episode5・黒崎グループ
最後に訪れた黒崎グループ。当見学会の主催というだけあり、ここだけは別格だった。
まず1つ目。黒崎グループだけの見学先だけは本社である超高層ビルということ。街のど真ん中にそびえ立つそれは、一種のシンボルとしても機能していた。
傷裏たちが集められたのはビル最上階の広い会場。
そしてもう1つ。
「今日、弊社が君たちに提供するものは企業秘密ゆえ、箝口令を敷かせてもらう。他言した場合は……言わずとも察しがつくだろう」
ガイド役の壮年男性は悪びれもなく、かつ今までのガイドとは違った高慢な口調で言った。生徒たちはその内容の重要性を悟り、黒崎グループならやりかねないと理解した。黒崎グループなら学生の1人や2人の存在を消すことは造作もないだろう。
そうまでして秘匿情報とやらを与える理由、それは黒崎グループが日本エリアの政界すらも揺るがす地位をもつと同時に、社そのものの存続が危ぶまれていることに他ならない。
バーバリアン技術が日本に伝わった当初、黒崎グループはいち早く製造技術を手に入れ、それまで行っていた自動車製造業からの路線変更を成功させた。
そこから巨大企業まで急成長するまでの手法は、道徳的とは言えないものだ。裏金、脅迫、暗殺といったことを数多く行い、現在の地位をもぎ取った。
黒崎グループが上記のような行動を行っていることは国民にとっては周知の事実だが、咎める者はいない。それほどに、今の黒崎グループは力を持ってしまったのだ。
そんな黒崎グループだが、近年はその影響力が若干ながら衰微を始めている。
理由としては、敵を作り過ぎたことだ。咎める者はいなくても、恨みを抱える者はいるということ。黒崎グループは複数の子会社によって経営を行うことはできるゆえ明確化しないが、系列外のほぼ全ての日本バーバリアン企業が結託し、黒崎グループの失墜を目論んでいるのだ。
それにより、黒崎グループは何割かの技術者を他企業に引き抜かれている。そのため黒崎グループの経営は安定はするが成長はできず、有能な技術者を求めていた。
そのための企業見学会だ。そして箝口令を敷いてまで生徒に企業秘密を語るということは、後戻りのための道を崩し、黒崎グループに来なければどうなるか、という脅迫に似たものを生徒に植え付けるためなのである。
ちなみにこのガイド役の男、黒崎グループの現社長である黒崎獅童だ。それほどの人物がこのような場に出る時点で黒崎グループの危機感が手に取るようにわかるというものだ。
「今日紹介する情報は、まだ正式発表どころか設計図程度しかできていない新型機体の情報だ。これほどレアな、そして危なっかしい情報はそうそうないだろ」
獅童はくくっ、っと笑いを堪えるように言った。その言葉は生徒たちを脅かす冗談のはずだが、生徒たちは残りの大半を占める『脅迫』の面でその言葉を受け取った。
「まずは手元にある資料の3、4ページを見てもらいたい」
傷裏は小さなアクシデントに遭っても眉1つ動かさず対処する自信がある。
だが、これにがさすがに絶句した。
「皆は弊社の吹雪シリーズについてよく知っていることだろう。吹雪、白雪、初雪と3番機まで市場には出ているが、これはその新型の4番機、深雪だ」
吹雪シリーズ恒例の白を基調として黒いラインが引かれている全体的に細く鋭利なフォルム。そして本機体の特徴である頭頂部の細い三角錐型の角型レーダー、背部、肩部に増設された大型ブースター。
「今までは機体への負担を最小限に抑えつつバランスの良いスペックを確保することを目的としていた吹雪シリーズだが、この機体は言わば例外だ。深雪は火力、装甲はそのままで、他の並走を許さない圧倒的な機動力を持つ」
傷裏は隣の席に座る黒崎をチラッと見る。顔は平常を装っているが、手は小刻みに震えていた。
「しかし高すぎる機動力はCユニット、そして各関節部との折り合いがつかず、今現在も優秀な設計技師たちが奮闘しているところだ」
B鉱石から生成されるベルリオーズ粒子の量は一定だが、Cユニットの性能、主に粒子供給速度の違いで機体の反応速度や運動性能は大きく変わる。
傷裏は不審に思った。深雪は設計図程度どころか既にロールアウト寸前までいっていたはず。そして設計不備が発覚して表舞台に出ることなく開発計画は凍結したはず。黒崎梨々香はその設計不備が原因でテストパイロットの座を降りたはずだった。
(と、いうことは……)
考えられることは2つ。
1つは黒崎梨々香のトラウマを抱えていること自体が嘘というもの。しかし深雪の資料を見る梨々香は明らかに平常心を乱しているためこれは却下。
もう1つ……というより傷裏はこちらで確信しているわけだが、黒崎グループは深雪の事故を丸ごと隠匿するつもりらしい。
(ま、僕からしたらどうでもいいけど。被害者である黒崎さんには相応の手当がされてるみたいだし、あれを隠して困る人なんていないだろうし)
そして限定的だが深雪の存在を公に公開するということは、今度こそ安全な設計で挑むつもりなのだろう。それなら傷裏が咎めることは何もない。
話は移る。
「次は5、6ページを見てもらいたい」
資料に記載されたその機体を、今度こそ傷裏は知らなかった。
「吹雪シリーズ5番機、叢雲だ」
