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魔族大公の平穏な日常  作者: 古酒
御前会議編
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0.プロローグ

「大演習会の開催とか、はたから見てると簡単そうに見えたのに、やってみたらハンパなく大変でした。やっぱり見るとやるとじゃ大違いですね」

 …………。


「でも他の大公って、いつもものすごく楽そうですよね。長年やってるともうちょっと簡単に、なんでもサクッと決められるようになるのか、さぼってるのか、どっちなんでしょうね?」

 …………。


「だいたいねえ、なんだって魔族ってああ脳筋が多いんでしょう。すぐ喧嘩するから、見てるだけで疲れますよね。はあ」

 …………。


「……というわけでこのところの俺は、とっても疲れてるんですよ。わかってもらえます? この気持ち」

 …………。


「ちょ……うわ、い、いたいいたいいたい。魔王様、痛いですって!!」

 いくら腕を叩いてきても無駄だ!

 いっそこの金髪がズルムケになるまで掴んでいてやろうか!?

「黙れ、この馬鹿。脳筋というなら、お前こそ脳筋だろうが。あ? お前には見てわからんのか、この私が仕事中だということが!」

「えー今更」

「何が今更だ、何が!」

 こいつ……魔王をなんだとおもっているのだ。

 手を放すと、ジャーイルの奴は大げさに頭を抱えてしゃがみこんだ。

「あーあ。また頭蓋骨が……ほんっと、乱暴なんだから」

 脳味噌まで砕ければいいのに。


「なんならお前が代わりに引き受けるか、この書類の束の処理を!」

 そういいながら、机の書類の束をバンバンとたたいてみせると、ジャーイルは実にさわやかな笑みを浮かべつつ、こう言い放った。

「命令ならやりますけど、世界の支配者である魔王ルデルフォウス陛下ともあろうお方が、部下に仕事をおしつけて自分はのうのうとしようだなんて、どうなんでしょうね?」


 この顔だけさわやか男め。腹の立つ。

 むしろ、私は魔王としては、仕事熱心な方だ。

 前魔王など、ほとんど王座に座って命令するばかり。二百年の間、奴のもとで大公として仕えたが、その間、一度として事務仕事をしているところなぞ、目にしたこともなかったというのに。

 本当にこの金髪をむしって、ハゲさせてやろうか?

 ……そうなるとさすがにウィストベルも愛想をつかすかもしれん……か?


 しかしそんなことよりも、今回もまた、うちの衛兵や儀仗兵たちは一体何をしているのだ?

 なぜ、こいつは毎回、誰にもとがめられもせず、したり顔で執務室に入り込んでこれるのだ?


 魔 王 城 だ ぞ !?


 いくら七大大公の一とはいえ、知らせもなく入り込む権限はなかろう。

 警備を見直す必要がありそうだ。


「ところで、丁度いいから知らせておく。御前会議の日程が決まった。明日には一度目の正式な伝令を、それぞれの城に向かわせる」

「ああ、一回目の知らせは一ヶ月前、二度目は十日前、でしたっけ」

 どうでもよさそうなことなのに、よく覚えてるなこいつ。


「そういえば、デイセントローズの具合はどうなんですかね?」

「どう、とは?」

「ほら……陛下の弟君が、かなりこっぴどくやったんでしょ?」

 なぜそこで、わざわざ私の弟、と強調する。確かに大公ベイルフォウスは紛れもなく血のつながった弟だが。

「ああ……そなたの親友がか」

「参加には問題ないようで?」

「ないだろう。先日、最後の訪問先であるプートの城を訪ねたそうだからな」

「ああ、そうなんだ。それはよかった」

 ……笑顔が嘘くさい。実に胡散臭い。


「ウィストベルには門前払いをくらったそうだ」

「で、しょうね。となると……結局デイセントローズは望み通り全員と同盟、とはいかなかったようですね」

「デーモン族の大公とはな。だが、デヴィル族の大公全員とは同盟を結べたようだが」

 私がそういうと、ジャーイルは意外そうな顔をした。

「へえ。全員と、ですか?」

「ああ。全員と、だ」

「ふうん……」

 珍しく、まじめな顔をして黙り込む。


「まあ……予も気を配るが、お前も気をつけておいてくれ」

「……何にです?」

「もちろん……そなたの親友が、やりすぎないように……だ」

 ジャーイルは沈思黙考し、それから首肯した。

「仰せの通りに、陛下」

 ベイルフォウスが何かしでかしたとして、止められるならこいつだろう。


「ところで、一つ、お聞きしたいんですけど」

「何だ?」

 弟のことか、それともデイセントローズのことか。

「魔王様って……騎竜の方法、誰かに習いました?」

 予想だにしなかった問いに、一瞬、意味を把握しかねる。


「騎竜、だと?」

 私が確認のため尋ねると、ジャーイルは真剣な表情でうなずいた。

 なんだ……なにか特別な方法でもあるのか?

「もちろん、習った」

「習ったんだ……」

 脳天気なジャーイルには珍しく、ずいぶんと暗い声音だ。


「大半の家では父が子に教えるというが、予の場合は教師からだ」

「習ったんだ……」

 奴はもう一度そういって、深くため息をついた。


「ベイルフォウスもですか?」

「ああ。弟には予が教えた」

 この情報に、なんの価値があるというのだろうか。

 いつもの雑談かとも思うが、それにしてはジャーイルの態度は真剣そのものだ。


「なんで、習ったんです?」

「なんで、とは、どういう意味だ」

「魔王様なんだから、習わなくたって竜の一体や二体……」

「無茶をいうな。いくら予でも、子供時分からこの強さではない。それに、不用意に竜に近づいて、瀕死の重傷を負う子供が毎年何人もいるのを知らないのか?」

 その言葉に反応したジャーイルの表情には、絶望の色がありありと浮かんでいた。

 何がそんなにショックなのだ。

 本当に知らなかったのだろうか。だが、だからといって、こんなガックリとするものだろうか。


「まさか、マーミル嬢が竜に噛まれでもしたのか?」

 あの小さな姫は、どうやらうちの弟のお気に入りでもあるらしい。

 デイセントローズを瀕死の状態においやった原因も、彼女にあるのだと小耳に挟んだのだが。

「まさか……いや、でも、そうなってもおかしくはなかったということか……」

 後半はほとんど独り言だ。

「他には?」

「他?」

「なんかこう……魔族としての、常識的な考え方、というか、やりかた、というか、慣習、というか」

 急に何を言い出すのだ、こいつ。


 う ざ い。


 この、涙目でオロオロしだすところがもうなんかうざい。

「儀式のことが知りたければ、儀典長にでも聞くがいい。居場所は役所の最奥だ。とっとと行け」

「ちょ、魔王様、ちが……」

 私はジャーイルの頭をめがけて奴を廊下に蹴り出した。



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