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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
28/176

25.妹が、なにやら浮かない顔をしています

 図書館を訪れた、翌日のことだ。


『突然、こうして二度目のお手紙をお届けいたします不敬を、お許し下さい。昨日の、閣下に対する大変無礼な態度についてもまた、深く陳謝いたします。申し訳ありませんでした。それというのも、私はもう六百年ほどこの図書館で一人引きこもり、その間に会ったお方も口を利いたお方もいないのです。ただ一度、本の整理中にうっかりと、エンディオン殿に見つかってしまったことがあるばかり。先代のヴォーグリム大公とはお会いしたことすらありません。

そんな状態ですので、どなたかと対面して、よどみない言葉を発するには、長すぎる空白が私の声を嗄らし、心を怯えさすのです。それも、大公閣下がお相手では!

ですからどうか、あの時の私の態度を、悪意をもって解釈なさらないようお願い申し上げます。私はそれはもう、あの時も申しました通り、閣下には平素よりひとかたならぬ感謝と敬愛を捧げているのでございます。

(中略)

しかし、それはそうとしても、閣下のあのなさりようも褒められたものではないと愚考いたします。冗談にしても、本を焼くだなどとおっしゃるとは、あまりにもたちが悪すぎます。そもそも、あの場で炎を出現させるなど、万が一のことがあったならと想像するだに恐ろしく……

(後略)』


 冒頭の三枚は、以上のような挨拶と言い訳じみた言葉と、俺に対する説教で埋めつくされていた。誰あろう、ミディリースからの手紙だ。

 彼女は俺の要望に対して、また新たな本を三冊、届けてくれた。それについていたのがこの十枚に及んで、細かい文字がびっしり書き綴られた手紙だ。


 喋るとあんなカタコトだったのに、この手紙の長々しさはなんだ。本当に同一人物か?

 ……うん、わかった。とりあえず、六百年の引きこもり経験が、とても大変なことだというのはよくわかった。


「本題は……」

 四枚目からだった。

 手紙には、三冊の内容の詳細な解説があった。そして何故その三冊を選んだのか、という理由。


『それは閣下が現在、魔道具の持つ効力によって、何らかの不利益を被っていらっしゃる、そしてそれを解決するための手段を、書物の中に求めていらっしゃるのではないか、ということ。なぜ、そう判断したかと申しますと、先日お会いした時の閣下のご様子が、いつもと違って』

 待て。

 いつも? いつもと違って?

 いつもって何だよ。俺と彼女は、先日が初対面……いや、まあ、そりゃあ、俺が気づいてなかっただけで、図書館に引きこもっているわけだから……え? いたの? いつも見てたの、俺のこと?


 まあいい。そこはいい。この際いい。

 とにかく、ミディリースは俺にいつもの余裕がないことに気がついたらしい。そして追加された情報から、魔力の減少までは突き止められてはいないだろうが、俺が魔道具によって被害を被っている現状に気付いたというのだ。

 見た目の印象と違って、思ったより勘が鋭くて若干焦る。

 まあ……推測に解答は示さないで済ますことにはして。

 幸いにも、というか、ミディリースは引きこもりだ。それも、六百年という年季のはいった。彼女から、他に漏れることはない……と考えても、たぶん大丈夫だろう。


『邪鏡と言う呼び方に込められた意味を、閣下がご存じないことと仮定して御説明いたします。が、これは決して閣下を侮っている訳ではなく、……

(中略)

……つまり人間たちは、彼らが作ったもので価値のある効力を発すると認めた魔道具には聖を冠し、不利益をもたらすとされるものには邪を冠するのです。邪鏡と呼ばれるからには、その鏡がもたらすものは、人間にとっても不利益であるはずだということ。しかし、そうはいえ邪鏡と呼ぶものが一転して……

(後略)』


 長いので割愛する。

 いや、ほんとに長いから。

 ミディリースは、手紙と口で語る内容を、足して二で割ればいいんじゃないのかな。


 とにかく、彼女の結論としては、こうだった。


“人間の町にでも行って、聖者と呼ばれる職業のものをさらってくるか、その場で脅すかして、魔道具の効果を無効化させるのが、一番手っ取り早い”と。

 ミディリースは人間によって造られたものは、その効力も解除の仕方も、人間ほど詳しい者はいない。よって、彼らの手を借りるのが一番確実で簡単だ、というのだ。

 届いた三冊も、魔道具で被った被害を、聖者が解いた実例が載った本ばかりだった。


 正直にいうと、俺だってその手は考えなかったわけじゃない。だが、<人間>だぞ?

