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episode6・襲撃

「彼らの目的はなんでしょう?」


 暗く入り組んだ隠し通路を進みながら、傷裏は獅童に問う。


「おそらくデータだろうな。君たちに見せたような機密事項」

「まぁそれが妥当でしょうね。そしてそのデータを他企業に売りつけて自分たちは安寧を手に入れる、か」

「うちは企業だけじゃなく、あらゆる業界の者どもから睨まれた存在だからな。カモとしては絶好の相手だろうさ」


 少量のLED電灯のみが灯っている隠し通路。足元すらろくに見えないが、階段を下っていることは認識できた。


「で、作戦は決まってるんですか?」

「あぁ。『ツァリーヌ』を名乗る連中は現在職員を1階エントランスに集め人質としているらしい。既に対人戦闘部隊の準備は完了。すぐにでも制圧する準備はできているが、外でバーバリアンが構えているせいで迂闊に動けない状態だ」

「対人制圧だけできてもその瞬間にバーバリアンにビルごと破壊されかねない、ですか」

「あぁ。目的はデータのはずだが、本社を壊滅させられればそれだけで奴らの依頼主にとって大きな利益だろうな」


 言っている間に足元は平面となり、目の前は壁、ではなく扉があった。


「君にはエントランスにいる部隊の突入と同時に出撃、ビルを包囲しているバーバリアン全機を撃破してもらいたい」


 獅童が重い扉を開ける。

 メタリックな内装の格納庫には、10を超える数の機体が立ち並んでいた。


「……パイロットの生死はどうします?」

「戦闘不能程度に抑えておいてくれ。万が一撃破時の爆発で市街地に被害が出た場合、こちらの責任にされたらかなわんからな」

「わかりました。それで、僕はどれを使えば?」

「あれだよ」


 獅童が指差した先には吹雪、その改造機が置かれていた。

 純白だったその姿は真紅に染められ、 両手にはそれぞれ赤橋火薬製ライフルが握られていた。


「うちのある変態技術者がチューニングした機体なんだが性能がピーキー過ぎてな、扱える奴が誰もいない始末なんだ」

「変態って……」

「とにかくそれに乗ってもらうが構わないか? あいにく今君に貸せるのはこれだけなんだ」

「都合よくお蔵入りの機体のデータが取れてよかったですね」

「とんだ報酬だな。まぁ君への恩返しはいつかさせてもらうよ」


 傷裏が搭乗し、獅童に教えられたパスワードをコンソールに入力すると目の前にモニターが出現し、起動シークエンスに入る。


『TS002-ベリアル』


 モニターに、かすれた字体で機体名が表示された。この自体は技術者の趣味か何かだろうか。


「……何これ」


 傷裏は画面に表示されるスペック数値を見て愕然とした。


「確かにこれは……人に乗せる代物じゃないね」


 一言で表せばスピード特化。少なくとも、吹雪で行うような機動速度を軽く凌駕していた。


『さて、準備はいいかね傷裏君?』


 ベリアルから少し離れた位置にいる獅童がマイクを通して確認を取る。


「えぇ、いつでも行けます」


 傷裏は頭をコツンと叩く。

 ベリアルが外に通じるシャッターの前まで歩き、ライフルを構える。


『よし、各員に告ぐ。作戦開始!』




 『ツァリーヌ』は、祖国で居場所を失い、日本に密入国したフランス人集団だ。そこに気高き信念や確固たる使命はない。言わば寄せ集め、烏合の衆である。

 ある日のことだ。


『あなた方に黒崎グループの本社を襲撃及び同社の社長、黒崎獅童の拉致をしてほしいのです』


 仲介人と名乗る人物は、どうやってか連絡を取ってきてそう言った。

 わかりやすいほど怪しい依頼。『ツァリーヌ』のリーダー、アルベリック・アルファンは断ろうと思った。しかし、仲介人は前払いとして4000万円を送りつけ、依頼達成後にさらに2億を支払うと言ってきた。

 加えて安定した住居、バーバリアンの提供、そして仲介人の駒となることを条件に莫大な資金援助ときた。あまりの報酬の高さにアルベリックはつい、承諾してしまったのだった。

