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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
成人式典編
19/176

17.犬伯爵、色々がんばりました

「うえええええ、怖かったーーー!! 超怖い、大公って超怖い!」

 デイセントローズ大公のいる部屋から廊下に出て、だいぶ離れたというのに、まだ心臓がバクバク言ってる!

 まったく、ジャーイルもなんてことを頼んでくるんだ!


“ティムレ伯爵、お願いがあるんですが”なんて、上司ににっこにこで言われたら、嫌とは言えないじゃないか。

“もし、アディリーゼが副司令官と一緒にいればそれでいいですが、一人でいるか、ほかの者に話しかけられて迷惑そうにしていれば、自分のところに連れてきてください”と。

 捜索に私のもつ犬の鼻が有効だと思ったのだろう。

 いや、でも私、アディリーゼちゃんの匂い知らないんだけどね!


 けれどなんとか見つけてみれば、迷惑そうというよりは、怯えた様子のアディリーゼちゃんが。しかも相手は七大大公の一だ。

 正直、たかが伯爵の私にとっては、恐怖を感じていないふりをするだけでも精一杯。


「あ、あの……」

「怖かった、怖かったね、アディリーゼちゃん!!」

 興奮したテンションのまま、彼女の肩をがっしり掴むと、ものすごくびっくりした顔をされた。

「はい、あ、あの……?」

 おっと、いけない。私と彼女は初対面だし、それにこの子はちょっとおとなしい子らしい。

 魔族には珍しいほどのおとなしい……あれ? もしかして、待てよ……魔族にはめったにいないほどおとなしい女子?

 もしやこの感じ……ジャーイルがいつも言っていた、可憐な女子ってやつじゃないの?

 ということは、もしかしてこの子が、ジャーイルの想い人?

 私はとある副司令官からの刺すような視線を思い出し、アディリーゼちゃんに同情せずにはいられなかった。


「かわいそうに……苦労するね」

「え? あの……私……アディリーゼと、いいます」

「知ってるよ!」

 マストヴォーゼ閣下の二十五人のご息女が、父に似た美女ぞろいだというのは周知のことだ。

「あの……それで、あの……あなた、は……」

 おっと、いけない。そういえば、名乗っていなかったじゃないか!


「私はジャーイル君の配下で、第二十二軍団の軍団長、伯爵のティムレだよ。よろしく、アディリーゼちゃん!」

「ティムレ伯爵様……」

 私は手を差し出したのだが、彼女は握ってこなかった。

 肉球のお手入れは欠かしていないというのに。握ってもらえれば、絶対に気持ちいいと思うんだけどなぁ。

 思わず自分で手をあわせて、肉球の感触をたしかめてしまう。

 うん、やっぱり気持ちいい。


「あの……ありがとうございました、ティムレ閣下」

 アディリーゼちゃんは、深々と頭を下げてきた。

「私……私……」

 下げられた背中が、ぶるぶると震えているのに気がつく。

「そうだよね、そりゃあ怖かったよね。でももう大丈夫! 一緒にジャーイル君のところにいこう? あ、デイセントローズ閣下の前以外では、足は引きずらないでもいいからね!」

 当然、足を怪我した云々は、私の嘘だ。

 彼女の手を取って、体を起こさせる。


「ジャーイル閣下、の、ところ……ですか?」

「そう、君を捜してきてって、頼まれたんだ。大事にされてるねー」

 私は肘で彼女の腕をつつく。が、反応はかえってこなかった。

 うん、確かにおとなしい子だな。


「あ、ティムレ伯爵!」

 しかし、噂をすればなんとやら。

 アディリーゼちゃんのことを心配するあまり、待っていられなかったのだろう。ジャーイルがやってくる。

「よかった、アディリーゼ、見つかったんですね」

 この大公閣下は、今でははるかに私より上位にあるのに、いつまでたっても配下であった時のくせが抜けないらしく、丁寧語をやめようとしない。

 もっとも、私の方も逆に、見張る目がなければタメ口で話してしまうんだけど。


「ジャーイル閣下」

 アディリーゼちゃんも、ジャーイルの顔を見てホッとしたのだろう。

 口元に薄く笑みが浮かんでいる。

「私、マジ頑張ったよー、ジャーイル君! なんてったって、デイセントローズ大公のところから、彼女をさらってきたんだから!」

 私が大公の名を出すと、彼の表情が厳しいものに変わった。

「デイセントローズ……アディリーゼ、何か、されたのか? もしかして、どこか触れられた、とか……」

「あ、いいえ……」

 おいおい、ほかの男は指一本触れるのも許さないってか?

 そこまで独占欲が強いとは、意外だな。


「大丈夫、その前に私が助け出したから。ね、ご褒美でもくれる?」

「いいですよ、肉一年分でもお屋敷に届けましょうか?」

 私がおちゃらけて言うと、ジャーイルはいつもの柔らかい笑みを浮かべて応じてくれた。

 彼が成人してすぐの頃からの付き合いだからか、どうしてもその笑顔が無邪気な子供のそれのように思えてしまう。

 だが私がデーモン族だったらまた、違った感想をもったのかもしれない。なにせ、あの怖い副司令官殿がほうっと見ほれるくらいだから。


「そんなのいいよー。ただ、ちょっとの間、じっとしていてくれたら!」

 そう言って、ジャーイルの尻をめがけて手を突き出す。

 が、またいつものように紙一重でかわされてしまった。

「ふっふん、甘いですね、ティムレ伯爵」

「あああ、またセクハラ〜!」

 逆に耳をもまれる。

 ものすごく、気持ちいい。うっとりしてしまう。


 はっ!

