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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
大公受難編
26/176

23.この間もピンチでしたが、今度はまた違う意味で大ピンチです!

 ああああ、何でこんなことになったの!?

 俺が脅しすぎたの!?

 どうしたらいいの!?


 ジブライールにアソコを蹴られたときは、これ以上のピンチはないと思っていた。だが、今まさに、それ以上の窮地に追いやられようとしている。


 エンディオンと戻ってきた医療員は、サンドリミン一人。

 自白を強要する、あるいはそれに似た魔術を持つ者は、現在の医療班には一人もいない、という報告とともに。

 もっとも、自白も何も、今となっては無駄だ。ヒンダリスは死んでしまったのだから。


 せっかくなので、サンドリミンにはそのままヒンダリスの死亡診断をしてもらった。結果はもちろん、仮死でも失神でもない、完全な死だ。当然、全身を覆っていた魔力は、今はひとかけらも残っていない。

 死因は魔術解剖してみなければわからない、とのことだったので、遺体は医療班に預けることにする。

 まあ、自分で自分の体内に魔術を展開しての自殺、というのは間違いないだろうが。


「ところで、サンドリミン……こんな三面鏡について何か知らないか?」

 布を解き、しっかりと閉じた状態の鏡を見せてみる。

「鏡……で、ございますか?」

 手を伸ばしてきたので、俺はそれをとどめた。

「触るな。万が一のことがあってはいけない。呪詛に関係ないとは思うんだが……その……いわゆる魔道具、でな」

 人間は邪鏡と呼んでいるようだが、魔族の間ではこういった魔術や魔力に関係した道具のことを、魔道具と呼び表す。


 医療班としていろんな症状の患者を診ていれば、その原因だって調査するだろう。呪詛を研究している彼らならば、状態異常の一因となり得る魔道具のことも、調査対象としているかもしれない。……そう考え、尋ねたんだが。


「いわゆる魔鏡、とやらですね。効果はどういったものが?」

「……効果はすまん。今はまだ伏せさせてくれ。だがもし、こういった魔道具に心当たりのある者や詳しい者が医療班にいれば、ぜひ知恵を借りたい」

「かしこまりました。必ず、そのように」

 サンドリミンはどこか寂しそうな表情で頷くと、死体を引き取って執務室を出て行った。

 悪いなサンドリミン。さすがにエンディオン以外には、この状況を告白できない。小心者の俺を許してくれ。


 俺は改めて執務机につき、エンディオンに説明する。

「どうやら、ヒンダリスはヴォーグリムに忠誠を誓っていたらしい。俺に主を殺害され、恨みを抱いての犯行のようだ」

「さよう……ですか……」

 エンディオンは腑に落ちない、といった表情だ。

「なにか引っかかることが?」

「どうも……記憶をたどってはみたのですが、ヴォーグリム大公がそれほど宝物庫に足しげく通い、彼を重宝していた記憶がございませんので。しかし、これはあくまで私の印象によるものです」

「ああ……」


 確かに、俺が大公位に就いて後の簡単な調査では、ヴォーグリムに心酔しているような者はいなかったはずだ。もっとも、誰もがみんな、わかりやすく思想を公表している訳でもないのだし、調査している者だって脳筋魔族なのだから、情報に穴があるのは仕方ない。


「実は、奴はヴォーグリムの家族の存在をほのめかしていたんだ……俺はリーヴぐらいしか知らないが、エンディオンなら何か心当たりがあったりしないかな?」

「ヴォーグリム大公のご家族……でございますか? いえ、寵姫は大勢おいででしたが、お子様は……旦那様もご存じのように、かの大公閣下はご家族は不要と思われていたご様子でして」

「報告にあったからな……まあ、口にしたくないようなことを、していたことは知ってる」

 ヴォーグリムが大公位の安定のために、子をなした女性を殺害したり、生まれた子を亡き者としていた……というのは、報告があったので知っている。

 他者には残虐を好む魔族だが、身内にはとことん甘いことが多い。だから奴の行為を知れば、眉をひそめる者がほとんどだろう。


「とにかく、ヒンダリスの動きについて、詳しく知りたい。調査を頼んでもいいかな?」

「ご命令などなくとも、もとよりそのつもりでございます、旦那様」

 エンディオンは深く頷いた。


「この鏡については、図書もあたろうかと思ってるんだ。なにせ、造ったのは人間だというし……。確か、司書がいたよな? ぜひ、力を借りたいんだが」

 この城の図書館は、ちょっとしたものだ。その規模で大公の威信を誇る目的のためか、ほとんど誰も読みもしないのに、無駄に大量の本が収蔵されていた。そこにさらに俺が自分で集めた分を追加したものだから、本棚に収まりきらないほど、蔵書が増えている。近々、増築を考えていたほどだ。


