら凍死しかけているようだ。

 人間って、ほんとに弱いな。

 俺はため息をつきながら、ガストンの手を凍ったドアノブから引きはがし――ちょっと……いや、だいぶ? 皮がめくれたかもしれない――、その太った体を肩にかつぎあげた。


 ***


「いたいいいいいい」

 オジサンがそう叫びつつ目を覚ましたのは、店の在庫のおかれた倉庫で、俺が手鏡の説明書を自力で見つけだし、魔力増幅に役立ちそうな道具をいくつか選び終えた時だった。

「あああああ、手が、手がああああああ」

 ガストンは床から起きあがると、目の端からさめざめと涙を流し、皮のめくれた右手を抱え込むように上半身を曲げている。


 なんて大げさな男なんだ!

 俺なんて魔王様になんど頭を割られても、泣いたことなど一度もないというのに!

 ジブライールにアソコを蹴られたときは…………正直に告白しよう。

 ちょっと目尻は濡れていた。でも、さすがにそれは大目に見てほしい。


「おい、ガストン。必要なものはもらった。俺は行くから、お前はここで寝ているなり、ついてくるなり、好きにしろ」

 声をかけたが、自分の手に夢中なオジサンが気づいた様子はない。

 この調子なら、たぶんこの倉庫の氷が解かれていることにも、気づいていないんだろうな。


 俺は試しにごく小規模な解氷の術式を、展開してみたのだ。

 ベイルフォウスの術式にきっちり対応するものではなかったからか、氷漬けだった物のいくらかは、氷と共に蒸発してしまった。まあ、全財産を差し出すといってたんだし、文句はないだろう。


 俺は泣き濡れるオジサンをその場に置いて、イースが向かった建物に竜を飛ばした。

 そこはイーディスの店の前の、四階建ての建物だとか。

 ガストンの店を目指すときに、一カ所だけ不自然に氷の支配を逃れた建物を見たので、そこなのだろう。

 そもそも、遠目からでも上空にイースの竜が旋回しているので、すぐにわかる。

 というのも、この狭い町では、竜が着地する場所がないのだ。俺の場合はガストンとマリーナを抱えて、飛び降りたのだが、たぶんイースも同じだろう。

 ガストンは叫び、マリーナは一瞬気を失ったようだったが、さて、イーディスとミナはどうだったろうか。


 しかし、見事だな。ベイルフォウス。

 町一面が日の光さえ拒絶する分厚い氷に覆われて、静寂に包まれているというのに、よくもまあ、この建物一棟だけをきれいに残したものだ。


 イーディスの店の前の道には、大きなひとかたまりの氷があった。

 人間の男たちが、まとめて凍り付いているのだ。

 その体つきや服装で、戦士と魔術師の別は一目瞭然だ。魔術師の先頭で、杖をやや振り上げている男……あれがマーミルを打ち負かそうとした奴か。今は魔力は見えないが……うん、見るからに弱そう。


 竜の背から町の様子を一通り眺めてから、目的の建物の屋根に跳び降りる。

 そして四階の窓から、室内に入り込んだ。

「おっと……」

 あんまり静かなので誰もいないのかと思ったら、そこには生き残ったという人間の女性たちの姿があった。それも……。


「私の話は以上です。では、慎むように」

 彼女たちを前に、両手を腰に胸を張り、どこか居丈高に振る舞うイースがいた。


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