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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
臣下と友と妹編
11/176

10.僕だって妹のことは、それなりに可愛いのです

 マーミルが家出をして、今日で三日がたつ。

 まあ、普段から毎日顔を合わせているわけではないから、別にいてもいなくても…………そんなわけないし!


 ベイルフォウスだぞ、ベイルフォウス!!

 いや、わかってる。ベイルフォウスにロリコンの気はないことはわかってる。だが、あいつは素行の悪さを考えると……。

 駄目だ、俺。信頼しよう。

 我が友はあんなにもしっかり約束してくれたじゃないか。

 マーミルがいる間は、ところかまわず女性といちゃつかないって!


 ……だが、本当にそんなことが可能なのか?

 あの、女と見れば相手がデーモンであろうがデヴィルであろうが、色目をつかう奴が、果たしてほんとうにマーミルのために煩悩を抑えられるのだろうか。

 心配だ……。

 いやしかし、俺がベイルフォウスに強要したわけではないんだ。

 俺だっていくらマーミルへの影響が心配だからといって、さすがに他の城の女性を全員表に出すな、だなんて我侭は言い出さない。

 マーミルの世話をお願いする侍女をのぞいて、他は裏方に回す、とはむしろベイルフォウスの方から提案してきたことなのだし。

 さすがに自信があってのことなんだろう。


「閣下。一度、休憩をとりましょうか?」

 俺がぼうっとしていたからだろう。フェオレスが心配そうに声をかけてくれる。

 現在俺は、四人の副司令官と会議中だ。

 サーリスヴォルフの主催する祝賀会への参加者と、残る者の役割分担の調整で。


「ああ……いや、大丈夫だ」

 本当は大丈夫じゃない。しばらく上の空だった。申し訳ない。

 だが、今は仕事を中断している暇などない。一刻も早く終わらせなければ!

 さくっと会議を終えて、さっさとベイルフォウスのところへ妹を迎えにいこう。さすがに三日目ともなれば、マーミルの気持ちだって落ち着いているだろう。


 しかし、正直にいうと、あれはショックだった。

 まさか俺と帰るより、ベイルフォウスを「お兄ちゃん」と呼ぶほうを受け入れるだなんて。

 しかも、帰りがけには睨まれたからな。

 さっさと去れ、といわんばかりに。

 サーリスヴォルフのところへ連れて行かないくらいで、あんなに怒り出すだなんて。


「気を使わせてすまん。話を続けてくれ。確か、軍団員の……」

「うわあああああん!!」

 俺の発言は中断された。

 突然、泣きながら部屋にかけ込んできた妹によって。


「マーミル!」

「お兄さまああああ」

「ぐっ!」

 立ち上がり、妹に駆け寄ったら腹に頭突きをくらった。

「うえええええ!」

「どうした、ベイルフォウスに何かされたのか!?」

 くそ、あいつ……!

 俺は床に膝をつき、妹の顔をのぞき込む。

 だが、妹は首を左右にふった。


「むしろ、優しくて気持ち悪かった」

 …………。

「じゃあ、どうして泣いてるんだ。というか、いつ帰ってきたんだ」

「ベイルフォウス様に送ってもらって……ぐすっ……」

「旦那様」

 エンディオンが遅れて姿を見せる。

「今しがた、ベイルフォウス大公閣下がマーミル様をお送りくださり、そのままご帰城なされました。旦那様をお待ちいただくよう、お願い申し上げたのですが、お断りになられまして……」

「そうか」

 悪かったな、ベイルフォウス。疑って。

 マーミルをちゃんと預かってくれたというのに。今度会ったら、礼をいっておかないと。


「閣下。休憩をはさみましょうか?」

「ああ、すまん。そうさせてくれ」

 フェオレスが再度の提案をしてくれ、今度は俺もそれに賛成した。


 ***


 俺はマーミルを連れて部屋の隅に移り、妹を椅子に座らせると、その前にしゃがみこんで話を聞くことにした。


「で、どうした、マーミル。なぜ帰ってきても、泣いている」

 ベイルフォウスにひどいことをされた、というのでないのなら。

「だって……み……三日も、お兄さまと別々のおうちで……お兄さまの、いないお城で……ひっく」

 三日程度なら、この城でも顔をあわせないこともあるだろうに。

 しかしあれか……これがいわゆるホームシックというやつか。


 懐からハンカチを取り出して、妹の手に持たせる。

 すると、どうしたことか妹はぴたりと泣き止んで、俺とハンカチをちらちらと見比べた。

 なぜそんなに不服そうなのだ、妹よ。

「渡すだけ?」

 渡す以外に何をしろと?


 だが、これをきっかけに、妹の感情は泣きから怒りにシフトしたらしい。

 さっきまでわんわん泣いていたくせに、今度は目尻をつり上げて睨みつけてくる。

「お兄さまったら、全然迎えに来てくれないし!」

 ええええ……だってお前、帰らないって言ったじゃないか……さすがにそれで、次の日に迎えにいくとかはできないだろ。しかもあんな、睨んで来たくせに。

 まあ、今日は迎えに行こうと思ってたんですけどね。正直には言わないけど。


「お兄さまが迎えにきてくれないから、ベイルフォウス様がずっと優しくて……。優しすぎて気持ち悪くて。でも正直かまわれすぎてうざいし、ことあるごとに『お兄ちゃん』と呼べといってくるから、ほんとにうざくって。甘いものばっかり持ってくるし、朝はご飯の瞬間から晩は部屋に戻るまで、かまって遊ぼうとしてくれるし、うざくって! あんなことなら、目の前で女の人といちゃつかれた方がどれだけマシだったか!」