 そして、俺が集めた本の大部分は、人間たちの町から得たもので、当然書き手のほとんどは彼らだ。魔力が無いかあっても微弱なものでしかない彼らには、脳筋魔族ではとうてい及ばないほどの想像力が備わっているらしく、真実に基づく物語であっても、虚構の物語であっても、その内容は多種多様に富んでいた。

 ヒンダリスは鏡を作ったのは人間だと言っていたから、きっと、一冊くらいはこの鏡についてか、もしくは近いものに対する記述が見つかるはず……見つかる……と、いいな……と、思う。


 俺は、一度でも読んだ本の内容は、ざっくりとだが覚えている。

 所蔵の五割ほどは、なんとか時間をつくって読み込んではいたが、それでも後の五割に関しては、全く内容の見当がつかない。

 だから姿も見たことがない、図書館司書の力を借りることにしたのだが。


「司書、ですか……」

「……いた、よな? 確か」

 未だ会ったことはないのだが、いる筈だ。

「いるにはいるのですが……」

「いるのですが?」

 何か問題でもあるのか? まさか、名目ばかりで全く仕事をしていない、その能力すらもない、とか?


「名をミディリースと申しまして、もう六百年もこの城に勤めております」

 おお、ベテランじゃないか。それは頼もしい。

「ですが……実は、その……六百年の間に、その姿を見た者はほとんどおらず……私にしましても、二度、目撃したばかりで……しかも一度は、司書を決める面接の時でして、実質、図書室で見かけたのは一度……」


 は?

 何それ……え?

「いやいやいや、まさか。そんな六百年間ほとんど誰も姿を見たことがないだなんて、そんなはずはないだろう。単に、魔族のほとんどは本を借りたりしないから、図書館にいることの多い司書とは、顔を合わせる機会もないというだけで……」

「旦那様。もちろん、旦那様には及ぶべくもございませんが、私とて読書はいたします。少なくとも、二十日に一度の頻度で、図書館に通う程度には」

「あ、うん。ごめん」

 二十日に一度は、魔族にしては確かに読書家な方だね。魔族にしては!


 だがそう言われれば確かに、この城に暮らした期間はエンディオンに比べれば遙かに短いとはいえ、それ以上の頻度で図書館に通っている俺にしたところで、一度も司書を見かけたことがないわけで……と、なると、そのミディリースって奴、ほんとに実在してるのか?

「仕事はきちんとこなしているようです。本はいつもきちんと整理されておりますし、新しい本の要求や、備品の請求なども定期的にあります。意見書などもたまに届きますので」

 なにそれ……え?

 まさか、透明魔術の持ち主、とかじゃないよな? 近くにいるけど姿の見えないあの人、とかじゃないよな?


「……大変そうだけど、伝言を頼む。明日にでも俺が知恵を借りに出向くから、姿を見せてくれるようにって……」

 さすがに、図書館でかくれんぼをするつもりはない。ちゃんと出てきてくれないと困る。

「はい、必ずそのように、お伝えしておきます。旦那様」

「……悪いな、エンディオン」

「とんでもございません、旦那様」

 本来なら、こういった種々の手配は筆頭侍従に命じることだ。家令のエンディオンの役目ではない。それを思うと、申し訳なかった。

 そうしてエンディオンは一礼して出て行き、俺は一人、執務室に取り残されたのだった。

 とりあえず、俺は俺でできることを試してみるしかあるまい。


 本当ならこんな時は、他者の知識を募るべきなのだろう。サンドリミンにだって、正直に今の状態を告げて、全面的な助力を願い出るべきだ、と。

 ああ、俺たちが魔族でなければ、それは正解だろう。

 だが、万が一にも俺が弱体化していることが漏れ、広く知られれば、当然のようにその地位を狙った挑戦者が列をなすことは想像に難くない。

 そして、敗れる。

 さすがにそれは許容できない。

 と、なると、今の状態についてはなるべく明かしたくない。さて、解決するまで秘密にしていられればいいが。


 せめてもの慰めは、俺が術式をも一閃できる名剣を運よく手に入れられたこと、そして、その剣をふるうにふさわしい技量をもっていること、だ。

 純粋な魔力量や魔術の威力で劣っても、工夫しつつこの剣に頼れば、ある程度の相手にも対応することはできるだろう。


 そういえば、ウィストベルなら何か知らないだろうか?

