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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
御前会議編
3/176

2.会議の前にうろちょろするのは、今後控えようかと思います

「いかがですか、閣下。そろそろ、出発のお時間かと思うのですが」

 正装に着替えている俺を、扉の向こうで待ちかまえているのはウォクナンだ。

 前回の御前会議の時に俺がなかなか会場に現れず、みんな大層気をもんだんだそうだ。それで今日は早朝からウォクナンに押し掛けられて、せかされている。

 確かに、前回は魔王城の外まで全員で迎えにこられたからな。


 ちなみに、迎えに来ているのはウォクナンだけじゃない。

 どうやら会議に参加する全員が、この<断末魔轟き怨嗟満つる城>の前庭でそろって待っているらしい。

 なにこの、みんなで引きこもりの子を誘って、外に遊びに連れていってあげようよ、みたいな感じ。


 たった一回、ギリギリの到着だっただけ、でこんなに締め付けられないといけないんですか?

 前回だってちゃんと間に合ったじゃないですか。

 遅刻なんて絶対にしませんよ。

 そんなに信頼してもらえてないんですか。

 だいたいあのときだって、別に俺が最後じゃなかったし……。


 最後の仕上げとして、床につきそうなほど長いマントを羽織って出ていくと、軍団副司令官の一人、リス顔のウォクナンは、目を輝かせながらこう言った。

「おお、今日もおいしそうな黄金の……いや、なんでもありません」

 まて、このリス。

 今俺の頭を見て「おいしそう」、と言ったか?

 言ったな?


「ようし、ウォクナン。お前は前を歩け。絶対後ろに立つな」

「ええ、なぜですか?」

「かじろうとするからに決まってるだろ!」

「いやだなぁ。閣下の頭に歯をたてたりなんて、しませんよ」

 よだれを垂らしながら言われても、ぜんぜん説得力ありませんから。

 お前、ほんとに今度振り向いて口開けてたら、前歯抜くからな。

 ちなみに、俺の軍団副司令官の一人であるデヴィル族のウォクナンは、顔はリスで大変可愛いのだが、隙あらば俺の頭をかじろうと狙ってくる、不逞の輩だ。

 リスなんて、力も弱いだろ?

 いやいや。首から下はゴリラですから。ゴリラマッチョですから。


「だいたい、別に全員で待ってくれなくていいんだぞ。揃って魔王城へ行くなんて、格好悪い……」

 俺がそうつぶやくと、ウォクナンが振り返って曰く。

「なにをおっしゃるのですか、大公閣下。臣下をぞろぞろ引き連れて颯爽と先頭を歩けるだなんて、ものすごく格好いいじゃないですか! それも、三十数頭の飛竜を率いて空を駆ける! 最高に気持ちいいじゃないですか!」

 リスゴリラくん。どうやら君と僕とでは、価値観が大いに異なるようだ。


 城の前庭に出るとそこにはウォクナンの言葉通り、三十数頭の竜がずらりとその巨体を並べていた。そしてその前には、竜と同じ数だけの臣下……今回の御前会議に同伴する面々が、膝をつき整然と列をつくっている。

「閣下。随員、揃ってお待ち申し上げておりました」

 ジブライールの音頭で、一斉に頭をさげられた。


 だから俺は、こういう仰々しいのは嫌いだっていってるのに。

「あ、うん。待たせてごめん」

 いや、ほんとに。

 俺をここでこうして待ってるってことは、みんなもっと早くから支度してやってきてるってことだからね。それぞれの城や屋敷から。


 やっぱり非効率だよね。

 みんな自分の城からサクッと魔王城へ直行した方がいいんじゃないのかな。ほら、待たされてみんなの機嫌も……。


 うん、あれ?

 なんでみんなそんなに上機嫌なの?

 あれなの?

 協調性ないくせに、「へいへい」言いながら列をなしていくのは好きなの?

 それとも、遠足気分なの?


 そうだ、列の最後を飛べば、少しは恥ずかしさもマシなのでは?

