episode4・企業説明会
企業見学会当日。
見学先は全て傷裏たちの学校から車でで1時間以内の製造工場であり、本社を訪ねるわけではない。
バスを使った1日がかりである。見学というよりはバスツアーといった方がしっくりくるであろう。
窓側の席に座る傷裏の視界には綺麗な大海が映る。バーバリアンや戦場などといった血生臭い日常を感じさせない大自然。心が晴れていく光景だ。
しかし、今の傷裏、その肉体と精神は戦場だった。
「……というわけでここの装甲を削れば旋回速度が飛躍的に上がると思うんだよ。加えて演算ソフトもこのタイプに変えれば射程は減るが1.5倍の機動性が叩き出せるんだ。龍はどう思う?」
「ごめん……話しかけないで。これ以上は……死ぬ……うっ」
「ったく、バーバリアンは大丈夫なのに車は酔うってどういうことだよ……」
基本的に柔和な笑みを絶やさない傷裏であるが、今だけは違う。その顔は真っ青であり、最早ゾンビの類である。
「一応……車は大丈夫。バスだけダメなんだ……」
「なんだよその限定条件……」
隣の席の青島は呆れるような目で傷裏を見る。
「ごめん……少し、寝させ……」
「はいドーン!」
強烈なチョップが傷裏の後頭部を襲う。犯人は後ろの席に座っていた柳沢である。
「ドラちゃ〜ん、私程度に後ろを取られたとあっちゃぁテストパイロット失格じゃないかしらぁ〜?」
「……おい織、今はこいつを安静にさせてやってくれないか? こいつはバスに……あ?」
青島は気づいた。隣の席の男が前の席に突っ伏すように気絶しているのを。
「……龍? おい、大丈夫か?」
揺すってみるが変化はない。とりあえず体を起こして背もたれに寄りかからせる。その顔は何かに驚いたような、すごい表情で固まっていた。何に驚いたかは言わずとも問題はないだろう。
「織……お前のせいだぞ?」
「あっちゃー……ドラちゃん弱いなぁ。本当にテストパイロットやってて問題ないのかなぁ」
「バスには酔うんだとさ」
最初の目的地に着くまでには起きるだろうと、青島は起こすのをやめた。
「青島さん、ちょっといい?」
傷裏の前の席から黒崎の頭がひょっこり出る。
「どうした?」
「あの……誤解せずに聞いてほしいんだけど、傷裏君ってどういう人?」
「どういう意味だ?」
「人となりというか、普段の生活というか、テストパイロットのこととか」
「っと言われてもなぁ……こいつは見ての通り自己主張はしないわ腑抜けてるわその上バスに酔うわと色んな面で可哀想な奴だ」
「結構ボロクソに言うわね……」
ただ、と青島は付け加える。
「自己主張はしないが他人の意見を出しやすい場の空気を作り、腑抜けているが相手を常に尊重し、バスに酔うがバーバリアン操縦技術は神がかってる。こいつは最高だよ」
操縦技術の話をした瞬間、黒崎の目が鋭くなったように見えたのは気のせいだろうか。
「随分語るね」
「お前のセリフを借りれば、誤解せずに聞いてほしいんだが、私は別にこいつに惚れてるとかそういうのじゃないぞ?」
「そうなの?」
「みんな誤解してんだよなぁ……」
青島はため息と共に頭をかきむしる。苛立ちというより呆れているといった感情が垣間見える。
「これは別にフラグとかじゃない。私がこいつに惚れてラブコメ直行なんて展開は絶対にない。私は腑抜け野郎に恋するほど馬鹿じゃない」
青島はそう言い切り眠りについた。
会話の相手がいなくなった黒崎は席に座り、小さくため息をつく。
「……収穫なしか」
最初に訪れたのはヤタガラス社。
「我がヤタガラス社の開発するブースターの持ち味は消費エネルギーの少なさと軽量性です。さて、ここで1つ問題です。バーバリアンの動力源であるエネルギーはなんでしょうか。そこの君」
会議室のような場所。ガイドを担当する20代ほどの男が規律良く座る生徒の一団から1人を指差す。唐沢だ。
「あ、俺ですか? ベルリオーズ粒子ですよね、確か」
「はい、正解です。かのアダム・ベルリオーズ博士が発見したためこの名がつけられてるのは皆さんもご存知かと思います」
ベルリオーズ粒子はB鉱石という特殊金属に微量の電流を流すことで発生する粒子であり、粒子が持つ多大な熱量は効率良くエネルギーを生産する。
胴体部に積まれているCユニットという、B鉱石で構成された動力炉に電流を流すことでベルリオーズ粒子を発生、熱量をエネルギーに変換することでバーバリアンは稼働する。
「ベルリオーズ粒子は電流を流すだけで無尽蔵に生成できますが、毎秒発生させられる量は限られています。よって、ブースターにばかりエネルギーを回していれば他の部分、駆動系やレーザー兵器へ回すエネルギーが不足してします。また、重量が重ければそれを持ち上げるだけのパワーを出すエネルギーにも割く必要があります」