 しまった、彼女であるアディリーゼちゃんの前で、私は何をしているのだ……。

 彼女がもし、あの副司令官殿だったらと想像して、青ざめた。


「どうしました、ティムレ伯?」

「なんでもない、なんでもないよ!」


 いないとわかっていても、思わずキョロキョロと見回さずにはいられない。なにせ、あの副司令官殿の視線は怖い。

 私がジャーイルと少しでも仲よさげに話をしていると、必ずといっていいほどやってきて、冷たい視線でプレッシャーを与えてくる。

 それはもう、心臓を刺してえぐるような視線で……。

 たとえ本人はいないとしても、その配下がジャーイル君と私のやりとりを見ていないとは限らないじゃないか。

 へんに誤解されて、とばっちりを受けてはたまらない。


「それじゃ、私はこれで……」

「ああ、ご協力、感謝します。頑張ってお相手を見つけてくださいね」

 別に私は結婚相手を捜しにきたわけじゃないんだけど。

 君が、未婚の軍団長は全員参加、とかいうから、仕方なしに参加しているだけなんだけど。

「じゃあ、アディリーゼちゃん、またね」

 私は美人な彼女に挨拶をすると、二人からそそくさと離れていったのだった。


 その後怖いけれど、もう一度さっきの場所の近くまで戻ってみる。

 デイセントローズ大公の様子を遠くから観察するためだ。

 なにせ私は、閣下の前から美女をさらった無礼者、という立ち位置だ。

 できれば、二度とお目に止まりたくない。

 なんといったって、相手は大公閣下……ジャーイルは、かつての部下だったし、本人が気安い性格をしているから、今でも恐怖心は感じないが、ほかの大公閣下は違う。

 大公に登り詰めるほどの実力者ならば、そばにいるだけで重圧を感じ、肌がぴりぴりと痛むほどなのだ。


 ちなみに、私が大公で一番怖いのは、ウィストベル閣下だ。

 あの方だけは、なんというか……かなり離れていても、恐怖を感じずにはいられない。多分、野生の勘のなせる技だと思う。

 今日も、私なんぞに気を止められるはずもないとわかっていても、ついつい距離をとってしまう。


 部屋の入り口ちかくから、さっきの場所をのぞいてみたが、デイセントローズ大公の姿は確認できなかった。

「おおおお。よかった」


 だが、そこにデイセントローズ大公はいなかったけれども、別のよく知った顔があった。

 公爵で副司令官の、フェオレスだ。

「あれ? 猫公爵じゃない」

 手を挙げて、背の高い猫に近づいていく。

 今は公爵と伯爵と、身分に随分差が付いてしまったけど、フェオレスはよく知った相手だった。具体的にいうと、あれだよ。幼なじみ、というやつだよ。


「これは、犬伯爵」

 フェオレスはいつもの優雅な仕草で腰をおると、穏やかな笑みを浮かべてみせる。

「なにしてんの、こんなところで。ダンスの相手がいないのなら、私がつとめてやろうか?」

 にっかりと笑って言うと、フェオレスは苦笑で返してきた。

「ありがとう。だが、大丈夫だ」

「遠慮するなよー。私とあんたの仲じゃないか」

 ばんばんと、フェオレスの腕をたたいてみせる。


 ちなみに、フェオレスもそれほどいろんな種は混じっていないのだが、性格と所作のせいで、割ともてる。こんな風になれなれしくしているのを見られると、嫌がらせを受けてしまうこともあるほどには。

「そんなことより、ティムレ……ここにアディリーゼ嬢がいたと思うのだが、知らないか?」

 アディリーゼちゃん?

 ああ、そういえば昨日はこいつ、ずっと彼女と一緒だったっけ。それで仲良くなったのか。

 そういえば、ジャーイルも配下と一緒にいれば、それでいいと言っていたな。それってフェオレスのことだったのかな。

 護衛でも請け負っているのだろうか。


「アディリーゼちゃんなら、今、ジャーイル大公のところまで送っていったところだよ」

「閣下のところか。ありがとう」

 そのまま去ろうとするので、私は慌ててフェオレスの腕を掴んだ。

「待てって、無粋だよ、フェオレス。せっかく今日は、怖い副司令官殿がいないっていうのに。二人っきりにしてあげようよ」

 猫くんは、私の顔を怪訝そうに見下ろす。

「どういう意味だ」

「どうって……君、何も気づかなかったの?」

「気づく?」

 昔から、この猫公爵は、割と聡い部類だと思っていたんだけど、買いかぶりすぎだったのだろうか。


「だから、あの二人……アディリーゼちゃんとジャーイル閣下の関係についてだよ。デヴィルとデーモンの恋路なんて、大変だろうけど、応援してあげようよ」

 私の言葉に、フェオレスは表情を強ばらせた。


 あ、やっぱり、気づいていなかったみたいだ。

 だったらビックリするかもな。

 私もビックリだけど。

 なにせ、デヴィル族の美醜にまったく理解を示さなかった、あのジャーイルが、と考えると。


「何をいっているのかわからないが、ティムレ」

 フェオレスは、私を呆れたように見ながら、深いため息をついた。

「そのありえない推論を、私以外には話さないでくれるよう、お願いしておくよ」

「あり得なくないって。だってアディリーゼちゃんは、ジャーイル君の好みのおとなしい子だよ? 彼女くらいじゃない、おとなしい魔族なんて」

「それで、閣下がデヴィルとデーモンの垣根を越えられると?」

「愛は偉大っていうじゃん」

 もう一度、幼なじみは深いため息をついた。


「もう一度いう、あり得ない」

「なんで?」

「なぜって、彼女はジャーイル閣下の、ではなく、私の大切な人だからだよ」

「うえええ?」

 意外な告白に、私は変な声を上げてしまったのだった。


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