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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
30/176

27.この違和感を、僕はいったいどうすればいいのでしょうか?

 ちょっと待ってくれ。

 なんだって、こんなことになってるんだ。


「ジブライール公爵が、<魔犬群れなす城>での成人式典に参加のおり、旦那様の寵愛を得た、さらに旦那様はこれを一度きりの関係で終わらせるつもりはなく、彼女を寵姫として迎え入れるらしい、という噂が、領内にまことしやかに広まっているようでして」

 エンディオンの報告に、俺は頭をかかえた。


 確かに成人式典の会場で、俺とジブライールの間に噂がたっていたのは知っている。

 ウィストベルやベイルフォウス、魔王様だって誤解していたくらいだ。

 だが、だとしても……領地に帰ってまで、それが噂話として広まっているだなんて、誰も思わないじゃないか!!

 まさかとは思うが、ウォクナンはこの噂を確かめにきたわけじゃないだろうな?


 だいたい、寵姫ってなんだよ?

 俺には妻どころか恋人すらいないってのに、なんでいきなり寵姫なんだよ!

 いや、問題はそんなことじゃないんだけども。 


「違うからな! まさかエンディオンは、誤解してないよな?」

 若干の焦燥感にかられてそう訴えかけると、このところいやに優しい家令は、まるで子を見守る親のような慈悲深い目を俺に向けてきた。

「私は旦那様のおっしゃるとおりのお言葉に、信を置いております」

 その絶大な信頼がうれしいよ、エンディオン!


「ジブライールはこの噂を知ってるのか?」

「それが、旦那様。実は、公爵閣下はあの式典より帰られて以来、屋敷にこもっておいでのご様子でして。ご存じかどうか……それがまた、噂話を後押ししているふしもあるようでございます」


 え? ジブライール、引きこもってるの?

 なんで?

 確かに式から帰って以来、この城で彼女の姿を見た覚えはない。

 もしかしてあれか。

 俺の……アソコを蹴ったのを、気にしているのか?

 それともまさか、会場で倒れたのは……本当にどこか、具合が悪かったから……とか?


「まさか、病気でも?」

「詳細はわかりかねます……問い合わせますか?」

「それで噂がよけい広まることはないかな?」

「それはなんとも。気になられるようであれば、一度、出頭命令をお出しになられてはいかがでしょう? 公の場で普通に接していれば、噂もいずれ落ち着くかと」


 まあ、そりゃあそうだろうけど。

 しかし、呼び出すといってもなぁ。特に今のところ、なんの用事もない。なのにわざわざ呼びつければ、顔を見たかったからだろう、と、かえって野次馬に邪推のためのいい餌をまくことにはならないか?

 それに、今、ジブライールに会って……万が一にも挑戦されてしまったら……。


 うん、ほとぼりがさめるまで、俺からはなにもしない方がいいのかもしれない。


「この件はしばらく静観ということにしよう。少なくとも、俺の魔力が回復するまでは……。ただ、ジブライールの様子は気になるな。病気でなければ、それはそれでいいが……」

 俺が深いため息と共にそう告げると、エンディオンは同情心も露わに頷いた。

「それとなく、情報を集めてみます」

「すまないな。頼むよ」

 弱体化だけでも神経が参ってるのに、なんだってジブライールとの噂まで……。


「少々、失礼いたします」

 ふと、エンディオンが執務室の扉に目をやり、部屋を出て行った。

 長年家令をやっている上で身につけた勘の良さなのか、それとも最初から備わった能力なのかは知らないが、エンディオンは他者の気配に聡い。扉がノックされる随分前のタイミングで、誰がやってくるのかわかるらしい。

 この時もそうだったようで、家令はイースを伴って戻ってきた。


「旦那様。お嬢様が帰っていらっしゃいました!」

 イースは少し、興奮気味だ。

 ほらみろ、だから腹が減ったら帰ってくるといったんだ。ちょうど昼前じゃないか。

「報告ご苦労さま。でも、妹が出かけたとか帰ったとか、わざわざ報告してくれなくてもかまわないぞ」

 俺がそう言うと、イースは少し困ったような表情を浮かべる。


「それがその…………旦那様、とにかくお越しいただけませんでしょうか? 実は、お嬢様お一人でのご帰宅ではないのです」

「ああ、そりゃあ……アレスディアが一緒だもんな?」

「それはもちろんですが、彼女だけではなく……ベイルフォウス大公閣下や、ジブライール公爵が……それと、その他の存在が問題でして……それで、みなさまには今、離れにおいでいただいているのですが」


 え!? ベイルフォウス!?

 まさか、マーミルがベイルフォウスのところへ行ったっていうのか!?

 いや、領内を出たという報告は入ってきていないから……。


 それに、ジブライール!?

 まさかのジブライール!?

 このタイミングで、ジブライール!?

 引きこもってたんじゃなかったのか?


