表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
成人式典編
15/176

13.休息が必要なのは彼女か、それとも?

※男性注意

 痛い表現があるかもしれません

 ごめんなさい


 意味がわからない。

 匂えというから匂ったのに、その結果、どうして倒れるんだジブライール。

 俺の行為が意識を手放すほど、我慢しかねるものだったということか?

 でも自分から言ったのに? 自分から髪をさし出してきたのに?


 それとも……。


 それとも、まさか、ジブライール……。


 俺になにか特別な……。


 いや、まさか。


 だってジブライールだぞ?


 今までのことを思い起こしてみるんだ、俺。


 いつも、無表情で……そう、基本無表情。でもたまに、頬を赤らめたり、もじもじしたり……そういえば倒れる直前も、耳や首まで真っ赤に、目を上目遣いでうるうるさせて……………………あれ?


 え? そんな……そんなこと……ない、はず……。


 ジブライールが、俺に特別な感情なんて、抱いているはずがないではないか。

 …………ない……よねえ?


「お兄さま、公爵をどちらに?」

「二階に小部屋が用意されているはずだ。とりあえず、そこへ」


 回廊の二階には、休憩のための部屋が用意されているらしい。

 四方を囲む建物の中に入って幅広の階段を登ると、東西に伸びた長辺の内廊下の壁には、いくつもの扉が並んでいた。

 俺は手近な部屋に入ろうと、東側の一番近い休憩室のドアノブに手をかける。

 が、内から鍵がかかっているらしく、ノブは回らなかった。

 休憩するだけの部屋に鍵?


「大公閣下。そちらは、ご使用中です」

 廊下にいた家僕が、申し訳なさそうに声をかけてくる。

「使用中?」

「はい、その……手前五つほどは、現在ご使用中で……奥でしたら今のところはどちらも空いておりますが」

 家僕は、ちらちらとジブライールと俺の顔を見比べる。


 ああ……休憩って、そういうことか。この城が誰の城かを考えれば、納得いく話じゃないか。

 しかし、それにしても、できればもうちょっと早い段階で、注意喚起してほしかった。

 例えマーミルが今の言葉の意味を、理解できずにいるとしても。

「いくら立ちづくめだからって、爵位もちの方々が、もうこんなに何人もお疲れだなんて!」

「マーミル、行くぞ」

 無邪気に感想を述べる妹を促して、扉の前から急いで離れ、今登ってきた階段を逆に降りる。

「お兄さま、奥なら空いてるって……」

 馬鹿な。隣に誰かが入ってきたらどうするんだ。

 防音バッチリならいいが、そんなのわからないじゃないか!

 お前の耳をずっと塞いでいるわけにはいかないんだぞ。

「お兄さまの部屋にいこう。その方が、ジブライールもゆっくり休めるだろうし」

 俺に充てられた客室ならば、防音もばっちりなはずだ!


 しかし、今この場にマーミルがいてくれてよかった。

 そうでなく、ジブライールだけでこの状況なら、俺は迷わず奥の部屋に入っただろう。そこでジブライールの目がさめたら、たぶん聞いてしまう……唐突に浮かび上がった疑問の答えを。