 ドヤ顔で先頭をきらないといけないと考えるから、背中がむず痒くなるんだよ。

「ウォクナン。よかったら、先頭を飛ぶか?」

 気持ちいいんだろ?

「なにをおっしゃるんです、大公閣下。私はもちろん、閣下のすぐ後ろに……」

 よだれをふくな、このリスめ。 


「わかった……とにかく、出発しよう」

 グダグダやってても仕方ない。

 こんなの気にしなければなんでもないさ。

 たぶん他の大公の何人かだって、こうして一行を引き連れて魔王城へやってくるのだし。それが当たり前なんだ。

 気にしてるのなんて、俺だけなんだ。そうなんだ。


 そう言い聞かせて飛竜を飛ばしたが、後ろを振り返るたびに気持ちがしぼんでいくのを止められなかった。

 ふと地上に視線をおとせば、空を見あげる子供たちが、こちらを指差しているのが目にはいる。

 よけい心に突き刺さった。

「お母さん、見てあれ。大人なのに一人でお出かけできないのかな」とか言われてるんだろうか。

 せめてもの幸いは魔王城に着いた時間帯が早かったので、他の大公と鉢合わせせずにすんだことだ。

 そこは早朝から押し掛けてくれたウォクナンに感謝しよう。


「先に魔王様に挨拶をしてくる」

 飛竜の背から臣下全員が降りるのを待つつもりはない。

 一番近くにいた副司令官、ジブライールにそう伝えて離れようとしたのだが、マントをつかまれた。

「ジブライール?」

「あ……す、すみません」

 彼女は葵色の瞳に一瞬、とまどいの色を浮かべた。どうやら、手が出たのは無意識だったようだ。

 が、咳払いを一つすると、すぐにいつもの冷静な表情に戻って、背筋をピンと張る。


「では、閣下。我らもご同行を」

「嫌だ」

 やばい。ジブライールの申し出を、つい本音ダダ漏れで反射的に断ってしまった。

 嫌だ、じゃなくて、駄目だ、だろ。せめて!


「あ、いや……会議前だぞ? ルデルフォウス陛下だって、忙しいに決まってる。そんなところへみんなで押し掛けるのはどうだろう。俺はダメだと思う。きっと迷惑だ。うん」

「閣下がそうお考えであれば……」

 ジブライールさんは怪訝な表情だ。

 本気で忙しいと思うなら、お前も行かない方がいいんじゃないのか、って思ってるんだよね。そうだよね。そりゃそうだよね。

 だが、魔王城にお邪魔するときは、それが公式行事のためであれ、非公式の訪問のためであれ、魔王陛下に挨拶をすることに決めているのだ。

 俺はこれでも、誰よりも忠実な臣下のつもりなのだから!


「じゃあ、そういうことで……」

「は。では、会議室でお待ちしております、閣下」

 俺が手を挙げると、ジブライールは両手の平を胸の前で交差して、こちらに向ける、軍隊式の敬礼で送ってくれた。

 だから、笑っちゃうから、それいらないのに。


 ***


 今日はさすがに御前会議の日なのだから、魔王様も執務室にはいないだろう。

 いるなら謁見室か……いや、今頃あの、真っ黒な衣装に着替えている最中かもしれないな。

 さすがに衣装部屋にずけずけ入っていくのは、いくらなんでもなぁ。

 俺がもはや、この城で顔パスになっているとはいえ、そこまで入り込んだら魔王様だって許してくれないだろう。

 まあ……顔パス……というか…………なぜか、気づいてもらえないんですけどね……ええ、魔王城では特になぜか……俺の存在が……よけいに薄い……。


「こんなところで何をしておるのじゃ、ジャーイル」

 長い廊下の途中でうずくまっていると、よく知った声が耳朶を叩いた。

 大公ウィストベルだ。


 表向きは七大大公の第四位、その本来の実力は魔王ルデルフォウス陛下をも凌ぐ、魔族最強の女王様だ。

 艶々とした長い白髪をなびかせた絶世の美女は、俺と同様の赤金の瞳にあふれんばかりの嗜虐性と覇気をみなぎらせている。

 このまま座っていたら、蹴られてしまうかもしれない。魔王様なら喜ぶだろうが、俺は泣いてしまう。

 そうなる前に、立ち上がって彼女を迎えよう。


「ウィストベル。陛下を探しておいでで?」

 蹴るために?


