episode7・紅
数日間は、マスコミ各社の一面は黒崎グループの本社襲撃事件で持ちきりだった。
しかし、その事件に軍が無干渉だったことについて取り上げる所は皆無だった。
傷裏はその異様と言える状態に底知れぬ違和感を感じていた。
嫌われている、と獅童は済ませたが、明らかにそれだけではない。
市街地での戦闘は避けるべきと言えばそれまでだ。
だが違う。
事件の直後、傷裏は市原に頼んで黒崎グループ本社近辺の軍基地状況を調べてもらった。
結果、あることが判明した。
軍は何者かの圧力を受けていた。それゆえ、出動することをよしとされなかった、というのだ。
(仲介人……か)
事件の後、『ツァリーヌ』は警察に引き渡された。
だがその前に、傷裏たちは速攻でメンバーを尋問、情報を得ることに成功した。
それによると、今回の事件の黒幕は仲介人と名乗る人物。やりとりはメールばかりのため性別だけでなく、単独犯か複数犯かもわかっていない。
「仲介人。その正体がわからん限り手の打ちようがないな」
黒崎グループ本社の、先日技師科生徒が招かれた最上階の会議室。
そこで、今回の事件に対する会合が開かれていた。
出席者は4名。
手にした情報を要約し、再確認するように言葉にしたのは黒崎獅童。
「仲介人は『ツァリーヌ』との連絡の際、海外の複数のサーバーを経由していたため発信元は不明、らしいな」
今時珍しい紙媒体の資料をめくりながら言うのは市原斗真。
「海外のサーバー経由とかぁ……数世紀前の刑事ものかよ」
毒づくようので発言したのは利根川亡露。
「つまり有益な情報は0。スタートは最悪ですね」
ため息をついたのは傷裏龍である。
市原がなぜこの場にいるか。それは単に、傷裏の上司としてだけだ。
それより。
「前提として傷裏君。君はこの会合に参加する権利はあっても義務はないことを理解しているかね?」
獅童は不思議そうな顔で傷裏に問いを投げかける。
この会合は『黒崎グループを標的とした仲介人への対策』というもの。
つまり傷裏には全く関係のないことだ。
対して傷裏は、微笑のまま答える。
「あの男、アルベリックがあんなことを言ったのに素直に引き下がると?」
『ツァリーヌ』のリーダー格、アルベリックによると仲介人より受けた依頼は3つあった。
1、黒崎グループ本社の襲撃。
2、黒崎獅童の拉致。
3、襲撃時にビル内にいるとされる企業見学会中の技師科学生の殺害。
そう、殺害。
傷裏たち学生も、標的となっていた。
「企業1つが潰れる程度、僕としては正直どうでもいいんです。ただ、僕の友達が狙われてるとなれば話は別。徹底的に殲滅するつもりです」
一言一言に底知れぬ怒気がこもっていた。ただの高校生には出せるはずのない、殺気で満ちた怒気。
「意外……だな」
静まり返った空気に、獅童はメスを入れた。
「君は、全ての人間を平等に救いたいと言うような男だと思っていたよ」
「よく誤解されますが、僕は聖人君子ではありません。僕が守る範囲なんて、ちっぽけで十分です。それに……」
一拍、間が置かれる。
「全てを守るヒーローが仮にいたとしたら、僕はそいつを殺します。中途半端に聖人君子を名乗るヒーローなんて、いるだけ無駄なんですよ」
安らいだような表情で、その言葉は紡ぎ出された。
再び沈黙。
「皆さん、話しを進めましょう」
議論の停滞を招いてしまったことに詫びを入れ、傷裏は話を区切るようにと手をパン、と叩く。
それを確認した獅童が頷き、皆に視線を移す。
「さて、内輪の問題はこれにて終了。次は外野の主題に目を向けなければならないわけだが……」
「これ以上ここで議論できることはない、ですよねぇ社長?」
「……言いたくないがその通りだ、利根川君。今日は呼び出しておいてこれといった収穫がなくて申し訳ない。すまないが今日はこれにて解散だ」
