episode42・上司と後輩
戸田が運転する大型車で、傷裏一行3人は揺られていた。後部座席の右側に傷裏、左側に黒崎。ちなみにこの車は右ハンドルだ。
「ねー傷裏、なんで私も招集されてるの?」
「呼び出し主は大尉ですから戸田さんも管轄範囲内なんですよ。多分理由あっての招集なんですよきっと」
「理由なき招集だったらあの子殴るわ」
気怠そうに運転して質問する戸田をなだめるように傷裏は返す。
傷裏が大尉、戸田があの子、市原が課長君、そして国防特務課を存続させたとある人は、皆同一人物である。
「大尉が無意味に戸田さんの時間を割こうとすると思いますか? あの人には無理ですよ」
「そうよねー、あの子てんで臆病君だし」
「戸田さんを怒らせたら怖いですからね」
「ちょっと傷裏、それどういう意味?」
軽口を叩く。戸田を弄るのもなかなか面白いと気づいた。度が過ぎたら殺されるが。
「あ、あのー……」
今まで口を開かなかった黒崎が、1歩引き気味に挙手した。
「さっきから話題に上がってる人って一体誰なんですか?」
「あ、そうか。梨々香ちゃんは特務課にはいないから知らなくて当然か。あの子はまぁなんというか……一言で言えば」
言葉を模索、そして結論。
「上司」
「初めまして、黒崎梨々香さん。ボクは国防特務課課長の神野博之といいます。以後よろしく」
癖の強い黒髪、シワのないスーツ、黒縁のメガネ、人当たりの良さそうな顔。その点から考え、目の前で名刺を差し出している若い男性が礼儀正しい人物だと思えた。
「大尉、ご無沙汰しています」
「あぁ、傷裏君。ごめんね、わざわざ呼び出して。直接話した方がいいと思ってね」
傷裏と神野は互いに何回も頭を下げる。この2人は何か小動物チックな雰囲気を感じる。あと和む。凄く平和な空間が生まれている。
「やぁ課長。元気してた?」
「元気……ですけど、とりあえずボクの頭をかき乱すのやめてもらっていいですか? 凄く痛いんで……」
戸田と神野はというと、何やら主従関係が逆転していた。主従というよりかは、戸田が神野を弄んでいるというのが正解だろうか。
とにかく、二言三言会話してから、4人+市原は小さな会議室に移動する。
目的地までの廊下で、遭遇した。
髪はポニーに纏められたブロンド、服は黒を基調として白のフリフリがついたロングスカートのゴスロリ風衣装、右手には大きなアタッシュケースをかけた小柄な少女。イメージとしては西洋人形だろうか。
少女の口は何も語らず、目も語らず、表情も語らない。
その少女は黒崎の知らない人物だ。確実に知らない人物だ。この機関で彼女を見たことは一度もない。そして少女から流れ出る危険な雰囲気。つまりは……。
「敵!」
そう認識した後の行動は早かった。身を低くしつつ疾駆、傷裏たちが気づいた時には既に少女の懐まで接近していた。
「黒崎さん、ダメだ!」
傷裏が何か言っているが黒崎の耳には届かない。
「鎮める!」
黒崎のボディブローが、少女の腹を捉えた。
いや、違う。
「っ⁉︎」
黒崎の拳が捉えていたのは、少女のアタッシュケースだったのだ。
少女は表情を変えることなく、アタッシュケースを振るうことで黒崎から距離を取る。
「…………」
少女は身を翻しながらアタッシュケースを開放する。
アタッシュケースの中は何丁もの拳銃がひしめき合うように配置されていた。
「ちょっ⁉︎」
素早い動作で1丁の拳銃を取り出し、黒崎に対して構える。
(でも……この距離ならっ!)
