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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
32/176

29.人間たちに慈悲を垂れるのは

 我々から一定の距離をとりつつ、輪を形成している人間たちは、みな筋骨たくましい男ばかり。数にして三十ほどだろうか。

 その男たちが一人残らず何かしらの武具を手に携え、我々に向かって構えている。


「俺は女に囲まれるのは種族問わず好きだが、ムサイ男が並ぶ真ん中に置かれるのはごめんだ。だが、よほどお前ら人間というのは、俺にかまって欲しいらしい。また灼熱の炎で骨も残らんほど、焼いて欲しいのか?」

 うんざり気味のベイルフォウス大公が、舌打ち混じりにそうおっしゃっただけで、数人が恐怖に埋没したようだ。


「また……だと? まさか、樹海で傭兵団を壊滅させたのは……」 

 三十人を率いているのは、さきほど建物の中で私に無礼な口を利いてきた男のようだった。

 さっきは悲鳴をあげて逃げ去ったくせに、なぜわざわざ斧を持って向かってくるのか。彼らの自虐趣味の深さと言ったら、全く理解が及ばない。それとも、武器を持つことで我々に対抗できると自惚れてしまうのだろうか。

 そんな人間たちを相手に、ベイルフォウス大公がこの地を焦土にと望まれるのなら、魔族の一員として反対する理由はなにもない。魔族としてなら、だ。

 ジャーイル大公閣下の副司令官としては、黙ってこの状況を見過ごす訳にはいかなかった。


 なぜといって、我が大公閣下は人間にお優しい。この町を滅ぼして帰ったとお伝えしたら、気分を害されるに違いない。閣下のご意向は、人間に手出しはしない、なのだから。


「ベイルフォウス閣下、ここはこのジブライールにお任せ願えませんか? この地は我が大公閣下の領内でありますし」

 勇気を振り絞り、進言してみる。

「そんなの、俺が手を出したからって、ジャーイルは怒りはせんだろう」

 確かに、もしここでベイルフォウス大公が人間を殲滅なさっても、ジャーイル閣下は「ベイルフォウスのすることだから」とおっしゃるだけかもしれない。

 けれど。


「ですが、我らが領内の件でベイルフォウス閣下のお手を煩わせたとあっては、私の立つ瀬がございません」

 重ねていうが、私だって人間の運命などはどうでもよいのだ。それでも私はこうして食い下がる。

 なぜならば、町がなくなってしまえばジャーイル閣下は再び調査のためと、この地に足をお運びになられるだろうからだ。


 ただでさえ高位魔族にあらぬ生真面目さでご多忙な閣下のこと。人間のためにその貴重なお時間を割かれるなど、もったいないではすまないではないか。

 いや、でも、その時はもちろん、私も前回のようにお供ができるわけで……つまり、また薄い壁を隔てたすぐ向こうに閣下が……でも、焦土になってしまえば、建物もなにも無いわけで、そうなるとどこで寝食を…………いや、違う、そうじゃないでしょ、そうじゃないでしょう、ジブライール!!


「そんなこと気にするな。俺が好きでやるんだ」

 私の提案は、聞き入れられそうにない。ベイルフォウス大公は、どうしてもご自分で人間の相手をされるようだ。

「ですが……」

「そんなに心配なら、ジャーイルにはジブライールが対処したと言っておいてやるさ。それで体面は守られるだろ?」

 駄目だ。私の言葉などには、耳を貸そうともなさらない。


「ベイルフォウス様、ベイルフォウス様」

 私が諦めかけたその時、マーミル姫が大公の裾を数回、引っ張られた。

「なんだ?」

「私、人間の焼ける臭いなんて、かぎたくありませんわ! うえーってなるのは間違いありませんもの!」

 目尻をつり上げて抗議なさる。

 驚いたことに、それだけでベイルフォウス大公の表情から嗜虐性が薄まり、柔和な笑みがそれに取って代わった。


「そうか、それもそうだな」

 この大公閣下は、マーミル姫にはとことん甘いようだ。姫が一言いっただけで、あっけなく考えを翻されたのだから。聞こえてくる噂は、真実なのだろうか。


「今だっ!」

 私たちの注意が自分たちから逸れ、緊迫感が薄れたと判断したのだろう。

 人間の集団の最前列にいた筋骨たくましい男が、叫びつつ斧を持った手をあげる。

 その瞬間、前に建つ四階建ての建物の窓が一斉に開いて、隙間なく並んだ女たちが耳障りな言葉をぶつぶつ呟きながら、丸い手鏡を窓枠から差し出してきた。


 日の光りが鏡面にはじかれ、光線となって我々三人を襲う。

 ちくり、としたのは眩しさを感じて閉じた目だっただろうか?


「何だ、女だってたくさんいるじゃないか」

 こんな状況でもそれですか、ベイルフォウス大公!


 赤毛の大公閣下は相手がデヴィル族でも理解不能なのに、人間にまで食指が動くらしい。なぜこの方とジャーイル閣下が親友でいられるのか、私は本気で不思議に思うことがある。

 我が閣下はあんなにも、清廉潔白で高潔なお方なのに……!