 彼女は俺と同じで、変わった本を集めたり読んだりするのが趣味だ。

 魔力を奪う鏡について、何か情報を持っていないだろうか。

 本来なら直接<暁に血塗られた地獄城>を訪れて、意見を聞きたいところだが、彼女の城の男どもときたら、俺にはあまりいい感情を持っていないようだからな。

 こういう時に限って、マーリンヴァイールのような輩が、また現れないとは限らない。

 危うい橋は渡らない、というのが、俺の信条だ。


 俺は机の引き出しから紙とペンを取り出すと、詳しい現状は伏せ、邪鏡ボダスについての知識を問う手紙を書き、それを<暁に血塗られた地獄城>に届けさせたのだった。


 ***


 さて、情報を整理してみよう。

 宝物庫の管理責任者としてのヒンダリスの元で働いていた職員たちを取り調べた結果は、全員が無爵で脳筋の脳天気だった。誰一人、上司の思惑に気づいた様子はない。その上、邪鏡ボダスに何らかの反応を見せた者もいなかった。

 記録簿も閲覧したし、きちんとした説明も受けたが、記載さえどこにもない。それどころか、職員たちは口をそろえて、ヒンダリスの私物なのだろう、という。


 聞けば、奴は自分の所有物をよく宝物庫に持ち込んで、リストに加えていたらしい。その中には明らかに大公の所蔵品として相応しからぬ価値の低いものもあったとのことだ。だが、それに気づいたところで相手は鑑定魔術を持つ伯爵だ。加えて横暴な上司とくれば、異を唱えることすらできなかったと、職員たちは言葉を濁しながらも、告白してきた。

 なにせヒンダリスは、自分に異を唱える者はもちろん、性格が気にくわないというだけでも、すぐに部下を免職にしたそうだ。そんなだから、二十人近い職員たちの全員がこの五年以内に採用された、職歴の浅い者たちばかりだった。


 彼らは一様に、ヒンダリスが俺の大公位に挑戦して返り討ちにあった、という情報を信じているようだった。あの高慢っぷりなら、そんな大それたことでもするだろう、という見解のようだ。一人が不満の口火を切ったのを合図に、全員から今までの不満を滔々と語られた。


 俺にうっぷんをぶちまけてすっきりしただろう彼らには、全所蔵物の調査点検と、ヒンダリスが操作したと思われる品物の洗い出しを頼んだ。もしかすると、邪鏡ボダスの他にも魔道具が粉れこんでいるかもしれないからな。通常業務へ戻るのはそれからだ。その上で、配下に職員たちの様子をそれとなく探らせるよう指示はしてある。


 ちなみに、宝物庫責任者の後任には、ヒンダリスがたまたま伯爵であっただけで、無爵であってもよいというので、職員たちの意見を取り入れて一人を選び、管理責任者代理とした。

 それから当然だが、今回の件については箝口令を敷いた。職員たちは全員、神妙な顔つきで口外しないと誓ってくれたが……うん、ここでもちょっとビクビクして見えたのは、やはり全員がデヴィル族だったからだろう。