 そして万が一……万が一、ジブライールがそれを肯定したとしたら……。

 そのタイミングで隣室に誰かが入ってきて、騒音が聞こえてきたりしたら……。


 いやいやいや。

 考えが飛躍しすぎじゃないか、いくらなんでも痛い考えではないか。

 落ち着こう、俺。一人で何を妄想してるんだ、俺。

 自意識過剰にもほどがある、恥ずかしすぎるぞ、俺。

 馬鹿丸出しもいい加減にしよう、俺。


 怪訝な表情の妹を連れて俺は会場を後にし、綺麗に整えられた庭を横切り、噴水の前を通って、客室のある館へと向かう。

 そうして最上階の最奥を占めるその部屋にたどり着くと、広い寝台にジブライールの身をそっと降ろした。

「気付けになるものがないか、隣を探してくる。ちょっと様子をみていてくれ」

 ジブライールのことをマーミルに頼んで、飲み物を探しに居室を探索する。

 通常は、いくらかの種類が用意してあるはずだ。

 すぐに見つかった。

 俺は飾り棚の上に置かれた水と蒸留酒、それからグラスを手にとる。

 そうして寝室に戻ると、ジブライールが身を起こしているのが目に入った。


「お兄さま。たったいま公爵が」

 マーミルがホッとしたように口元をほころばせる。

「気がついたか、ジブライール」

 気付けは必要なかったようだ。

「あ、あの……私……」

 ジブライールは珍しく気弱な表情だ。そしてやっぱり耳まで真っ赤にして、潤んだ目で俺を見上げて……。


 だがそれも一瞬のこと。

 頬を殴られでもしたかのように、ジブライールはハッとした表情を見せたかと思うと、たちまち顔色を青ざめさせ、こわばらせた。

 そして姿勢をただして正座し、俺とマーミルに向かって三つ指をつくと、そのまま勢いよく頭を振り下ろす。


「申し訳、ありませんでした!」

 そう言いながら、ぐりぐりと、寝具に額をこすりつけている。

 一応、クラッときたんだから、頭は振らない方が……。

 例え……体調不良で倒れたのではない、としても……。


「マーミル様の護衛を自ら引き受けておきながら、気を失ってろくにお役目を果たせないだなどと……なんという、失態! どうお詫びをしてよいか」

 あれ? やっぱり俺の考えすぎだったかな。ジブライールは今日も男前だ。

「とにかく、ジブライール。顔をあげてくれ。急に倒れたんだし、頭は大事に扱ったほうが」

 どうも彼女は時々……時々? いや、割と? 猪突猛進に過ぎる。

 これはもしかしてあれか……残念美人というやつか。

「いいえ、私は愚か者です! こんなスカスカな頭など、いっそつぶしてしまった方が!」

 そう言いながらガンガンと何度も頭を上げ下ろしして、寝具に叩きつけるのをやめようとしない。


「ちょ、ちょ、ジブライール!!」

「お兄さま、止めて!」

 いくら柔らかいベッドの上とはいえ、目の前でそう何度も頭を打ち付けられたら、さすがに俺も妹も焦る。

 特に俺は、頭の大切さに関しては、誰よりわかっているつもりだ。

 正直、見ているだけでこちらの頭が痛い。

 だからジブライールが頭をあげたところで、両肩をがっしりとつかんで、上下運動をやめさせた。


「落ち着け、な? 落ち着こうジブライール。せっかく綺麗に結わえた髪が、台無しに……」

 確かに勢い余って、そのまま押し倒してしまったのは悪かったかと思う。

 だって、ジブライールの抵抗が思いの外、強かったんだもん。

 でも、だからって、何も……。


 一見したところ華奢に見えても、ジブライールは魔族の公爵だ。

 つまり、紛れもない、世界の強者の一人なのである。

 俺はそれを、思い知らされることになった。


「い……」

「い?」

「いやあああああ」

 股間に強い衝撃を受けたと気づく間もなく、俺の目の前には星が瞬いていた。


 ***


 んなああああ、もう駄目!

 俺生きてる?


 俺、


 生 き て る ?


 これなに、地獄?


 息 が で き な い


 マジ吐きそうなんだけど、なにこれマジ吐きそうなんだけど!!

 内蔵が全部、口から出そうなんだけど!!


 俺生きてるの?

 むしろ、なんで生きてるの!?

 これで生きているといえるの!?


 ***


 さっきまで、この寝台に横たわっていたのはジブライールだ。

 だが、今は俺が占領している。

 うずくまって。


「……はぁ、はぁ、はぁ……」


 どれくらいたったのだろう。

 ようやく痛みがひいて、なんとか周囲を見回せるようになってみると……寝台にしがみついて涙目になっているマーミルとジブライールの姿があった。

「お兄さま、お兄さま、大丈夫? しっかりなさって!」

「閣下、閣下! すみません、閣下、ほんとに……あああ……」


 二人の声が、ようやく俺の耳にも届く。

「し……」

「し?」

「死んだかと……思った……」

 俺は目をつむり、枕に顔をうずめた。

 正直、まだ鈍痛はひかない。局部はジンジンしている。

 脂汗もひかない。

 ああ、こんなひどい目にあったのは、生まれて初めてだ。


「何かして欲しいことはあります?」

「こ……こ、し…………叩いて……」

 妹が、ぽすぽすと両手で腰を叩いてくれる。


「申し訳ありません、閣下……」

 ジブライールは涙声だが、ごめん。泣きたいのは俺のほう。

「私も腰を……」

「いや、ジブライールはいい!」

 ジブライールが拳を力強く握りしめたのをみて、俺は慌てて手を振った。


 万が一、続けて腰までいってしまったら、もう俺は駄目だ。

 いくらその後、医療班が何もなかったかのように治療してくれるとしても、心のダメージまでは彼らだって決して癒してはくれないのだ! そんなことになったら、繊細な俺は立ち直れない! 大公をやめて死ぬまで引きこもってやるからな!!


「あれ?」

 マーミルでもジブライールでもない、素っ頓狂な声があがる。

 俺はゆっくりと頭をもたげて声の主を見た。

「倒れたのは彼女の方じゃなかったかしら? なんでジャーイル。君が寝てるの?」

 怪訝な表情を浮かべながら、寝室の入り口に立つサーリスヴォルフの姿があった。

「サーリスヴォルフ……」

「医療班をつれてきたんだけど……いる?」

 こんなことで診療を受けるだなんて、恥ずかしすぎる。

 俺は首を横に振った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