 しかし、誰しも正反対の相手に惹かれるものだ、ともいうし。

 と、いうことは、私もジャーイル閣下の正反対の性格になれば……。

 でも、正反対って? まさか、ベイルフォウス閣下のようになるわけにはいかないし。


「ジブライール!」

「あ、はい!」

「聞いたか、今の言葉?」

「と、申されますと?」

 考えに没頭しすぎて、会話を聞き漏らしてしまったようだ。

 しかし、「聞いたか?」ということは、少なくとも私はうっかり大公を無視するという失態を犯したわけではないらしい。


「おい。そんなにジャーイルのことばっかり考えてたら、日常生活に支障がでないか?」

 えっ!!

「な、なななな、なな何をっ……」

「慌てると、かえって認めてるみたいですわよ、ジブライール公爵」

 マーミル姫の冷静なつっこみに、私は黙りこくるしかなかった。


「公爵、この方たちはこうおっしゃったのですわ『鏡によって、おまえたちの魔力は封じた』と。確かに……私、いつもほどの術式が展開できませんわ」

 そう言って、マーミル姫がずいぶん可愛らしい五式を展開された。発動と同時に、姫の手の平大の雪の結晶があたりに降りしきる。


 人間たちにざわめきが広がった。

 我らにとっては初期に習得する、子供だましの魔術だが、人間たちにとっては五式でも十分脅威に映るらしい。


「まさか……魔力を吸い取る鏡だったんじゃないのか!? なぜ、魔術を使えるんだ!」

「おい、ガストン! どうなっている!?」

「そんな……バカな……」

 男たちの言葉責めに、屋敷の四階から女に混じって鏡を突き出していた男が、ふるえる声でつぶやいた。

 どうやら鏡を用意したのは、その腹の出た男らしい。


「いや、俺も使ったことがあるが、魔物には効いた! 確かに効いたんだ!」

 筋肉隆々の角刈り男が叫ぶ。

 全く、人間というのは本当に騒がしいものだ。


「という訳らしい。ジブライール、お前は?」

「私は……そうですね、多少、何かが削られた気はしますが……」

 そう言われれば、魔力の感覚が少しおかしい。わずかな抵抗というか、もどかしさを感じる。

「俺は感じんなぁ……だが」

 頭を掻きながらどうでもよさげに言ったベイルフォウス閣下は一転、殺気だった瞳を人間たちに向けられた。


「マーミルに実害があると知っては、対処せんわけにもいくまい。だが人間ども、珍しくも慈悲を垂れてやろう。今すぐ己の所行を悔い改めるなら、許さんでもない」

 男たちが、じりじりと遠ざかっていく。私たちを囲む輪はいつの間にか大きく広がりをみせていた。


「許して欲しくば、そうだな……女を十人ほど差し出す、というのはどうだ? 別に年齢も容姿も問わんぞ。それぞれにそれなりの愉しみ方というものがあるからな」

「私をダシにつかって、結局はそれですの!?」

 マーミル姫が嫌悪に満ちた表情を、ベイルフォウス大公に向けられる。

 私も心の中で、そっと姫に同意した。


「お前の魔力を戻した上で、とは言うまでもないだろ。別にダシに使ったわけじゃない」

 十分使ってると思います、ベイルフォウス閣下。


「自分のことは自分で対処しますわ! 手出しは結構よ」

「おお、勇ましいな。ならジブライール。俺たちは傍観を決めこむか」

 ベイルフォウス大公は腕を組むと、店の扉にもたれられた。

「は」

 相手はたかが筋肉頼みの人間。マーミル姫は今でも五式なら発動できるようだし、その程度なら町も壊滅せずにすむだろう。お灸をすえるだけで終われて、かえって結果よしかもしれない。

 とはいえ、何かあればすぐ動けるようにはしておこう。


「我ら人間も、ずいぶんなめられたもんだな」

 やけに冷静な声が、男たちの後方からあがった。

 武器を手に、筋肉ばかりを誇っていた人間たちの後ろから、ローブを着込み、手に杖を握った数人が進み出てくる。

「おお、魔術師たち!」

 筋肉男たちが喜びの声をあげた。


「よかろう、魔術勝負といこうじゃないか」

 そうして中央に立つその白髪の魔術師は、勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「あら、ずいぶん自信過剰な方ですわね。ええ、相手をしてさしあげてもよろしくてよ」

 マーミル姫も負けじと鼻を鳴らされる。


 だが、今にも姫とその魔術師たちの間で、魔術の応酬が始まろうとしたその時。


「あーやめた。茶番につきあうのもここまでだ」

 ベイルフォウス大公は突如としてそう宣言されると、天空に町をも覆う規模の百式を展開されたのだ。

 しかしその巨大さと早さ故に、発動はおろか、展開されたことに気づいた者もすらいないだろう。この私ですらほとんど一瞬しか、認識できなかったのだから。


 そして、彼らは自分たちの身に起こった変化をさえ、知ることはできなかったろう。なにせ一瞬の後には、町の全てが凍り付いていたのだから。

 建物も、人間も、木も、虫も、大地さえ。町に存在するものは全て。

 例外は私たち魔族と、前の建物で悲鳴をあげている人間の女たちだけだった。


「ちょっとベイルフォウス様! なんで邪魔なさるの!」

 マーミル姫はベイルフォウス大公の壮大な魔術に驚くどころか、自分の活躍を奪われてご立腹だ。

「なんでって、そりゃあ未熟な魔術合戦なんかを、日が暮れるまで見ているのはごめんだからに決まってる」

「なんですって!」


 ベイルフォウス大公は、髪を逆立てんばかりの姫の頭を、なだめるようにぽんぽんと叩くと、地を軽々と蹴って、女たちのいる建物の四階へと跳躍されたのだった。


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