白銀の機体、叢雲の姿形は深雪に近いものがある。シャープだったフォルムが若干滑らかになり、単眼だったアイカメラが複眼となり、より人間に近くなっていた。
「叢雲は現代最高峰の汎用性を誇る。その理由は搭載されているCユニットにある。このCユニットは特別性であり、状況に応じて全身各部に供給するベルリオーズ粒子量を調節できる機能を持つ」
ベルリオーズ粒子が生成される量は一定、同時に全身への供給量はパーツの性能により一定であり、パーツとCユニットの差により生まれる余剰粒子の一斉放出を除けば特定のパワーしか出せない。それが通説だ。
「これにより可能となる点を挙げよう。叢雲は吹雪シリーズ恒例の軽量機だ。よって高重量の武装を持つだけのパワーは腕に供給されない。しかし、例えば左腕の分の粒子を右腕に回せば右腕で大型バズーカを持たせることができる」
おぉ、と生徒たちはどよめく。
今までのバーバリアンを圧倒的に上回る汎用性の高さ。それが叢雲の絶対的な武器。
「当然デメリットも存在する。叢雲は粒子の供給配分を常にパイロットがマニュアル操作で行わなければならない。つまり叢雲のパイロットに求められるのは高い操縦技術や高機動によるGに耐えられるというのは当然だが、それに加えて粒子配分に気を配れる並列思考の持ち主ということになる」
果たしてそのようなハイブリッドな人間が存在するだろうか。バーバリアンはただでさえ操作系統が複雑で、パイロットの数が限られている。その上でさらに適性者が減ることは企業の利益的にも避けたいはず。
傷裏は思う。自分なら、それができるのではないかと。自意識過剰ではなく。
「さて次だが……」
獅童が別の話に移ろうとした時、事件は起こった。
突如として鳴り響く轟音。
後を追うように凄まじい衝撃がビル全体を襲う。
「な、なんなんだ一体⁉︎」
獅童はすぐさまスーツの内ポケットから携帯を取り出すが、画面を見た直後、携帯を投げ捨てる。
「こんな所で圏外だと! クソッ、電波妨害か!」
吐き捨てるように放たれた今の一言で、先刻の事態が獅童の想定外の、かつ人為的に行われたものだと推測できた。
「落ち着いてくれ! 情報がない今無闇に動くのは危険だ。待機、ここで待機してくれ!」
獅童は皆にそう言ったが、情報がない以上皆の不安は取り除かれない。しかし最善策が見当たらない今は獅童に従うしかなかった。
それから数分後、中年のスーツ男が会場に転がり込んできた。
男は獅童の元まで駆け寄って耳打ちをする。
「……チッ、強盗風情が粋がりやがって」
獅童が苦虫を噛み潰したように言ったその部分だけはしっかりと聞き取れた。
「トラブルが発生した。生徒及び教員諸君は担当の指示に従って隠し通路を通り地下シェルターへ避難せよ」
(地下シェルター、か。大企業本社はそんな物まで抱えてるのか。意外と金の余裕はあるのかな)
「あ、それとだな」
中年スーツ男が一同を誘導している時、獅童は片手で皆を制した。
「傷裏龍、という生徒は誰だ?」
不意に自分の名が呼ばれて一瞬驚いたが、傷裏は手を上げ群衆から出る。
「……僕です」
「……なるほど君か。娘が世話になっている」
「いえ、僕は何も」
獅童が柔和な笑みで差し出した手を軽く握る。
群衆が隠し通路に入って行くのを確認し、獅童は一息つく。
「そうか、まぁいい。……要件を述べよう。君にはこの間だけ、弊社の戦力になってもらいたいのだ」
「戦力?」
「君には現状を説明しよう。ついさっき起きた衝撃はエントランスに仕掛けられた爆弾によるものだ。直後に推定9人の侵入者によりこのビルは占領された。ここまで来るのも時間の問題だろうな」
「犯人グループは?」
「彼らは『ツァリーヌ』と名乗っているらしい。聞き覚えは?」
「ツァリーヌって確かカクテルの一種か……。語源から察するにフランス人の工作員か密入国者かそこらでしょう」
「……チッ、日本のセキュリティはどこまでガバガバなんだ、全く」
再び、獅童は吐き捨てるように言う。
「それで、僕は何をすれば? 期待を裏切って申し訳ないですが、僕は侵入者を撃退できるほどの身体能力は有してないですよ」
「侵入者については心配ない。階下には既に対人戦闘部隊を放っている。君には今からバーバリアンに搭乗してこの本社ビルを包囲している敵バーバリアンを殲滅してもらいたい」
「……バーバリアンまで持ってるんですか」
「あぁ。そして軍隊は動かない。弊社は基本恨まれているからな。本社が潰されてもどこかの企業が生産ラインを買収するだろうな」
今日本が黒崎グループの技術力を失うわけにはいかないはず。なら、どこか資産を多く持つ企業が買収するのは火を見るよりも明らかというものだった。
「僕以外の戦力は? まさか兵士となりうる人材が皆無とは言わないでしょう。テストパイロットは多く抱えているはずでは?」
「今日出社したテストパイロットは総員中約半数。その半数は全員『ツァリーヌ』に拘束されたと情報がある」
「……僕としては構いませんが、上司の命令なしで動いていいものか」
「電波が通じないんだ。今回は特例ということだ。それに、俺に恩を売って損はないとは思わんか?」
「……わかりました。やりましょう」
「それはよかった、感謝する。さぁこっちだ。別の隠し通路から1階の格納庫まで急ぐとしよう」