 ヒンダリスの身辺調査の第一報もあがってきた。

 それによると、奴がこの城の宝物庫に勤めだしたのは、二百年ほど前のことらしい。

 兄妹は奴を含めて十二人。そのうち五人は他領で爵位についており、両親と四人は既にこの世に亡く、二人は他領の一領民として、健在であるそうだ。

 つまり、生きている身内はすべて俺の領民ではなく、さすがに他領にまで調査の手は及ぼせない。

 だが少なくとも、この城に勤めて以後、実家や家族とのやりとりは無かったようだ。

 そしてそれ以外の関係者となると、知人友人、つきあいのある者の調査を命じたが、今回のたくらみに関係のありそうな話は未だ出てきていなかった。


 そして現在、俺はヒンダリスの死因が判明したとの報告を、サンドリミンから受けているところだ。

 さすがは大公の医療班。数時間のうちに、報告をあげてくるだなんて、仕事熱心だな。


「死因は内臓の消失、です」

「消失?」

「体内にぽっかりと、空洞ができているのです。跡形もなく。その周囲は、焼け焦げ、ただれ、見るも聞くも楽しい……ごほん、いえ、おぞましい、有様でした」

「自分で内臓を焼き切ったか」

「そのようです。信じ難いことに」


 自分の目と魔術で確認した事実ながら、サンドリミンの表情には驚愕の色が濃い。

 それはそうだろう。

 普通の魔族ならそんな方法は思いもつかないし、実行できるはずがない。他者を痛めつけるならともかく、自分を痛めつけるなんて。

 そもそも魔族に自虐趣味の者はほとんどいない。多少その気があったって、死ぬことまでは考え及びもしないだろう。


「自分で自分を痛めつけるなど、リーヴの話を思い出しますな」

 サンドリミンがぽつりと言った。

 ん? なぜ、リーヴ?

 なに、あいつ、そういう趣味があるの?

 確かに俺を襲撃し、あっけなく捕まった直後は、死にたがりかと思わせるようなことを言ってはいた。だが、実際に殺気を向けるや、素直に後じさったことからもわかるように、檻がなければ脱兎のごとく逃げをうったことだろう。そんなリーヴに、自分を痛めつけることはできないと思うが。


「ああ、まだそこまでご存じではありませんか。そうでしょうとも。旦那様はお忙しい身……それにあれは、報告書の最後でしたし、おまけのようなものですからな」

 サンドリミンの視線が冷たく感じるのは、気のせいだろうか。

 もしかして、いや、もしかしなくても、例の分厚い報告書か?

 確かあれ、私室に持ち込んだはずだが……うん、結局一頁も読んでないな。申し訳ない。

 いや、読もうとは思ったんだ、読もうとは。でもほら、毎日慌ただしくて……というか……。うん、ごめんなさい。


 しかし、あれにリーヴがどう関係してくるっていうんだ?

 リーヴにも実験に協力してもらったということか?

 リーヴといえば、あいつにも一度、話を聞いてみた方がいいかもな。今回の件とは直接は関係ないだろうが、ヴォーグリム絡みということで、何か心当たりがないとは限らない。なにせ、ヒンダリスの言葉を信じるなら、奴はヴォーグリムとその家族に忠誠を誓っていたらしいからな。


「話が脱線しました。申し訳ありません。とにかく、ヒンダリスの死因については、以上でございます。詳細は報告書にまとめてございます」

 そう言って、サンドリミンは数枚にまとめられた用紙を差し出してきた。

「ああ、ご苦労様」

 その報告書には、解剖図や考察、結論などがかかれている。

 まあ、今の報告をより詳細に記してあるだけだ。目新しい事実はない。


「それから、魔道具の件ですが……」

「ああ、何かわかったか?」

「申し訳ございません。残念ながら、お役に立てそうな者はおらず……」

 医療班もさすがに魔道具までは誰も研究していないか。

 魔族にとって、魔術は己の才覚。自らの魔力を反映させられるか奪える道具ならともかく、そうでなくば興味も湧かないか。


「ところで、大公閣下」

「ん?」

「最近、どこか、お体の……体調がお悪い……などということは、ございませんか?」

 え? なに?

 顔色でも悪い?


「なにか俺、おかしいか?」

「いえ……何もなければ、よろしいのですが……」

「あ、うん……体は大丈夫……だよ」

 別に魔力が減ったからといって、体調まで悪くなったという覚えはない。


「万が一、医療班でお役に立てることがあれば、なんなりとお申し付けください。それはもう、持てる力のすべてをもって、対応させていただきますので!」

 なんだろう。ものすごく、力強い。

「ああ、ありがとう。頼りにしてるよ」


 サンドリミンは執務室から出て行った。

 だが、そのときの視線が……。

 ……あれ?

 もしかして、サンドリミン……視線が俺の……俺の……下半身……。

 え?

 ちょっと待って!

 もしかして、魔力云々の話じゃないのか!?


 ちょっと待って!

 俺の下半身に何か異常を感じたのか!?


 なら言って、なら言って、お願いーーーー!!!


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