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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
27/176

24.図書館に棲みついていたのは透明魔族……などではなく

 サンドリミンの視線が気になる……。


 しかし、それはいい。今はいいじゃないか。

 俺はそのことをしばし忘れることにした。とにかく魔力の件に専念だ。

 現実逃避? いいや、違う。

 俺は断じて否定する。現実とは、魔力の減少。それに対処することこそ、俺が第一にすべきこと!


 か……確認するのが怖い……からではない。ないんだ。

 大丈夫。大丈夫だよ、俺。

 だって何も異常を感じないもん。

 だからきっと、大丈夫。そうとも!


 さて、気を取り直して。


 今日も、図書館にやってきている。

 しかし図書館、とはいうものの、ここは医療棟のように全く独立した建物ではない。内部は三階の高さに匹敵するほどの、広大な空間にはなっているが、本棟に付属の一区間であることには変わりない。外部からは廊下に出る一カ所と、外のテラスにつながる一カ所。その二カ所からしか出入りできないのだとしても。


 そして今日も、というのは、実は昨日もここに足を運んでいたからだ。

 だが、司書には会えなかった……必ず出てくるようにという俺の命令は、エンディオンから伝わっているはずなのだが……。


 だが昨日、図書館に入った俺を、出迎える者はいなかった。よく利用する読書机の上に、一通の手紙が置いてあっただけだ。

 そこには綺麗な字で、用件を声に出して言ってくれればその通りにする。だから会うのは勘弁してくれ、と、まあ、そういう意味のことが丁寧で回りくどい文章で、長々と書いてあったのだ。


 さすがにそんな馬鹿な話があるかと思ったので、出てくるように珍しく偉そうに命令してみたのだが、なんの反応もなかった。

 仕方がないので、探している本の概要を伝えて帰ってきたのだが……俺の気持ちもわかっていただけるだろうか?

 だだっ広い図書館の真ん中で、一人声を張り上げて、淡々と話す虚しさを!!

 いくらその後数時間で、きっちりと俺の執務室に希望通りの本が届けられたとしても、だ!


 今日は絶対に司書を探し出してやる。

 俺は固く決意していた。

 ……こんなことをしている場合ではないのに。


「ミディリース。今日こそ出てきてもらえないか?」

 まずは、優しくいってみよう。最初から出てこいオラ、では、余計萎縮するだろう。昨日はそれで失敗したに違いない。


「君が俺の希望通り、本を探して届けてくれたことには感謝する。だが、やはり顔を見てでなければ、伝えきれないことがあると思うんだ。実際、こんな風に姿も見せない相手では、もう少し詳しい事情を話して協力を仰ぎたいと思っていても、そうする訳にはいかない。なぜかはわかるだろう?」

 少し、待ってみる。でもやはり返事はない。

 仕方ない、今日もこのまま独り言を……。


 ふ。ふふふ。

 な・ど・と。

 あきらめるとでも思うか?

 俺のこの赤金の双眸は、魔力を視ることができるんだぞ?

 いかに相手がこの広い中をうまく隠れおおせているとはいっても、俺が本気で探せば、探し出せないことなど……。

 ことなど……。


 ……。

 …………。

 ………………。


 完敗だ。

 見つからない……。

 隅から隅まで、かけずり回って気配を探ろうとしたが、本の他には何も見つけられなかった!

 ほんとに存在するのか? そのミディリースとやら……。

 いや、もしかしてずっと図書館にいる訳ではないのかもしれない。

 いや、でも昨日も何の気配もなかったけど、本はちゃんと届いたし、手紙だって……。


 仕方ない、奥の手だ。


「いいだろう、ミディリース。君がこのまま強情を張るのなら、やむを得ない。俺だってこんな手は使いたくなかったが……君を見つけるために、見晴らしをよくする必要があるようだ」


 ……これで、本当にいなかったら恥ずかしいな。いや、いっそいない方が、こんな独り言を聞かれなくていいか。

 とにもかくにも今はいると仮定して、俺は手のひらの上に炎を揺らめかせる。出てこないならそれでも構わない、その代わりこの邪魔になる本を焼いてやるぞっ、というパフォーマンスだ。


 もちろん、本気ではない。誰が必死に集めた愛蔵書を、しかも、今からその知識が必要になるかもしれない重要なものを、焼き尽くそうというのか。

 だが、相手は脳筋魔族。俺の企みになど、気づくはずはない。

 ほら、今にもその棚の向こうから、俺に向かって突進してくる影が……。


「いやあああああ」

 ん? ……あれ?

 あれ?

 この声……は??

「あああああああ」

 ぐ。


 しまった……一瞬あっけにとられた隙に、腹に回し蹴りが……。

 いや、受け止めたけど。炎を消して、手で受け止めたけど!

