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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
成人式典編
21/176

19.決闘なんて、穏やかじゃないですね!

 さっき俺とベイルフォウスが向かい合っていたその場所に、今はサディオス・サディオナとフェオレスが対峙している。

 それも、いやに殺気だって……。

 フェオレスは、アディリーゼを探しに行ったはず。アディリーゼはサディオナと話していたはず。

 フェオレスがかけつけた談話室で、何があったというのだろうか。


「おお、これはあれか! 一人の女を巡って、二人の男が戦うという! 熱い構図だね!!」

 ティムレ伯は呑気だ。


 ん?

「一人の女を巡って……?」

「アディリーゼちゃんを巡った戦いだろ」

「……えっと……つまり?」

 俺は周囲を見回した。

「アディリーゼちゃんはあれだけの美人だもん。そりゃあ、もてて当然。恋人としては、嫉妬しちゃうのもわかるだろ、ってこと」

 恋人……。

「恋人って……フェオレスが? アディリーゼの?」

 いや、疑ってはいた。いたが……。

「さっき猫公爵がそう言ってた! アディリーゼちゃんは、自分の恋人だって! 私は正直、あの子は君の想い人かと邪推してたんだけど」

 君の想い人……って、俺のことか! なんでそう思ったんだ、ティムレ伯。勘違いなんてレベルじゃないぞ!

 それにしても、俺が気になっていたことを、あっさりと本人から聞き出すとは……いろんな意味で恐るべし、ティムレ伯爵。


 対岸の人だかりにアディリーゼを見つけた。胸の前でぎゅっと両手を握りあわせ、不安な面もちで、対峙する双方に目を向けている。俺は、ティムレ伯と彼女の元へ駆けつけた。

「アディリーゼ! これはどうしたんだ、いったい……」

「ジャーイル閣下……」

 見上げる雌牛の瞳からは、今にも涙があふれそうだ。

「止めてください! 今すぐ、二人を……」

 震える手で、俺の胸元を掴んでくる。

「わかった。とりあえず、そうしよう」


 だが、二人の間に入ろうとした俺の肩を、引き留めた手があった。


「このまま、見ていてやってくれないかな、ジャーイル」

「サーリスヴォルフ!」

 誰あろう、双子の母親だ。

「しかし、どう考えてもこの勝負……フェオレスは公爵だ。一方、君の子たちは男爵位を得るのが精一杯の実力。これでは……」

「そう、男爵位、ね……」

 サーリスヴォルフの瞳がキラリと光った気がする。


「いいんだよ、あの子たちは強引なところがあってね……今までだって、弱い者に随分ひどい仕打ちをしてきたんだ。成人したことだし、自分たちより強い者がたくさんいて、いつでも我が侭が通るわけではないということを知るにはいい機会さ。どうせ、そっちのお嬢さんに強引に迫ったあげくの顛末だろうからね」

 アディリーゼを見ると、否定するでもなく、気まずそうにうつむいてしまった。

 俺に話しかけてきた双子は、随分ほがらかで、快活な印象だったのだが。


「そうなのか、アディリーゼ」

「あの……は、はい…………その、サディオナ様が……」

 大きな牛目から、ついに涙の粒がこぼれる。

「あの子は女好きだからね! お嬢さんの身体をまさぐりでもしたかな? ごめんね」

 口では謝りながらも、サーリスヴォルフに悪びれた風はない。

「それをちょうどやってきたフェオレスが目撃して、この騒ぎというわけか……」

 まあ、それなら母親もこう言っていることだし、ちょっと痛い目に合っても自業自得かな。

 しかし……手を出したのは娘のほうかよ……。まさか、逆に息子は男が好きとかいわないよな?

 ……聞かないでおこう。


 しかし、ということは、むしろ今の構図は、サディオナ対フェオレスってことなのか?