 人間に祓ってもらう、ってことは、つまり人間の力に頼る、ということに他ならないわけだ。

 さすがにそれは、魔族の大公としてどうかと思うじゃないか? しかも、魔力に関することで。


 俺は、ミディリースに返事を書いた。

『本と手紙を、どうもありがとう。君にせっかくご教示いただいた提案ですが、実行には踏み切れません。心中は察していただけるかとは思います。その方法は、僕も考えないではなかったのですが、やはり最終手段にとっておきたいと思います』

 俺はその短い手紙に封を施し、図書館に届けさせた。


 魔力が減少して、今日で四日目。

 さすがに我慢の限界だ。


 実はさっき、思い切って鏡を開いてみた。もう一度姿を映してみたら、今度は魔力が返ってくる、なんて、都合のいい展開には……当然ならなかった。

 それどころか……不安が増しただけだ。開いたそこにあったのは、ただの磨かれた鏡面のみ。俺の魔力の残滓さえ、見つけられなかったのだから。

 まさか、吸われた魔力は完全に消滅し、二度と戻ってこない、とかじゃないよな? 大丈夫だよな?


 ……いや、きっと大丈夫。大丈夫だよ、根拠はないけど!

 むしろ、何もなかったことを喜ぶべきかもしれない。そう、さらに百分の一になるという可能性も皆無ではなかったのだから。


 しかし、疲れがハンパなくたまってきているのを感じる。ここ数日、ほとんど寝てないから余計だろう。

 だが、この数日で俺の変化に気付いたのは、妹、ただ一人だ。

 事情を知るエンディオン以外には、いつも通りに接しているつもりなのだが、マーミルだけが怪訝そうな顔をして、俺の表情をうかがってくる。


 もっとも、現在俺は謁見以外の理由で、ほとんど執務室から出ることはない。夜も休憩室で仮眠をとっている。通常業務以外の自由時間を、この状態を解決するための模索に費やしているのだ。

 だから妹とは一昨日、昼食の時に顔を合わせただけなんだが、それでもその一回の機会に何かを感じたらしい。

 なにせ、こうして執務室まで押しかけてきているのだから。


「お兄さま、本当にどこか、お悪いのではなくて? それとも何か、重大な問題がおありですの? もう何日も、寝室に戻ってらっしゃらないわ」

「単に仕事が忙しいだけだ。心配いらないよ。そりゃあ、お兄さまはこれでも大公だからな。仕事も心配事も、山ほどあるさ。今はとくに、筆頭侍従がいないから、よけいに忙しくてな」

 悪いが、ワイプキーのせいにしてしまおう。


「ああ……挑戦を受けて敗れた、というお話は聞いていますわ」

 妹の反応は、やや冷ややかに見える。

「だろう? それで筆頭侍従を選ぶために公募をする予定で、その準備やなんやで忙しいんだ」


 全くの嘘ではない。実際、筆頭侍従の敗北は、領内に特別の意味をもって広まっているようだ。公募前だというのに、自薦他薦を問わず、経歴書じみたものが山を成すほど送られてきている。

 最近は、謁見にもその目的でやってこようとする者も多く、俺は二重の意味で爵位を持つ者の謁見を禁止したところだった。


「次の筆頭侍従も……デーモン族がいいですわ」

 ぽつり、とマーミルがつぶやく。

 あれ? さっき冷たく感じたのは気のせいか?

 マーミルはこの城では数少ないデーモン族であるワイプキーを、気に入っていたのだろうか?

 エンディオンと違って、接点はほとんどなかったはずだが。


「あとは、独身であることが望ましいと思いますわ。間違っても、未婚の娘がいるような野心家はいけませんわ」

「気には留めておくよ」

 エミリーのことをまだ気にしているのか。

「今はそんな事情で忙しいだけだから、大丈夫。マーミルが心配するようなことは何もない。もう少しすれば新しい筆頭侍従も決まって、お兄様も通常通りの生活に戻れる予定だ」

「でも、お顔の色が冴えませんわ……」

 顔色、だよな? あくまで冴えないのは顔色だけだよな?


「マーミル様。お兄さまはご多忙ながら、至ってお元気なご様子。でも、お嬢様がいつまでもこちらでお邪魔なさっては、かえってお仕事に支障がでて、終わるものも終わらなくなってしまいますよ。さあ、いい子ですから、アレスディアとお部屋に戻りましょう?」

 相変わらず、アレスディアは気が利く。

 しかし、今日は珍しく双子は一緒じゃないのか。執務室にやってくるので、遠慮したのだろうか。


「アレスディアの言うとおり、俺は元気そのものだ」

「嘘……とてもそんな風には見えませんわ。ちゃんと休んでらっしゃらないのじゃなくて?」

 鋭いな、意外に。

「まさか、お兄さま……どこか、お体に不調なところでもあって……不安で夜も眠れない、とか……」

 待て。今、なぜ視線をさげた。お前の言う不調な箇所ってどこだ。

 足下をみている……んだよ……な? 俯いただけだよな?


