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episode52・謝罪と異形

「……25000……ファミレスで使う金額じゃないよ、これ……」

「ま、まぁ……ごめんね、大尉ちゃん。いくら奢ってくれるとはいっても正直やり過ぎたと本気で反省しています、すいません」

「い、いえ……謝らなくてもいいんですけどね……ははっ」

「あ、あの……本当にごめん。私の食べた代金はあとでちゃんと返すから……それで許してお願いします」


 ファミレスの帰り道、神野はどこか悲し気に遠くを見ながら乾いた笑いをこぼし、『あの』戸田が真面目に反省していた。

 会話の文面から察することができるだろうが、あの食事の合計金額は25000という快挙(怪挙?)を達成した。一応神野の手持ちの現金でなんとかなったが、もう現金はすっからかんである。

 ちなみになのだが、現在歩きながら神野の横で申し訳なさそうに謝罪を続けている戸田であるが、彼女の消費金額は小計約6000円。合計の半分にも満していない。

 では犯人は誰か? 決まっている、アウラである。彼女の小計は約17000。もう犯人確定である。

 そんな被告は今現在、神野のブラックモードには我関せずといった状態だった。ちなみに表情が示す感情は満足、である。悪意などこれっぽっちもあるはずがない。


「この子、メンタル最強ね……」

「というか、食事に対して異常に貪欲なだけなんだけどね……」


 黒崎の半歩引いた感想に傷裏が苦笑いで返す。

 自分もこれぐらい貪欲に生きるべきなのだろうか、と傷裏は自身を見直し、即座に却下する。少しぐらいは欲を出してもいいとは思うが、アレを基準に考えるのはアウトだ。


「……ってあれ?」


 なんだか戸田と神野の様子が変だ。いや、別に構図が変わったというわけではない。戸田は絶えず謝り続け、神野はそこまで謝らせていることに自責の念を抱いて逆に頭を下げている。

 だがなぜだろうか。ちょっと前から戸田の謝罪に謎の官能的な雰囲気が放出され始めてきた。戸田はそんな自覚は皆無なのだろうが、どうしても彼女の体質上、そういった面が表に出てしまう。

 戸田の各所から流れる汗はその肌を艶やかに魅せ、謝罪を続けることで生じる疲労による荒い息遣いは何かしらの色気を生む。神野もそれに気づき、頬を赤らめる。


「本当にごめん、本当にごめん」

「いえ、ですから本当に心配する必要はないんですって。そんなに謝らないでください、こっちが辛くなります」


 その辛いは自責的な意味合いと色気に当てられそうという複数の意味を有していることに戸田は気づかない。さすが初期フォーマルが官能で構築された女性、格が違う。そう黒崎が悔しそうに思っていたことは内緒だ。


「怒ってるんだよね? うん、そうだよね、わかってる、わかってる。どうしたら私は許してもらえる?」

「ちょっ、だからそんな謝らなくていいですって! それよりなんか近い……ていうかなんで今日に限ってそんなにマトモなんですか!」


 マトモなのは誠意であって雰囲気ではないことを突っ込んではいけない。


「じゃ、じゃあ今度何か奢ってください! これでチャラです、いいですか⁉︎」

「あ、うん……わかった」


 なんとか神野が代替案を提示し、戸田は渋々それを承諾した。

 このままではなんとも言えぬ微妙な空気が一帯を充満してしまう。そう考えた傷裏は話題を必死に逸らす。


「え、えぇっと、神野さん。これからどうするんでしたっけ?」

「え? あぁ……うん。とりあえず予約してあるホテルに行ってチェックインしておこう。この荷物も持ち運ぶには邪魔だからね」


 神野は自身の手に持つ車輪つきのバッグ……コロコロなどと呼称されるものを見る。そしてその他一行も同様に自身のバッグを見る。確かにこれで動き回るのは面倒というものだろう。


「…………」

「ホテルまでどれくらい歩くのか、ってアロラさんが聞いています」

「ここから徒歩で10分……かな」

「まぁそんなもん、な距離ですかね」


 ということで、徒歩で移動を開始する。話によるとこの人通りの皆無な大通りをひたすら歩けば目的地には着くらしい。

 ちなみに、今日は猛暑だ。ただでさえ夏だというのに、福岡の気候は何かと熱帯的らしく、結構暑かったりする。普段ウィンター装備の黒崎ですら今日はクールビズを起用している。