 ちょっとやばかった。入るところだった。

 相手がジブライールと同じ早さの足さばきの持ち主なら、たぶんもらってた!


「ぎゃ」

 俺が右足首を掴んだまま手をあげてしまったので、軸足を保っていられなくなったのだろう。その上半身がぐらりと揺らぎ、床めがけて頭から落下していく。

 衝撃に備えてとっさに目をつむった彼女の細い足首から、俺は手を離した。すかさず腰を支えて、額が床と「こんにちは」するのを防いでやる。


 そう。俺は親切をしたつもりだったのだが。

「大丈夫か?」

「ひぃ!」

 彼女は顔色を赤や青に忙しく変えつつ、俺を突き飛ばしてきた。

「ぱ、ぱぱぱぱぱぱ!」

「ぱ?」

「パンツーーー!!」

 は?


 再度の回し蹴りを、今度は受け止めず避ける俺。

 そして、彼女はそのまま足をすべらせ、顔面から床につっぷした。


 ***


 咳払いを一つして、俺は口火を切る。


「さて、改めて自己紹介といこうか。もう知っているとは思うが、俺はジャーイル……この<断末魔轟き怨嗟満つる城>の、現城主だ」

 今更だが、顔を合わせるのは初めてなのだから、おかしくないはずだ。


 俺は図書館の中央に並列に設けられた読書机の一つを背に立っている。

 そして、その目の前で正座をしながら、ほとんど顔を床と平行に保ってうつむいているこじんまりとした女性……彼女こそがこの図書館の司書であるミディリース……で、あるに違いなかった。


 正直言うと、まさか女性とは思っていなかった。あのクドい長々しい手紙を書いた相手が、女性だとは思わなかったのだ。

 しかし、考えてみればミディリースとは女性名だな。


 だとしても……本当に本人か? まさか、他の誰か……例えば娘であるとか? なにせ、あの手紙とはあまりに印象が違いすぎる。


 その顔は俯きすぎていて、今の表情はうかがいしれない。が、花葉色の髪を割ってのぞく細いうなじは、真っ赤に染まっている。


「閣下、パンツ……見た……ひどい……」

 ……。

 いや、見てないから。見えてないから。

 そもそも、見えるような回し蹴りしてきたのは、君だから。

 …………み……見てないけど。


「ミディリース、でいいんだよね? それとも、君は誰か別の人?」

「……」

 返事がない。なぜだ。

 ラチがあかない。俺はしゃがみこみ、彼女のあごを掴んで顔をあげようと……。


「きゃあああああ。目が腐るーーーーー!!」

 …………。

 ………………。


 俺、落ち込んでいいかな?

 なに、この仕打ち……。

 目が腐る? 俺を見たら、目が腐る?

 そういうこと……だよな、今のは。

 デヴィル族から過剰に怖がられるのはまだギリギリ耐えられるとしても、デーモン族の女性からこんな扱いを受けるなんて……。

 弾かれた手より、心が痛い。


 もういい……あきらめよう。彼女が俺を目の端にも入れたくない、近寄りたくないというのなら、それはそれでいいじゃないか。とりあえず、こうして目の前に出てきてくれたのだし。……出てきてっていうか……まあ……うん……。


 俺は立ち上がり、彼女から距離をとって読書机の椅子に腰掛けた。


「ほ……本をありがとう。俺が言ったとおりに、魔道具について書かれたものばかり、届けてくれて……」

 心を強く持て、俺。そうとも、これはプライベートじゃない。仕事で来ているんだ。

 部下が上司を理由もなく嫌うなんてこと、世の中にはよくあることさ。


 だが今度からは、対面を避ける相手には無理に会わないようにしよう。なぜ相手が俺を避けるのか? 理由があるに決まっている。そしてその理由は、知らないままでいる方が、俺の精神安定上のためなのだ! そんなことも考え及ばず……。うかつだった。


「あんまり本の数も多いので、びっくりしたが」

 昨日俺の執務室に届けられたのは、数ページで終わる薄い絵本から、振りかざせば鈍器になりそうな分厚い本まで、しめて五十冊。その本を読み解いていたら、ほとんど眠れなかった。

 ……決して、サンドリミンの視線が気になって、眠れなかった訳ではない。ないとも。

 ちなみに、それでもまだ半分以上は残っている。

 速読術をマスターする必要性を、感じているところだ。


「きょ……きょ、届ける分……です」

 ミディリースの指が、図書館の一角を指す。そこには、さらに六十冊ほどの本が積み上げられていた。

「ああ……ありがとう」

 その量に、思わず口元がひくつく。


 自分の窮地を知られたくないからといって、魔道具に関して書かれた書物を届けてほしい、なんて、あまりにもざっくり伝えすぎた結果が、これだ。

 事情をすべてあかすのは無理でも、せめてもう少し情報を伝えて、選択肢を絞ってもらうべきではないか。だがそうなると、勘のいい相手なら結局は何かしらの真実を察するに違いない。