「体調なんてどこも悪くない。むしろ、絶好調だ」

 ああ、そうとも! 悪くなんてない、ちょっと眠たいだけだ!

「本当に? でも、なんだか嫌な予感がしますの」

 おい、嫌な予感ってなんだ。そして、なぜ視線は微妙に下がったままなんだ。


 俺は心中の不安を隠しつつ、妹の目線にあわせてしゃがみこみ、その柔らかい頬を撫でた。

「大丈夫だ。お兄さまを信頼しろ。確かに、現状、心配事に悩まされている。が、数日のうちには解決する。それまで、お前の心を悩ますようなことは、何一つ起きないと約束しよう」

 妹は俺の手に二回り以上小さな手を重ね、渋々といった感じで頷いた。

「わかりましたわ、お兄さま」

 まだ納得しかねるといった表情で、けれど妹は侍女と共に執務室を出て行った。


 まさか、マーミルがあれほど食いついてくるとは。

 俺のことに関しては、勘がいいというか……さすがは兄妹というべきか。

 ……ちょっとした勘違いがあるようだが。


 ***


 私はだまされませんわ、お兄さま!!

 だって、本当に、お兄さまが寝室でお眠りにならないなんて、異常事態ですもの!


 私たち魔族にとって、あまり意味のないものは多いのです。

 毒は効きませんし、気温の変化で気分は変わっても、体調に影響を受けることはありません。そして、もちろん睡眠というのも、ほとんど無意味なものの一つです。


 実をいうと、子どもの私ですら数日起きていたところで、ほとんど全く、疲労や体調に影響はないのです。

 寝室にいても、眠るか眠らないかはまた別問題……だからそう、ベイルフォウスのように、一晩中いかがわしいことをしていても、何の問題も支障もないのです。


 ただ、寿命などほとんどないと言っていい魔族にとっては、やはり何かで気分を変える必要があります。お手軽にできる気分転換……それを実現するのが睡眠なのです。


 でも、お兄さまは違う。

 お兄さまだけは違うのです。

 誰に何を言われたのだか、それとも人間の書いた本などを熱心に読むあまり、そう思い込んだのか……とにかく、お兄さまは睡眠で体力が回復する、疲れがとれる、と信じている節があります。そして、毎日きちんとお休みになるのです。六時間ほどがっつりと!


 それもただ眠るだけじゃありません。ぐっすりです! 私が寝顔見たさにたまに寝室へ入り込んでいても、全く気がつかないありさまなのです!

 その、お兄さまが……。寝室に戻らないで、執務室にこもりっきり?


 一大事に違いありません!!

 体調に不安があるあまり、夜も眠れず、仕事をせざるを得ない状況であるに違いありません!


 そしてそう! 私にはその不安に心当たりがあります。あのお誕生会での、ジブライール閣下による下半身への見事な攻撃……。あんなにのたうち回る……いえ、のたうち回ることさえできずにうずくまるお兄さまを見たのは、生まれて初めてなのです!


 かわいそうなお兄さま……人前に出るのも憚られるほど、夜も眠れないほど思い悩んでいるだなんて、よほど支障があったにちがいありません。

 医療棟を訪ねてもみましたが、お兄さまからは何もご相談を受けていない様子。箇所が箇所だけに、ためらう気持ちもわからないでもありません。

 最近では、図書館に通われ、本を取り寄せているとか。医療班にかかるのが恥ずかしくて、治療法を本に頼っているにちがいありません!

 本など役に立つ訳もないのに!

 お兄さまが変な習慣を覚えたり、効果のないことをやり出してしまう前に、なんとかしなければ!


 仕方ありません、ここはマーミルちゃんがお兄さまのために、一肌脱いであげましょう!

「さあ、アレスディア! ペンと紙を用意してちょうだい!」

「どなたにお手紙を?」

「決まっているでしょ。こういう時にしか役に立たない男と、お兄さまの悩みを作った張本人へよ!」

 なによ、アレスディア! その冷たい目は!?


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エミリーがんばれ 筆頭侍従になるために実力をつけるのだ 親父も草葉の陰から応援しているはず
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