 そのためだろう。アレの異質さがよくわかった。

 黒く厚いロングコートを羽織った20代と思われる女性。髪はブロンドのストレート、グラサンを着用している。

 そんな異質な人物が目の前で、傷裏たちを見つめて立っていた。


「傷裏、アレってなんか……」

「うん、普通には見えないね」


 傷裏が言っているのは外見的な奇妙さだけでなく、内面的……もしくは感覚的な奇妙さだ。なぜかは不明だが、アレには近づきたくないと、本気で思えた。

 生物的な反射感覚だろうか。嫌悪に近い恐怖を感じた。

 例えるなら……仲介人、東郷の作ったクローンたちに抱いた感情と同義に近い。

 近いというだけで、同義というわけではない。仲介人の場合は『言葉で説明できない異様さ』だっが、 目の前のこれの場合は『言葉で説明できる奇妙さ』だ。

 ソレに気づかれないように注意を向けつつ、傷裏たちは横を通り過ぎる。

 その最中、アクションは一瞬だった。

 女の腕が、異形に変貌した。


「っ⁉︎」


 それを認識したのは傷裏、戸田、そしてアウラだった。

 そのため、3者3様の対応を速攻で取る。


「伏せて!」


 傷裏は叫びながら黒崎を、戸田は神野を全身で被さるように身を下げさせ、アウラはアタッシュケースから拳銃を取り出して、女の異形の腕に躊躇なく発砲する。

 3発の銃声が鳴る。

 が、女の悲鳴や流血は永久に訪れない。

 傷裏は顔を上げ、異形の姿をハッキリと認識する。

 例えるならそれはタコの足。吸盤のような丸い突起物がいくつも見られ、人の腕としての形状を完全に捨てた紫色のそれ。ロングコートの裾から伸びているというのに、その長さは人間の身長並みだ。


「な……何、あれ……っ」


 黒崎が信じられないという風に女を見る。その表情は文字通り驚愕、いや、むしろ恐怖が正当な答えだろう。


「チッ!」


 傷裏は両手から何本ものナイフを展開、それら全てを異形部分以外に投げつける。そしてアウラもまた拳銃を連射して援護する。

 対して女は異形を振るう。しかしあの長さだ。そう簡単に振れるものではないだろうし、1本だけでは到底捌き切れるはずがない。

 そう認識していた。

 誤認していた。

 異形の突起物から、さらに細いタコの足のような異形が出現、それらは独立して動き回り、飛んできた障害を全てはたき落とした。現状の姿をわかりやすく説明するなら、植物の主根と側根を思い浮かべれば容易と思われる。

 アレは異常だ。それは見ての通りであり、体感しての通りだ。弾丸を弾くとは一体何事だという話だ。強度もそうだが、何より対応できるだけの速度を叩き出せるという点だ。

 そして、今のでわかったことが1つある。


「あの人……腕以外はあの強度を有していないのか」


 もし異形と同等の強度を有していたなら、異形で弾く必要などないのだから。

 当たったら危険と判断した証拠だ。


「なら……あれの反射を超えるしかない。……大丈夫、殺さない。僕は殺さない。アレを捕縛して情報を得るんだ、そう、それを理解しろ、僕……」


 自分に強くそう言い聞かせる。そうでもしておかないと、自分は歯止めが効かなくなってしまうと思った。

 兵藤の言葉は、異様なほど傷裏の心に影響を与えていた。

 それがいい意味にしろ悪い意味にしろ。

 始めは小さく、かつゆっくりと、確実に、侵食を開始していた。


「戸田さんは皆と安全な場所まで逃げて2人を守ってください。アロラさん、アレの動きを止める。手伝って」

「わかった!」


 戸田はその言葉に即座に反応し、黒崎と神野を連れてその場から退散する。

 その時戸田は何も言わなかった。「子どもだけに危険なことはさせられない」や「自分も戦う」とは一言も。

 辛いことを言うようだが、戸田は理解していたのだろう。この場合自分はなんの役に立てないことを。だからせめて、傷裏の要望を聞き入れようと即決したのだろう。

 それを確認し、傷裏は視線を一瞬だけアウラに向けた。無口な彼女からは返答があることは期待していないのでアイコンタクトで連携を取る必要がある。

 だが、傷裏は思わず二度見した。それは傷裏の視界映っていたものが予想を裏切っていたからだ。


「…………っ!」


 普段、どんなことがおころうとも、驚こうが悲しもうが辛かろうが微動だにしていなかったアウラの表情が。

 誰にでも理解できるほど、驚愕と恐怖に染まっていたのだから。

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