 俺は執務を中断して、急いでマーミルたちのいるという、離れへと足を向けたのだった。


 ***


 イースの言う離れとは、城の西側、城壁近くに立つ丸天井の小さな建物のことだった。

 こんな建物があるのも知らなかったので、当然だが見るのも初めてだ。

 この城にはどれだけ俺の知らない建築物があるんだ。もっとも、全て把握するつもりは毛頭ない。


 まず、中に入って感じたのは得体の知れない違和感だ。

 だがそれの正体を考え及ぶまでに、俺は奴の不用意な一言に凍り付いてしまった。


「よお、ジャーイル。本格的に不能になったんだって?」


 ……。


「ベ、ベベベ、ベイルフォウス! いきなりなんてこと言うの!!」

 妹が、わたわたしながらベイルフォウスに手をあげて突進し、逆に抱きあげられている。


「か……閣下……このたびは、その……本当に……私の……私のせいで……」

 ジブライールが身を縮こませ、半泣きになりながら、床と俺とを見比べてくる。

「わ……私でお役にたてるなら、どんなことでも……」


 ……。

 …………。

 ………………。


 ベ イ ル フ ォ ウ ス !!


「まさか、噂の出所はすべて貴様か、ベイルフォウス」

 俺はこのところずっと佩刀しているレイヴレイズを引き抜いた。

「あ? なんだよ、噂って」

 この野郎……とぼけやがって……。


「いいから、剣を収めろよ。お前の不能ぐらい、俺がすぐになおしてやるから。いい薬があるって、前から言ってるだろうが」

 今更こそこそ耳打ちして、それで気を使っているつもりか、ベイルフォウスめ!!

 そのつもりがあるなら、まずマーミルを下ろせ、バカめ!


「それともあれか、ジブライールに蹴られたそうだが、それで潰れたのか? だったらさっさと医療班になおしてもらえよ。でなきゃ、手遅れになるぞ」

 やっちゃっていいかな、この剣でさくっとコイツ、やっちゃっていいかな!?


「表に出ろ、ベイルフォウス」

「剣の練習なら後でいいだろ、空気よめよ」

 いや、お前に言われたくないから!!


「それに、お前の相手は後回しだ。問題はマーミルなんだからな」

 なんでそんな上から目線なんだ、ベイルフォウス!

 誰も相手をしてほしいなんて、一言もいってないんですけど!!

 むしろ、なんでこんな時にきたの、お前、って感じなんですけど!

 なんだったら、すぐさまお帰りいただいても結構ですけど?


 ……ん?

 マーミルに問題?


「ベイルフォウス様のバカバカバカーーーー! お兄さまに不用意なことは言わないって、約束したのにっ、約束したのにー!! もう二度と信じませんわ!!」

 必死で抵抗を見せる妹、ぴくりとも動じないベイルフォウス。


 イラっとしたので、ベイルフォウスから妹を奪い取ってやった。

「マーミルの何が問題だ。早く成長させろ、とか無茶なことはいうなよ。あと、大人になっても、お前には絶対にやらんから」

「お兄さま!!」

 マーミルが力いっぱい首に抱きついてくる。

「は? 俺は妹が欲しいだけだし。あ、いいことを思いついた」

 ベイルフォウスは手を打ち鳴らす。


「お前がジブライールを嫁にもらって、娘をつくったらいいんじゃないか。俺が養女としてもらってやるよ! それでどうだ?」

 は? 何言ってるの、こいつ。

 意味がわからないんだけど。なんで俺の娘をお前にやらないといけないんだよ。

 二度と口がきけなくしてやろうか? なに、今は魔力で劣ってはいるが、この剣さえあれば…………って。


 なんだ、ベイルフォウスに感じるこの微妙な違和感。

 いや、ベイルフォウス……だけじゃない。

 俺は頑としてしがみついてくるマーミルの腕を首から引き離して床におろし、その全身を目に収める。

 それからジブライール。

「そんなっ、私などが閣下の……よ……よ……よめ……」

 ジブライール? やっぱりどこか、具合でも悪いのか?


「おい、どうした。ベイルフォウス」

「どうしたって、何が?」

「何がって、お前たち……」

 魔力が減ってる。

 部屋に入るなり感じた違和感の一つはこれか。

 ベイルフォウスとジブライールはわずか……たぶん、二人は同じくらいの量だな。だがマーミルは……かなり魔力が減ってるじゃないか。

 まさか。


「おまえたち、まさか鏡でも見たのか?」

 いや、そんなわけはない。

 俺はあれを執務室から出していない。厳重に、魔術で造った岩で囲み、その上から封印を施している。その封印は、誰にも破られていない。それに、あの鏡でこの程度の減り方ってことはないだろう。


「あら、どうして知ってるんですの? まさか、お兄さま……私がかわいいあまり、後をつけて!?」

 マーミルがぴょんぴょんと飛び跳ねる。

「まさか……そうなのか? おい、どうするジブライール。お前の手柄にするつもりで珍しく氷の魔術なんて使ってみたってのに、全部知ってるらしいぞ」

「いえ、元から私の手柄になどするつもりは……」

 は?

 え?


「待て、お前たち。いったい何の話だ? だいたい、なんで三人一緒なんだ? 手柄ってなんのことだ? 氷の魔術? どこでそんなもの……それに……」

 俺は違和感のもう一つの正体を見つけた。


 部屋の隅に、ぶるぶると震える薄汚れた布切れ……いや、生き物……?

 ……。


「おい、ベイルフォウス、説明しろ」

「なにを?」

 めんどくさそうに頭を掻く親友。

「なんだってこんなところに、人間がいるんだ?」

 薄汚れた生き物の正体。


 それは腹のでっぷりと張り出した、中年の男だった。


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