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episode3・ショッピング

本日2話目の投稿となります

『ショッピング』


 黒崎は唐突にそう切り出した。

 休日である。傷裏は学校も仕事もなく、1人を満喫するつもりだった。

 そのタイミングでこの電話だ。

 要約、面倒である。


「えっと……突然どうしたの?」

『私たち、同僚なんだしもうちょっと交流するべきだと思うの。でね、ちょうど買い物の予定があったから一緒にどうかなって』

「それ僕が相手でいいの? 青島さんとか柳沢さんの方が同性だし付き合いやすいと思うんだけど」

「いやだから、同僚との交流って言ったじゃん。まぁそういうわけだから、11時に駅の北側入り口に集合ね」


 一方的に通話は切られた。


「……なんだったんだろ、今の」


 無視することもできたが、それのせいで後々仲が悪くなるといった展開は正直避けたかった。


「仕方ない……」


 傷裏は支度を開始した。


 天気は快晴。完璧なまでの外出日和。


「北側入り口ってここか」


 待ち合わせの場所は人でごった返していた。そこには大きく目立つ猫の銅像があり、主にカップルの待ち合わせ場所として定番だった。

 余談だがこの猫の銅像、名を愛猫のタマといい、ここで待ち合わせをした恋人は5割の確率で永遠に結ばれ、5割の確率で永遠に結ばれないという都市伝説が存在する。

 ハイリスクノーリターンの博打なのだ。


(末永い幸せとささやかなご冥福をお祈り申し上げます)


 視界に映る全てのカップルに心の中で敬礼を送り、愛猫像の下の椅子に腰掛ける。

 携帯を開き時計を見る。10時45分。時間の余裕はある。

 よって、傷裏は空いた時間の内に残った仕事を終わらせることにした。

 仕事の内容は先日のフレームテストの時のレポートだ。より精巧な製品を作るためには、数値的な記録だけでなく人間の感性も必要となってくる。


(あのフレームは確かに磨耗が少なかった。でも……僕の機体操作にはついていけなかった)


 キーボードを入力しながら傷裏は思い出す。シミュレーション終了後の機体の損傷データを調べたところ、フレームの各関節にかかった負担が想定を超えていた。


「あ、でも吹雪のフレームにかかった負担は陸奥の3分の1にも満たなかったし、フレームというより装甲面の問題もあるか。つまり吹雪とは相性がいいけど陸奥には適さない、っと」


 気づいた事実をそのまま記し、完成したレポートを機関のメインPCに送る。


「にしても、こんな人がいっぱいいると見つけるのも難し……」


 言葉が止まった。傷裏の視界にあるものが映ったからだ。

 先に述べておくと、今は7月である。衣替えはとっくに済んでおり、外回りのサラリーマンもスーツを脱ぐこの季節。

 しかし、だというのにだ。


「あれは……黒崎さん?」


 傷裏は思わず口にしたその言葉を疑わずにはいられなかった。

 全身を包み隠すふわふわの白いコートをまとい、同色でふわふわのマフラーにロングブーツに手袋にニット帽といった超ウィンターフル装備だった。ここまで季節外れな格好をしているのに可愛く見えるのだから凄いものである。

 傷裏は迷った。声をかけようかどうか。幸い黒崎はまだ傷裏を探しているようで、辺りを見渡しながらキョロキョロしている。


(あれと知り合いって……周りに白い目をされかねないし)


 事実、右往左往している黒崎は周囲から好奇の眼差しで見られていた。

 傷裏は助けようとはしない。薄情者なのだ。

 そして傷裏が素早く行動しないため、展開は嫌な方面に走ることとなる。


「あ、傷裏君。いたいた!」

(しまった……)


 もう逃げられない。


「もう、探したよ。絶対私を見つけた上で無視してたでしょ? まぁこんなナリだし仕方ないだろうけど」

(自覚ありですか……)


 傷裏の予想通り、今や2人(主犯は1人でもう1人は巻き添えである)は白い目で見られていた。

 傷裏はそんな環境に適応する能力を備えていなかった。


「く、黒崎さん、ちょっと」

「え? ちょっ、まっ……」


 傷裏は黒崎の手を掴み、観衆から逃げるようにその場を離れた。


 しばらく歩き、人が誰もいない公園に着いた。傷裏は顔を真っ赤にしながら黒崎を手近なベンチに座らせ自分も座る。


「さて黒崎さん、色々聞きたいんだけど?」

「この服については質問拒否するわ」

「先読みされた⁉︎」

「私はすごい寒がりなの。以上」

「それで納得できると思う⁉︎ 今夏だよ⁉︎」

「それでも暑いの」

「滝のような汗を流してる人がよく言えるね⁉︎」

「し、仕方ないでしょ。だって私……これしか私服持ってないんだし」


 黒崎はただでさえ顔を隠しているマフラーとニット帽でさらに顔を隠し、俯きながら言った。


「…………なんと仰いました?」

「いやだから、これしか私服持ってないんだって」

「………………なんとおっしゃ……」

「もういいよ!」


 漫才をやっているかのようなツッコミを食らった。


「さすがに冗談キツいよ黒崎さん。そんなキャラ設定を取ってつけたようなそんな……ねぇ?」

「なんかすごい悪口言われた気がするんだけど、まぁいいや」

「こちとら全然よくないんですよ……」

(なんだろう……頭痛がする。風邪かな)


 ストレスである。それも急性の。


「私ね、肌を露出するのが大の苦手なの。なんか恥ずかしいし。以上、異論は?」

「ありまくります、隊長ー」

「よし、発言を許可する」


 軍人コントと化していた。


「学校の制服はどうなのでしょう? 露出って言っちゃったらあれはもうアウトなのではないでしょうか」

「あれは精一杯耐え忍んでるの。学校で私服じゃマズイし。ほら、私って学校じゃいつも目が鋭いでしょ?」

(あれ……恥ずかしい時の顔なんだ)