 魔王ルデルフォウス陛下がウィストベル大公に蹴られて喜ぶ性癖の持ち主だというのは内緒だ。

「いや、強いて言えば、主を探しておった」

 そう言って、ニヤリと笑う。

 正直に言おう。ウィストベルは大変に美しいが、そんな笑いを向けられると、俺はヒュンってなってしまうので、勘弁願いたい。

 たとえ視線を下にずらせば、豊かな谷間がのぞけるという、この状況でもだ。

 そう、会議だというのにウィストベルは今日もまた、肩も腕も足もがっつり露出した、かつ身体の線の出まくった裾を引きずるドレス姿なのだった。


 あと一歩でその谷間に触れそうな位置まで近づいてくると、彼女は俺の頬に手を伸ばしてきた。細い腕に何重にもつけたブレスレットが、シャラシャラと鳴る。

 ちょ……近いんですけど、ウィストベル。


「ちゃんと、デイセントローズの申し出を断ったようじゃの?」

 ああ、その件か……そういえば、ウィストベルは俺がデイセントローズの同盟を受けるのではないかと、疑っていたのだったか。

 いや、確かにはっきりどうするかとは伝えていなかったが……。

「我との同盟だけで十分じゃと、主にもようやく得心が行ったのだな? よい子じゃ」

 頬を撫でられてぞわぞわしたので、俺はウィストベルの手をそっと握って一歩下がり、それから腕を降ろした。後退したのはあれだ……そのまますっと降ろしてしまうと、触れてしまいそうだったからだ。その……柔らかいところに。


「まあ、あのラマとは今後一切、何があっても同盟は結びませんので、ご安心を」

 手を引こうとしたが、ウィストベルが放してくれない。

「本当じゃな? その言葉に、嘘偽りはないな?」

 彼女は薄く笑っているが、瞳の奥には鋭く冷たい光が宿っている。

 あと、またいつもの謎怪力のせいで、俺の手はギシギシいっている。

 痛い……。

「誓って」と、答えると、ようやく力をゆるめてくれた。


「ウィストベル、会議室に行きましょうか? ほら、他の大公たちもそろそろやってくる頃かと……」

 魔王様に会いたかったが、仕方がない。まあ陛下もいろいろ忙しいだろうしな。今日は遠慮しておくか。

「ルデルフォウスが会場に入るまでに揃っておればよいのじゃ。そう急く必要もあるまい? それとも何か、お主は我と二人でいるのは嫌だと申すのか?」

「ま……まさか、まさか……」

 正直、ちょっと怖いです。いろんな意味で。

「この間、庭を散策すると約束したであろう? 今から魔王城の庭を歩くというのはどうじゃ?」

 そういえばデイセントローズの食事会で、今度ゆっくり散歩をしようとか、約束してたんだっけ。

「いや、でも……さすがにそれは、時間が……」


 ちらちら廊下に視線を走らせる俺。

 なぜ誰も通りがからない?

 なぜいつも、この城には衛兵の姿がない?

 ちょっと警備を見直したほうがいいんじゃないのだろうか。

 いくら外部と会議室をつなぐ廊下ではないとはいえ!


「気になるなら、庭の散策は後でもよい。だが、少し小部屋で休憩する程度の時間ならあろう」

 そう言って、じりじり進み寄るウィストベル、じりじり後退する俺。


 はっ!


 背中に鋭い殺気を感じた俺は、とっさにウィストベルをかばうようにして振り向いた。

 だが、そこには金ぴかの剛剣を鞘から抜きつつある魔王、ルデルフォウス陛下の姿が……。


「貴様……我が魔王城の廊下で、何を不埒な行為に及ぼうとしておる……しかも、ウィストベルと……!」

 ちょ……。

「ちが……違いますよ、そんなわけないでしょ!?」

「私をとっさに庇おうとしたのじゃな……」

 うわお、ウィストベル!