 だから、協力を仰ぐにしても、相手と会ってその人となりを見極める必要があったのだが……。


「ところで君は……えっと、普段はどうやって……生活してる、のかな?」

 城の出入りは俺のところまでいちいち報告があがってこないだけで、自由なようでもちゃんと記録されている。

 それを確認したエンディオンによると、ミディリースがこの城で勤めだしてから、一度として城外に出たという記録はない、らしい。

 まさか、いくら誰も姿を見たことがない、といったって、この図書館から一歩も出ない、というわけでもないだろう。城内の官舎に部屋を確保していて、そこから通っているのだろう……と、思ったのだが、彼女は図書館の壁の一カ所を指さした。

 そこには、廊下やテラス、つまり外とつながる二カ所の扉とはまた違う、質素で小さな扉が。


「資料……室?」

 備品や資料を置いてある倉庫、のはずだ。俺も入ったことがあるが、細長い廊下のような狭い部屋の両脇に、天井まである棚が並んでいるだけで、とても人が住めるようなスペースはない。

 彼女は俺の言葉に頷き、それから小声で言った。

「奥……部屋……」

「え? 部屋?」

 ……どういうことだ?


「隠し……部屋……?」

 いや、疑問形で言われても!

 むしろ俺が聞きたいんだけど。隠し部屋ってどういうことだ?

 食事や風呂はどうしてるんだ? もしや奥って広いの?

 まさか、水回り完備とか言わないよな? 誰も彼女を見かけないのは、もしかして普段はそこに隠れているからか?

 今度、じっくり城の見取り図を見てみよう……。


「部屋があるのはわかったけど、だからってまさか、図書館から一歩も出ないって訳はないよな? 昨日だって、ホントは外出してていなかったから、出てこなかっただけだよな?」

 いや、別に昨日のことはいいんだけど、思わず疑問が口をついてしまったのだ。


「ろ……六百……年……」

 は?

「一歩も……」

 え? 本気で言ってる?

 六百年間、一歩もこの図書館を出ていないって、本気で言ってる?


 ……だめだ。これ以上、聞いたらいけない気がする……。知らない世界のまま、おいておこう。


「あー、それで……話は戻るんだけど、選ぶ本をもう少し絞ってもらえないかと思って、情報を追加しに来たんだが」

 半分ほど読んだ現状では、俺の欲しい情報はどの本からも、まだ出てきていない。いくら物語的にはおもしろい本ばかりでも、隅々まで無駄に読み解いている余裕はないのだ。


「……お役に立てなくて……」

 え?

 いや、ちょっと。

 何、この娘……さっきの回し蹴りしてきた勢いは、どこにいった?

 なんでちょっと、しょんぼりしてるんだ? そんな肩を落とさなくても……。


「いや、そんなことない。ものすごく、助かってるよ! むしろ俺に、配慮がたりなかったというか!」

 なぜ俺がこんな必死にフォローを?

「閣下、に……いつも……感謝……。本、増えて……私、うれしい」


 あと、なんでこの娘、こんなカタコトなの?

 もしかして、俺と話したくないから、言葉少ななの?

 人見知りの激しいアディリーゼでも、もうちょっとマシだぞ。

 それにさっきから、一度も目を合わせてくれないし。

 っていうか、そもそも顔を見たのは、回し蹴りの前後だけだ。むしろパンツ……いや、なんでもない。


「私、頑張る……任せて、ほしい」

 彼女はぐっと手を握り、胸をたたいた。

 顔は俯いたままで……。

 うん、やる気は伝わってきたよ。

「ありがとう。じゃあ、早速だけど」


 俺は邪鏡、またはボダスという名前に関係する情報、あるいは魔道具によってもたらされた効果を解く方法、ということに重点を置いて、書物を探してほしい旨を伝えると、彼女は小さく頷いて了承の意を示した。


「……それで、ミディリース。今日は本当に、強引に会ったりして悪かった……。俺も反省したよ。そこで提案なんだが、これから後のやりとりは、できるだけ手紙でしよう……それでどうだろう? あ、もちろん簡単な書き付けでいいから」

 俺がそう提案すると、彼女はさっきより大きく、何度も頷いた。

 そうか……それほどに、俺と顔を合わせるのはいやか……。


 そうして俺は、逃げるように図書館を後にしたのだった。


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