「私はただ、女性同士、お付き合いを深めたいと思っただけなのに。いやあね、男ったら邪推ばかりして!」

 サディオナが、挑発的な笑いを浮かべる。

 それに対し、珍しくフェオレスが声を荒げた。

「相手がいやがっていることを無理に押し通して、なにが付き合いを深めたい、だ! 今までいったいどれだけ、その調子でやってきたのだか知らないが、私の大事な人に手を出したことは、許し難い」

 おお、こんな大勢の前でそんな宣言を!

 すごいな、男前だな、フェオレス!


「サーリスヴォルフ大公閣下」

 感心していたら、フェオレスがこっちを向いた。

「申し訳ございません。ご子息・ご令嬢に対する無礼は重々承知の上ですが、これをなかったことと収めることはできません。許容できないとお考えならば、どうぞ手をお出しになって、私をお討ちください」

 サーリスヴォルフの怒りを受けても、引くつもりはないのか。フェオレス、よっぽどだな。


「構わないわ。ただ、殺さないでやってくれると助かるけど」

「サーリスヴォルフ様!」

 サディオナが、責めるように母親を呼ぶ。

 その様子からして、母は子に絶対服従を強いているというわけではないようだ。


「ジャーイル大公閣下。お許しを」

 フェオレスは、俺にはただそれだけを告げ、黙礼して双身一躯の双子に向き直った。

 まあ……許すも許さないも、仕方ないよな。


「公爵だから、なんだというの! ちょうどいいから私たちで倒してしまって、その公爵位をいただきましょうよ! ねえ、サディオス!」

「そうだね、サディオナ! そして、あのかわいらしいお嬢さんも一緒にね!」

 双子は狂気じみた笑みを交わしあい、頬をすりあわせた。


 その言葉はフェオレスの神経を刺激したのだろう。

 彼は音もなく地を蹴り、素早く腰のサーベルを抜き取って襲いかかる。

 だが双子は長い蛇体でそれを受け止めた。

 素早い。反応速度はいいようだ。


「あら! 剣なんて、私たちの鱗を切ることもできませんわ!」

 サディオナが甲高い声をあげる。

「それに!」

 フェオレスの刃を弾いた蛇の尾は、そのまま猫の首を標的として鞭のように伸びる。

「フェオレス様!」

 アディリーゼの叫びが中庭にとどろく。

 だが、紙一重でフェオレスはそのしなやかな攻撃をかわした。


「ところで、君の同行者……」

 子供たちの心配はどこへやら、サーリスヴォルフは呑気な声で俺に話しかけてくる。

「犬の彼女、かわいいね。君のところの軍団長だって? 紹介してくれない?」

 おい……まさか目の前の戦いを無視して、ティムレ伯爵をナンパ?

 母親がいいのか、それで。

「え……サーリスヴォルフ閣下って、ブス専なの?」

 いや、ティムレ伯爵……その反応もどうなのだろう。

 俺から見ると、ほぼ犬の伯爵は十分かわいいのだが。


「ねえ、後で二人きりでお話するってのはどうかな?」

 もはや俺をスルーして、直接ティムレ伯に話しかけるサーリスヴォルフ。

 がっつきすぎだろ、サーリスヴォルフ!

 子供たちを見守ってなくていいのか、サーリスヴォルフ!