 そんな甘い声を出しながら、ぴったりと背中にくっついてくるのはやめてください!

 当たってる、当たってるから!

 魔王様から発せられる殺気が、どんどんしゃれにならないレベルに……!

「貴様……もう我慢がならん、殺す!」


 ぎゃああああーーー!

 マーミル、お兄さまはもう二度とお前の元に帰ることができないかもしれませんーー!!


 ***


 久々に本気で頭をやられた。

 きっと頭蓋骨にヒビが入っている。

 しかし、納得がいかない……別に俺の方からウィストベルに迫ったわけではないというのに……。

 ちなみに、あの後、魔王様とウィストベルは二人でどこかに行ってしまった。たぶん、いつもの儀式を行うのだろう。

 儀式の内容? 聞いてはいけない。死にたくなければ。


「おい、どうした、ジャーイル」

 なんとか会議室にたどり着くと、派手な赤毛がニヤニヤ笑いながら近づいてくる。

 俺の親友にして魔王様の実弟――外見も性格も全く似ていないが――、デーモン族一の美青年と名高い大公ベイルフォウスだ。

「ずいぶん男前なナリじゃないか」

 こめかみの切り傷のことなら、君のお兄さんのせいです。

 手を伸ばしてきたので、触れられる前に阻む。

「ヤメロ。触るな、崩れる」

「崩れる?」

「頭蓋骨が」

「は?」

 だから、君のお兄さんがね……。


 会議室にはすでに、他の大公の随員も含め、百人ほどの姿があった。

 俺の随員はさっきも言ったとおり三十数人だが、うん……ベイルフォウス。君の同伴者はまた少ないね。一桁だね。やる気ないのがみえみえだね。


「ジブライール」

 待て、ベイルフォウス。なぜお前が俺の副司令官の名を呼ぶ。

 そして、ベイルフォウスに呼ばれて大人しくやってくる、ジブライール。

「どうかなさい……閣下、その、お怪我は……!」

「ああ、ちょっとね……大したことはない。あ、ごめん。触らないでくれないか」

 ジブライールが懐からハンカチを出して、手を伸ばしてきたのだが、それは断る。割れてるから。触られたら、崩れそうでこわいから。


「誰が……こんなことを」

 すっと葵色の瞳が細まり、ついでにぎゅっと握ったハンカチも縮まった。

 せっかくピシッとアイロンがきいてるのに、くしゃくしゃになっちゃうよ?


「いや、ちょっと転んだだけだから、心配しないでくれ」

 転んだだけで頭蓋骨は割れませんけど。

 しかし、正直に魔王様にやられた、と言ったって、ジブライールも反応に困るだろ。

「違う、ジブライール。なぜわざわざ呼んだと思ってるんだ。何もわかってないな。そんな態度は誰も求めていない」

 ベイルフォウスがため息をついた。

 いや、お前がジブライールに何かを求めるなよ!


「こういう時はこう言うんだよ……『私が傷口を舐めて治してさしあげます』ってな」

 ちょ、おま……。なんつー下品なことをいうんだ!

 ほら、真面目なジブライールが真っ赤になってるじゃないか。

「おい、ベイルフォウス! お前ほんとにいい加減にしろよ! マーミルのことといい、うちの家族や配下にいらないことを」

「そんなこと、できません!」

 ベイルフォウスの肩を押して間に入ろうとしたら、ジブライールに背中を強く押されてしまい。

「うお」

「あ?」


 あああああああ!


 ちょ……ちょ……!!!


 あああああああ!!


 ゴンッて! ベイルフォウスの頭とゴンッて!!


 ああ、俺の……俺の……頭蓋骨……が……。


「ジャ、ジャーイル閣下!?」

「おい、ジャーイル?」

 頭蓋骨が割れる音を、繊細な俺は遠くで聞いていた。


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