B鉱石から発生する粒子発生量は決まっており、鉱石のサイズや電流の強さを変えてもこれだけは変わらない。
「よって我が社は『多を求めず負を得ず』をモットーとした安定した性能の製品開発を行っています」
つまりは平均的。推力は高いとは言い難いが軽量化とエネルギー消費軽減に成功しており、軍部からの注文が多い。専ら主力である吹雪に搭載される。
「続きまして我が社の主な製品のご紹介を……」
「なぁなぁなぁなぁ」
ガイドが生徒たちに配ったパンフレットの沿って製品解説をしている時、傷裏の肩を青島が揺する。見るとその目は新しいおもちゃを手にした子供のように光り輝いていた。
「すごいなすごいな! あれ私の機体にピッタリじゃないか! あれだあれだあれだよ!」
「……まぁ青島さんがここの製品に反応することは想像がついてたよ。てかこれ以上揺すらないで……うっ……」
バス酔いの余韻が残っていた傷裏だった。
「皆さん、バーバリアンの持つマニピュレーター技術がどれほど偉大なものか知っていますか?」
続いては赤橋火薬。ヤタガラス社と同じような会議室らしき場所でガイドを担当する若い女性社員はそう切り出した。
「マニピュレーター技術は数世紀前、産業用ロボットとして開発されました。これの登場により、人間では手に負えない災害時の人命救助、高難易度外科出術の補助、果てはルービックキューブなる昔のオモチャを動かして観衆を喜ばせるための娯楽機器としての役割もこなしていたそうです」
ガイドの背後にある壁型ディスプレイに映像が映し出される。複数の関節により動く当時のマニピュレーター機器。それが2つ設置され、先端にあるアームが6色正方形の物体を動かしている。皆は持つ知識によりこれがルービックキューブなるものと理解した。
正直な意見、これを見ている生徒、教員の全員が『不恰好な機械』という印象を受けた。それほど、その時代と現代では技術力が違うのだ。
「そんなマニピュレーター技術を搭載することでバーバリアンは兵器でありながら人間さながらの精密駆動ができるだけでなく、ハンドガンやライフルといった人間用の武器を装備し、状況に応じて『持ち替える』という行為を可能としたのです」
画面が暗転し、ライフルの画像が表示される。
「赤橋火薬製品の課題は、どれほど腕部に負荷を与えないかの一点に尽きます。軽量性と低反動性、そして扱いやすさを一番に考えています」
画面のライフル、名はAR-03。実戦配備されている日本製機体のほとんどが装備するライフルだ。飛距離、威力は共に中の中といったレベルだが、フレーム等に与える負荷が低く、フレームの磨耗や劣化が抑えられる。ヤタガラス社の言う『多を求めず負を得ず』の精神に近いものがある。
「うぅぅぅ……」
唐突に鳴りだしたうめき声の音源は柳沢。口を尖らせていかにも興味ないですオーラを発していた。
「……なんか地味ぃ」
高火力機体設計を旨とする柳沢から見れば、先ほどのヤタガラス社も赤橋火薬も興味がわくものではないのは仕方ないことだろう。
「そもそも、なんで見学先が黒崎系列の会社ばっかなの? 馬鹿のばっかじゃん。地味になるのは必然じゃん」
「別にうちの会社のコンセプトは地味な機体、ってわけじゃないこと今一度理解してもらえない?」
理不尽な柳沢の暴言に、ある意味標的の一部化してしまっている黒崎が困惑しながら言葉を返す。
「あ、怒らないで。これはあくまで私の個人的感想であってBちゃんを怒らせる気はないんだ。ごめんね」
手を合わせて頭を小さく下げる柳沢。
しかし、黒崎が今1番疑問を抱いたのはそこではなかった。
「……Bちゃん? それ私のこと?」
「黒崎だからクロちゃんにしようとも考えたけどそれだと単純だし。ほら、私って龍ちゃんのことドラちゃんって読んでるけどそれって龍の英語読みなわけじゃん?」
「いや、知りませんよ」
「だからBちゃんはブラックの頭文字……いやこれも地味か。地味キャラなんてシマちゃん1人で十分だし」
「くしゅっ」
少し離れた席で青島が小さくくしゃみ。噂とは末恐ろしいと柳沢は軽く思った。
「じゃあB……ビッちゃん……ビッチちゃん?」
「色々言いたいことはあるけどとりあえず却下」
「ぶー……じゃもうクロちゃんでいいや、地味だけど」
「人の名前を地味地味言わないでお願いだから」
ちなみにこの時傷裏は熟睡中、唐沢は隠れて設計アプリをいじっており、このグループの中で真面目に話を聞いていたのは『バランス重視』の言葉にテンションを急上昇させていた青島だけだった。