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episode8・ベリアル

「そもそもあの機体……ベリアルは人に乗せる想定のスペックではない」


 室井はそう切り出した。


「確かにコックピットは人間の搭乗を想定したレバーやソファを完備している。つまり本来は人の搭乗を想定していたというわけ」

「……路線変更をした、というわけですか?」

「その通り」


 室井の懐から直径数センチの球体が取り出された。それは机の上に置かれると真上に三次元的なホログラム映像が投影される。持ち運び式のプロジェクターのようなものである。

 映像はベリアルだ。周囲に個体名は性能値といった文字が敷き詰めたように展開されている。


「最新兵器をとにかく詰め込んでかつ一定の安定性を求めた試験機。それがベリアルだ」

「安定性? あれがですか?」

「まぁそう言いたくなるのは仕方ないな。使ってみてわかったと思うが、ベリアルはBバリア発生装置に粒子を回しすぎてまともなパワーが出ない」

「Bバリア? あ、ベルリオーズバリアってことですか」


 室井は無言で頷く。


「あれを開発したのはわたしなんだが……使ってみてどうだったろうか?」

「あれのせいで粒子はカツカツ。まともな動きはできませんね。せめてブースター類はもうちょっと燃費のいいものの方が安定性という点ではいいと」

「そう、そこなんだ」


 ビッと指を差される傷裏。


「君が言ったんだろ? 路線変更と。それはつまり中に人を乗せられないスペックだから。なのに、君はあれを十分以上に乗りこなした。なぜだ?」

「なぜ、と聞かれましても……」

「少なくとも、あれの機動性は人間に耐えられるものではない。君は何者だ? 改造手術でも施されたか? それとも未知の新人類か?」


 現代、そのような者は存在しない。もっとも、前後者共に傷裏が知らないだけ、という可能性も否定できないが。


「僕は昔のSFものに出てくるエセ科学キャラなんかじゃないですよ。言っときますと、あれに乗るの相当辛かったんですよ? ひどい筋肉痛になって自力で帰れなかったほどです」


 傷裏は嘘は言っていない。事実、戦闘後に傷裏は病院へ搬送された。翌日には帰されたわけだが。

 室井は獅童にアイコンタクトで確認を取り、獅童の頷きを見て嘆息。事実だと理解したようだ。


「では次の問題点を指摘させてもらう」


 室井は球体の側面を数回撫でる。

 映像がが切り替わり、今度は0と1の無数の羅列が表示される。素人が見てもわからないが、傷裏たちその道のプロが見れば、それがバーバリアンの戦闘記録だと瞬時にわかる。


「これに記載されている格ユニットへの粒子出力率を見ればわかると思うが、君の操縦テクは正確すぎる。それこそまさにIAを乗せてるが如く」


 オーバーテクノロジーと言っても過言ではない超兵器、バーバリアンであるが、所詮は人間が操縦する兵器。機体を100%使いこなすことなど不可能。できることには限度がある。


「何度も言うようだが、このベリアルは常に粒子不足。それはBバリアに多大な粒子を回しているからであり、加えるとBバリアはまだ試作品のため必要以上に粒子を供給してしまう」


 だが、と室井は傷裏から一瞬視線をそらす。


「君のBバリアは、はっきりと言えば異常という言葉を体現していた。本来なら球状に展開されるはずのBバリアを君は前面、それも低範囲に集中展開させることで無駄な粒子供給を防いだ」