 喧嘩腰にしか見えない、と思ったが当然口にはしない。


「よし、この話は終わり。さぁ、私のショッピングに付き合ってもらうわよ」

「……ショッピングって言ったって何を買うつもりなの? この流れで『普通の』服を買うというわけではないのはさすがにわかるけど」

「普通の、を強調するね。えっとね〜」


 黒崎は言う。


「土器」


 傷裏の次の行動を詳細に記すとしよう。

 フリーズ。




「うぅ〜ん、やっぱこの気持ちいい質感が最高って感じなのよ。傷裏君もそう思わない?」

「こう言うのはあれだけど、女子高生にしては稀有な趣味をお持ちですね」


 土器。

 土を焼くことによって固め、形成された器のこと。この場合の焼くというのは釜を使った焼くではなく直に、いわゆる野焼きと呼ばれる製法だ。時代によって名称、特徴も変化し、縄文土器、弥生土器といったものが有名である。

 傷裏たちが来ているのは小さな骨董店。店内には土器を始め、壺、掛け軸といった品々が所狭しと置かれている。

 黒崎は縄で模様が施された縄文土器を愛でていた。目にハートマークが発生するレベルで愛でていた。


「ここは私がよく来る骨董屋さんなの。あいにくお小遣いがないからあまり買えないんだけど店主さんが気さくでね、結構まけてくれるの」


 奥のカウンターに居座る老人店主が小さく手を振っている。


「そんなことより黒崎さん。問題はそこではないでしょ?」

「問題?」


 黒崎はこの異常事態に気づいていないらしく、首を傾げる。


「あのねぇ、黒崎さん……」


 傷裏は黒崎の持つ縄文土器を乱暴に奪い取る。


「これが本物だったらこんな店に置いてあるわけないでしょ!」


 投げた。

 縄文土器を全力投球。

 縄文土器は高速で滑空、着地と同時に崩壊した。


「ぎゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 黒崎と老人店主の悲鳴がシンクロした。いい響きである。


「ちょ、え……え⁉︎」

「ちょっとお客さん! 何やっちゃってくれてるわけさ⁉︎」


 2人は傷裏に詰め寄る。

 傷裏は感情を動かさず、冷ややかな眼差しを店長に送る。

 軽蔑、侮蔑を込めて。


「店長さん、これ、偽物ですよね」

「……何を言っているのかな」

「いやバレますよ普通。てか今まで通報されなかったのが不思議なくらいです」


 傷裏は店に置かれた一つの掛け軸に視線を移す。


「あれにしてもそうです。大層よくできてますが模造品。造りはいいですが大体5000円といったとこでしょうか」


 その掛け軸に貼られた値札は、8万。


「しょ、証拠はないだろ! 別に君は、プロの鑑定家の資格を持っているわけではないだろ?」


 店主は視線をあちらこちらに動かし、汗をタラタラ流しながら声を荒げる。


(……わかりやすいなこの人。サスペンスドラマの秘密を抱える人みたいにわかりやすい)


 なら揺するが吉だろう。


「じゃ、警察呼びますね。あまり知名度はないですけど、実は模造品を鑑定するための課が存在するんですよ?」

「動くな!」


 傷裏が携帯を取り出した直後、店主の怒号が鳴る。

 携帯を操作する手を止め、振り向く。

 どこに隠し持っていたのやら、店主は果物ナイフのような物を黒崎の首筋に向け、その背後に回っていた。

 店主はそのナイフと腕で黒崎を拘束した状態で、傷裏から距離を取る。


(……人質。どうせ捕まるのに、なんでそう罪を重ねるかな)

「通報してみろ。この女の命はな……」


 店主にその古典的なセリフを言い切る時間は与えられなかった。

 この距離では、傷裏の四肢は届かない。

 よって。


「……がぁ……ぁ?」


 店主はただ呻くのみ。それしかできることがなかった、の方が正確だ。

 店主の両肘に突き刺さっていた。

 ナイフ。

 銀食器と呼ばれるタイプだ。


「ナイフとは、こう使うのがセオリーですよ、マスター?」


 傷裏は優しく微笑む。


「いっ……だぁぁぁぁ⁉︎」


 店主はあまりの痛みで拘束を解く。

 直後、待ってましたと言わんばかりに黒崎は店主の腹に素早く肘打ちを叩き込む。

 それだけに留まらず、黒崎は一歩下がりながら身を翻し、店主の顔を蹴り上げたのだ。


(うわ、あれはさすがにやりすぎなような気が……)


 人のことを言えた義理ではなかった。

 黒崎が店主をつつく。反応はない。伸びていた。


「傷裏君、あなた一体……」


 警察への通報を終えた傷裏に、黒崎が驚いた顔で問う。


「そりゃあ、僕だって一応軍属部署のテストパイロットなんて危なげな職についてるんだ。これぐらいの自衛技能は必要不可欠でしょ」

「いやでも……あのナイフは一体どこから、いや、いつ出したの?」

「ナイフは常に裾の内側に仕込んでる。いつか、と聞かれれば店主が『この女』と言った時だね」

「えっと、じゃあ……」

「それに」


 なんとか思考を追いつかせるための黒崎の続けざまの問いに対し、片手を突き出して制す。


「あんなアクション俳優さながらのことをした黒崎さんも同じだと思うけど?」


 先手を打ち、これ以上の詮索を控えさせる傷裏。


「まぁ、色々あっちゃったけどさ、帰りに喫茶店でも寄ってかない? 奢るよ」


 黒崎に手を差し出す。


「…………うん」


 恐縮しながらも、その手は握られた。

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