 マーミルはそう言いながら、俺のハンカチをぎゅっと握りしめた。

 涙もすっかり乾き、妙に遠い目で天井を見つめている。

 どうやら我が友は、約束通り女性の使用人のほとんどを、裏方に回したらしい。


 しかしマーミルは、ベイルフォウスが思いの外うざかったから、帰ってきたってことか。

 ベイルフォウスを「お兄ちゃん」と呼ぶのを承知で、残ることを選んだのは妹よ、お前ではなかったろうか。


 …………友にはあとであやまっておこう。

「あんなうざい兄なんていらない! あんまり構ってくれないお兄さまの方がいい! たとえ優しく涙をふいてくれないとしても!」

 そういって、妹はひっしと抱きついてきたが、正直俺の心中は複雑だった。


「まあ、無事に帰ってきてくれて、よかったよ」

 息をつきながら、妹の頭をなでる。

 ん? また、複雑な髪型してるな……もしかして、あれか。またベイルフォウスにやってもらったのか。

 あいつは見かけによらず、ほんとに手先が器用だな。

 ……いや、手先は…………もともと器用か…………うん…………。


「帰ってきたけど……帰ってきたけど、パーティーにはいぎだいー」

 息がつまりそうなほど、力を込めて抱きついてくる妹。

「だから、それは駄目だっていってるだろ」

「お兄さまは……」

 マーミルはふっと腕の力を弱め、俺からそっと距離をとった。

「私のことが、可愛くないんですの?」

 なぜそうなる。

「マーミル。わがままを聞くことだけが、可愛がっている証拠ではない」

「嘘よ……だって、みんな……」

 みんな?

 妹の眉間には深い皺が刻まれている。


「閣下。よろしいでしょうか? 私に一つ、提案があるのですが……」

 遠慮がちに言いながら近づいてきたのは、ジブライールだった。

「悪いけど、ジブライール。話は会議の再開後に……」

「マーミル姫のご同行をお許しになられてはいかがでしょう」

 軍団に関する提案かと思えば、現状の私的な悩みに対する提案だった。

 思わぬ援軍に、マーミルの瞳がきらりと輝く。


「ジブライール。心配事を察して助言をくれるのはありがたいが、その提案は許諾できない。俺がずっとついていられるならともかく、そうはできないだろうからな」

 この間のように、またあのラマがマーミルにちょっかいを出さないとは限らない。あれだけ脅しておいたのだから、さすがに大丈夫だろうとは思うが、万が一のことがあってはいけない。それに、あの一件があってから俺も反省したのだ。

 なぜ、家族がいるはずの他の大公が、許されているにもかかわらず、誰もおおやけの行事にその子どもや年若の兄弟たちを連れてこないのか……やはり俺の考えは、甘かったといわざるを得ない。

 成人しているのならともかく、妹はまだ非力な子供だ。せめて護衛を付けられるという状態でもなければ、領外まで連れて行くのは危険を伴うのだということに思い至るべきだったのだ。

 だから今後は一層、注意をして連れ歩かないようにしたいと思っている。

 なにせ警戒すべきはラマだけではないだろうしな。


「ですので、閣下。私が閣下の代わりに、姫の傍らに片時も離れずついている、ということではいかがでしょうか?」

 え?

「ジブライール公爵!」

 妹はぎゅっと両手を胸の前で握り、上機嫌でジブライールを見上げている。


 ジブライールは今回の行事には不参加だ。彼女は確かに独身ではあるが、デヴィル族ではないから連れていっても意味がないと判断してのことだ。だから同じく不参加のウォクナン同様に、領地の平穏に目を光らせてもらうつもりでいる。

「駄目だ。妹のわがままに、気を使わせてわるいな、ジブライール」

 気持ちはありがたいが、いくらジブライールであっても特殊魔術もなしにラマの呪詛は看破できまい。


「お兄さま! せっかく公爵閣下が、こうおっしゃっておいでなのに!」

「姫の身をご心配なさっておいでなら、閣下。誰であろうが、指一本触れさせません。体調にも気をつけて、お世話いたします」

「一日でもかまいませんわ! 三日のうちの、たった一日でも!」

「大公閣下の妹君として、いろいろな行事を経験しておくのは、ご本人のみならず、閣下のためにもなるのではないでしょうか」

「大人しくしていますわ! 絶対、ほかの人の迷惑にはなりませんわ!」

「それとも、私では姫の護衛には力不足ということでしょうか」

 妹と、ジブライールがたたみかけるように言ってくる。

 なぜ二人とも、そんなに必死なのだ。

 よその家の子の成人の儀式なんて、そんなに見たいか?

 できることなら、俺と代わってもらいたいくらいだ。


 しかし、考えてみればラマは独身のデヴィル族だ。この間に俺のように、あらゆる女性からアプローチをかけられ、身動きできないありさまに陥るやもしれん。あるいは主役の相手として、白羽の矢がたっている可能性も……。そうなると、サーリスヴォルフが側から離さないだろうし。

 それに、俺だって妹のすぐ近くにはいられないかも知れないが、ラマを抑えておくことはできる。

 単なる護衛としてだけなら、ジブライールほど任せて安心できる相手もいない。ジブライールもこれだけ請け負ってくれていることだし、考えてみるのもありか……。

 なにがそんなに彼女を必死にさせているのか、そこはわからないが。


「……わかった。じゃあ、ほんとに一日だけだぞ?」

 そういうと、妹とジブライールは喜びの表情を見合わせた。

 おい、まさか二人で共謀してたわけじゃないだろうな。

 いや、ありえないか。妹は今帰ってきたところだし、そもそもジブライールと会う機会はないから、親しくもないはずだ。


 とにかく、俺の言葉に満足した妹は会議室を出ていき、心配事の減った俺もまた、会議に集中することができたのだった。


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