この距離なら、拳を届けることが不可能ではない。
先程と同様に駆け、目の前に出る。
黒崎の拳と少女の拳銃。
互いの力が互いを潰さんと……。
「そこまで!」
2人を止めたのは傷裏だった。彼は2人の間に割って入り、それぞれの喉元に自前のナイフを突きつけていた。
彼はいつ動いたのか、いつ2人の間に侵入できたのか。そんなこと、黒崎にとっては関係なかった。問題は、傷裏があの少女だけでなく自分にもナイフを向けていることだ。
「黒崎君、どいて。そいつは敵よ。言ったわよね? 私は傷裏君の障害を全て打ち砕く」
「落ち着いて、黒崎さん。彼女は敵じゃない。アウラさん、その銃を下ろしてくれ」
傷裏が頼むと、少女は異様なほど素直に拳銃を持つ腕を下ろした。
「紹介するよ、黒崎さん。彼女はアウラ・アロラ。ここの機関員で、黒崎さんの1年先輩だよ」
「……え?」
「黒崎さんが知らないのも無理はないよ。だってアウラさんはほとんど機関に顔を出さないからね」
「……マジで?」
黒崎は目を点にした状態で少女……アウラに問うと、アウラは無言で小さく首を縦に振った。
数秒の沈黙である。
からのアクション。
「すいませんでした!」
全力で頭を下げた。というか土下座だ。そりゃあもう全力で謝るとも謝りますとも。これはさすがに洒落にならない。まさかの同じ職場の仲間だったというオチだ。これは心に突き刺さるものがある。罪悪感が異常な割合を占めている。
大体1分弱、ひたすら頭を下げ続けた。誠心誠意下げ続けた。
そうしてやっと、答えは返ってきた。
「心配しないで、今まであいさつしていなかったアタシにも原因がある、って言ってるよ」
傷裏が代弁してくれた。少女は何も言っていないが、どうやら傷裏は何を言いたいかわかっているらしい。現にアウラは先程から首を縦に振っている。
黒崎が頭を上げると、少女はこちらを超至近距離で見つめていた。無表情で見つめられ、反応に困る。何が言いたいのかさっぱりだ。
「あいさつを求めているみたいだよ?」
またもや傷裏の翻訳が入る。なぜあの表情だけでそこまで的確に読み取れるか不明だが、わかるのだから仕方ない。
「私は黒崎梨々香、ここの機関員です。よろしくお願いします」
「あ、黒崎さん。さっき僕はアロラさんのことを先輩と言ったけど、それはあくまでここの機関員としての時間が長いってだけで、年齢は15歳。同じ学校の後輩だから」
「……?」
「だから、職場では先輩だけど、学校では後輩なの」
先輩であり、同時に後輩でもある。
黒崎の思考はパンクしていた。
年齢が低いから後輩。よし、理解した。
しかし、年齢が低いのに先輩。これは?
人生経験の浅い黒崎では、これの理解に時間がかかった。
「え? ちょっ、アロラさん、それは違うよ。別に僕と彼女はそういうのじゃ……」
黒崎の思考が回復するまでの間、傷裏とアウラは何やら会話(?)のようなやり取りをしていた。その間、傷裏は何回か挙動不審になったり赤面していたのはなぜだろうか?
「よし、整理オッケー!」
そうやって、なんとか思考回路を正常に戻すことに成功した。
「珍しいね、アウラさんが家を出るなんて」
「ボクが呼んだんだ。今回の依頼はできるだけ多くの人手がいるから」
「……一体僕たちに何をさせる気です?」
「まぁそこは追い追い話すよ」
アウラを含めた一行は、再度歩を進めた。
会議室は横長の机が1つと複数の椅子が並べられた簡素な装いだった。6名は自然と腰掛ける。手前に黒崎、傷裏、アウラ、奥側に市原、神野、戸田の順だ。
「今回ボクは君たちに仕事の内容を話すメッセンジャーとして送られた。要は小間使いだね。君たちと接点を持つ人が少ないからというのも理由の1つだね」
神野はそう切り出した。
「君たちは、ブレイン社という企業を知っているかい?」
「確か……演算ソフトの国内最大手ですよね?」
傷裏の確認に、神野は小さく頷く。
「そのブレイン社からね、製品テストの対戦相手を誰か貸してほしいと上の人たちに要請があったらしいんだ。今回はその対戦相手を君たちにやってもらいたい」
「でも課長、それってわざわざ梨々香ちゃんやそこのアウラちゃん? みたいな特務課とは無関係の子たちを呼ぶ必要ないんじゃないの?」
「そうですね、戸田さん。普通なら傷裏君1人でも十分なんですよ。でも向こうが4人ほどと言っているので。相手はかのブレイン社、ここで話をこじれさせて国防への流通を止められたら終わりですので」
国防軍に配備されているバーバリアンのほとんどはブレイン社の演算ソフトを使っている。万が一向こうが流通契約を破棄すると言い出せば、日本の軍事力は死んだと言っても過言ではない。
余談だが、嫌なことにブレイン社はEUCにも手を伸ばしているグローバル企業。日本が滅んだとしても逃げ道はあるのだ。
「ということで、特務課の2人の仕事が回ってきました。特務課……特に傷裏君は、今は違うけど一時期は税金泥棒なんて言われる始末……あ、ごめんね。こんなこと本人の前で」
「大丈夫です。続けてください」
「うん。これで2名は決定したんだけど、あと2、3名必要らしかったんだ。でも特務課はなんだか……さっきも言ったような色々があるせいであまり好まれていなくてね、同行してくれる人はいなかった」
「だから私たちに白羽の矢が立ったんですね?」
「理解が早くてありがたい」
つまりはそういうことだ。
傷裏もしくは戸田と接点があり、なおかつ彼らと友好的な人物。軍属、そうでなくとも近しい機関に在籍する者。
「場所は福岡、2、3日がかりの宿泊式だけど、黒崎さんとアロラさんはいいかい?」
「構いません」
「よかった。アロラさんは?」
「…………」
「オッケーだそうです」
傷裏の補足によって、総員の同意が得られた。
「出発は3日後。各自準備をお願いします」