「なにもこんな時に……」

「こんな時でもないと、他の領地の子と知り合う機会はないからね」

 ウインクとか……。

 いや、俺がいったこんな時ってのは、決してお誕生会全体を通してのことではなく、今、この瞬間のことなのですが。


「いやいやいや。大変光栄ですが、正直、大公閣下とか……怖いです。遠慮します!」

 ティムレ伯……全然怖がっているように、見えませんが。

「怖くないよ、優しくするよ?」

「怖いです」

 なんだこれ。なんの状況だ、これ。

 なんで間に立ってる俺を無視して、仲良く二人で話しあってるんだ。


「ほう、面白いことをしておるの」

 ところが俺はそんな呑気な感想を抱いている場合ではなかったようだ。

 サーリスヴォルフとティムレ、二人の間から、後ろに腕をぐいっと引かれてしまったのだ。

「一人の少女を求めて、争いがおこる……のう、ジャーイル。お主も我をめぐって、ルデルフォウスと戦ってよいのじゃぞ?」

 俺の腕に絡みつくように、自分の細腕を回してきたのは、魔族の女王様だ。

「いや、俺、死にます……確実に殺されます……」

 魔王様となんて、戦えるはずがない。だいたい、ウィストベルを間に挟んでなんていったら、本気で俺のことを殺しにくるに決まっている。


「殺されぬよう、強くなればよいではないか。できるであろう? 主なら」

 わあい! ウィストベルの俺に対する評価は絶大だ!!

 うれしいな、うれ……しいな……。


「不穏なことを言わないでください」

 こんなこと、魔王様に聞かれたら……。

 やばい、敵対しなくても殺される。

「陛下はどちらに?」

「弟と同じじゃ」

 え! 魔王様まで、デヴィルでもデーモンでもいいとか、そういう……。


「配下のお気に入りの娘と、部屋にこもっておる」

 ああ……自分の城から愛妾を連れてきてたのか……って、魔王様! それでいいんですか?

「さて、そうなると、我の相手は誰がしてくれるのかの?」

 …………。

 やばい。やばいぞ……。


「この決闘は、俺の部下が……」

「終わってからでよい」

「でも、アディリーゼは俺の庇護者で……」

「おお、妹がやってきたようじゃぞ? 娘たちはほんとうにマストヴォーゼにそっくりじゃの。それに、今戦っているのが、その娘の愛人なのであろ? 主がいつまでもおっては、むしろ邪魔じゃろう」

「……ティ……ティムレ伯と……」

「犬娘なら、サーリスヴォルフと会話を楽しんでおる」


 …………俺の退路はどこだ。


「なぜそう拒む。我はなにも、夫として我に仕えよ、などと申しておりはせぬぞ。主が昨日連れ込んだという小娘を、正妻に迎えたところで、文句一ついわぬ。ただ、我とも楽しくやろうと言っておるだけじゃ」