会合は現状報告のみに終わった。
が、傷裏はそのまま帰宅の途に就くわけではない。獅童に呼ばれ、社の応接室まで足を運んでいた。ちなみに市原は帰宅の途についている。
そこには先客がいた。
先客の第一印象を述べると、赤。
上下赤のレディーススーツの30代と思われる女性。髪は肩まで伸び、『美しい』と言うよりは『かっこいい』に分類されるであろう顔を備えていた。
獅童は小さく咳払いをして、女性の横に立つ。
「紹介する。彼女は室井静香。先日君が搭乗したベリアルのチューニングを行った弊社の技術者だ」
(あぁ……。例の変態か)
嘆息した。
その直後だ。
室井は紹介が終わったや否やのタイミングで傷裏に駆け寄り、ジャンプと共に抱きついた。
「おぉ。やっぱ若くて小さい男は抱きつきやすくていいなぁ、なんかテディベアみたいで。なぁ社長、この子うちに欲しい。あ、会社じゃなくて家に。いいだろうか社長?」
「いいわけないだろ。早く離してやれ。君のその無駄にでかい胸に顔を圧迫されて呼吸困難に陥っているじゃないか」
「あ」
なんとか窒息死の恐怖を回避できた。花畑、川のせせらぎ、亡くなったおばあちゃんを見た気がした。
「あ、あの……えと……」
傷裏の顔は耳まで真っ赤に染まり、激しく狼狽して距離をとった。年上女性耐性0だと発覚した瞬間であった。
そんな様を見た室井はさらに高揚。
「おぉ、やっぱこうじゃないと。最近の男の子なんてみんなエロでがめつくて嫌だったんだよ。ここまで純真無垢なのはもはや絶滅危惧種だな、うん」
目が輝いていた。
身の危険(命の危機ではない)を感じてさらに身を引き、服の裾からナイフを出して威嚇信号を示す。
「おぉ、すごいすごい。かわいいだけじゃないとはいいな、ますますいいな」
逆効果だった。
「し、し……獅童さん。この人何者ですか⁉︎ 怖いです!」
「……これはな、いわゆるショタコンというやつなんだ」
「ショタコン……聞いたことあります。確か女性が小さな男子に対して性的愛情を抱いてしまう精神疾患の一つですね」
「ん……まぁ大体あってるな」
室井に対する警戒心がさらに上昇。
「……前に言っただろ? こいつは変態だって」
(あ、あぁ……なるほど。変態技術者っていうのは天才的な技術力を持ってるって意味だけじゃなく、普通に変態って意味もあったわけか)
傷裏の警戒心が毎秒上昇していく。その物理的反応として、現在手のナイフは片手につき10本以上あった。
「獅童さん。せっかくですが僕は帰らせていただきます。このままじゃあのスーツよりも赤い液体がこの場に残ることになりますので」
「え、ちょっ……」
慌てて制止しようとする獅童。
それを無視して突っ切る傷裏。
「待ちなさい」
そしていつの間にか入り口に回り込んで傷裏をハグしてがっちりホールドする室井であった。
「…………食べないでください」
「君、わたしのことヤマンバか何かだと思ってないか? いやまぁ、別の意味で食したいけど」
「獅童さん助けて!」
「あー……室井君? そのホールド状態を解くか解雇されるか選びなさい」
あっけなくホールドは解かれた。
「……チッ」
恐ろしく不満げな顔で室井は特大の舌打ちをする。
「ところで獅童さん。僕をこのヤマンバに会わせて一体全体何が目的ですか?」
「室井君が君の戦闘記録を見たらしくな。ぜひ一度会いたいと言ったんだが、まさかここまで暴走するとは」
申し訳ない、と獅童は小さくお辞儀。
「君の戦闘記録を見させてもらった感想なんだが……」
室井は傷裏と獅童をソファに座るよう促し、二人がそれぞれ対面に着席を確認した後で室井は獅童の隣に腰を置く。
室井の目が鋭く変化する。
ゆっくりと、確認するように。恐怖を孕みながら。
室井は、その言葉を生成する。
「君は……本当に人間か?」