 正直マズイと思っていた。いくらクラスメイトを守るためとはいえ、派手に目立ちすぎたと。


「Bバリアの部分展開は理論上では可能だ。でもそれを実現には高度な演算能力が必要となる」


 その点は傷裏が実際に操作していたのでよく理解していた。あれの領域操作は個人で行えるものではない。


「さすがの君でもそれを長時間行うのは不可能だったのだろう。Bバリア展開時間はごく短時間だし、展開時は攻撃できていないようだな」

「そりゃそうですよ。Bバリア操作に使うコンソールパネルと機体操作に使う機器は別なんです。そんなの手が4本ないとできませんよ」

「そのBバリア操作は本来、手が6本あっても足りないはずなんだが?」


 傷裏が微笑の仮面で対抗したが、室井も微笑の仮面で返す。

 万策尽きた、といったところだ。


「室井さん。1つよろしいですか?」


 というわけで攻勢に出る。こちらもやられてばかりでは割に合わない。


「なんだい?」

「そういうあなたこそ、どうやってこんなものを作り上げたんです?」

「…………というと?」

「いくら科学の進歩がめざましいと言っても、さすがにオーバーテクノロジーが過ぎているかと。実用化には少なくとも10年は必要なはずですが?」

「自画自賛も過ぎるが、わたしを他の技術者と一緒にしないでくれるか? さすがのわたしでも不愉快だ」

「それは申し訳ありません。ですが、今はそんなことを論点にしているわけじゃないんです。質問に答えてくださいませんか、変態技術者様?」

「質問に答えるべきは君が先ではないかな? 先に質問をしたのはわたしだ。そこは理解しているな、異常者君?」


 互いが互いを牽制し、時間だけが過ぎていく。壁に掛けられた時計の秒針の刻む音だけが響く。

 静寂は10秒にも満たない。だというのに、この場にいる者たちにとってその時間は数時間に等しかった。


「……ならここは、互いに不干渉ということにしませんか? そちらも聞かれたくないことがあるみたいですし」


傷裏は言い放つ。その悪意を微笑で封じて。


「……承諾した、傷裏君。このまま沈黙を続けていても、互いに嫌な気分になるだけだしね」


 腹を割るどころか腹を覆いかぶせたまま、話し合いは終了された。




「……大いにミスったな」

「すみません」


 傷裏が去った応接室では、獅童と室井が暗い顔をしていた。空気がどんよりとしているが、言葉に棘がない分傷裏がいた時より幾分かマシな状態だ。


「君が余計な悪意を持ったせいで向こうに相応の返しをされたじゃないか。このままじゃこちらの弱みを握られるのも時間の問題だぞ」

「お言葉を返すようですが、わたしが悪意を持たずとも、彼にベリアルを貸し与えた時点で我々の秘密がバレるのは時間の問題かと」

「……あぁそうだな。というより前提としておかしいだろ。なぜ、ベリアルで採取したはずの彼の戦闘データが流用できないんだ」


 吐き捨て、携帯端末を乱暴に投げ捨てる。


「彼は末恐ろしいですね。まさか戦闘データに使用制限をかけるとは。あの襲撃事件は偶然の産物ですが、あわよくば彼のデータを取れるかも、という期待は果たされませんでしたね」


 対して室井の表情には憤怒は見られない。むしろ歓喜だ。


「とにかくですよ、社長? 我々は一刻も早く彼の正体を突き止めなければなりません」

「あぁ、もちろんわかっている。そのためにはあいつの協力が不可欠なわけだが……」

「今更ですが、あなたは非情なお方ですね」


 非情、と言いながらもその言葉に獅童を責めるといった感情は皆無なわけで。


「大事な大事なーーを、会社の道具のように扱うなんて。しかも過剰な重荷を乗せて」

「文句があるのか? だとしたら新兵器の研究開発に投じている多額の予算、見直す必要があるぞ」

「いえいえ、文句なんてありませんよ。わたしは研究開発ができればそれで満足です。他人の事情どうこうなんて興味ありません」


 獅童は今日何度目かわからないため息をついた。



 同日の夜。

 仲介人はいた。

 上下をモノクロカラーのシャツとズボンで揃え、同色のソフト帽を被る。

 歩行者天国の十字路。

 群衆が絶えず移動する。

 仲介人もそれに倣うように、流れるように歩を進める。

 異様なのは、この奇抜なファッションの人物に誰も目を止めないこと。

 群衆にとって、それは見えないわけでも気配がないわけでもない。

 であっても、誰もそれを気にしない。

 群衆にとってそれは、群衆という群体を構成する一部にすぎない。

 他の誰かが同じ格好をすれば、確実にその人物は衆人の目に止まる。

 イレギュラーゆえに、異常を生まずに群衆の一部に溶け込める。


「さて、『ツァリーヌ』は見事に大成功を収め、密入国者は全員逮捕されたと。めでたしめでたし」


 仲介人はその場にいる皆に告げるように、わざとらしく言う。

 群衆はその言葉に反応しない。聞こえているが興味は惹かれない。群衆にとって仲介人の言葉は、聞き慣れた喧騒と同義なのだ。

 その群衆の中に室井や利根川といった個体も存在したが、ついに違和感を持つことはなかった。


「さてさて。そろそろ……」


 仲介人の顔から表情が喪失。


「仲介人なんてやめるか」

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