 現在、アルベリックは黒崎グループ本社を包囲するバーバリアンの中の1機、全身を黒く染めた陸奥に乗っていた。

 ビルは既に占拠し、残す仕事はどこかへと消えた社長のみ。数名の部下に探させているが今のところ朗報はない。

 軍隊は動く気配がない。仲介人は圧力をかけると言っていたが冗談ではなかったらしい。


「さて、後は社長さんを捕まえ……」

『う、うわぁぁぁ!』


 突如、バーバリアン隊の1人が悲鳴をあげた。アルベリックが構えている北門エリアの反対側、南門エリアからだ。


「おい、どうした! 答えろ!」


 応答はない。ただレーダーから味方機を示す青い光点が消滅するのみ。

 それを起点とするかのように、南門エリアの3機の反応が消滅。


「クソッ、敵はどこだ。どっからきた! 誰か報告しろ!」


 アルベリックの怒号に答えられる者はいない。


「東門、西門の奴らは全員南門に回り込め! 挟み撃ちにしてやるんだ!」


 レーダーの光点がぞろぞろと南門へと向かう。

 しかし。


『なんで弾が当たらないんだ! たかが1機だろ⁉︎』

『あいつどこいった! レーダーに映らないなんてそんなのありかよ⁉︎』


 響く断末魔。ビル越しに鳴る爆発音。消えていく光点。


「……冗談だろ、おい?」


 今、アルベリックの脳を埋め尽くしたのは苛立ちや焦りではなく、恐怖だった。一面真っ黒の恐怖。


「……あいつらなんて言った? たった1機? レーダーに映らない? はは……ありえねぇ。ありえねぇだろ……」

『ボス、どうしますか⁉︎ 指示を!』

『ボス! このままじゃ!』


 南門で構えている2人の部下たちがあからさまに狼狽しているわかった。


「……変更だ。作戦変更だ! 制圧班、今すぐ人質を皆殺しだ!」


 アルベリックは通信対象を制圧班に移し命令した。

 これまたしかし。


『あ、あー、テステス。聞こえているかボスさんよぉ』


 知らない声。

 マズイ。


『こちら黒崎グループ所属特務対人部隊隊長、利根川亡露であるぅ。残念だったな、全員拘束できてなくて。人質は全員救出だぁ』


 通信は切られた。


「……くそが。クソがクソがクソが!」


 アルベリックの陸奥が両腕のガトリングをビルに向ける。


「こうなりゃぁぁぁ!」


 アルベリックがトリガーを引く直前。


『ボス、上を!』


 部下の言葉に、反射的に見上げた。

 いた。

 真紅に染められた、吹雪。

 吹雪はビルを飛び越して現れた。

 ちょうど太陽と重ねる点。

 逆光。


「チッ、カメラが!」


 敵機はその隙を見逃さず、まるで流星のように突っ込んできた。

 対して弾幕を張るが全て回避され、敵機は両手に持ったライフルを、明らかに射程外の距離から放つ。

 放たれた弾丸は、吸い寄せられるように部下2機へと飛ぶ。

 直後、両機は黒煙を上げて活動を停止し、レーダーから光点が2つ消えた。


「……は?」


 今、何をされた? 奴は何をした?

 考えている猶予はない。

 陸奥の武装を一斉展開。

 6連装ガトリング、熱源自動追尾ミサイル、2連装スナイパーキャノン。

 斉射。

 豪雨のように駆ける弾丸が敵機と着弾、怒涛の爆炎を巻き起こす。


「はっは……1機相手に何、手間取ってんだか……」


 乾いた薄笑いを浮かべながら、陸奥は改めてビルに砲身を向ける。

 くどいようだが、しかし。

 警告アラームが鳴り響く。


「ロックされた⁉︎ どこ……は!」


 再度見上げる。

 爆炎が晴れたそこに、いた。

 紅い敵機。


「な……なんで……っ!」


 アルベリックは視認し、認識した。

 敵機の前面に、光り輝く粒子が円状に停滞していたのを。

 それがベルリオーズ粒子だと理解するのに時間は要しなかった。


「ベルリオーズ粒子による……バリアだと?」


 それは現代にはまだ構想上でしか存在しない兵器。あるはずのない兵器。

 そこからの事象は実に短的かつシンプルだった。

 敵機はライフルを撃つ。

 弾丸が陸奥を貫く。

 たったそれだけで陸奥は活動停止。

 たったそれだけでコックピットに強い衝撃が走り、アルベリックは意識を失った。




「全機沈黙。作戦終了です」

『あぁ、お疲れ。人質も無傷と報告を受けた』


 黒い陸奥の活動停止を確認した傷裏は獅童に報告する。

 傷裏の行ったことは単純明快。バーバリアンの動力源であるCユニットを直接撃ち抜いたのだ。

 Cユニットが破壊されたことでフレームにエネルギーが供給されず、活動が停止したのだった。

 Cユニットが搭載されているのは下腹部、コックピットの少し下である。排熱処理の問題上、Cユニット前面を守る装甲がなく、弾丸1発分の小さな穴が空いている。

 傷裏はそこを狙った。元々傷裏の操縦技術は並外れているが、それに加えてベース機を凌駕する射撃性能を持つベリアルの相乗効果により、一撃で停止させられたのだった。


「にしても……なんですかこの機体。基本スペックだけでも異常なのに、対レーダーステルスシステムにベルリオーズ粒子による対質熱量バリアなんて……。新兵器のバラ売り状態じゃないですか」

『そんな馬鹿げた機体を、君は乗りこなしたじゃないか。それを使いこなせたのは君が初めてだ』


 傷裏はコックピットの端に映る粒子供給状態を示すモニターを見る。


(粒子量が常にカツカツ。これじゃ長期戦には向かない。短期決戦用、ということか)


 職業病だろうか、気づくと性能の批評を始めてしまい、思わず苦笑した。


「ところで、1つ要望があるんですが……」

『ん?』

「お恥ずかしながら……救急車を呼んでほしいのです」

「……怪我をしているのか?」

「いえ、機体に外傷はないので怪我ではないのですが……」


 傷裏は笑う。微笑ではなく苦笑だ。


「筋肉痛です」

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