 いやいやいや。

 なぜ拒むっていわれてもね、その倫理観がもう、俺とは全く違うわけで……。


「俺はこれでも、女性には男として誠実でありたいと思っているんです」

「相手にする女は一人でよいと……そういうのか?」

「まあ、そうです……」

 ウィストベルの眉がつり上がる。

「では、覚悟をきめて我一人に決めればよいではないか」

「でも、ウィストベルは俺一人に決められないでしょ?」

「…………」

 あ、沈黙した。

 できないんだ。正直だな。


「理解できぬ」

「すみません」

「……まあ、よい。今はそんなことを言っていても、先は長いのじゃ……考えというものは、変わるもの」

 余裕を見せてそう婉然とほほえまれると、そりゃあ俺だって男だからグッとこないわけではないが。


「面倒な男じゃ。が、そこがいい」

 どうやら俺は、許されたようだ。


 俺がなんやかんやしている間に、フェオレスと双子たちの戦いに決着がついたようだった。

 当然というか、フェオレスの完勝という形で。

 フェオレスは悠然と元の場所にたち、双子は地にその巨躯を横たえていた。

 途中からは魔術も使われたようだ。

 剣の通じなかった双子たちの丈夫な蛇体のあちこちに負傷が認められ、どちらも意識を失ったようにぐったりとなっている。


 フェオレスはサーベルを腰の鞘におさめると、優雅な足取りで俺たちのほうへやってきた。

「我が君、サーリスヴォルフ閣下、並びに大公閣下方」

 彼は右手を拳にすると、片膝を折って俺たちの前にひざまづいた。

「お見苦しい戦いを、お見せいたしました。また、サーリスヴォルフ閣下には、お子さま方を苦しめたこと、深くお詫びいたします」

「なんの、なんの。生かしておいてくれたんだ。感謝するよ」

 サーリスヴォルフ、意外に容赦ないな。

 弱い子供は守るもの、ではなかったのか。

 それでも成人したとたんに、放り出すということなのか。


「サーリスヴォルフ。配下の行動は、俺の責任。責めをおう必要があるなら、俺が負おう」

「我が君、それは……」

 フェオレスが顔をあげる。

 最初から俺は、戦いが終わった後はそう提案するつもりだったんだ。

「先にいったろ。彼の行為に問題はない。むしろ、よい余興をありがとうと、拍手を与えたいくらいさ」

 サーリスヴォルフはぱちぱちと手を叩いて見せた。


「ただ……主役がこの調子だと」

 彼女は自分の子らに、歩み寄る。

「ヘイルプン」

 サーリスヴォルフの声がけに、観衆の中から一人の男性魔族が進み出る。

 それは、昨日、壇上でサーリスヴォルフの隣を占めていた、その男性魔族に違いない。つまりは双子の父親だろう。


「はい、閣下……」

 姿勢正しくサーリスヴォルフのそばまでやってきたヘイルプンの表情は、青ざめている。その蛙の双眸には激しい怒りの炎が宿り、手はわなわなと震えていた。そしてその目は、フェオレスを射抜いて離さない。

 父親としては当然の反応だろう。


「この子たちを自分の部屋へ……会はお開きにするよ。もちろん、異論はないね?」

「はい、仰せのままに……」

 サーリスヴォルフは満足げに頷くと、ヘイルプンの頬をいとおしげに撫でて俺たちのもとへやってきた。

「悪いが、そういうことにさせてもらうよ。ただ、もちろんまだ愉しみたい……というのなら、好きに使ってくれてもかまわない。まあ、ごゆっくり」

 サーリスヴォルフは軽く手を振ると、夫や子供たちの後を追って行ってしまった。

 まあ確かに、主役がいないのに、他の者たちで騒いでも仕方ない。閉会は妥当だろう。


「申し訳ありません、ジャーイル閣下。お二人の間にいらぬ軋轢がうまれねばよいのですが……」

「まあ、大丈夫だろう。そうなるなら、サーリスヴォルフだってそもそも止めているだろうし」

 戦いを止めようとした俺を、サーリスヴォルフが制止したのだから。

「それに、万が一、そうなってもそれはその時だ」

 争いはしないにこしたことはないが、それでも致し方ないときはある。

 そして、致し方ないときには、俺は手を抜かない方針だ。


「まあ、今はアディリーゼを頼むよ。俺がなぐさめるより、君がそばにいた方がいいだろう」

 さっきからずっと、アディリーゼはシーナリーゼに抱きかかえられて、こちらを見つめている。いや、こちらっていうか、フェオレスをか。

「ご配慮、痛み入ります」

 フェオレスは優雅に腰をおる。

「あ、だが……そのうちでいいから、その……どうするつもりなのか、聞かせてくれたら助かる……」

 いや、結婚するつもりとか、今はまだつきあっているだけとか……ほら、結婚式するなら、俺が父親の代わりとしていろいろ手配してやらないといけないだろうから。

「はい、いずれ、ご報告にあがります」

 フェオレスは今度は黙礼すると、アディリーゼを目指していった。


「さて、では帰るかの……主もうんとは言わぬし。であれば、長居する必要はない」

 つまらなそうに、ウィストベルがつぶやく。

「ウィストベル、よければ一曲だけ、つきあっていただけませんか?」

 俺は彼女に手を差し出した。

「サーリスヴォルフも好きにしていいといってくれたことだし……もし、お嫌でなければ、姫君。今宵最初の栄誉を」

 ウィストベルは俺の手を握ると、見ほれるような笑顔で頷いた。

「もちろんじゃ、若君。一曲といわず、何曲でも付き合おうぞ」

 そうして俺とウィストベルは、ダンスホールに戻ってしばらくダンスを楽しんだのだった。


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